2-2

「いい?これはオーブントースター。パンとか、揚げ物とか、カリッとさせたいものを焼くときに使うんだよ。今日はコロッケを再加熱するね」


 櫻木さくらぎさんはメモを取りながら僕の話を熱心に聞いている。


「わかったわ。ここに、コロッケを並べればいいの?」


「うん、そうそう。並べたら扉を閉めて、そこのつまみを回してね」


 それにしても、櫻木さんの部屋の家電はどれもこれも僕が見たこともない機種ばかりだ。しかしその見た目や質感、機能の豊富さから非常に高級なものだということだけはわかる。しかも全部新品のようだ。櫻木さんがオーブントースターに夢中になっている間にこっそりスマホで調べてみたが、このオーブントースター、海外製でお値段なんと二十万円・・・。気が遠くなった。うちの安物のオーブントースターの百倍ぐらいする。しかも、付属の器具を取り付ければ中で塊の肉をグルグル回しながら焼ける機能までついているらしい。そんなオーブントースターの最初の用途がコロッケの再加熱だなんて・・・オーブントースターに申し訳なくなった。


 ——チンッ


「わっ!な、何かしら!?」


 櫻木さんは驚いて立ち上がり、あたふたしている。


「コロッケが焼けたんだよ」


「まっ、まあ!こ、香ばしくていい匂いね!」


 櫻木さんは顔を赤くしながらそう言った。


「うん。ちょうど味噌汁も温め直したし食べようか。櫻木さん、食器ってある?」


「しょ、食器・・・ああ、食器はたしか・・・」


 櫻木さんは食器棚と思しき家具の方へパタパタ歩いて行った。


 櫻木さんの家の食器棚は木製で高さは二メートルぐらいあり、横幅もほぼ同じぐらいある。一人暮らしには全く似つかわしくない大きさだ。しかもいたるところに細かな彫刻が施されていて、僕にでも高価なものなのだろうということはわかる。


 櫻木さんは扉の一つに手を伸ばした。


「これでいいかしら」


 櫻木さんは大きめのお皿を二つ手にしている。


「うん、いいね」


 僕は櫻木さんからお皿を受け取った。受け取るときに指と指が触れ合った。今日はもちろんわざとだが。


「あとお茶碗と汁椀ってある?」


「お茶碗・・・あ、あるわ。たしかあそこに・・・」


 そういって櫻木さんはどこかへ行ってしまった。引越しの荷解きがまだ終わっていなくて別のところに置いてあるのかな、と呑気に考えつつ櫻木さんから受け取ったお皿にコロッケとキャベツのオムレツを盛りつける。


 このキャベツのオムレツは父直伝の水野家の味だ。千切りキャベツをマヨネーズで和えてそれを焼いた卵で包むだけ、という手抜き・・・いや、シンプルな料理なのだが、これがめちゃくちゃ美味い。今日は卵を絶妙な半熟加減に仕上げられたので、より一層美味しいはずだ。男をつかむならまずは胃袋をつかめ、とはいうが、きっと女の子だって一緒だ。櫻木さんの胃袋をつかんでハートもゲットしてみせる!


 しばらくして帰ってきた櫻木さんは何か箱を抱えていた。ああ、やっぱり荷解きが終わってなかったんだなと思ったのも束の間、よく見るとそれは紫の紐がかけられた桐箱だった。表面には何やらニョロニョロと踊るような字らしきものが筆で書かれているが、僕には当然読めない。


 櫻木さんはその桐箱をダイニングテーブルに置き、手際よく紐を解いて蓋を開けた。


「ほら、水野くん、あったわ!」


「えっ・・・」


 そう言い残して櫻木さんはまたどこかへ行き、また別の桐箱を抱えて戻ってきた。


「そっちがお茶碗で、こっちが汁椀よ。お母様にいただいたものなのだけど、ちょうど良かったわ」


「おぉ・・・」


 お茶碗が桐箱からでてくる・・・テレビのなんとか鑑定団だけかと思ってた・・・本当にあるんだな・・・。


「っていやいやいやいや!櫻木さん、それ使っちゃダメでしょ。その、なんかニョロニョロ、絶対高いやつじゃん!人間国宝?とかの人が作ったやつだったりするんじゃないの?ぼ、僕、畏れ多くて触れないよ・・・」


「あら、食器は食べるのに使ってこそ食器でしょ?使わなきゃ、ゴミを溜め込んでいるのと変わらないわ」


「ゴ、ゴミ・・・」


 言われてみれば確かに正論のような気もするが、それでもそんな高価なものを食べ物で汚すなんて僕にはできない・・・。


「ねえ、水野くん、お願い。この食器を使ってあげて。ね?どうしても・・・ダメ?」


 いや、僕にもできる!


「櫻木さんがどうしてもって言うなら・・・わかった。その食器で食べよう」


「ありがとう、水野くん!」


 その時、僕はハッとした。


「そういえば・・・」


 慌てて台所に戻り、コロッケとオムレツを乗せたお皿をよく観察する。お皿を持ち上げて裏面を覗き込むとそこには見慣れた文字が・・・。


「ねえ、櫻木さん、これって・・・」


よ」


「お皿まで!?」


「え、ええ」


「そ、そう・・・」


 以前父が知人の結婚式に参列した際に引き出物で、マルガリには劣るがブランド物の食器を持ち帰ってきたことがあった。しかし男二人で使うのも気が引けて今ではすっかり食器棚の肥やしになっている。確かに、櫻木さんの言う通り、使わなければどんな高級食器だろうとゴミと同じだ。しかし、普段使いにするとは・・・。

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