7-2

「あのさ、櫻木さん、文化祭の2日目って午後は休憩だよね?」


「ええ、残念ながらそうなってしまったわ。でも、みなさんだって店番をしたいでしょうから、仕方ないわ」


「ああ・・・そうだね・・・」


 休憩時間が残念だと言われてしまうと、一緒に文化祭を回るお誘いをするのがためらわれる。


小鞠こまりさん、今度の文化祭は私がエスコートするよ。だから一緒に見物しないかい」


 後ろから声がした。振り返ると、そこには橘尊たちばなみことがいた。


「橘尊!」


 今の橘尊のかっこつけたセリフを聞いて、近くにいた女子たちはキャーキャー言っている。橘尊は僕のほうをギロッと見た。


「また君か、水野くん。いい加減人の名前を呼び捨てで大声で叫ぶのはやめてもらいたい」


 僕は橘尊を睨んだ。ふと櫻木さんのほうを見ると、いかにも面倒くさそうな顔をしていた。櫻木さんはあまり不快感を顔に出さないタイプだと思っていたので正直驚いた。


「尊くん、もうその言葉は聞き飽きたわ。これで5回目よ。前にも言った通り、私は店番があるの。だから一緒に見物はできないわ」


「え、5回目!?」


 僕の知らないところでそんなにアプローチしていたとは知らなかった。しかし、4回も断られてもまだあきらめないとはものすごい執着心だ。周りの女子たちも、「やっぱり橘くんは一途だよねー」などと言っている。


「私は小鞠さんの婚約者なのだから、エスコートすることは当然のことだと思っているよ。それに今、2日目の午後は休憩だと聞こえたような気がしましたが?」


 話を聞かれていたらしい。これはまずい。


「休憩時間も私はお店で過ごすわ。いつでもサポートできるようにしたいもの。だからごめんなさい、尊くんとは一緒に文化祭を見て回れないの」


 櫻木さんはそうきっぱり言った。橘尊は少し悔しそうな顔をした。


「わかった。気が変わったら教えてほしい。連絡お待ちしているよ」


 橘尊はそう言い残して去っていった。


 櫻木さんが店番をやりたがるのはてっきりラーメンが大好きで仕方がないからだと思っていた。もちろんそれもあるのだろうが、橘尊から離れたいという気持ちもあったのだろう。そのことに気づいてあげられなかった自分が情けなくなった。


「櫻木さん、アイツにそんなに声かけられてたんだね。ごめん、気が付かなくて」


「いいえ、私が言っていなかっただけよ。水野くんは悪くないわ」


 櫻木さんは笑顔を見せたが、無理をしているように見える。なんだか僕は、今ここで当たって砕けないといけない気がした。


「櫻木さん、休憩時間もお店に残るって本当?」


「ええ、そのつもりよ。出歩いていたら、尊くんがついて来ちゃうかもしれないし・・・」


「あのさ・・・実はその時間、僕も休憩なんだ」


「あら、そうだったの」


「うん、だから・・・」


 心臓が激しく鼓動し、その音が櫻木さんにも聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。僕は唾をごくっと飲み込んだ。


「だから、僕と一緒に文化祭を回ってくれないかな?」


 言ってしまった。橘尊が目の前で玉砕したのを見た直後に同じ誘いをするなんてばかげているとは思う。でも、今言わないとダメだと思ったのだった。


「水野くんと・・・?」


「・・・うん。もちろん、櫻木さんがお店に残りたいなら、そうしてくれていいから」


 櫻木さんは俯いてしまった。表情が見えない。橘尊と同じことを言ってくるなんて面倒くさいやつだと思われただろうか。そのまま5秒ほど待っただろうか。櫻木さんが何かをつぶやいた。


「水野くんとなら・・・」


 櫻木さんはしたを向いたままだ。


「水野くんとなら・・・一緒に回りたいわ」


 櫻木さんはそう言って顔を上げ、僕の目を見た。だがすぐにそらしてしまった。


「えっ・・・?いいの?」


 僕は自分の耳を疑ってしまった。


「・・・ええ、もちろん」


 櫻木さんは少し恥ずかしそうにしている。僕は喜びがこみあげてくるのを感じた。


「あの・・・ありがとう。楽しみにしてるよ」


 僕は照れ臭くて頭をポリポリとかいた。


「こちらこそお誘いありがとう。私も楽しみにしているわ」


 櫻木さんが笑顔を見せてくれた。今度は、心からの笑顔であるように見えた。カズおじちゃん、やったよ!

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