9-4

「え・・・こ、婚約?婚約ってあの婚約か?」


「うん・・・それでその婚約者と大学卒業したら結婚するの」


「いや、ちょっと待て、話が飛びすぎてて全然わかんねえぞ」


「ごめん、私も混乱してて・・・」


「俺も混乱してるよ・・・なんで養子に行ったら婚約するんだ?っていうか婚約相手って誰だ?」


 小夏はまた下を向いてしまった。


「その・・・婚約相手とかは、会社の経営にもかかわることだからまだ誰にも言っちゃダメだって言われてて・・・」


「そんな・・・俺絶対誰にも言わないから。約束するから教えてくれよ」


 小夏は少し悩んでいた。


「・・・わかった。絶対誰にも言わないって約束だよ」


「ああ、約束する」


 小夏は顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。


「婚約相手は、さくらぎフィナンシャルグループの御曹司なの」


「ええ!さくらぎってあの!?」


「うん・・・。で、さくらぎフィナンシャルグループがね、その親戚の会社に興味があるんだって」


「興味?」


「いずれは買収したいってこと」


「なるほど・・・」


「親戚もその話には乗り気なんだけど、買収を確実なものにするために、約束の証みたいなものがほしいってさくらぎフィナンシャルグループから言われてるらしくて・・・」


「そのための結婚ってことか!?」

「うん・・・」


「それって人質みたいなもんだろ?何時代だよ!武士か何かなのか?っていうか、なんで小夏はOKしたんだ?何のメリットもないだろ?」


「・・・実は、婚約したらうちの親のラーメン屋に出資してくれるって言われてるの」


「出資・・・」


「ほら、うちのラーメン屋結構経営が危ないからさ・・・でも、私はあのラーメン大好きだし、親にはできるだけ長くお店をやっててほしいの。だから・・・」


「おじさんとおばさんは何て言ってたんだ?」


「うちの親は・・・反対してたよ。でもこれは私の意思なの。お店を続けさせてあげたい、それだけなの」


「だからって小夏ばっかそんなに背負いこむ必要ないだろ。何で俺には何も相談してくれなかったんだ?」


 小夏は黙り込んだ。


「小夏・・・?」


「だって・・・カズくんに言ったら・・・絶対に反対されると思って・・・」


 声が震えている。また泣かせてしまったようだ。


「小夏・・・そりゃ、反対するよ。おじさんとおばさんだって反対したんだから」


「カズくんに反対されたら・・・私・・・意思が揺らいじゃうと思ったの・・・」


「えっ?」


「だから・・・もう後戻りできなくなるところまではカズくんに言わないようにしようと思ってたの・・・」


 そう言うと、小夏は俺の胸に飛び込んできた。


「小夏!?」


「カズくん・・・2人だけで出かけられるのは今日が最後なの・・・だから・・・だから今日だけは・・・」


 俺は小夏を強く抱きしめた。


「うん・・・」



***



 そのまま俺たちは、花火が終わっても抱きしめあっていた。お互いの存在を確かめるように。しかし俺は、決して小夏に好きだとは言わなかった。そんなことをしてしまったら、小夏の心をざわつかせてしまうだろう。それに俺自身も、小夏のことをあきらめられなくなる気がしたのだった。


 こうして俺の恋は終わりを迎えた。俺たちは同じ大学に進学し、同じサークルにも所属するが、二度と2人きりで会うことはなかった。そして大学卒業と同時に小夏は結婚し、数年後、女の子が生まれたと聞いた。


 実は、その後、小夏とは一度だけ、小夏の両親が切り盛りするラーメン屋で会った。5歳の子どもも一緒だった。小夏に似たとてもかわいい女の子で、ラーメンをおいしそうに食べていたのが印象的だった。


 その約10年後、小夏は病気で亡くなり、俺は小夏と二度と会うことがかなわなかった。

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