10-3

 僕は佐藤さんのあまりの剣幕に圧倒されて呆然としていた。弱音を吐いてしまったのは申し訳なかったが、なぜあそこまで・・・。


 我に返った僕はあわてて佐藤さんを追いかけた。そして、渡り廊下で物憂げに外を眺めている佐藤さんを見つけた。


「佐藤さん・・・あの・・・」


 佐藤さんが僕のほうを睨んだ。


「あ・・・あの、佐藤さん・・・その・・・ごめん」


「何が?」


 佐藤さんは相変わらず威圧的な態度だ。


「え・・・いや・・・嫌な気持ちにさせちゃったみたいで・・・ごめん・・・」


「・・・」


「佐藤さん?」


「なんで怒ってるかもわからないくせに、適当にごめんとか言わないでくれる?」


「それは・・・僕が弱音を吐いたからだよね?」


 佐藤さんはため息をついた。


「そうだけど、そうじゃない」


「どういうこと?」


「もうちょっと頭使ってみたらどうなの?」


「そんなこと言われても・・・」



***



「ねえ、水野。なんであたしがこんなに小鞠こまりのこと必死に探してると思ってる?」


 僕が黙り込んでいると、佐藤さんが静かにそう言った。


「それは櫻木さくらぎさんのことが心配だからだよね?」


「じゃあ、なんで心配なんだと思う?」


「仲のいい友達だからじゃないの・・・?」


「・・・そうだけど、そうじゃない」


「え・・・」


「あんたはなんで小鞠のこと探してるの?」


「そりゃあ、心配だし・・・会いたいし・・・」


「なんで会いたいの?」


「そ、それは・・・それは・・・」


「何今さらそこで照れるわけ?」


「え・・・いや・・・」


「なんで小鞠に会いたいの?」


「・・・好き・・・だからです・・・」


 沈黙が流れた。


「・・・あたしも」


 佐藤さんがそうボソッと言った。


「え?」


「あたしも好きなの・・・小鞠のこと」


 そう言って佐藤さんは俯いた。


「す、好きって・・・?」


 佐藤さんは顔を上げ、僕のことを睨んだ。


「あんたが小鞠のこと好きなのと同じようにあたしも小鞠のことが好きなの!何回も言わせないでよ!」


「ご、ごめん、佐藤さん」


 僕は頭の中が混乱していた。佐藤さんも櫻木さんのことが好き・・・?


「でもだめだったの・・・」


「え?」


「まあ、予想はしてたけど、だめだった」


 佐藤さんは僕から視線をそらした。


「だめだったって・・・?」


「小鞠に気持ち伝えたけど、丁寧にお断りされちゃった」


「ええっ!いつ?!」


「夏休み中」


「そんなに前に?・・・全然気づかなかった・・・」


「小鞠は変わらず接してくれたからね」


「僕は・・・てっきり佐藤さんは涼平と・・・」


「あいつはいいやつだけど、断った」


「え!いつ?!」


「ずっと前だよ。夏休みより前」


「ええっ!・・・でも涼平はそんなこと一言も・・・」


 ––––なんで櫻木さんをとっていく相手が橘だけだと思ってるの?


 ––––翔子ってさあ、櫻木さんの前だとあんなにいろんな表情見せるんだな


 僕はふいに涼平の言葉を思い出した。


「涼平には・・・言ったの?」


「何を?」


「その・・・佐藤さんは櫻木さんのことが好きだって」


「言ってない」


「そっか・・・」


「こんなこと、いろんな人にべらべら言えることじゃない」


「そう・・・だよね」


「でもあいつは気付いてたと思う。察しがいいから」


「まあ・・・そうだね」


「とにかく、あたしはあんたの言動が許せない」


「えっ・・・」


「『住む世界が違う』とか言って、あたしに『そんなことないよ』って言ってほしかったの?それとも同情してほしかったの?」


「いや・・・その・・・」


「あたしだって小鞠のことが好きなの。でも報われなかったし今後も報われないと思う。本当だったらあんたと協力するのは複雑だし苦しい。だけど小鞠のことが心配だから・・・」


 佐藤さんの目には涙が浮かんでいた。


「佐藤さん・・・」


「だからあんたが本気で小鞠のことを助けたいと思わないんだったら協力しない!」


「ごめん、僕・・・ごめん」


「ごめん以外に何かないわけ?」


「あの・・・ごめん・・・」


「はぁ・・・あんたってほんとに不器用だよね」


「・・・ごめん」


「わかったから、もういいよ。あたしも感情的になってごめん」


 そのまま僕たちは、何も言わずにしばらく窓の外を眺めていた。沈んでいく夕日がまぶしかった。

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