(8) いざというときは

8-1

 文化祭2日目の朝は、冷たい雨が降っていた。今日も僕はマンションの部屋の外で櫻木さくらぎさんを待っている。今日は一日中降ったり止んだりを繰り返す天気になるらしい。暑いのも嫌いだが雨も嫌いだ。せっかく今日は櫻木さんと一緒に文化祭を回るというのに、なんだか幸先が悪い。


「水野くんおはよう。今日は少し寒いわね」


 櫻木さんが部屋から出てきてそう言った。


「おはよう。うん、そうだね。雨も降ってるしなんかテンション下がるなー」


「そんなこと言わないで。ほら、これだけ寒いなら温かいラーメンを喜んでくれるお客さんがたくさんいるはずだわ!今日もがんばりましょ」


 結局昨日は、ラーメンの味と櫻木さんの美貌が大反響を呼び、当初の予定の3倍を売り上げた。今日は午後から櫻木さんが非番になることを加味して、昨日の70%ほどの売上を予想しているが、それでも当初予定を大きく上回ることになるだろう。といっても、今日僕は朝一以外は非番になる。櫻木さんとの午後のデートまでの間に、しっかりと文化祭の下見をしておくつもりだ。



***



 朝の店番を終えた僕は、校内を見て回っていた。櫻木さんが行きたいと言っていた別のクラスのラーメン屋は、申し訳ないがうちのクラスとは雲泥の差でお客が少なかった。僕たちのクラスのラーメン屋は、今日はなんと開店前から長蛇の列ができてしまうほどになっていた。昨日のうちに櫻木さんの噂はいったいどこまで広がってしまったのだろうか。


 そして今日のデートのメインとなるお化け屋敷はというと、予想はしていたが、なかなかの人気でかなりの行列ができていた。これは、待ち時間にどれだけ櫻木さんと会話を楽しめるかが重要になりそうだ。



***



 午後1時、店番終わりの櫻木さんと落ち合った。外では雨が降っている。お昼前に一度止んだのだが、先ほどからまた降りはじめていた。


「櫻木さん、お疲れ様。今日もすごい行列だったね」


「ええ、たくさんの方に来ていただいて幸せだったわ!」


 櫻木さんは満面の笑みを見せた。


「そっか、それはよかった。お腹すいたでしょ?櫻木さんが言ってたラーメンを食べに行こうか」


「ええ、もうお腹がぺこぺこで・・・。でもその前に水野くん、時計をつけてほしいわ」


「あ・・・うん、わかった・・・」



***



 そして僕と櫻木さんは件のラーメン屋へと来ていた。


「ここのラーメンは醤油ラーメンなのね!麺も太めで食べ応えがあっておいしいわ!」


「うん、そうだね・・・」


 確かにラーメンはおいしい。しかし僕は全く落ち着かなかった。なぜなら周りの視線が全部僕たちに集まっているのが痛いほど感じられたからである。そしてもっと驚いたことに、いつの間にかこのラーメン屋に行列ができてしまっていた。考えてみれば、櫻木さんはこの文化祭の注目の的なのだ。こうなってしまうのも当然かもしれない。そんなことも予想していなかった僕が浅はかだったのだろう。


「あら、なんだか急に混んできたわね。あまりここに居座るとお邪魔かしら?」


 櫻木さんはなぜこのお店が混んできたのか理解していない様子だ。


「あ・・・うん。みんなごはん時なのかな・・・?そろそろ行こうか」


「ええ、次はどこに行こうかしら?」


「昨日言ったお化け屋敷でもいいかな?」


「いいわね!そうしましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る