(3) お嬢様の悩み事
3-1
「あの、実は今少し悩んでいることがあって・・・でももしかしたら明日になったら解決しているかもしれないから・・・明日の朝になっても解決していなかったら、相談にのっていただけないかしら?」
この一週間、僕は櫻木さんに米の炊き方や味噌汁の作り方、野菜の切り方など料理の基本や、スーパーでの買い物の仕方、部屋の掃除の仕方など生活に欠かせないことを徹底的に教えていた。嫌な姑にでもなったような気分だった。しかし、「まあ、ほこりが吸い取られたわ!」とか、「お米って最初はこんなに少ないのね」とか、その他さまざまな生まれたての子どものような感想が可愛らしく、姑というよりはどちらかというと子どもの成長を見守る親になったような気分だった。
そして今日、僕は初めて会った日に約束した通り、櫻木さんを近所のラーメン屋に連れて行っていた。カニ出汁が特徴的なそのラーメン屋は、味はもちろんのこと、麺の太さやスープの味をカスタマイズできるサービスもあり、連日行列ができる人気店だ。櫻木さんは食券を買ってから席に着くスタイルに戸惑うかと思いきや、お店に入ったらすぐに食券販売機の方へ歩いて行ったから驚いた。「昔一度だけラーメン屋さんに来たことがあるの」とのことだ。確かに前にもそんなようなことを言っていた気がする。
櫻木さんはその店のラーメンを大層気に入ってくれた。
「カニ出汁、すばらしいわ!水野くん、また来ましょうね!」
目をキラキラさせた彼女はすばらしく可愛かった。
そしてその帰り道、前述した相談、というか相談の相談を持ち掛けられたのだった。
「相談?もちろんいいけど、悩んでるって・・・大丈夫なの?」
「ええ。そんなに大したことではないと思うの・・・」
「そっか・・・」
もしかしてお父様のことかな・・・まさか連れ戻されちゃったりなんて・・・。そのとき、いつかのカズおじちゃんの言葉が脳裏をよぎった。
––––いざという時はちゃんとお前があの子を守ってやるんだぞ?
これは、もしかしたらもうその時が来てしまったのかもしれない。
「そういえば、もう入学式まで一週間ほどになったわね」
櫻木さんが唐突にそう言った。
「私、柊学園に通うことが夢だったの。とても楽しみだわ」
櫻木さんはなんだか寂しそうな表情だ。
「柊学園に何か思い入れがあるの?」
「ええ、お母様の母校なの・・・お母様に私が入学する姿をお見せしたかったわ」
「櫻木さんのお母様って・・・」
「・・・ええ。亡くなったの。もう一年になるわ」
「そうだったんだ」
櫻木さんが、私立とはいえ僕みたいな庶民でも通うような学校に入学するなんて不思議だと思っていた。話を聞く限り、中学までは僕が想像もできないようなお嬢様学校に通っていたようだったし。
「それは辛かったね・・・。あの・・・気づいてたかもしれないけど、実は僕も小さい頃に母さんが亡くなったんだ。だから、その・・・気持ちはわかると思う」
「・・・ありがとう。水野くんのお母様は・・・もしかしたらそうかもしれないと思っていたわ。やはりそうだったのね。私たち・・・似たもの同士ね」
櫻木さんは無理に作ったような笑顔を見せた。
「そうだね・・・。そうそう、僕の父さんも、あとカズおじちゃんも柊学園の出身なんだよ」
「あらそうなの?奇遇ね」
僕は話をそらすことしかできなかった。
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