通信販売

通販は昔からあった。いまではネットの普及でパソコン、スマホ、携帯からも簡単に購入出来るのはいうまでもない。支払いはクレジット、口座振込み、代引き、コンビニ払いと何通りもあって自分の都合に合わせればいい。昔は違った。現金書留が主だった。

 ぼくが小学五、六年時代、月刊少年ジャンプや少年マガジンの裏に通販で商品のコーナーが載せてあった。書店で立ち読みをする。当時マンガは読まなかったので通販コーナーを見るのが好きだった。そこには不思議な物がたくさんあるからだ。シーモンキー、ゴリラやフランケンのマスク、手品道具など。それは毎月同じ物だったりするけれど、たまに新入りもあった。

 そのなかで目が飛び出そうになった新入りを見つけた。

 それは『ミラクルミ』だ。

 説明文はこんなようだった。『二つのクルミを片手で回すと、頭の回転がよくなり勉強の成績がアップする……』という文だった。

 勉強が出来ない者への助っ人クルミかな、と正直に思っていた。

ぼくは一カ月ごとその写真が消えないことを祈り、お金を貯めていた。

よかった、今月も載っていた、とため息をついたりする。

 値段は千六百円。月のお小遣いか千五百円で百円足りない。もし百円足してもその月はお金のない状態で過ごさないとならない。友だちとオキンという駄菓子屋でなにも買えないし、まったくのつまらない状態になる。それなら月五百円ずつ貯めていれば三カ月後にはと一瞬思った。通帳は持っていないし、お年玉はまったくなかった。やがて三カ月の貯金では足りないと感じてきた。現金書留の郵送代もある。

 世の中の小学生や中学生、それに高校生までが買えばいつかはなくなるだろうし、早く買ったほうがいいのではないか。ぼくはあせった。生まれて二歳の妹を公園で遊ばし面倒をみたり、母の肩たたきをして十分十円をもらった。

 そして三カ月たった月初めに千五百円をもらう。学校帰りは書店へ走った。マンガを読まない月間ジャンプを買うためだ。そこに住所と送る方法が書いてあるので買わないとならない。

 月刊では高く、三百円近かった。やっと三カ月たち、もう待てない。この月は苦しいけれど、頭がよくなるのなら我慢出来るはず。もしかするとテストで七十点以上はとれるのかもしれない。ぼくはニヤニヤしながら家へ向かった。

 机に腰掛けると貯まった小遣いの合計金額を数えることにした。弟に盗まれないように机の引き出しにはない。穴の空いたいすのウレタンのなかから百円ずつ包まれたティシュを出す。

妹の面倒代と肩たたき代を入れれば二千四百六十円はあった。

 郵便屋さんで現金書留の封筒はすでに買ってある。一枚三十円もした。

 そして書留に送る住所と品物の番号、それに千六百円を入れて郵便屋さんへ急いだ。

 母が百円では重くなるからと五百円札へ換えてくれ、郵便屋は五時までやっているといった。時間は四時五分、自転車へ飛び乗って走ると十分ほどで着いた。そして受付に渡した。書留代は三百四十円となった。帰りは残った五百二十円がポケットでジャリジャリとしている。だが平気だ。クラスメートの諸君、ぼくのパワーをみていろ、と心で思えばハハハと上機嫌に笑っていた。七十点から百点のテストを母と義父に見せれば小遣いが上がるかもしれない。ぼくはミラクルミを待ち遠しく思い帰宅した。本日東京の売り主へ送ったなら明日着くのか、それとも四時過ぎでは遅いから明後日なのか、と到着日を考えた。

 土曜や日曜も配達されるのか。当時、宅配便はそれほど普及していなかったし、郵便が主だった。

 翌日はもちろん到着しない。次の日も来なかった。

 毎日より道をせず帰宅していた。そして送った五日後に郵便配達でやって来た。

 それは縦横二十センチの箱に包まれていた。急いでなかを開けると破れた新聞紙が入っていて、もっと小さな白い箱があった。そこを開けるとよくパチパチと指で弾くビニールに包まれた二個の薄い紫色が見えた。これだ。目を見開き面倒な包みを外す。そしてそれを一つ手のひらに載せジッと見た。食べるクルミより重く生卵ほどの重さだ。でも小さいので二つは手の中へは納まりそう。そしてもう一つを近づけると磁石のようにくっつくではないか。

「なんだ、これ?」

 とつぶやき、そのままぐりぐりと片手で握った。勉強にやる気が出るのかと思いながらだった。

 一分が過ぎるとやる気どころか手が疲れてしまった。ぼくは箱に入る説明書を読んでなかったことに気がついた。

 そこには握り方、首や腰に当てたりする絵が描かれてある。『……勉強への集中力がアップする……』と書かれているが、ぼくはなにもやる気がしなかった。

 もしかするとすぐには効かないのではないのか。いつのタイミングで集中力アップするのだろう。学校へ行って教室で握ればいいのか、そうとも考えてしまった。

 その日は宿題を試したがなにも集中力などアップしない。これで成績がアップするのかと、机に座って左手でミラクルミを握った。

「そんなので勉強が好きになれば安いもんよ」

 と母は笑っていた。

 翌日は隠しながら授業中にぐりぐり握るがやる気はまったく出なかった。

 昼休みに親友へ話せば『そんなの信じてたのか、頭なんかよくなるわけないって……』と、こちらにも笑われた。

 もしやだまされたのか、と思ってきた。三カ月も待ったのに。

 テスト当日、毎日ミラクルミを握っていたけれど集中力などアップせず、頭などよくならないだろうと疑い始めた。テストはわからない問題ばかりだった。テストはミラクルミを握りながら出来なかった。結果、算数は十七点だった。いくらなんでもテスト中はばれるので握れない。その日にこれは完全にだまされたと思った。

 千六百円と書留代入れた千九百四十円を返せと思った。これはただ磁石が入っているに過ぎないと予想した。友人には『結局だまされたじゃんかー』といわれ、信じた自分がバカだった。その後、ミラクルミを解体したら予想通り四角い磁石が入っていただけ。これが千六百円もしたとは……。突然とそのことを思い出したので懐かしく書いてみた。

 思い出すと通販はまだあった。

 小学六年のとき、プロレスが流行っていた。女子プロレスではビューティーペアが歌を出したころだ。

 ぼくはまずデストロイヤーが気になった。マスクをかぶるとはなぜだろうと。

 そしとかっこいいメキシコのプロレスラーもいた。月刊プロレスを立ち読んでいるとミルマスカラスがとても洒落たマスクをしている。マスクは売っているのか、と月刊〇〇〇も立ち読んでいたら通販で売っていた。それはデストロイヤーに似るマスクが二千円で売っている。興味がわけば欲しくなるのでまたお金を貯めた。

 貯まればミラクルミの要領で現金書留を東京へ送った。

 だが、なかなか来ない。それは二週間ほどしたころだ。プロレスとは違う雑誌が送られてきた。なんでだろう、と。それにマスクは入っていない。

 もしかするとまただまされたのか、と思った。ちなみに母には話してなかったので、事情を一応報告する。

「どう、その雑誌見せてごらん」

 というので見せた。ぼくは興味がない大人の雑誌だったのでぱらぱらしか見なかった。

そうしたら母が二千円を挟んだ場所を開いた。

「やはりね」

 そこには二千円となにか書かれている用紙があった。

「なんだって?」

「つまり書留代をケチったのだろうね、マスクはもう売り切れました、だと」

「なんだー、でもお金が返ってきたからいいよ」

 そのころ給食袋で覆面を作ろうと思っていたので、二千円は助かった。

その後、デストロイヤー似の覆面を作り、友人たちと戦った。ただ、あまりの布の生地が弱くすぐにボロボロとなった。

 まだ通販話しはある。だが、ぼくはそれを買えなかった。あのさくらももこは買っていた。

 その名も『睡眠学習機』だ。

 中一のとき、『中一コース』という学習雑誌を買っていた。なぜならそれにはガイドがついており、数学や英語の練習問題の答えが載っていて宿題の役に立つからだ。

 その表紙の裏に『睡眠学習機』の紹介があった。そこの写真ではステレオセットのカセットデッキくらいの大きさで、数個のつまみやメーターがついている。それを枕替わりで寝るようだ。あらかじめカセットへ予習を録音し、それをセットする。寝ている間に頭へ翌日の勉強が身に入るという。それならテストのときはとても役に立つと思いほしくなった。でもミラクルミ見たくだまされないだろうか。と思うが機械だし今度は本当だろう。

だが小さく書かれる値段に顔をしかめた。三万九千という値だ。そんな貯められないし、お年玉が入ってもむりだった。この枕さえあれば楽なのに。

 母へ相談したら、『またそんな怪しいの見つけて、だまされるに決まってるでしょ』という。これにはやはりあきらめるしかなかった。買った者は成績がぐんぐん上がっているのかもしれない。中学はテストが多く、これさえあれば暗記できたのに、とそのときは残念がっていた。大人になりそのことを考えれば買わなくて正解だ。わざわざカセットに予習を吹き込むという至難の業をまず行う。それ自体が出来ないだろうし、それをセットしてぶつぶつ小言を聞いていれば、どう考えても寝ることに対してうるさくなる。

 開発者はだれだろうか。こんなことをして儲かったのか。たぶん一瞬は稼げたのかもしれないが、あとからクレームが多く逃げたに違いない。いまの中学一年生がこんなバカげた機械枕を絶対に購入しないはずだ。いまから考えれば昔の子供たちは心底純粋な生活をしている。この違いはなんだろうか。インターネットやゲームの普及からと思うけど。

 ある日、大人のぼくは自転車でふらふらとしていた。するとさくらの元住む家の車庫に車が置いてあるではないか。だれかが住みだしたのか、と思えば数日後はなかった。車はあったりなかったりする。だれだと思い、取材と称し突然訪問した。

 それはさくらの親せきだった。おばさんは今度ここへ住むことになったからいらない荷物を捨てることにしたという。

 それで二階の荷物を一階へ下ろし、それを車へ積んで清掃工場へ持っていく工程だった。

 一人では大変と思ってその日は手伝った。二階には友三やさくらと姉の私物が多々あった。どれを捨てるのかわからず、ぼくが二階から一階へ下ろす役をしているときだった。

 どこかで見た機械だと思い出すこと数秒だ。睡眠学習機とわかった。

 ぼくは一階へ下りれば思わずおばさんへ向けていた。

「ハハハハ、さくらさすがズルをするのがうまい」

「なんで?」

 と聞くので睡眠学習機のことを話した。おばさんもそれには苦笑いだった。

「でも絶対にだまされたはずだ。そんなことをアニメにすればいいのに」

「忘れているんじゃない?」

 と、おばさんはにんまりした。

「いや、さくらは覚えているよ。ぼくはわかる、感もいいし」

「へー、まるこそんな感あるんだ、いつもボケっとしてるけど」

 さくらはエッセイを何冊も出しているけど記憶力がいいのかメモらないらしい。それで何冊もよく出せるなと。まさに睡眠学習機などいらなかったはずだ。ただ勉強は違ったかもしれないが。しかしさくらの性格がにじみ出た瞬間だった。使用して感じていたことは、何度も使って暗記しなかった、なにも覚えていなかった、ではないのか。バカにされるためだれにもいえなかったのか。でもここで書いてしまったのだ。


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