5-3

「水野くん、試験勉強は順調?」


 僕は櫻木さくらぎさんの部屋で夕飯をごちそうになっていた。涼平とのあの一件から数日が経過していた。あの後、涼平とは何事もなかったかのように接している。冷静に考えて見れば、こんな風に櫻木さんの手料理をごちそうになっているのは学校の中で僕だけだろうし、何なら毎朝一緒に登校している。誰よりも有利な環境に僕はいるのだ。涼平は、そこに甘えるなということを教えてくれたのかもしれない。


 ところでなぜ僕が今櫻木さんに夕飯をごちそうになっているのかというと、櫻木さんがカズおじちゃんから新しいレシピを教わったのが理由だ。櫻木さんはカズおじちゃんからレシピを教わるたびに僕に料理をふるまってくれていた。今日のメニューはがっつりコロッケ丼。櫻木さんのコロッケ好きはとどまるところを知らない。そんな楽しい時間に放り込まれた絶望のワードが「試験勉強」だ。僕はうなだれた。


「水野くん?」


「あ・・・いや、試験勉強の話は・・・また今度にしよう」


「また今度って言っても、試験まであと3日じゃない」


「うっ・・・」


「高校に入って初めての試験だし、皆さんがどんな風にお勉強されているのか気になるわ。あ・・・お忙しいのにお呼びたてしてしまってごめんなさい」


「い、いや、それは全然いいよ。いいっていうか、こんな風に夕飯をごちそうになれてうれしいよ。今日もすごくおいしかったよ」


「ありがとう、うれしいわ。カズおじちゃんのコロッケは本当に絶品だわ」


「うん、そうだよね」


「アレンジしてもおいしいなんてすばらしいわ」


「そうだね。でもそれは櫻木さんの料理の腕も上がったからだと思うよ」


「まあ・・・ありがとう」


「い、いや」


「・・・それで、試験勉強なのだけど・・・」


「あ・・・覚えてた?」


「え?」


「いや、何でもないよ・・・」


 あわよくばコロッケの話で櫻木さんが試験勉強のことを忘れてくれるのではと思ったのだがそう簡単にはいかなかった。


「えーっと、櫻木さんは、試験勉強どうなの?」


「私?私は・・・正直自信がないわ」


「そうなの?櫻木さんのことだから準備は万全なのかと思ってたけど」


「教科書は全教科自分で1からノートに書き出せるぐらい読んで、問題集も5回は繰り返したのだけど、それで足りるのかしら」


「えっ」


「あら、やはりそれでは足りないのかしら?」


「い、いやー、たぶん足りるんじゃないかな」


「そう・・・。水野くんは問題集は何回繰り返したの?」


「え・・・えーっと、ぼちぼち・・・」


「ぼちぼちって、私とあまり変わらないかしら?」


「う、うん・・・まあね」


「そう。少し安心したわ」


「そっか、良かった。あ、ぼ、僕そろそろ失礼するね。勉強もしないといけないし、櫻木さんも勉強するでしょ?お邪魔しちゃいけないから」


「え、水野くん?」


「今日はごちそうさま。また明日」


「ええ・・・また明日」


 僕は逃げるように櫻木さんの部屋を後にした。当然だが、櫻木さんと同じぐらい問題集をやりこんでいるはずはなく、むしろまだ試験範囲を一回もやり終わっていない。櫻木さんは間違いなく学年でもトップの成績をとってくるだろう。僕もせめて櫻木さんにさげすんだ目で見られない程度の成績は取りたいとは思うのだが・・・。

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