(4) 新入生の誓い

4-1

 四月、うららかな春の日、ひいらぎ学園高校の入学式当日をむかえた。新しい学校、新しい仲間、そして櫻木さくらぎさんにとっては新しい通学手段の始まりだった。


 入学式の前に櫻木さんとは何度か電車に乗る練習をしたが、通学ラッシュの電車は今日が初めてだ。


「まるで・・・遊園地のアトラクションのようだったわ!とてもスリリングね」


 それが櫻木さんの満員電車初体験後の感想だった。こんなアトラクションがあったら絶対に乗りたくない。


「櫻木さん、遊園地には行ったことあるんだね」


「ええ、昔はよくお父様が貸切ってくださったわ」


「貸切・・・へえ・・・」


 最寄駅から学校までは商店街を通る一本道だ。朝はまだほとんど店が開いていないが、帰りにはおいしい食べ物がたくさん食べられそうだ。通学路には、真新しい制服を着た同じ学校の生徒たちが大勢いた。僕は前を歩く生徒たちがこちらをちらちらと振り返っていることに気が付いた。


「なあなあ、あの子、すげえ可愛くね?」


「ねえ、あの子すごくきれい!同じ一年生だよね?」


「清楚なお嬢様って感じ」


 みんな櫻木さんのことを噂しているようだ。


「ねえ、あの隣の男子何?」


「彼氏とか?」


 彼氏!?そ、そうか、櫻木さんと二人で歩いていると周りからはそんな風に・・・。


「まさか、なんか地味だし・・・お嬢様の使用人とか?」


「たしかにー」


 いや、そんな風には見られてなかった。しかも使用人というのはそんなに遠くないような・・・。


「水野くん」


「は、はい!」


 ぼうっとしていたら櫻木さんに声をかけられたので驚いてしまった。櫻木さんはふふっと笑っている。


「とても良いお返事ね。水野くん、今日はその時計をつけてくれてありがとう。嬉しいわ」


「い、いやあ。せっかくいただいたものだし、大切なイベントの時には使うって約束したからね」


 そう、今日の僕は櫻木さんにもらったの腕時計を身に着けている。あまりにも身の丈に合っていないと思うが、櫻木さんたっての希望だったので身につけざるを得な・・・いや、身につけさせていただいた。しかし、マルガリを持ってるなんて周りの人にバレたら非常に面倒なことになりそうだ。


「よっ、陸久りく。久しぶり!」


 突然後ろから背中をポンと叩かれた。


「お、おう、涼平りょうへいか。久しぶり」


 僕はとっさに左腕の時計を袖で隠した。


「あの、水野くん、こちらの方は?」


「ああ、こいつは田中涼平たなかりょうへい。僕の幼馴染だよ」


「どうもっ」


 涼平は軽いノリで挨拶した。


「田中さんですか。はじめまして、私、櫻木小鞠さくらぎこまりと申します。水野くんの隣人なんです。どうぞ、よろしくお願いいたしますね」


 すると涼平は少し考える様子を見せた。


「櫻木さんってもしかして・・・さくらぎフィナンシャルグループの櫻木さん?」


「え・・・ええ、そうですよ」


「やっぱり!噂があったんだよ、さくらぎフィナンシャルグループのご令嬢がこの学校に入学するって」


「そう・・・ですか・・・」


「噂は本当だったんだね、すごいなあ」


「別に、すごくなんてないのですよ。私はただ、あの家に生まれただけですから・・・」


 櫻木さんは笑顔だったが、無理に取り繕っているように見えた。


「涼平、櫻木さんのこと、ぺらぺら話すなよ。見世物じゃないんだから」


 僕がそういうと、涼平は僕と櫻木さんを交互に見た。


「俺にだってそれぐらいの分別はあるよ。そんなに怖い顔するなよ」


「そう・・・ならいいんだけど」


「ところで、いい時計してるな」


 気が付いたら腕時計は袖から完全に出ていた。


「あ!こ、これはその・・・」


「大丈夫、誰にも話さないよ。俺にはそれぐらいの分別がある。じゃあ、先に行ってるよ、お二人さん」


 涼平は再び僕と櫻木さんを交互に見て、そして走って行ってしまった。



***



「水野くん・・・先ほどはありがとう」


「え、何が?」


「田中さんに、私のことをぺらぺら話すなって言ってくれて」


「ああ・・・うん。ごめんね、気分悪くしちゃったかな?」


「いいえ、慣れてるわ」


 そう言いつつ、櫻木さんの表情は暗かった。


「櫻木さん、安心して。涼平はああ見えてすごく察しがいいやつなんだよ。この時計のこともなんか察したみたいだったし・・・。とにかくあいつは、櫻木さんのことを傷つけるようなことはしないって僕が保証するよ」


「そう・・・水野くんがそういうなら、きっとそうなのね」


「うん。でももし何か傷つくようなことをされたら遠慮なく僕に言ってね。あいつのこと、ぶん殴っとくから」


「まあ、暴力は良くないわ」


「ああ、うん、そうだね」


 櫻木さんは笑顔を見せた。

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