4 掴んだもの


SNSで知り合い、

性格や考えが似ていることから

意気投合したKさん。


何気ないやり取りをしている最中に

Kさんの方から

「実は私も怖い話とか好きなんです。」

とメッセージが来ました。


どうやら私がプロフィールに書いた

怪談小説を書いていますという文章を

読んでださったようでした。


「鈍感なので、自信はないのですが

 最近、一番怖い体験をしまして…。」




Kさんには付き合って半年の恋人がいらっしゃいます。


2人は県境を跨いでそれぞれ暮らしているのですが

離れているとはいえ隣ですので

週に1回の頻度で会えているそう。


付き合い始めて4ヶ月程の頃でした。


その日は、一人暮らしの相手方の家へ

お泊まりに。


冗談を言い合って楽しく過ごしている

うちに夜が更け

狭い布団に2人横になりました。


彼がこちらに背を向け

先に寝息をたて始めたので、

私もそろそろ寝ないとな、と考えていると

うとうとと瞼が落ちてきます。


その時でした。


急に身体が動かなくなる感覚に

襲われたかと思うと

そのまま声も出なくなりました。


初めての金縛りだったのですごく焦り、

なんとかしようとしますが

対処が分からずじまい。


幸いなことに目だけは動きました。

身体を動かすことを試みながら

隣に寝ている彼に視線を送ります。


背中しか見えませんし

声も出せず身体も動かせませんが

必死に助けを求めました。



「今、忙しいから。」



向けられた背中から発せられた彼の声。

あまりにも素っ気なく突き放すような言い方でした。


彼は頼れないと諦め

必死に身体を動かそうともがく。


すると、

身体が動かせるという感覚が

戻ってきました。


金縛りから解き放たれた解放感からか

Kさんは深く考えず右手を持ち上げたのです。


その持ち上げた右手の中に違和感を感じました。

何もないのに、何かを掴んでいるような感覚。


それが何かはっきりと分かった瞬間、

Kさんは悲鳴をあげました。



目では何もないと確認できるその手の中に、

たしかに人の手とおぼしき触感が

あったのです。


それはあまりに生々しく

そこに人がいる、と錯覚してしまうほど。



翌日、

Kさんは彼に昨晩の出来事を伝えました。


彼が言うには

昨日Kさんは静かだったそう。

悲鳴さえも聞こえていなかったようです。


そして、「今、忙しいから。」なんて言葉、

彼は言った覚えはないとのこと。



「よく考えたらおかしいですよね。

 彼は背を向けていましたから、

 声も出せないし動けない私の状態が

 分かるわけないんです。」



「今、忙しいから」という言葉は

実際の忙しさは置いとくとして

どんな場合でも相手の要求を断るものとして

使うものです。


その言葉を発するには

Kさんが自分に助けを求めていることを

知っていることが大前提であります。


でも、彼はそれが不可能な状態でした。


なら、その時に発せられた

「今、忙しいから」という言葉は

一体なんだったのでしょう。



彼の声を借りて

Kさんを助ける意思がないことを伝えてきた

何者かがいたのではないか。


そんなことを考えてしまいます。




動けないKさんの目線の先にいたのは

本当に彼だけだったのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る