第2話 初参加

「というわけなんですが、先生、そのロケにご参加いただけないでしょうか?」

『えーーーー』

 受話器からは思いっきり嫌そうな声が聞こえた。

 三津木は今、霊能師の紅倉美姫(べにくらみき)先生に「旧御山トンネル」取材ロケへの参加をお願いしているところなのだが。

 紅倉は今までほんの数回しか番組のロケに出たことはない。

「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」はだいたい月1の、2時間枠のスペシャル番組で、

 内容は、視聴者から寄せられた「本当にあった」心霊体験の再現ドラマ、心霊写真の鑑定、心霊事件の噂のある心霊スポットの取材、霊能師による心霊相談の、場合によっては出張しての、解決。といったところで、

 番組では現在3人の霊能師の先生にお世話になっている。

 年配の男性1人に、若い女性2人。

 若い女性の内、最近加わった美貌の紅倉美姫先生は特に人気で、アイドル人気も狙って番組では大いにプッシュしたいところなのだが。

 この先生も色々扱いが面倒で、特に極端に出不精なのが困りものだ。

「お願いしますよお。お弟子さんの、芙蓉さんも、もうだいぶ運転は慣れたでしょう? 先生は芙蓉さんの運転する自家用車で来ていただければいいですから。ね? それならいいでしょう?」

 紅倉がロケに出たがらないのは、車がひどく苦手なのだ。すぐに酔うし、ひどく緊張して…………たいへんなことになってしまうのだ。

 紅倉は警戒するような声で答えた。

『美貴ちゃんは、運転は上手よ』

 紅倉のごく最近入った弟子、女子大生の芙蓉美貴(ふようみき)は、名前が紅倉と同じ「ミキ」で、芙蓉は紅倉を「先生」、紅倉は芙蓉を「美貴ちゃん」と呼んでいる。

 紅倉の答えに三津木は明るく言った。

「じゃあ何も問題ないじゃないですか? もちろん出張分ギャラも弾みますし、お弟子さんも出来たことですし、かっこいいところ見せてやってくださいよ?」

『うーーん。やっぱりヤダ』

 幼児のように駄々をこねる紅倉に、三津木はあやすように説教した。

「先生え。たまには外に出ないと駄目ですよお? いつまでも引きこもっていちゃあ、人生つまらないですよ?」

『いいんです。どうせわたしなんか、草葉の陰からご用のある時だけちょっと顔をのぞかせるくらいでちょうどいいんですう。後は人様の迷惑のならないように一人で家にこもってますう』

「あのねえ、先生」

 三津木は紅倉にもうちょっとポジティブになるよう働きかけようと思ったが、あきらめて、別の必要性からお願いした。

「ロケのリポーターに若い女の子のアイドルを連れて行こうと思うんです。岡田美羽って言うんですが……まあご存じないでしょうね。最近流行りの深夜のホラー系の特撮ドラマに出てた子なんですが、まだ18歳なんですが、ちょっと独特の雰囲気のある子でしてね、心霊スポットのリポーターにはうってつけと言うか、ゴールデンタイムには本格的過ぎると言うか、まあ、うちとしては大いに有望な人材と期待してるんですが……」

 三津木は紅倉の反応を見ながら一気に説明した。

「僕の印象なんですがね、彼女、すごく憑かれやすいんじゃないかなあ、と。僕も場数だけは踏んでますからねえ、経験的に分かるんですよ。ですからねえ、是非とも紅倉先生に監督をお願いしたいと思いましてね。畔田先生じゃあ怒られるだろうし、岳戸先生じゃあ……ねえ? 先生、是非お願いしますよ」

 受話器の向こうでため息をつくのが聞こえた。

『あなたも懲りない人ですねえ』

 三津木は一瞬殺伐とした顔になったが、すぐにニヒルに自嘲して言った。

「先生の方こそどうなんです? 芙蓉美貴さん。ずいぶんお気に入りらしいですが、このままこっちの世界に引き込んじゃって、いいんですか?」

 今度は紅倉の方が黙り込んでしまった。彼女のいじけた顔を思い浮かべ、俺も悪党だな、と思いつつ提案した。

「彼女のテストにもうってつけなんじゃありませんか? 先生が一緒なら万一にも大丈夫でしょうが、場所が場所だけに危険は本物ですからね、彼女にどれほどの覚悟があるか、見極めるいい機会なんじゃないですか?」

 返事を待つと、再び、はあ、とため息があり、紅倉は答えた。

『分かりました。けど、あなた、ろくな死に方しませんよ?』

 三津木は乾いた笑いを上げた。

「ま、覚悟はしてますよ。じゃあ、引き受けてくださるんですね?」

『仕方ないですねえ』

「恩に着ます。それでは詳細は……」

『わたしが聞いてもしょうがないから美貴ちゃんに代わります。せいぜい詳しく説明してあげてください』

 嫌みに言って電話口から離れた。三津木は、

 やれやれ、あのお嬢ちゃんも言うようになったじゃないか、

 と嬉しく思った。彼の紅倉との付き合いは実はもうけっこう長いものになるのだ。

『もしもし。お電話代わりました』と固い声が言い、芙蓉美貴が出た。

「やあ芙蓉さん。芙蓉さんが紅倉先生の秘書をしてくださるんでこちらも大助かりです」

『恐れ入ります』

 なかなかしっかりした子で三津木も好意的に思っているのだが、どうも彼女の方は打ち解けてくれないと言うか、どうも自分に対して態度が冷たいように感じる。熱心な紅倉先生の賛美者である彼女は旧知の仲で馴れ馴れしい態度の自分が気に食わないのだろう。

 それも含めて微笑ましく思いながら、取材の日時、内容、集合場所の詳細を説明した。

 最後に、三津木は芙蓉に質問した。

「芙蓉さん。君は、幽霊は怖くない?」

『怖くありません』

 即答に三津木は冷めた笑いを口元に浮かべた。

 それなら一度、うんと怖い目に遭って泣けばいい。

 三津木はいささかこの若い美貌の助手への評価を下げたが、芙蓉はつんとした調子で続けた。

『わたしは先生を信じてますから』

「なるほどね。いや、まいりました」

 三津木は明るい気分になり、

「それでは、ロケが成功するように、芙蓉さんもよろしくお願いします」

 芙蓉がテストに合格することを祈りつつ、電話を切った。

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