5-4

 試験期間は嵐のように過ぎ去り、あっという間に成績が発表された。試験前の最後の三日間はほぼ徹夜で勉強したが、僕の成績は完全に平均といったところにとどまった。一方で櫻木さくらぎさんは、全教科満点という驚異的な成績で学年1位となった。しかも2位の橘尊たちばなみことに大差をつけての1位である。成績上位10名は点数と名前が掲示されるので学年中が櫻木さんの話で持ちきりだった。


小鞠こまりー!なにあの成績!めっちゃやばいじゃん!全部満点とかすごすぎ!」


 佐藤さんがものすごいハイテンションで櫻木さんに話しかけていた。


「翔子ちゃん、ありがとう。私もまさかあんなに点数が取れると思わなかったわ」


「またまたー。満点ってなかなか取れるものじゃないと思うよ。小鞠どうやって勉強してるの?予備校とか行ってないよね?今度やり方教えてよ」


「やり方っていうほどのものでもないのだけど・・・わかったわ」


「あ、それ俺も一緒に教えてもらっていい?」


 涼平が割り込んできた。


「なんであんたも一緒なの!」


「そんないい方しなくてもいいじゃん。俺も知りたいだけだよ」


「あっそ。それで、水野はなんで黙りこくってるの?」


「えっ?」


「ずっとここにいたくせに、なにもしゃべらないから。空気のものまねでもしてるの?」


「え、違うよ」


「そんなの知ってるに決まってるでしょ。冗談で言ったの!」


「あ・・・ごめん」


「もう・・・。まあ、大体察しはつくけど。どうせ成績があんまり良くなかったとかでしょ?」


「ああ・・・うーん、ちょうど平均ぐらいだったから悪いというほどではないんだけど・・・」


「平均だなんて、君は本当に平凡な人間なんだね、水野くん」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、そこには・・・


「橘尊!」


 突然のことに驚き、大きな声を出してしまった。僕の周りが静まり返る。


「ちょっと水野、何大声出してるのよ!」


「いや、ちょっと驚いて・・・」


「ふん、なんでこんなしょうもないやつと小鞠さんが・・・。小鞠さんの隣人だか何だか知らないが、君は小鞠さんと仲良くしていいような人間ではない。今回の成績でもよくわかっただろう」


「ちょっと、あんたねえ。人よりちょっと成績がいいからってそんな言い方ある?」


「成績というのは、その人間が人間としていかに優れているかを測ることのできる指標だと私は思っている。だから成績で私に及ばない水野くんは私よりも人間として劣っているということだ」


「あんた最低ね!」


 佐藤さんは怒ってくれているが、正直僕には言い返す言葉もなかった。橘尊の言うことは正論に思える。成績で櫻木さんに遠く及ばない僕なんかが櫻木さんと仲良くしていたら、櫻木さんに迷惑がかかってしまうのではないだろうか。


「尊くん」


 その時、櫻木さんが口を開いた。


「尊くん、成績なんてただの数字よ。そんなの人間としての優劣を測る指標になんてならないわ」


 櫻木さんがきっぱりとそういった。


「それに・・・平均ってとても・・・」


 櫻木さんは僕のほうを見てほほんでいる。


「平均ってとても、素晴らしいことだと私は思うわ」


「櫻木さん・・・」


 僕は照れ臭くなった。


「小鞠さん、どうしてこんなやつの味方をするんだ?」


「別に、味方とか敵とかそういうことじゃないわ。私はただ、正しいと思うことを言っただけよ」


 つまり、橘尊の言っていることは間違っている。そう言われてしまった橘尊は、何も言えないようだった。橘尊は櫻木さんから視線を移して僕を少し睨み、また櫻木さんに向き直って軽く会釈をしてから立ち去った。



***



「小鞠すごい!すっきりしたー」


 佐藤さんが誇らしそうな表情をしている。


「本当に?よかったわ!」


「でも、『平均が素晴らしい』って、小鞠が言うとちょっと嫌味っぽいよー?」


「ええっ!あ、あの、私そんなつもりでは・・・水野くんごめんなさい!」


 櫻木さんが大慌てで僕に頭をぺこぺこ下げていた。


「いや、全然そんな・・・気にしないで。むしろちょっと元気出た。それに櫻木さん・・・すごくかっこよかった。ありがとう」


 僕は頭をポリポリかきながらそう言った。櫻木さんの言う「平均」という言葉はとても重みがあるように僕には感じられた。


「もう二人とも、人前でイチャイチャしないでよね!」


 佐藤さんは腕を組んでちょっと拗ねた顔をしていた。

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