39 Hさんのお話①庭の牛


20代前半でありながら、

穏やかで落ち着いた雰囲気が特徴的な女性、

Hさん。

年下と聞いたときはとても驚いたのを覚えています。



作者が介護施設で働いていた時の同僚であるHさんとは、ホラーやオカルトが好きということで意気投合し、すぐに仲良くなりました。




砕けた話が出きるようになった頃、

私は自身が怪談小説を書いていることを伝え、

何か体験談はないか伺いました。




最初聞いたときは、

「こんなにも好きなんですけど、

 私には霊感がなくて…。

 祖母は結構強くって

 色々見えたりするんです。

 ちょっと帰って聞いてきますね。

 でも、大した話ではないですよ。」

と、彼女らしく謙遜をされました。




数日後、

「聞いてみたら、色々あるものですね。

 本当に大したことはないと

 思うんですけど。」

と5つお話を聞かせてくださいました。



自信なさげに話された体験談は、

どれも興味深いもので、大変驚かされたのでした。





一つ目のお話は、彼女が生まれる日に、

お祖母様が体験したお話です。




Hさんを身ごもられ、臨月を迎えられたお母様。


病院に入院したものの、

陣痛がなかなかこず、医師からは

「このままだったら薬を飲んで帝王切開かな。」と提案されるほど、

出産の兆候がみられませんでした。



付き添いのために病院に行ったお祖母様は一時帰宅をすることに。





お祖母様の家は昔ながらの平屋で

部屋数が多くてとても広くありました。


特に庭なんて、

まず畑があり、

茶室のような作業部屋と

それとは別の小屋が2つ建てられているほど

広大であります。




お祖母様は座敷に行くと、

庭を眺められるような形で横になり、

そのままうつらうつらと眠ってしまいました。




ふと、彼女が目を覚ますと、

度肝を抜く光景が広がっていました。




大通りから家につづく道、そして庭。


そこいっぱいに隙間なく、

牛が群れをなしていたのです。




その牛というのも、ただの牛ではありませんでした。



体はいたって普通の牛のように、

筋肉質でがっしりしているのですが、

顔はアニメのキャラクターのようにデフォルメされていて、なんとも可愛らしい顔立ちなのです。


道と庭に溢れんばかり密集した牛達は、

みな雨に打たれながら、

大きな瞳をうるうると潤ませて泣き、

お祖母様をじっと見つめています。




(このまま外にいさせるなんて、

 可哀想だわ。

 でも、家に入りきるかしら。)


とお祖母様が振り返って家の中を見渡し、

なんとか入れそうかしら、と向き直ると、

あれだけいた牛はたった一頭だけになっていました。



(あら、一頭だけになっちゃった。)



というところで目が覚めたお祖母様。




その耳に固定電話の着信音が聞こえてきます。




身体を起こして電話をとると、

相手はお母様が入院している病院。



あれだけ出産はまだ先だろうと言われていたお母様が急に産気付き、たった今分娩台に乗ったから来てくれと言うのです。





慌てて病院に向かい、

お祖母様が到着してすぐ、

無事にHさんが誕生したのでした。






なぜ奇妙な特徴を持つ牛が夢にでてきたのか。




その謎ははっきりとは分かっていませんが、

Hさんは丑年生まれで牡牛座という、

牛にご縁のある日に生まれたそうです。






この話されたお祖母様は、

最後にHさんにこう話されたそうです。





「夢から覚めて、

 Hちゃんが生まれそうって聞いた時にね、

 ばあちゃんこう思ったの。

 夢で最後に残った可愛い牛が、

 Hちゃんだったんだなって。

 そりゃああれだけいたら

 生まれてはこれなかったわよね。」









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