第3話 出発

 ADの丹羽陽樹が報告に来たが、やはり旧御山トンネルで大学生たちが行方不明になったという事件は10年さかのぼって調べても出てこなかった。

 やはりただのおもしろ可笑しい怪談か、と三津木は苦笑いしたが、

「まあ、かまやしないよ。本当だろうとただの噂だろうとさ。要は、番組が盛り上がればそれでいいんだからさ」

 と、丹羽の作ってきた前ふりの台本をチェックした。

「うん、いいんじゃないの? ロケは俺がディレクターとして行くけどさ、俺は総監督ってことで、現地での具体的なことは君に任せるよ。やれる? それとも、まだ荷が重い?」

 丹羽より先輩のADはいる。それを差し置いてとなれば当然嫉妬も買うだろうが、彼の書いて来たセリフのセンスを見てやらせてみようと思った。紅倉に芙蓉をテストさせるのと同様、三津木も若いホープにチャンスを与えてみようと思ったのだ。

 実を言うとお化けの番組ばかりやっている三津木のチームは若い社員スタッフには敬遠されている。

「あそこは人材の墓場だ」

 と、お化け番組に引っ掛けた悪口が言われているらしい。

 だから丹羽も貧乏くじを引かされたと思っているのかも知れないが、ボスとしてはもっと夢とガッツを持ってほしいところだ。

「やれる?」の問いに丹羽は、

「やります。よろしくお願いします」

 と、相変わらず不健康そうな顔ながら、素直に礼をした。

 丹羽に今ひとつ確認した。

「メッセージの主にはやっぱり連絡つかない?」

 旧御山トンネルを調べてくれと言ってきたメッセージだ。

 番組ホームページは、以前はオープンに直接書き込める掲示板を設置していたのだが、どこの掲示板でもそうだがやはり低俗な、悪質な書き込みが目立ち、廃止した。現在はメッセージボックスを設置して、一般閲覧者からは隠して、番組への感想や、心霊事件の情報を送ってもらっている。

 特に情報の場合、情報の裏を取ったり、取材させてもらったりすることもあるので、発信者にはメールアドレスを書き込んでもらうようお願いしている。

 この情報を送ってくれた主は

「鈴木達也」

 という名前で、本名か、適当な偽名か、判断に難しい。

 メールアドレスも記入されているのだが、ネットサービス会社のフリーメールで、もう少し詳しい話を聞きたいとメールを送ってみたが、今のところ、

「まだ返信はありません」

 だそうだ。三津木もあまり期待しておらず、

「あっそ。まあ、いいや」

 と軽く流した。

 三津木たちが作っているのはお化け番組で、週代わりで同じ時間帯を分け合うまじめな警察番組「生追跡!真相を探れ」とは違う。取り扱う内容が全て「真実」であるとは限らない。こっちはあくまで「噂の追跡」だ。だいたい、世間一般では「お化け」なんてまともに取り合っていない。

「女子供相手のくだらない番組」

 と思われているのが落ちだ。それを隠れ蓑に自由にのびのびと作りたいお化け番組を作れるのだから気楽なものだ。

「んじゃ、楽しんでいこうぜ?」

 三津木はせいぜい軽薄に激励したが、

「はあ」

 と、丹羽は相変わらず鈍い反応で、

『ノリの悪い奴だなあ』

 と辟易させられた。



 およそ1週間後の週の中日、ロケ隊は出発した。

 10人のテレビ局スタッフとリポーター役のアイドルとそのマネージャーが撮影機材搭載のワンボックスワゴンと幽霊トンネルの検証にも使うセダンに分乗し、紅倉は芙蓉の運転する自家用車で同行する。

 午後8時、紅倉の自家用車が局の裏口駐車場にやってきて、参加者全員が揃った。

 T社のハイブリッドカーの最上級モデルだ。色も特注のピンクシルバーのパール仕立て。しっかり若葉マークが貼られている。芙蓉が免許を取ってから購入した、まだピカピカの新車だ。初めて目にするスタッフが多く、しきりと羨ましがられた。紅倉はお金持ちなのだ。

 その場で参加者の顔合わせが行われ、このロケのプランナーである丹羽ADよりざっとした予定が説明された。

 集合がこの時間なのは、現地まで普通なら2時間半も見ておけばいい道のりで、不安材料を抱えているため余裕を持って4時間と考え、それでも午前1時前には十分到着できるだろう、という計算からだ。

 午前2時丁度に、検証の車はトンネルの中央にいる予定だ。

 その前に機材の準備や前振りの収録があるが、まあ大丈夫だろう。

 不安材料とは前述のように紅倉のことなのだが、その前に。

「芙蓉さん。体力は大丈夫?」

 芙蓉は大学生だ。今日も午後まで講義があり、明日も午前から出なければならないはずだ。彼女のスケジュールに合わせるなら週末にしてやりたいところだが、スタッフ一人(彼女も出演するがあくまで先生の助手であるので)の都合に合わせてやるほどテレビ制作は優しくない。

 有名な心霊スポットであるので週末には変な冷やかしがいないとも限らず、比較的安全そうな平日を選んだのだ。

 芙蓉は、

「大丈夫です。少し昼寝してきましたから。先生の安全はしっかり守ります」

 と責任感みなぎる返事をした。

「夜の運転は大丈夫? 高速に乗ったことは?」

「高速道路は教習で経験してます。夜は初めてですが、安全運転で行かせていただきますのでよろしくお願いします」

「そう。こっちもゆっくり安全運転で行くから、頑張ってください」

 芙蓉はキリッとした顔で落ち着いたものだが、大丈夫じゃなさそうなのは紅倉の方だった。

 早くも青ざめた顔で皆から離れた照明の外れに幽霊のように立っている。

 三津木は苦笑しながら近づいていき挨拶した。

「先生、しっかりしてくださいね? 芙蓉さんの運転なんだから、リラックスできるでしょう?」

「行きたくない。お家に帰りたい」

「それは先生のセリフじゃないでしょう? 先生は今回1年生たちの引率なんですから、頼みますよ?」

「雨が降って中止になればいいのに」

「小学生の遠足じゃあるまいし、中止はありません。それに、あいにく今日は新月ですが、山の中はさぞかし星がきれいに見えることでしょうねえ」

 芙蓉がギラリと怖い目で睨んだ。

「それじゃあお願いしまーす」

 三津木はそそくさとスタッフたちのところへ逃げ帰った。

 岡田美羽のマネージャーが三津木に美羽を紅倉の車に同乗させてくれないかと言ってきた。

 小沢と言う、25、6の、色白で、ちょっとぽっちゃりした男だった。

「実はあれでいて美羽はすごく恐がりで、先生と一緒なら心強いと思うんですよ」

 と申し訳なさそうな笑顔で言うが、担当タレントの売り込みに熱心な彼は、スタッフとの親睦も大切だが、ここは一つ人気急上昇中の美人霊能師の先生と仲良くさせるのがより有益だろうと見たのだろう。

 しかし話の聞こえた芙蓉が素っ気なく断った。

「申し訳ありませんが、先生は大変人見知りが激しいので」

 慇懃に頭を下げる芙蓉に小沢は面白くない顔をしたが、三津木が笑ってなだめた。

「僕からも先生とのドライブはお勧めしませんよ。理由はちょっと控えさせてもらいますが」

 また芙蓉に睨まれた。

 岡田は小沢と女性ADといっしょに三津木の運転するセダンに乗ることになり、3台の車は、ロケ用ワゴン、三津木のセダン、芙蓉のハイブリッドの順でテレビ局を夜の街へと出発した。

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