第2話 神守君ちの話題の妹

 僕と眞智子、クリオが揃って教室に入ると、日直の池田正勝、通称マサやんが僕に声を掛けてきた。


 「おぅ、神っち。先生が探していたぞ。校長室に来いってさ」


 こいつは僕の数少ない親友であるが、結構やんちゃな性格をしている。

 さすがにヤンキーといえるほど荒れておらず、チャラ男でもない。面白ければなんでもOKというノリで生きている漢である。


 そのやんちゃな彼が、校長室へ行けと言っている。

 いくら彼でもさすがに校長室ドッキリみたいなイタズラはしないとは思うが、ちょっと警戒してしまうのも事実だ。


 ちなみに、呼び出された理由については――心当たりはありません。

 僕は『彼女らみたいに何かやらかす』様なことはしませんので……


 もし、僕が呼び出されるとしたら、クラス委員である僕に用があるのだろう。それなら理解出来る。

 眞智子もそう考えた用で……


 「あぁ、それじゃあ委員としての仕事かしらね。私も準備しなくっちゃ」


 委員長の眞智子さんがカバンを自分の席に掛けると、僕の右腕にしがみついた。

 そして横にいるクリオに勝ち誇った笑みを浮かべている。


 「ちょ、ズルい! 私も行く!」


 クリオは顔を真っ赤にして怒って僕の左腕にしがみついて引っ張った。


 「ぶぶーっ。残念でした。これはクラス委員の仕事ですぅ」


 眞智子はここぞとばかりに特権を振りかざし、クリオを手の甲でシッシッとあしらった。

 

 「私野良犬じやないんだけどぉ!」


 クリオはグルルゥ唸りながら僕の手をグイッと引っ張った。

 ――だが、この争いはすぐに終わった。


 「いや。それが神っちだけでいいそうだ」


 マサやんの言葉で、眞智子とクリオがお互い目をパチパチさせて混乱している。


 「「どういうこと?」」


 眞智子とクリオは僕の腕を静かに解放し首を傾げている。

 マサやんは「知らん」と答えるが、あまりにも2人が必死に尋ねていたので、何か良からぬことを思いついた様な悪い顔して答えた。


 「もしかして、高田女史が神っちに告白するつもりだったんじゃね? 『来い』っていうくらいなんだから『恋』っていうくらいになっ!」


 ピューッ……閉め切った教室内のどこからかゾクゾクする。なにか悪寒を感じた。


 寒い、寒すぎる……何を寒い駄洒落言っているのだ?

 ちなみにマサやんが言っていた高田女史とは担任の高田由真子先生のことである。

 眞智子曰く『30代の喪女』とか『高田馬場ならぬ高田のババァ』とボロクソであるが、けしてババアではない。とっても美人さんだ。

 でも、ここの男子教師はみんな所帯持ちなので、出会いの場もないのだろう。

 加えてちょっとヒステリーなところがあるので異性問わず敬遠される可哀想な人なのだ。


 マサやんはその彼女の名前を使って、眞智子とクリオをからかった訳で、ある意味、喧嘩ふっかけていることと同義である。

 加えて、マサやんは面白がって……のつもりだろうが、この二人のヤンデレが笑って許してくれるほど寛大ではない。

 ケタケタ笑うマサやんの態度で、彼女らの怒りがピークに達する。

 

 「あ゛ぁっん゛」

 

 「What?」 


 眞智子とクリオが切れ気味でマサやんを睨む。


 なるほど、先ほどの悪寒は彼女らから冷気を当てられたものだったのか。


 でも、コレくらいならば、にはならないですみそうだ。

 巧いことなだめれば簡単に諫めることはできるだろう。

 マサやんもそう見越しており、俺の顔を見て『頼むよ』とばかりにウインクしている。彼は用心棒か何かのように僕を都合良く利用するつもりの様だ。

 あの~、キミが無用にからかった後始末を、何で僕がしなきゃならないの?

 

 ――正直かまってられるか!


 「んじゃあ、僕は校長室に行ってくるよ」


 僕の一言で一瞬で顔色が青くなるマサやん。


 「えっ、ちょっと待ってくれよ……この場合って、お前が二人をなだめるのと違うのか?」


 マサやんが顔色が青ざめ驚いた表情で僕にすがってきた。

 これ以上、彼女らのことで無駄な争いに首を突っ込みたくない。それにこれは彼が巻いた種だ。僕は心を鬼にしてスルーする。


 「高田先生、何の用なんだろ……」


 僕はすっとぼけながら教室を後にした。

 教室から「ぎゃーっ、ごめんなさい許して」という悲鳴が聞こえてきたが、さすがにこの程度のちょっかいならば佐那美みたいに顔面がボコボコになるまで殴られることはないだろう。



 ◇◇◇◇



 さて、親友を見殺しにして校長室に赴くと、校長先生が神妙な趣で頭を抱えており、その脇に高田が大きくため息をついていた。


 「神守です――って、皆さんどうしたんですか?」


 「ああっ、神守君か。君に相談したいことがあるんだよ」


 校長先生も大きくため息をつきながら手の平をソファーに差し向け、僕に座る様指示した。


 「はぁ、何の相談ですか? また、地端佐那美さんがやらかしたんですか?」


 うちの高校は主に地端プロダクションから多額の寄付を受けて経営が成り立っている。

 そこの娘が、授業中抜けだし僕らのクラスに乱入して授業を妨害して、よく問題になっている。


 「まあその件もありますわね」


 高田がため息をつく。

 ん? その件って何だ。とりあえず『その件』について校長に尋ねる。


 「地端君の件は『うちの娘を是非、神守君と一緒のクラスに』って強い要望があったんだ」


高田がさらに説明する。


 「『僕はこの学校気に入っているから、つい協力したくなっちゃうんだよねぇ』って地端さんのお父さんが校長先生に――」


 ――なるほど、地端の親父さんが圧力掛けた訳か。


 「でも地端さんは去年はクラスに乱入して授業の妨げになっていたし――」


 確かに、委員長の眞智子さんに鉄拳制裁を喰らっていましたけどね。


 「さらに学校医の小野乃先生から『うちの娘が大人しくなって助かるから、神守君と同じクラスに』って要望があった……」


 校長はさらに頭を抱えだし、高田がその裏事情を話す。


 「来年度も無償で学校医として協力してくれるって――」


 えっ、小野乃のおっちゃんも圧力掛けたの?


 「でも小野乃さんは今は真面目ですけど、神守君がそばにいないとすぐ荒れ始めるし――」


 そう言えば、眞智子は僕が数日学校休んでいただけで、現役ヤンキーに戻っていたと佐那美から聞いていた。あれは眞智子をからかうホラ話だと思っていたのだが、ある意味本当の話だったんだ……


 「クリオ君は何故かアメリカ大使館から『よろしく』って牛肉の提供があったし――」


 先生等はクリオの伯父さんがアメリカ大使館職員だということは知らない様だ。

 知ったらパニックになるだろう。

 ――もっとも、彼女が『サンディ=クリストファー』で、僕が『レイン=カーディナル』だと知った暁には大パニックになるだろうけどね。

 

 「クリオさんは友達いなそうだし、そうなると国際問題になりそうだし――」


 あぁ、クリオは僕ら以外友達いませんからねぇ。


 ……とまぁ、先生等が僕の周りの子の問題点で頭を抱えている。


 「まあ、そんなことは些細なことで、こちら側でも対応出来るけどね。問題はそこじゃないんだ」

 

 校長はそこで大きなため息をついた。

 どうやら、佐那美、眞智子、クリオのことはさほど大したことではないらしい。だから別件扱いなのか。そして問題へと進む――



 「君の妹さん、今度高校生になるんだよね」



 やはり、問題はそっちかぁ……僕は頭を抱えた。


 「……多分、うちの学校だと思います」


 そこで高田一同が再び大きくため息をつく。

 確かに、美子の入学の方が大問題である。


 「神守美子さん――中等部では結構やらかしてくれた子なんですよね」


 高田がまたさらに大きなため息をついた。

 普段は真面目な優等生なんだけど、僕が絡んでくると頭がおかしくなるからなぁ。


 「授業サボって高等部に侵入すること何てしょっちゅうでしたし」


 あれ? その話は知らないぞ。

 

 「その割にはテストはいつもオール100点。もっとも民法の婚姻関係についてだけはわざと間違えている感じでしたが……それ以外は完璧。体育は常にトップレベルで、家庭科授業の料理については料理人が作るものを寸分違えず再現できますし――」


 そうなんだよなぁ、完璧超人ですからねぇ、うちの美子は。

 

 「ただ、神守君のことに関しては目をギラつかせながら人が変わるのよ――まるで野生の猛獣の様に……」


 そう言えば、いつぞや中等部の同級生女子に僕のことを根掘り葉掘り聞かれたことでぶち切れて大騒ぎを起こしたことがあったっけ。

 うちに帰ったら母さんが美子をプロレス技を食らわせており、その時にその話を聞いた。

 その件以来、美子の同級生も彼女がヤンデレブラコンだと知った様だ。

 特にうちの事――さらに限定して『僕』に関しては美子の前では禁句になっているそうだ。

 校長の話に戻る。


 「いや、寧ろ彼女は県で一位、二位の実力があるので彼女の高等部進学は歓迎したい――性格異常……じゃなかった歪んだ性格はこの際目を瞑ろう……」


 あのぉ、先生方。人の妹を『頭おかしい子』扱いは是非、やめて頂きたいのですが……


 「とにかくもう大変なのよ――神守君の周りの人間は」


 高田の言うことはごもっともなこと。

 アイツら僕の言うことすら聞かないし。ホントマジ大変なんですから

 それに、うちの女の子の関係者って結構、学校等に影響力あるんだよねぇ。


 「まぁ、君も苦労しているみたいだし」


 ――とまあ、結局のところは先生方から美子の愚痴を聞かされたというところだ。

 あくまでも本題に入る前の前振りにしかすぎなかった。


 「あのぉ僕に愚痴を言うためここに呼び出した訳じゃないんですよね?」


 「理解が早くて助かる。本題に入ろう――」



 ◇◇◇◇



 先生らとの話は終わり教室に戻ってみると、マサやんが自分の椅子の上で正座させられており、教室の中はどよーんとした重い空気が漂っていた。


 「どうしたマサやん」


 「うるせー、この薄情者……」


 マサやんは俯いたままだった。

 僕に気がついた眞智子とクリオが慌てて僕に駆け寄るとハモる様に尋ねてきた。


 「「大丈夫だった? 高田に何もされていない?」」


 いくら高田が喪女だとは言え、それは酷くないか?

 マサやんの何気ないが、彼女らの不安を大いに煽ってしまった形である。


 「違う違う。校長室でそんなことはありえないから」


 「じゃあ、なんで呼ばれたの」


 「そうだ! そうだ!」


 ……おいおいおい、そもそもは君らの所為だろ。

 何で僕がこんなことで頭を悩まされなきゃいけないんだ。僕は彼女らに事の顛末を話して抗議してやろうかと思った。

 でも、かえって火に油を注ぎかねないので、あえてストレートでいうのはやめた。

 だから、こういう風に言い換えた。


 「美子がうちの学校に進学する話でプチパニック起こしていた」


 まさにその一言で十分だった。

 

 「――あっ」


 「……それは大変だ」


 眞智子やクリオはウンウンと納得して、マサやんの肩にそれぞれ手を載せ――


 「おい、おまえ。もう普通にして良いぞ」

 

 「これに懲りて私らを挑発しないことね」


――と強く警告して、彼を許した……ていうか、マサやんに何したの?

 彼女らはしれっと何事もなかったようにそれぞれの席に戻っていった。

 もちろん、僕の席の前と横なんだけどね。



 それから、授業を受けるのだが、当然――



 「ヤッホー、神守君元気しているぅ」


 まだ授業中だというのに、おっぱっぴー娘が豪快に扉を開けて、教室内に乱入してきた。

 そして、それがたまたま高田の授業である。

 高田が頭を抱えて「もうやだぁ~」と悲鳴を挙げながら教卓にもたれ崩れていく。

 いつもの光景となりつつある佐那美の乱入。

 クラスメイトは、当初はイベントとして大いに盛り上がっていたものの、最近ではマンネリ化したのか、『またか』という表情で呆れている。

 終いには『眞智子さん、あとは任せた』と言わんばかりにチラッと委員長である眞智子の方に視線を向ける始末である。

 

 「何でこうなるのかしらぁあ……」


 眞智子の語尾が震え、額に血管が浮き出る。

 彼女にして見れば、『正直こんなバカ相手にしたくはない』と思っているが、『佐那美が僕の名前を利用して授業を妨害したのが面白くない』と前々から語っており、つい手を出してしまうとのことだ。

 

 「あ゛ぁ゛ん゛!」


 眞智子はぶち切れそうになりながらドスを響かせ佐那美をギラリと睨み付けた。

 普通の人なら、この時点でガクガクブルブルになると思うのだが、相手は単細胞の佐那美である。凝りもなく「おぉ、濁音訛りのヤンキーがいきっているわね」と眞智子を挑発している。

 いつもの流れであればこの後、眞智子に廊下へ引きずり出され、マウントを取られてボコボコにされるお約束が待っている……いい加減学習して欲しい。

 ただ、今日に限って眞智子は睨みつけるだけで、それ以上のアクションは起こさなかった。


 「おまえ相手にしている余裕はない、帰れ!」


 「……あら、いつもとは違うのね。何かつまんないの」


 佐那美は何か調子を崩されたようで、何故か白けている。

 ……っていうか、当初は『僕に構ってもらいたいが為』が、最近は『眞智子に殴られたいが為』へと目的が変わってきていないか?

 佐那美のことだ、その可能性は十分にある。

 それを見越してクリオから忠告されることとなる。

 

 「佐那美、あんたこんなバカできるのも今年度で最後だからね」


 クリオは眞智子が向かってこない理由を遠回しに告げる――何か、あまり口に出したくない感じでもある。当然、おバカな彼女にその真意は伝わることはない。

 仕方がない、その原因である兄の僕から分かり易く説明しよう。


 「佐那美さん。今度、うちの美子さんがここに入学する予定なんだよ」


 「――!」


 佐那美は一瞬言葉を失う。そしてガクガク足を震わせその場にへたり込んだ。


 「じゃ、じゃあ……このままあたしがここに遊びに来たら――」


 「そうだね。正直、眞智子さん程度の制裁では済まないよ」


 「だ……だよね、あっ、あたしどどどどっ、どうなっちゃうのかなぁ」


 佐那美はどもりながら震えだした。

 そして、今度は眞智子が珍しく佐那美に忠告する。


 「お前、マジでやめとけよ。あいつにはブレーキってものは存在しないからな。新聞沙汰になることも考えておけよ。私も巻き込まれない様、今後構わないことにするからな」


 眞智子に言われ血の気がサーッと引き、腰を抜かす佐那美。


 「おおおおおおっ、おじゃましましたぁ」


 佐那美は這いつくばりながら教室から出て行った。



 ――さて、イカれた女の子が動揺するほど頭がおかしいとされている美子であるが……



 「あっ、そうなんだ」


 帰宅後、ソファーに寝転び怪しげな本を読んでいた美子に学校での話を伝えるも、ケロリとしており、特に立腹している訳ではなさそうだ。

 彼女は基本的に僕以外の事に関しては寛大であり、些細なことで怒ったりしない。

 例えば――


 「あぁ、眞智子の奴、最近調子こいて姉面しやげってぇ……超ムカツクから頭に豆腐ぶつけてやろうかなぁ。どうせなら豆腐の角にあたってくれないかしら」


さらに


 「それとも、クリオの奴、色気出しすぎ。モスドで食い過ぎて、おデブさんになってくれないかしら……『サンディ=クリストファー』ならぬ『ピッギー=クリファー』て良いわよね?」


仕舞いには


 「佐那美の奴、最近ちょろちょろし過ぎ。ちょっと牢屋にはいってくれないかなぁ……この際だから動物園の檻でもぶち込んであげようよ」


などと、先輩であるハズの周りにいる女の子に対して言いたい放題であるが、この時はブッコロスなんて言葉は使わない。あくまでも僕に取り憑く害虫ぐらいとしての認識にしか過ぎない。

 

 ただ、基本的に顔を合わせると僕に対するアプローチ合戦になるので、そうなると話は別である。

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