(2) お嬢様と朝食を
2-1
「水野くん、私、ラーメンも好きだけど、コロッケもとても気に入ったわ。それに・・・」
櫻木さんが顔を赤らめる。
「それに・・・水野くんのことはもっと気に入ったわ!」
そう言うと櫻木さんは二人の間にあった距離を一気に詰め、さらに僕の膝の上に乗った。
「ねえ、これ、つまらないものなのだけど・・・私の気持ちよ」
櫻木さんの左手には正方形型の黒い箱がある。その蓋を右手でパカっと開け、僕に中身を見せた。僕は息を飲む。
「こっ、これは・・・!!」
「私の・・・気持ち・・・」
櫻木さんは僕の首に腕を回し、耳元で囁く。
「もっと、刺激が欲しいの・・・やさしく・・・してね」
僕は櫻木さんを抱きしめ、そのまま彼女に覆いかぶさるようにソファに倒れこん——
——ドゴンッ
「ぐわぁっ!?」
痛い・・・。痛いぞ。頭・・・いや、背中か・・・いや、頭から背中にかけて全部だ。なぜ痛い?ここは・・・?うちのリビング・・・?ああ、ソファから落ちたのか、間抜けだな・・・。僕、今櫻木さんといいところだったんだけど・・・あれ?櫻木さんがいない・・・?あ、あれ・・・?僕は何を・・・。
二秒後、僕は弾丸のごとく部屋中を飛び回っていた。昨夜、リビングのソファで櫻木さんからの頂き物を開けていたとき、あまりの衝撃に意識を失ってしまったらしい。現在の時刻は午前六時三十分。櫻木さんと約束した朝食の時刻まであと五十分しかない。
米を炊くのに早炊きで三十分。その間にシャワーを浴び、着替え、髪を乾かしセットする。もちろん鼻毛もチェックする。そして残りの二十分で味噌汁と付け合わせのキャベツのオムレツを作る。限りなくギリギリだ。しかし考えている暇はない。
***
——ピーンポーン
午前七時二十分ちょうど、僕は櫻木さんの部屋の呼び鈴を鳴らした。
「はい」
可愛らしい声がすぐに応答する。
「あ・・・水野・・・です・・・おはよう・・・ございます・・・朝食を・・・お持ち・・・しました・・・」
時間との戦いに全力で挑み勝利を掴んだ僕は、息も絶え絶えだった。
すぐに玄関を開けてくれた櫻木さんも心配そうな顔をしている。
「水野くん、大丈夫?やっぱり、無理をさせてしまったかしら・・・ごめんなさい」
「いや・・・櫻木さんのせいじゃ・・・」
いや、元はと言えばあんなものをくれた櫻木さんのせいだ。でも目の前の櫻木さんは今日もとっても可愛いからどうでもいい。今朝は薄い水色の長袖ブラウスに黒のフレアのロングスカートを合わせ、髪は左側に寄せて一本の三つ編みにしている。昨日よりもグッと大人っぽい。
「ぼ、僕、ちょっと何往復かするから、とりあえずこれを置かせてもらってもいいかな?」
僕は手にした鍋を少し持ち上げた。
「え、ええ・・・どうぞ上がって」
「ありがとう。おじゃまします」
気のせいかもしれないが、櫻木さんの声がなんだか暗いような。
櫻木さんの部屋は、物が少なく、色も茶色と白を基調としていて、落ち着いたお洒落な雰囲気だった。これが、女の子の、櫻木さんの部屋か・・・。邪な感情を抑えキッチンのコンロに鍋を置かせてもらい、そそくさと玄関へ向かう。
櫻木さんは玄関近くの鏡の前にいた。スカートを広げたり、髪をいじったり、思い悩むようなポーズをしたり、ため息をついたりと、僕が戻ってきたことに気がついていないようだ。僕はピンときた。
「あ、あの、櫻木さん」
「えっ!はい、何かしらっ!!」
櫻木さんは慌てて僕の方に向き直り、手を後ろで組んだ。
「今日のその服・・・大人っぽくて可愛いね。櫻木さんに合ってる。その髪型も・・・すごくいいね。櫻木さんっておしゃれなんだね」
僕は耳まで真っ赤にしながら言った。すると櫻木さんは、待ってましたと言わんばかりに喜びの表情を浮かべている。
「そ、そうかしら・・・ありがとう。でも、水野くん、知り合いの女性に会ったら最初に見た目を褒めなきゃ紳士じゃないわ」
「ご、ごめんね・・・。気をつけるよ・・・。あの、他の料理も持ってくるからちょっと待ってて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます