2-3
「じゃあ、最初に水野くんが作ってくださったこのオムレツをいただこうかしら」
食事がテーブルに並び、
「あ、え、待って、ダメ!」
「えっ?」
「あ、いや、ダメじゃないけど・・・」
「うん・・・?じゃあいただきま——」
「やっぱダメ!」
「どうしたの水野くん?」
「あ、いや、そういえば手料理を父さん以外に食べてもらうのって初めてだなって思ったらちょっと・・・心の準備が・・・」
「あら、そうなの?でもとってもおいしそうだわ」
「う・・・うーん・・・」
「いただいてはダメ・・・かしら?」
「どうぞお召し上がりください!」
櫻木さんにそんな聞き方をされてしまったら断れるはずもない。
「では、いただきますね!」
櫻木さんは箸でオムレツを一口大にきれいにカットし、それを口元へと運んだ。そしてもぐもぐし、コクっと飲み込んだ。
「まあ、中にキャベツが入っているのね!いままでいただいたことがないお料理だけれど、とってもおいしいわ!」
「ほ、ほんと・・・ありがとう。よかったらまた作るから——」
「わあ、サクサクね!」
櫻木さんが嬉しそうに言う。オムレツの感想もそこそこに、いつの間にかコロッケを食べていたようだ。それにしても、オムレツを食べたときよりも明らかに嬉しそうな気がする。
「あ・・・うん、そうだね、カズおじちゃんのところのコロッケは天下一品だよ。ところでこのオムレツなんだけど——」
「こんなにおいしい食べ物があったのをこれまで知らずに生きてきたなんて、人生損していたわ!」
「そ、そうかもしれないね。ところでこの味噌汁なんだけど–––」
「水野くん、コロッケはまだ残っているかしら?」
「ああ、うん、まだいっぱいあるよ・・・」
櫻木さんはコロッケを一心不乱に食べている。めちゃくちゃ食べるのが速い。そして幸せそうだ。僕の言葉など耳に届いていない。そして気づいてしまった。このままでは、櫻木さんの胃袋はカズおじちゃんにつかまれてしまう!
悔しさを紛らわすため、敢えて僕もカズおじちゃんのコロッケを食べる・・・ただのコロッケじゃないか・・・ジューシーだな・・・でも油がしつこくない・・・美味いじゃないか・・・次の誕生日まであと何ヶ月だったかな・・・今年は16個か・・・うん・・・楽しみだな。
知らないうちに僕も幸せな気持ちになっていた。僕は、カズおじちゃんに胃袋をつかまれているのは自分だということに気づいていなかった。
***
「おいしかった。お腹いっぱいだわ!水野くん、本当にありがとう」
「いや、これぐらいなんてことないよ。気に入っていただけて何よりだよ」
気に入っていただけたのは主にコロッケだったが。
「ところで櫻木さん、昨日いただいたご挨拶の品なんだけど・・・あれは・・・何?」
「え・・・何って、タオルよ?」
「いや、それはわかるんだけどそっちじゃなくて、もう一個何か入ってたんだけど・・・」
「ああ、腕時計よね・・・?」
「うん、だよね、腕時計だよね・・・」
そう、あのパカッとする箱の中身は腕時計だった。ただの腕時計ではない。マルガリの腕時計だった。
「ええ、プレゼントにするならどれがいいか、お店の方にお聞きして見立てていただいたの。もしかして、お気に召さなかったかしら・・・」
「いや・・・あの・・・そういうことじゃないんだけど、なぜ腕時計を?」
「ご挨拶の品はタオルが一般的だけど、何か実用的なちょっとしたものを付け加えた方がいいって爺やが」
いや、確かに実用的だけれども!全然ちょっとしてないし!っていうか爺や・・・ちゃんと自分の言ったことには責任をもってくれ・・・そして最後までお嬢様の面倒を見てくれ・・・。
「腕時計のことは爺やさんには相談したの?」
「ええ、もちろん!私が腕時計はどうかしらって提案したら、それはいいですねって爺やが」
おい、爺や!
「お店に連れて行ってくれたのも爺やよ」
・・・爺や。
「爺やにはいつもお世話になりっぱなしよ」
「そうみたいだね・・・」
「とても感謝しているわ」
「それは何より・・・」
その時、僕は重大な事実に気づいてしまった。
「ま、まさかとは思うけど、引越しのご挨拶ってうち以外にも持って行ってる?!」
もしかしたら僕の他にも被害者が・・・。
「それが、本当は全部のお部屋に配ろうと思っていたのだけど・・・」
「だけど・・・?」
「ご挨拶は上下左右のお部屋にだけお渡しするのが作法だって爺やが」
「おお、爺や・・・」
爺やそこは普通だな!
「でもこのお部屋は最上階だし、角部屋だし、下のお部屋は空室だったから、ご挨拶できたのは水野くんだけよ」
「おぉ、そっか・・・」
爺やナイスだ・・・。でも爺や、今度からは腕時計のときに止めような・・・。
「やっぱり今からでも他のお部屋にもご挨拶したほうが良いかしら?」
「いやいやいやいやっ!大丈夫大丈夫!爺やも言ってたでしょ!」
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