24 厚着
霊感のある人といると、自分に霊感が無くても見えてしまうことがある。
そんな話を聞いたことはありませんか?
作者には、幼稚園から中学校卒業まで仲良くしていたきっちゃん(仮)という幼馴染がいました。
どこか大人びた口調で話し、周りと違った視点でものを見る、芯を持っていて人に媚びない彼女が私は大好きでした。
きっちゃんのことが大好きだった理由はもう一つあります。
彼女は私と一緒でオカルトや怪談が大好きだったのです。
そして、彼女自身、強い霊感の持ち主でした。
彼女の霊感の強さは相当なもので、
気を抜くとあちら側の存在にちょっかいをよく掛けられるらしく、
中学生の頃は自衛のためと、足首にパワーストーンのブレスレットをつけていたのを覚えています。
授業の一環でパソコンを使う必要があり、一緒にパソコン教室に行った時には、
ずらっと並ぶデスクトップを眺めながら、
「みんな霊やお化けが怖いなんて言ってるけど、笑っちゃうよね。携帯やパソコンの画面を開けたままにして平気な顔なんだもん。あそこから色々出入りしてるのに、ほんと、笑っちゃう。」とクスクス笑ったものでした。
そんなきっちゃんはプールの授業を決して受けませんでした。
幼稚園の頃からの付き合いである私は、彼女と一緒に水泳教室に通ったことがあり、彼女が上手に泳げることを知っておりましたから、不思議に思って尋ねました。
それに対し彼女はただ一言、「水場は強いから。」とだけ答え、瞳に影を落とします。
驚いた私は「え!?プールにもいるの?どこにでもいるんだね…。」と思わず言ってしまいました。
その言葉を聞いたきっちゃんは、まつ毛の長い切れ長の涼やかな目を私に向けて、
「人間が死ねない場所なんてないんだから、当たり前でしょう?」とさらりと答えたのでした。
短くも簡潔な言葉は、
“私たちが当たり前に生きているように、死も当たり前に存在している。
だのになぜ、目に見えるものだけを尊重して、見えないものをないものとしてないがしろにしているの?”
そんな問題提起に聞こえました。
霊を畏怖や好奇心の対象としてしか思っていなかった傲慢さを指摘された気がして、
その言葉は今でも深く胸に刻まれています。
とにかく霊感が強くて不思議な魅力を持った女の子、それがきっちゃんでした。
今回は、そんなきっちゃんと一緒にいた時に作者が体験したお話をしようと思います。
時は、私ときっちゃんが小学校1年生だった頃にさかのぼります。
私たちはそろって地元にある大きなスポーツクラブで水泳を習っていました。
2階建ての大きな建物で、1階に25メートルのコースが5列並んだ大きなプールがあり、そこでバタ足や息継ぎのやり方を学んでいたのです。
温水プールではなかったので、いくら運動をしていても体温が下がってしまいます。
そのため、私が通っていた教室では授業が終わったあとは必ず、常設されたサウナ(正確には採暖室といもの)に入って体を温めることになっていました。
その日も授業が終わった後、コーチの誘導に従いながらサウナに入りました。
白く小さな正方形のタイルが敷き詰められた、大人が一人通るのがやっとの狭い廊下を進みます。
この廊下の突き当り、右手にある木製の重い扉を開けた先がサウナです。
一般的な乾式サウナは80℃~110℃ですが、このサウナは温度が低く40℃ほどで室温よりやや温かい程度でして、子供でも安心して入ることが出来ました。
大人の膝程までの高さがある段差が3段、コの字状に設置されてあり、私ときっちゃんは扉と対面する位置にある2段目の段差に腰を掛けました。
内容ははっきりとは覚えていませんが、今日も疲れたねとかそんな他愛ないことを話していました。
会話の最中、私はふと、扉の上部にはめこまれた小さなガラス窓に視線を移しました。
何かあったわけではありませんが、妙にそこが気になって仕方ありません。
無機質な白い壁があるだけなのに、何故か目が離せませんでした。
眺めて2分ほど経った頃でしょうか。
窓の左側からある人が姿を現しました。
その人は、ニット帽を目深にかぶり、真黒いサングラスをかけ、赤いマフラーで鼻まで覆った男の人でした。
襟のない暗い灰色のコートを一番上までボタンをしめていてどこか窮屈な印象。
顔に比べ体が妙に大きく、どうやらコートの下にも何枚か着こんでいるようです。
男の全体は黄色い紐暖簾で覆われているようなノイズがかかっており、まるで古くなったVHSのカラー映像を見ているようでした。
男はこちらに目をくれることもなく扉の前を通り過ぎましたし、窓が小さく肩から上しか見えませんでしたが、
それでも、ほんの少しの間でも、その男がまとっている異様な雰囲気を感じ取れたのです。
男の姿が見えなくなって少ししてから私の全身に鳥肌が立ち、頭の中が混乱して、呆然としてしまいました。
「そろそろ出るよ。」
コーチの声で子供達が立ち上がりました。
一番最初に出るのは、扉に一番近い私ときっちゃんです。
「朋ちゃん。出よう。」
促され段を降りましたが、私は扉に行くのが怖くて仕方ありませんでした。
先程も申したように、このサウナがあるのは通路の突き当たり。
男はこの扉の前を左から右に歩いて行きましたが、それから戻って来てはいないのです。
つまり、男は今も、サウナの近くにいるということになります。
(やだ、駄目だよ、今出たら、あの男の人に何かされる!)
焦りばかりが募りますが当時は子供。
危険なことを周りに伝える言葉が分からず、頭の中が真っ白になってしまい、ただきっちゃんのあとをついてサウナから出てしまいました。
(うあ…絶対いるよ…!)
怯えながら、恐る恐る男が立っているであろう突き当たりを見上げました。
「え?」
が、そこには誰もおらず、ただタイルが貼られた壁があるのみでした。
サウナを後にして、あ、とあることに気がつきました。
実はここのプール、更衣室から直にシャワー室に繋がっており、プールはもちろんサウナに行くには必ずそこを通らねばならず、
服を着たままサウナ前まで来ることなどありえないのです。
そのことを思い出して、また、ぞっとしたのでした。
プールだというのに、コートとマフラーを着こんだ謎の男を見たのは、その日が最初で最後です。
霊感も何もない作者があの異様なものを見てしまったのは、恐らくですがきっちゃんと一緒にいたからだと思います。
だとしたら、きっちゃんも見えていたはずですが、彼女はそのことについて何も言いませんでした。
生きている者からは異様に映るあの男も、彼女からすれば、ただあちら側に存在している住人であり、とりたてて騒ぐ相手ではないと判断したのかもしれません。
彼女の考えでは、何もされていないのに姿を見ただけで騒ぐのは、あちら側の人に対して失礼に当たる行為ですから。
ちなみに、そのスポーツジムはもう取り壊されて、今は全国チェーン店のうどん屋が店を構えています。
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