第2話 私的幸福論﹙シマ﹚

 ぎゅぃぃぃいーーーん、階段の手すりに掴まってのけぞるようにして奇声を発する小柄な少女はパッつんに切った前髪を楽しそうに揺らして後ろに立つ友人に目を向けた。 

「シマ、やめなさい。手すり壊れたらどうすんのよ」

ジトッと落ち着いた茶色の髪の毛の女に見つめられてシマは目をぱちくりと瞬いた。

「そんなに重くないよ。百合ちゃん笑ってた方がかわいい」

百合子のさらさらしたショートヘアに細い指を伸ばし、それをとかした。百合子はわかったわかったと生返事をしながらシマの手を引き部屋に向かった。

「百合ちゃんはいいねぇ」

シマがいうと、百合子はあんたといると平和ボケしそうとバカにしたように吐き捨てながらお茶を淹れてくれる。憎まれ口を叩きながら淹れるお茶はシマのお気に入りの紅茶である。 

「私百合ちゃんのそういうとこが好き」

ぽつりとこぼれた本音は漏れることなく百合子の耳に届いてしまう

「なぁに言ってんだか」

こちらには目もくれずに流す百合子の態度が悔しくて

「苦労しそうだけど」 

と付け足す。素直じゃなくて、だけどほんとは優しい私の大好きな百合ちゃん。いつになったら私のこと見てくれるの?

 シマは、百合子から目線を外し自分の長い指をなぞるようにして見つめた。白く小さな百合子の手を思い出す。私、何でも上手だよ、女同士でもいろいろできるよ、ちょっとでいいから試してみない?そう言ってみたかった。だけどそれを口にしたら百合子が汚れてしまうような気がしてシマは小さな唇をきゅっと締めた。

 

 「シマ、お茶冷めるよ」

百合子の声に顔をあげると、なるほど、お茶の湯気はだいぶ薄くなってしまった。シマがぼうっと物思いに耽っている間も百合子はシマの回りをくるくると動いた。

「シマ、髪の毛縛って、あとこれお茶菓子。あなたこれ好きでしょ?」

シマは紅茶のカップを両手で包んだまま甲斐甲斐しく自分の世話をする百合子を上目使いに盗み見た。

顔にかかる少しの湯気と、友人の声が心地いい。ふへへ、と気持ち悪い笑い声が漏れる。なによ、と百合子の不満げな声が聞こえる。幸せだなぁ。

 

 シマは少し冷めてしまった紅茶にそっと口を付けた。

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