25 通り道
著者がまだ介護士として働いていた頃、
同期であった田山さん(仮)という男性から
お聞きしたお話です。
「おかしなことがあったんだよ。まるで、前回の続きのような…。」
不思議な体験をしたから聞いて欲しいと
LINEで連絡をくれた田山さんは、
会うなりぽつりぽつりと話し始めました。
彼の言う前回というのはどうやら、
“うたた寝”(実話録14話参照)というお話のことでした。
夜勤中に金縛りに会い、姿のない少女が迫りくる恐怖体験をした田山さん。
その日以来、懐疑的だった心霊を信じるようになった彼は、不思議な現象に対して敏感になっていきます。
そんな彼の元に、職場で起こる奇怪な出来事の話が飛び込んでくるようになりました。
田山さんが夜勤をして職場で迎えた朝、
入居されているAさんが起きてくるなり、
彼にこう質問しました。
「昨日の夜、部屋の前にいたか?」
夜間は巡回することはあっても、長時間部屋の前に居座ることはしません。
田山さんはAさんにそんなことはしていないと伝えますが、Aさんは首をひねります。
「おかしいな。確かにドアの前に、男が立っていたんだけど。」
Aさんはそれだけでなく、部屋に女の子がいると田山さんに訴えることがありました。
Aさんだけではありません。
次にその部屋へ入居されたBさんも、「あれ?あの子達は?」と子供を探されたのです。
そのほかにもいるはずのない何かを見たという利用者さんが数人。
普段からAさんとBさんに関わっている田山さんには、どうしても彼らが嘘を言っているようには思えず、話し方や表情を見ても病気の症状には思えませんでした。
Aさんが見た場所、Bさんが見た場所、
そして、自分が金縛りにあった夜勤の待機所…
ためしにこれらを
実際の場所と照らし合わせてみたところ
田山さんは驚きました。
それらの地点を辿ると、真っ直ぐな道が浮かび上がったのです。
これは明らかに霊道が通っているのでは…
田山さんは始めての発見に
少し心を踊らせました。
その発見から2、3週間ぐらい経った
じめっと暑い6月のある日。
その日、夜勤をしていた田山さんは、職員が待機するスペースでパソコンを使い記録を打っていました。
利用者さんはすでに自室で休まれており、しんとした静寂に包まれています。
時刻はまわり23時。
突然、コンという音が右手から聞こえてきました。
待機場のすぐ右手には出入口があり、
そこから隣の建物へと繋がる廊下がまっすぐ伸びているのですが、
今宵は冷房を効かせるために、出入り口に取り付けられたガラスの引き戸をぴたりと締めていました。
そのガラス戸を外から爪の先で、コンと叩くような音がしたのです。
雨季で虫が湧く季節であります。
田山さんは大きなカナブンでもぶつかったのだろう、と思いましたが、不思議なことに虫特有の嫌な羽音が聞こえてきません。
気のせいかな、と流そうとしたその時、先ほどの音から1分も経たないうちにまたコンとガラス戸を叩く音がしました。
気のせいじゃない。
確かに、外から何かが叩いている。
頭に浮かんだのは、このグループホームに霊の通り道があるという自身の仮説。
(ああ、きっと外にいる何かが通りたいのかな?)
そう思った彼は、ガラス戸に手を伸ばし、ガラガラガラと戸を開けました。
ガラスに姿が透けて見えなかったのですから、当然そこには誰もいません。
しかし、田山さんは目に見えない何者かの為に、少しの間待ってから戸を閉めました。
いつまでも戸を眺めていては仕事が溜まるばかりです。
椅子を回転させ、パソコンに向き合った田山さん。
ガラス戸の音がしてから、数分経った頃でしょうか。
ばさっと何かが落ちる音がしました。
後ろは壁、何が落ちたのだろうと音のする方を見れば、なんと、壁に貼られていた半紙が一枚、床に寝そべっているではありませんか。
年始に利用者さんが書き初めされた作品を、2枚のセロハンテープでしっかりと固定して飾っていたのですが、換気していてもびくともしなかったそれは、風一つない密室で突如として剥がれ落ちたのです。
半紙が飾られていた場所というのは、田山さんがいるところから5、6メートル離れた距離にあり、丁度、ガラス戸より歩き始めた人間が1分ほどで辿り着けるところであります。
その1分というのは、田山さんが戸を開けてから半紙が落ちるまでにかかったのとほぼ同じ時間。
確実に誰か通り、そして掲示物に当たったんだ。
田山さんはそのことに気づき、ぞっとしました。
時刻は進み、2時になりました。
夜が更に深まった丑三つ時であります。
田山さんは待機場に腰を下ろし、パソコンでの事務作業に取り掛かっていました。
プルルルル
突然、電話が鳴り響きました。
鳴ったのは夜勤者が持っているPHSではなく、待機場に取り付けられた固定電話です。
(え?なんで?)
田山さんは困惑しました。
というのも、夜中に固定電話が鳴るというのは不自然なことだからでした。
夜勤というのは、夜間のあらゆる事態に対応するので、常に待機場にいるわけではありません。
何か用があるとするならば、出られるか分からない固定電話ではなく、夜勤者が常に持ち歩いているPHSに掛けるのが普通です。
それだけではありません。
この着信が不自然ところがもう一つあります。
それは、プルルルルという音。
固定電話は施設内で連絡をやり取りする内線と、外部から直接掛かってくる外線の二種類が受け取れるようになっています。
このプルルルルという音は、外部からの着信でのみ鳴る通知音なのです。
それがなぜおかしいかと言いますと、
この音が鳴るのは非常に
4年働いている田山さんでも、外線の通知音は初めて聞く音だったので、固まってしまいました。
こんな真夜中に固定電話を鳴らすなんて、相手は余程切羽詰まった事情があるに違いない。
恐らく上司が何か仕事の連絡をしに掛けたのだろう。
なんにせよ、とにかくその電話をとらなければいけない気がしてなりません。
田山さんは受話器に手を伸ばします。
が、その瞬間に、電話は切れてしまいました。
たったワンコールだけ鳴らした固定電話は、こと切れたように黙り込んでしまったのです。
彼は静かに肝を冷やしました。
翌朝、時間になって早番が出勤してきました。
早番のスタッフに外部からワンコールだけ電話がかかってきたことを伝えると、
「なんだ。じゃあ、着信履歴確認してみなよ。」と提案してきました。
(それもそうだ。相手がだれか知りたいなら、履歴を確認すればいいだけの話じゃないか。
なんで思いつかなかったんだろう。)
なんだが怯えていた自分が間抜けに思えて、早番と一緒に笑ってしまいました。
そして、二人で着信履歴を確認します。
「…あれ?」
矢印キーに置かれた田山さんの指が、
上下に行ったり来たり、さまよい始めます。
彼らの間に嫌な沈黙が生まれました。
「ない…。」
夜中の2時、確かにかかってきたはずの着信。
その履歴が、どこにも残っていないのです。
提案した早番のスタッフは、その事実を目の当たりにして顔を引きつらせ、何も言えなくなってしまいました。
「これが、俺が体験した話だよ。多分だけど、ガラス戸を叩いた何かが、通してくれてありがとうっていう電話をくれたんじゃないかなって思ってる。聞いてくれてありがとうね。」
そう感謝の気持ちを述べる田山さん。
彼の意向に沿ってこのまま温かいお話で終わった方が良いのかもしれません。
ですが、直接、対面で田山さんから話を聞いた私は心にひっかかって仕方がないことがありました。
なので、ここから先は蛇足であり無粋な推測となるでしょう。
それでも吐き出させていただきたいことがあるのです。
なぜ、田山さんはこの話をしている最中
ずっと笑顔だったのでしょうか。
あれほど心霊に懐疑的だったのに、
たった1回不思議な体験をしただけで
これほど霊に好意的になり
そしてまた、霊も自分に好意的だと
思えるものなのでしょうか。
もし、その時に受話器を持ち上げていたら
はたして、そこから聞こえるのは本当に
ありがとうという言葉だったのでしょうか。
私は今でもそこが気になって仕方ありません。
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