第2話 俺、魔法少女になります

 「「「「キャアアアアアッッッ!!!」」」」

 その惨劇を見ていた客の女性たちから悲鳴が上がる。そして客が一斉に逃げ出した。

「祐也!.....ねぇ祐也!」

 さっきの女が首の無い男の遺体を抱きすくめ泣き叫ぶ。鬼はそれを煩わしそうに金棒で殴った。女の体が木っ端みじんに飛ぶ。全員それを見て、いち早くこの場から逃げ出そうと走った。吐いている人もいる。

 出入口から、裏口から。それぞれ別れて逃げようとする。しかし、鬼がそれを黙って見届けるわけもなく。すぐ傍の出入口前に仁王立ちし、行く手を阻んだ。

「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」

 俺はその場から動けない。ただただ、荒い呼吸を繰り返すだけ。

 人が死んだ場面なんて初めて見た。あんなにもグロいものなのか……。

「う、おえっ」

 唐突に吐き気が込み上げてきた。でも必至に我慢する。

 そんなことよりも、一刻も早くこの場から逃げなければ。殺されてしまう。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。

 逃げ惑う人達は、鬼とは反対の方向へ逃げようとしている。だが、鬼はそれを見逃すつもりはないようで。

「グオオォォォオオオ!!!」

 鬼が叫ぶ。ただそれだけで恐怖に体がすくみ、俺を含め立ち止まってしまう人が多くいた。そう。しまったのだ。

 鬼はそれを見逃さない。ゆくっりとした動作で、比較的鬼に近いところにいた一人の少女に近づき―――。



 首を、はねた。



 辺りにブシャッと音が響き、俺とその場にいた人達は凍りついた。まるで、時が止まったかのように。

 鬼がニチャアとした笑いを見せる。とても気持ち悪い笑みだ。見たくもない。だからこそ、目を背けてしまった。――――俺が。

 誰も動かない、静かな中で。俺だけが、動いてしまった。しまったと思っても遅かった。当然のように、俺は鬼に目をつけられた。

 何で動いてしまったんだ! いや、確かに気持ち悪かったけども! 見ていられなかったけども! だからと言ってこの場面じゃないだろっ!!

 鬼が姿勢を低くする動作が視界に写った。嘘だろ……? まさか、ここまで跳ぶ気か……?

「う、ウワアアァァァァアアアッ!」

 俺は情けなく叫んで逃げた。その場にいた人達は、俺の叫びに我を取り戻したのか、一斉に出入口に向かって走り出した。そして。

 ドガアアァァァアアアンッッッ!!!

 鬼が、俺の背後にまできた。衝撃で体が数㎝浮いた。

「ヒッ!」

 後ろをチラリと見て、すぐに前を向いた。

 何故なら鋭い眼光でさっきのような気持ちの悪い笑みを俺に向けて、浮かべていたから。

 走る。走る。走る。でも、恐怖は紛れない。むしろ増すばかり。

 「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 さっきの時よりも荒い呼吸で、走る。

 ただただ逃げたい。あの鬼から。

 恐怖を振り切るように、一心不乱に走った。しかし――――、

「グゲゲゲゲ」

 すぐ後ろからあいつの笑い声が聞こえる。

 無理だ。逃げ切れない。どうしようも――、

「うわぁ! グッ」

 何かに足を引っ掻けたようで、盛大に転んでしまった。勢いがついていたので、腕も擦り傷を負ってしまう。

 鬼はそれを見て、のっしのっしとこっちに来る。

「く、来るな! こっちに来るな!」

 鬼は俺の声を無視して、近づいてくる。少女とチャラ男の血にまみれた金棒を引き摺りながら。

「助けて! 誰か、助けて!」

 助けを呼んでも、皆自分を守るのに必死で俺に背を向けて逃げていく。

 俺の目の前に立ち止まり、血が滴る金棒を掲げる。

 俺の心は絶望で満ちた。


 ──俺は、死ぬのか。ここで?本当に?死ぬ?


 ──死って何だ?生きるって何だ?


 俺は、俺は、死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 何か、したか? 駄目なことを、やってはいけないことを、何かしたのか? 俺は、悪いことを! いいや! していない! 俺は! 俺は!!


「まだ! 生きていたいっ!」


 そう言った瞬間、目の前が光に包まれた。

 数秒後。眩しくて閉じていた目をゆっくりと開ける。すると、目に入ってきたのは――、


―――――黒いワンピースを着た13、4歳ぐらいの同い年くらいの少女だった。


 腰まで届く銀髪と、何もかもを吸い込むような黒曜石の瞳。これ以上なく似合う、レースがあしらわれた黒のワンピース。

 周りは時が止まったかのように灰色の景色になり、声も音さえも聞こえず、誰も動かなかった。中には不自然な格好で止まったいる人もいる。


「――あなた? あなたが私を呼んだの?」


 凛とした声が辺りに響く。

 呼んだ? 誰が? 俺が? この美少女を? ん? んん? え? 俺にそんな力あったの? マジで? いやいや、そんなはず―――、

 恐怖に陥っていたはずなのに、思考は明瞭で混乱はなかった。

「御託はいいから、確かにこの状況は不味いわね。それで、あなたには覚悟があるの?」

 また、凛とした声が響く。

 覚悟? 何の? と言うか御託? 俺、声に出してたっけ? あれ? じゃあ、この子は心が読めるって――――、

「ああん、もう!早くして!あなたは――生きたいの!? 死にたいの!?」

 ――死。そうだ。俺は、死にそうになってた。死にたいかそうじゃないか、だって? そんなの決まってるじゃないか。


 生きたいに、決まってるだろッ!!


 俺が強くそう念じたとき、目の前の少女が微笑みながら手を差し出してきた。

「そう、ならば覚悟なさい。あなたに力を与えるわ。その力で、生き抜いてみせなさい!」

 俺はその差し出された手をとろうと手を伸ばし――――、


「魔法少女になってっ!」

「えっ」


 ――――固まった。

 ちょっと何言ってるかわかんないっス。


 俺が固まっている間に美少女は俺の手を掴んだ。待って、なんて言えなかった。

「さぁ! いくわよ!!」


 は? え?

 どうしようもない混乱のせいで考えも何も纏まらなくて。声にすら出せていなかった。でも確かなことはある。

 それは―――


 俺、魔法少女になります。

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