1-4
「カズおじちゃんと何を話していたの?」
「えっ!?・・・い、いや、大したことじゃないよ」
「ふうん・・・そう」
僕と
「ねえ、水野くん」
「は、はい、何でしょう?!」
「水野くんって、カズおじちゃんのことが好きなのね」
「ええっ、す、好き?!」
「好き」という単語に過剰反応してしまっている。
「だって、さっきも怒られてたけど、水野くん嬉しそうだったもの」
なんだか僕がドMみたいだ。
「ぼ、僕、別にそういう趣味はないよ!」
「趣味って?」
「あ・・・い、いや、何でもない!!そうだな・・・カズおじちゃんには・・・まあ、確かに小さい頃からすごくお世話にはなってるよ。でもすぐ怒るし、無茶なこと言われたりするし、いじられるし・・・ときどきコロッケをこうやってタダでくれたりするのはありがたいけど」
「・・・水野くんってカズおじちゃんのことを心から信頼しているっていうのかしら・・・そういうの、羨ましいわ」
そう言って櫻木さんはニコッとしてみせた。しかしその直前、一瞬表情が曇ったのを僕は見逃さなかった。
***
僕たちはしばらく無言になった。少し離れた大通りを走る救急車のサイレンやバイクの音だけが辺りに寂しく響く。気まずい。なんだかわからないが気まずい。
「ねえ、水野くん」
先に沈黙を破ったのは櫻木さんだった。
「その・・・コロッケ?ってどうやって食べるの?」
櫻木さんは僕の持つ袋を見つめている。きっと気を遣って話題を変えてくれたんだろう。
「ああ、コロッケはね、ソースをかけて食べることが多いかな。でも、カズおじちゃんのコロッケはこのままでもすごくおいしいよ。一つ食べてみる?あ、一つだと多いから半分こしようか」
そう言って僕は袋の中を覗いた。そこには一つだけ別の袋に入ったコロッケがある。カズおじちゃんが気を利かせて食べやすいように入れてくれたらしい。こう言う気遣いができるのは流石だよなあ。カズおじちゃんに感謝しつつ、僕はそのコロッケを取り出した。
「い、今、ここで食べるの?」
櫻木さんは少々戸惑っているようだ。
「うん。櫻木さん、たぶん食べ歩きってしたことないんだよね?でもやってみたほうがいいよ。食べ歩きは高校生の嗜みだよ」
若干盛ったが、嘘ではないはずだ。
「そ、そうなの?それなら、いただくわ」
「じゃあ櫻木さん、先に半分食べていいよ。後で残りをくれればいいから」
言ってから気がついたが、それはつまり・・・間接キス。今日何度目かわからないが、また顔が熱くなってくる。落ち着け落ち着け、間接キスで興奮するなんて中学生までだ。これからはもっと大人の・・・大人・・・オトナ・・・。ファミレスで想像してしまった数々の淫らな情景が頭の中をよぎる。い、いや、大人ってそういうことじゃなくて!
「あの、水野くんが先に食べてくれるかしら?」
「え!い、いや、でもそれじゃあ櫻木さんが・・・」
僕と間接キスを・・・。
「私・・・初めてだから」
「えっ!?」
「先に水野くんに食べてもらわないと、食べ方がわからないわ」
「ああ・・・」
いや、わかっていた。櫻木さんにそういう気がないことはわかっていた。だけど・・・。
「櫻木さん・・・もう少しガードは固くしなきゃダメだよ」
「何のことかしら?」
「いや・・・ううん、こっちの話。じゃあ僕、先に食べちゃうね」
櫻木さんに食べかけの半分を渡すのは非常に心臓に悪かった。彼女が最初の一口を食べる瞬間は緊張のあまり寒気がしたほどだ。櫻木さんはコロッケが大層気に入ったようで、「とってもおいしいわ!サクサクしていてジューシーね。これがコロッケ・・・気に入ったわ!」と言い、またたくまにペロリと平らげていた。
***
午後九時、マンションの十二階の廊下。僕と櫻木さんは各々の部屋のドアの前に立っていた。
「それじゃあ、コロッケはとりあえず僕が預かるから、明日の朝持っていくね。コロッケだけじゃなんだからご飯と味噌汁と何か付け合わせも一緒に持っていくよ。朝ご飯は何時?」
「七時二十分よ。でも本当にいいの?水野くんはコックではないのに。申し訳ないわ」
「い、いや、気にしなくていいよ。自分の朝ご飯のついでだし、二人分の食事は作りなれてるから」
「ありがとう。あの、水野くん、朝ご飯はうちで一緒に食べてもらえないかしら?」
「えっ?」
「図々しいのだけど、その、レイゾウコとか、デンシレンジとか、あの・・・カデン?の使い方を教えてほしいの・・・。ダメ・・・かしら?」
「いや、ダメなんてことは・・・でも、家にあげてもらっていいのかな・・・その、僕も一応・・・男・・・だし」
「それが何かダメなのかしら?」
「え・・・いや大丈夫だよ。じゃあ・・・また明日」
「ええ、おやすみなさい。今日はありがとう」
「こちらこそありがとう・・・あ、櫻木さん」
「何かしら?」
「あ・・・いや・・・戸締りはちゃんとしてね・・・鍵のかけ方はわかるよね?」
「あら、それぐらいは私でもわかるわ」
「・・・ごめん」
「いいえ、ご心配ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
櫻木さんが部屋に入り、鍵をかけるのを見届けてから僕も部屋に入った。玄関のドアを閉める。鍵をかけ、ドアロックもかけた。部屋の中は暗闇に包まれている。僕は靴を脱ぎ捨て、自分の部屋へと走り、そのままベッドにダイブした。
「はあぁ・・・櫻木さん・・・」
——ダメ・・・かしら?
別れ際に見せたあの甘えるような表情が脳裏に焼きついている。猛烈に可愛かった。もう少しで駆け寄って抱きしめるところだった。明日の朝はその櫻木さんと一緒に朝食を食べる約束をしてしまっている。それも櫻木さんの部屋で・・・いや、変なことをするつもりはもちろんない。もちろんないのだけど・・・。
——もっと刺激が欲しいの
——やさしく・・・してね
あの失礼極まりない妄想がどうしても頭から離れない。
「あーーー、櫻木さん櫻木さん櫻木さん櫻木さん櫻木さんーーー!!!」
布団を抱きかかえてベッドの上をのたうちまわる。
十分ぐらいそうしていただろうか。さすがに自分の気持ち悪さに嫌気がさしてきて、ベッドの上で身を起こした。明日の朝は寝坊できないし、そろそろ風呂にでも入らないと。
とりあえず水を飲もうと台所へ向かう。ふとリビングの方を見ると、ソファの上に見慣れない紙袋があった。
——つまらないものですが、こちらをどうぞ
あ、あれは、僕と櫻木さんのお近づきの印だ。すっかり忘れていた。吸い寄せられるようにソファへと向かう。
紙袋の中には、長方形型の箱が一つ入っていた。上等そうな紺色の紙で包まれ、上から金色のリボンがかけられている。形からして、タオルか何かだろうか。僕はリボンをほどき、包み紙を丁寧に外し、箱の蓋を開けた。
予想通り、中身はタオルだった。紺色のシックなデザインで、触り心地がとてもいい。せっかくだし、風呂上がりに使ってみようと箱から取り出した。
「ん・・・?」
タオルの下に、もう一つ箱が入っている。黒い正方形型の箱で、プロポーズの時に男性が女性に向けてパカっとあける、あの箱を彷彿とさせた。なんとなく、嫌な予感がする。
「開けたらおじいちゃんになっちゃったりしてな・・・ははっ」
僕は震える手でその箱を手に取った。ずっしりと重い。そして、おそるおそる蓋を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます