6-4

「そんな学校の近くに猫カフェができたんだね」


 翌日午後、僕と櫻木さくらぎさんは学校の最寄り駅まで来ていた。勢いで決めてしまったので場所を知らなかったのだが、猫カフェは学校から目と鼻の先だったらしい。


「ええ、これからは気が向いたら学校帰りにも行けるし、幸せだわ!」


「そっか・・・それは良かった・・・」


 正直、僕は気が気ではなかった。櫻木さんは気にしていないようだが、夏休みとはいえ学校の近くにいるということは、知り合いに会ってしまう可能性があるということだ。櫻木さんと2人でいるところを見られたらどうなってしまうだろうか。そんな心配をしながら、僕たちは駅の外へと出た。


「それにしても、今日も暑いわね。猫ちゃんたちは大丈夫かしら?」


 櫻木さんの心配そうな顔がとても可愛くてドキドキする。


「今年は本当に暑いよね。でも猫カフェの猫たちはしっかり体調管理されてるはずだし、大丈夫だと思うよ」


「そうよね!」



***



 猫カフェは新しい雑居ビルの2階に入っていた。1階はアイスクリーム専門店になっている。


「櫻木さん、ちょっと暑いし、先に下でアイスでも食べてから行かない?」


「いいわね!私もそうしようかなと思っていたところだったの」


「じゃあ入ろうか」


「ええ」


 店内は、もう一生ここから出たくないと思うほど涼しかった。メニューを見ると、豊富な種類のアイスクリームが並んでおり、どれもこれもおいしそうで僕たちは目を奪われていた。


「あれ?陸久りく?」


 突然、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、そこには涼平りょうへいと佐藤さんが立っていた。


「お、おお・・・涼平・・・それに佐藤さん・・・」


 僕の心配は現実のものになってしまった。しかも涼平と佐藤さんに会ってしまうなんて・・・。


「まあ、田中さん、翔子しょうこちゃん、お久しぶりね!」


「櫻木さん、久しぶりー。へえ、休みの日なのに櫻木さんも一緒なんだー」


 涼平が意味ありげな目で僕を見てきた。佐藤さんはなぜか僕を睨んでいる。


「そ、そっちこそ2人でどうしたんだよ。そっちだって休みの日なのに2人一緒だろ?」


 僕は慌てて反論した。


「学校で文化祭の会議があったんだよ。で、その帰り。ほら、俺たち2人ともクラスの代表じゃん?」


「ああ・・・そうだったっけ?」


「そうそう。それでアイスでも食べて帰ろうってことになったんだよ」


 すると佐藤さんは涼平のほうを睨んだ。


「こいつが行こう行こうってうるさいから付いてきてやったの!」


「全く・・・つれないなあ・・・」


「あの、田中さん、翔子ちゃん。私たち、この後2階の猫カフェに行く予定なの。もしよろしければお2人もご一緒にどうかしら?」


 ええ、誘っちゃうの?という言葉が喉まで出かかったが僕は何とか抑えた。


「へえ、猫カフェなんてできたんだー。俺興味あるなあ。翔子はどう?」


 涼平が興味深げに言った。


「べ、別にそんなに興味は・・・でも小鞠が誘ってくれるなら・・・行こうかな」


 佐藤さんはなんだか恥ずかしそうに見えた。


 せっかくの櫻木さんと2人きりのデートだったはずが、結局僕たちは4人で猫カフェに行くことになってしまった。暑さのあまり、先にアイスクリームでも食べていこうと言ってしまったことを後悔し、今日の暑さが憎らしくなった。



***



「邪魔して悪いな!」


 アイスクリームを食べ終わって2階の猫カフェへと向かう階段の途中、涼平が耳打ちしてきた。


「悪いと思うなら断れよ」


「いや、翔子が行きたいかもしれないなーと思ってさ」



***



「わあ、かわいい!こんなに猫ちゃんたちがたくさん・・・!夢みたいだわ!」


 猫カフェに入った櫻木さんは目を輝かせていた。猫たちも櫻木さんの人柄の良さが分かるのか、ごはんもあげていないのにどんどん櫻木さんの周りに集まっている。


「小鞠ってすごいね。猫にまで好かれちゃうなんて」


「そうかしら?でも、そこの猫ちゃん、翔子ちゃんのことが好きみたいよ。ほら」


 常に何かを睨みつけているような顔の猫が、佐藤さんの近くに座って、撫でろという顔をしていた。ちょっとだけ、猫の顔が佐藤さんに似ているなと思ったが、絶対に口に出さないようにしようと思った。


 僕と涼平はというと、女子2人から完全に置いてけぼりをくらってしまっていた。女子2人が楽しそうに猫と戯れているのを横目に、僕たちは椅子に座って飲み物を飲んでいた。


「翔子ってさあ、櫻木さんの前だとあんなにいろんな表情見せるんだな」


 涼平がぽつっとつぶやいた。


「俺の前ではあんな顔見せないのに」


「それは、女子同士だからなんじゃないの?」


「まあ、それもあるかもしれないけどさ・・・」


 佐藤さんを見る涼平の顔はなんとなく寂しそうだった。

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