霊能力者紅倉美姫3 異界トンネル

岳石祭人

第1話 噂

 ある梅雨の合間のじめじめした暑苦しい夜だった。

 大学に通う4人の男子が、一人のアパートの部屋に集まって特に何をするでなくだらだら過ごしていたが、何か面白いことをしようと、幽霊が出るという噂のあるトンネルへ行くことになった。

 四人のうち三人はノリノリだったが、一人、霊感があるという男子だけは反対した。けれどけっきょく彼も他の三人に押し切られ、いっしょに行くことになった。

 四人は一人の普通車に乗り、噂のトンネルのある県内の峠へ入って行った。

 峠の道は細く、灯りもなく、うっそうたる木々に挟まれて真っ暗だった。

 車のヘッドライトにトンネルの入り口が照らし出されると、何ともゾッとする趣があった。

 車をいったん止め、学生たちはその恐ろしい様子にハイテンションに騒ぎ立て、喜んだ。

 じゃあ行ってみるか、という段になり、車を発進させようとすると、霊感があるという男子がやっぱりやめようと言い出した。

 彼はきっと悪いことが起こるという強い予感がしたのだ。

 しかし他の三人は、

「おまえ本当に霊感なんてあるのかよ? ただの臆病なんじゃないか?」

「本当に幽霊が出たら面白いじゃないか?」

「女子じゃないんだから、あんまりしつこいとマジウザイんだけど?」

 とまともに相手にしないで、悪い予感がどうしても晴れない男子は、

「どうしても行くんならおまえらだけで行け」

 と、車を降りてしまった。彼はそれで仲間が考え直すことを期待したのだが、

「じゃあそこで待ってろ。戻って来たら思いっきり馬鹿にしてやる」

 と、車は発進し、三人は笑いながら真っ暗なトンネルに入って行ってしまった。

 狭い古いトンネルの内部をヘッドライトが照らし、テールランプが奥へ遠ざかって行き、やがて見えなくなってしまった。

 一人真っ暗な夜道に取り残された男子は仲間の帰ってくるのを待っていたが、いつまで待っても、仲間の車が戻ってくることはなかった。





 番組ホームページに「幽霊トンネル」に関する情報が寄せられた。

 メッセージボックスをチェックしたADに報告され、チーフディレクターの三津木は自分でもそのメッセージを見てみたが、


「僕の住むY県に旧御山トンネルという、幽霊が出ると噂されているトンネルがあります。

 なんでも数年前に肝試しに車で入って行った大学生たちがそのまま行方不明になったとか。

 気になるので番組で調べてください」


 という、よくある又聞きの、情報とも言えない不確かな「リクエスト」だった。

「それで?」

 三津木は報告して来た若い男性ADに訊いた。

「この旧御山トンネルって、どんなとこ?」

「幽霊が出るって、有名な心霊スポットですよ。若い女の幽霊が出るとか、血まみれの男の幽霊が出るとか、僧侶の霊が出るとか、鬼婆みたいな老婆の化け物が出るとか、天井からバラバラの手足が降ってくるとか。ご存知ありませんか?」

 三津木はニヤリとして答えた。

「ご存知だよ」

 心霊取材に関しては入社2年目の若造とは年季が違う。

 三津木俊作は、業界では知る人ぞ知る、中央テレビ「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」のチーフディレクターだ。

 38歳。それこそこの若造の頃からほぼ心霊一本でここまでやってきている。

「旧御山トンネルかあ………」

 数年前にも取材したことのある、いわば定番のスポットだ。今更目新しくもないが、

(故きを温ねて新しきを知る、か。定番はやはり定番として定期的に押さえておくのもいいだろう)

 と思った。それに、

「車で入って行って行方不明か……」

 幽霊に遭遇して殺されてしまいました。おいおい、殺されちゃったんなら誰が幽霊に会ったって知ってるんだよ? と、語り手と目撃者の関係がいい加減なのは素人の怪談によくあることで、この「行方不明」にそれを知る具体的な証言者はいるのだろうか?

「行方不明って話は俺も聞いたことがないなあ」

 フム、と面白そうにうなずき、ぼさぼさ頭の不健康そうなADに言った。

「取材プラン立ててみてよ。定番を押さえつつ、新しい切り口でな。トンネルで実際に行方不明になった大学生がいるのかも調べてくれ」

 よろしく、と指先で激励の敬礼を切ると、「はい」とADは背中を向け、

「面白そうだったらかわいいアイドルをリポーターにつけてやるぞ」

 と、これも激励のつもりで声をかけてやったが、「はい」と面倒くさそうに肩越しにうなずき、行ってしまった。

「暗い奴だなあ」

 三津木は呆れたように頭の上に手を組んだ。

「若者なんだからもっと覇気を持てよな」

 自分の若い頃、やたらギラギラしていたのを思い出して、苦笑した。

「丹羽(にわ)……陽樹(はるき)君だったっけ?」

 土気色の不健康な肌色を思い出し、折りを見て焼き肉でも連れてってやるか、と思った。

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