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 さくらぎフィナンシャルグループ、それはこの国の人なら誰でも知っている大企業だ。戦前には櫻木さくらぎ財閥として栄えており、そのことは社会の教科書にも載っている。戦後の財閥解体の後も、財閥の流れを汲む企業連合体として莫大な富を築いてきた。現在では、金融業界や建設業界、ファッション業界などあらゆる方面で事業を行う一流企業である。その社長の一人娘が、僕の隣人の櫻木さんだった。今まで櫻木さんの出自を聞こうとは思わなかったが、こんな形で知ることになってしまった。


 以前、櫻木さんはお嬢様と呼ばれるのは嫌いだと言っていた。きっと、大企業の社長令嬢だと知って興味本位で近づいてくる人間がたくさんいたからなんだろう。もしかしたら櫻木さんがひいらぎ学園高校に入学したのは、彼女のことを全く知らない人たちの中に身を置きたかったからなのかもしれない。それなのに、涼平によれば彼女が入学することはすでに噂になっていたらしい。僕は、櫻木さんのこれからの高校生活が心配になってしまった。同時に、櫻木さんのことを全力で守っていこうと決意した。


 ––––いざという時はちゃんとお前があの子を守ってやるんだぞ?


 カズおじちゃん、僕がんばるから!



***



「水野くん、同じクラスになれて良かったわ!」


 櫻木さんがとてもうれしそうに言っている。僕たちは教室のドアの前にいた。


「う、うん・・・僕もだよ。すごく安心した」


 ドアには、座席表が貼ってある。五十音順のようだ。残念ながら、僕と櫻木さんの席は随分離れている。


「席につきましょう!」


「あ、うん・・・そうだね」


 櫻木さんと二人で教室に入ると、「あの子、すごい美人じゃない?」「めっちゃかわいい!」「芸能人みたい!」など、みんな口々にそんなことを言っている。そして僕の存在に気付くと、「あの男子何だろう?」「彼氏?」「いや、どっちかというとマネージャー?」「なんかそれっぽいー」など、散々な言われようだった。ちょっと前に全く同じ光景を見たような・・・。


 僕の席は教室の奥、窓側にあった。ここに座り、右斜め前の方を見ると櫻木さんが見える。櫻木さんは、一つ後ろの席のショートカットの女子と楽しそうに話している。その女子は見るからに活発そうで、友達も多そうで、スクールカーストの最上位に君臨しそうなタイプに見えた。すると突然、二人がこちらを向いた。僕は慌てて視線をそらし、横目で二人の様子をうかがった。櫻木さんは両手を口元に当て、恥ずかしそうにしている。それを、例の女子は面白そうに笑っている。何を話しているんだ・・・気になる・・・。


 ––––ガラガラ


 教室のドアが開き、教員と思われる女性が入ってきた。


「入学おめでとう。これから入学式を行うので、みんな身なりを整えて廊下に並んでー」



***



 入学式は厳かな雰囲気で進行していた。国歌斉唱、校長挨拶、来賓紹介、来賓挨拶、そして生徒会長挨拶・・・長い・・・呪文にしか聞こえなくなってきた・・・。


「新入生代表挨拶。新入生代表、一年D組、橘尊たちばなみこと


「はい」


 落ち着いた返事だ。名前を呼ばれて立ち上がったのは、やたらとイケメンの男子だった。歩き方や礼の仕方、階段の登り方にも、イケメンのオーラが溢れていて眩しい。


「暖かな春の訪れとともに、私たちはこの柊学園高校の入学式を迎えることとなりました––––」


 イケボだ・・・。


「私がこの高校に入学した大きな理由は––––」


 イケボだ・・・。


「一年B組、櫻木小鞠さんの存在です」


 イケボ・・・え?


「彼女は、私の婚約者です。私たちは将来を誓い合った仲なのです」


 ・・・はあ?まわりの生徒たちもざわつき始めている。先生たちも慌てているようだ。


「––––さくらぎフィナンシャルグループと、世界の自動車メーカーTACHIBANAとの提携を、二人で成功させよう!」


 先生たちは慌てているが、なぜか止めに入らない。


「令和二年四月十三日、新入生代表、橘尊」


 ––––ガタッ


 櫻木さんが突然立ち上がり、そのまま出口へと走っていった。

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