2-4

「水野くん、ちゃんとメモしたわ。『ご挨拶の品は千円程度』ね」


 あの後、櫻木さくらぎさんにはきちんとご説明して差し上げた。櫻木さんは腕時計をどうしても使ってほしそうだったが、普段つけるにはあまりに畏れ多いので大切なイベントのときには必ずつけると約束してどうにか納得してもらった。


 櫻木さんはパタパタと冷蔵庫の方へ歩いていき、メモをマグネットで貼っていた。そこにはすでにオーブントースターや電子レンジ、食器洗浄機など、家電の使い方のメモが貼られている。


「冷蔵庫って便利ね。メモが貼れる上に食材まで冷やせるなんて!」


 そっちが本来の役目だ。


「そういえば、櫻木さん。櫻木さんはどうして一人暮らしをすることになったの?学校が遠かった・・・とかじゃなさそうだよね」


 櫻木さんがこの生活能力でなぜ一人暮らしを許されたのかどうしても気になっていた。


「ええ・・・そうね、実は私・・・」


 櫻木さんはもじもじしている。これは、また爆弾発言が来そうだ・・・。


「私・・・家出したの」


「い、家出?」


「ええ」


「それはまたどうして?」


「お父様と喧嘩したの。本当にわからずやで、私の話なんて聞いてくださらないのよ!もう顔も見たくないわ!」


「そうなんだ・・・」


 櫻木さんのことだし、家のことで何か深い事情でもあるのだろうか。家の跡を継ぐとか、もしかしたら婚約者とか・・・。


「だって、ラーメンを食べさせてくださらないのよ!」


 いや、全然深くなかった。


「だから家出することにしたわ」


 お嬢様の思考回路には理解が追いつかない。


「それは・・・お父様は心配してるだろうね」


「それは私も考えたわ。心配されて捜索されるのもいやでしょう?お父様のことだから、どんな手を使ってくるかわからないし・・・」



***



 ヘリコプターがマンションの周りを飛んでいる。サーチライトで部屋が照らされ、「この建物はすでに包囲した。お嬢様を解放しろ!」と命じる声が聞こえてくる。遠くの建物からはスナイパーが僕を狙っている。そして突如玄関が蹴破られ、銃を持った特殊部隊の隊員たちに取り囲まれる。


「両手を上げろ!」


「ぼ、僕は何も・・・!」



***



「水野くん・・・?水野くん!」


 櫻木さんが心配そうな顔でこちらを見ている。


「あ、あれ・・・突撃部隊は?」


「突撃・・・大丈夫?」


 なんだ、妄想か・・・。


「なんだか顔色が悪いわ」


「いや、ちょっとスナイパーに狙われて・・・」


「スナイパー?」


「いや、なんでもない」


「本当に大丈夫?」


 櫻木さんが心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでくる。


「だ、だ、大丈夫!」


「そう・・・?あら、何の話だったかしら・・・そうそう、とにかく、私は捜索されたくなかったから、お父様が家出用に買ってくださったこの部屋に家出したの」


「そっか・・・えっ?今何て?」


「うん?捜索されたくなかったの」


「いや、その後」


「お父様が家出用に買ってくださったこの部屋に・・・」


「そう、それ!それは・・・家出なの?」


 沈黙が流れる。櫻木さんは不思議なものを見るような目で僕を見てくる。


「ええ。だって家を出たのよ。何かおかしいかしら?」


「あーいや、立派な家出だね」


 お嬢様もお父様もめちゃくちゃだな・・・。


「・・・お話は戻るのだけど、スナイパーといえば、そういえば爺やが昔海外でスナイパーをやってたとか言ってたわ」


「えっ・・・!」


「さすがに私だってそれぐらい嘘だってわかるのに」


「お、おもしろい爺やさんだね・・・」


 爺や・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る