第3話 そんな眞智子に騙されて


 ――その日の夕方。


 僕と美子は何故か、地端家の台所にいた。

 先ほどまで彼女とスーパーマーケットで買い物していたハズなのだが……今、僕と美子は狐につままれた感じで呆けている。

 一方で、真横にいる眞智子がご機嫌に鼻歌を歌っていた。


 「さーて、私の勝つか♪ それとも美子のが勝つか♪」


 眞智子は何を企んでいるのか……彼女は自前のエプロンをつけて、ボールの中に入ったハンバーグのタネをこねている。

 

 「あ、あのさ……」


 うちの美子がキャベツを包丁で刻みながら首を傾げている。


 「な~に~♪」


 「……対決だよね、喧嘩だった…よね」


 「そーだよー♪」


 眞智子は鼻歌交じりに相槌を打っている。

 2人の会話は一見成立しているようで、根本的なところでかみ合っていない。

 当然、僕も美子も、なんでこうなっているのかわからない。


 「確かに喧嘩を売ったのは私だけどさ……何でアンタと一緒に……しかも佐那美んちでご飯作っているのよ」


 美子は呆れた表情で眞智子に説明を求めた。

 そこは僕も知りたい。


 「だってぇ~、私ぃ~、元々ぉ~、食材買いに来ただけだし~♪」


 眞智子はちょっとムカツク平成ギャル風の口調で、もったいぶってじらしている。

 そして、美子同様に金髪留学生が理由を分からず動員され困惑していた。


 「何で私が眞智子の助手をしているわけ?」


 クリオである。彼女が渋々、眞智子の脇でこね終わったハンバーグのタネを叩いて空気を抜いている。

 さらに……


 「ちょっとぉ、場所は提供したけど――何で美子の手伝いさせられているわけ?」


と佐那美は非常に迷惑そうな表情で、蒸し終わったジャガイモとニンジン、タマネギをマヨネーズであえてポテトサラダを作っている。

 

 何なんだ、この異様な光景……テレビを見ながらつい居眠りしてしまい、気付くと違う番組になっていた様な感覚である。



 さて、なぜこうなったのか、その前の話をするとしよう。

 遡ること1時間半前――



 僕は美子の付き合いで近所のスーパーマーケットにいた。

 今日は美子の料理当番なので、学校から帰宅した後、食材を買い出しに来ていたのだ。

 美子は僕と二人っきりで余程うれしいのか


 「このお店の中で私達が夫婦にみえるっていう人、何人くらいいるのかしら」


といつになくご機嫌である。

 このままではレジのおばさんや他のお客さんに『夫婦です』なんて言いかねない。

 そんなことされたら『近親相姦ブラザーズ』として誤解されてしまう。

 ここで買い物も出来なくなると困るので、あえてそう言わさない為にも牽制してみる。


 「キミが今朝、調理道具を僕に振りかざしていたっていう事実を知っている人くらいの数はいるんじゃないのかなぁ」


 「あはは……お兄ちゃん、そんなことするお嫁さんはいないよぉ」


 美子はご機嫌にすっとぼけてスルーした。 

 こんな調子では、今朝の刃傷事件も意図的に無かったことにするつもりだ。


 でも、そういう時に限って、彼女の機嫌を損ねる要因が発生する。

 今回の問題児は……佐那美である。


 「あっ、神守君ヤッホー♪ ……あ~ぁ、美子もいたんだぁ……」


 佐那美である。僕に愛想良く声を掛けてくれたのに、美子が一緒だとわかるや否やとあからさまにテンションを下げて面倒臭そうに彼女を見た。


 「はぁ? 何その態度、腹立つんですけど! 私がここにいて何か悪い?」


 その言い方!

 いくら、ムカツク態度をされたからといって、なんでそんな悪態つくのかなぁ。

 先輩に対して生意気な中坊にしか見えない。

 逆に佐那美は、珍しく大人の対応で「……いや正直、面倒臭いから」とサラリと流した。


 ――いや、君も大概面倒臭い女の子だと思うが。


 だったら授業中、眞智子をからかうのはやめて欲しい。

 そう思っていた最中、佐那美は不機嫌になりかけの美子に躊躇なく話しかけてきた。


 「そういえば、うちの学校に入るんだって?」


 「……私が入学することで、アンタに何か迷惑掛けるのかしら?」


 佐那美の問いに明らかに不機嫌な顔で答える美子。

 普通なら、そこで話は終わりにするか、助言程度にとどめるだろう。


 ――ただ、うちのプロデューサーは『おバカさん』である。


 美子が納得出来るほど素晴らしい助言などはするはずもない。

 むしろ、人を苛立たせる天才である。


 「うぁ……アンタ――うちみたいな高校受けなくても、アンタのレベルだったら一高入れるんでしょ? 勿体ない……違う意味でアンタはバカだ」


 それを言ったら、『うちみたいな高校』でも、ダントツおバカさんの君は一体何者なの?

 ――と言いたげな表情で美子は面倒臭そうに答える。


 「あのねぇ……県立合格したら絶対そこに入らなきゃならないルールでしょ! だから私は1校しか受験しないのっ。アンタみたいなおバカと一緒にしないでくれる?」


 「ムッ……おバカで悪かったな。やっぱりおまえは嫌いだ。あたしらに構わず1人で名門高校でも進学しやがれっ!」


 佐那美はひがみっぽく正論を言う。その件については僕も素直に同意する。

 でも、頭が良くてうちの学校に在籍している人もいると思うのだが。例えば――


 「それを言ったら眞智子の奴はどうなのよ。あの女だって、似た様なもんじゃない」


 確かに彼女の場合もそうだ。彼女ほどの実力があれば、有名私立の入学推薦も簡単に取れるハズだ。

 だが、佐那美は穿った見方をしていた。


 「あの伝ヤンの場合は悪さしまくって推薦もらえなかったのよ。だからうちの高校に来たんでしょ?」


 なるほど、そういう考えがあったか。

 ちなみに『伝ヤン』とは『伝説のヤンキー』という意味だ。

 そして、眞智子の推薦云々については、佐那美の後ろにいた伝説の人物によって否定された。


 「あぁ、それは若干違うかな。何校か併願推薦合格もらっていたんだけど、結局の所美子同様、礼君目的でうちの学校にしただけの話。だから――おめえみたいに入学できるところがなくて、親のコネを使ってお情けで入れて貰ったわけじゃねえからっ!」


 先ほど、噂していた伝ヤン眞智子である。彼女も夕ご飯の食材買い出しのためここに来ていた様だ。

 それにしても眞智子は佐那美に対しては辛辣なことを言う。

 そして、さりげなく佐那美の脳天に軽くチョップを食らわせた。


 「なんだ、今度はジャ〇子か。 アンタもよくお兄ちゃんの前に湧いてくるわね……で、アンタも夕飯の買い物なんだ。晩ご飯は何作るつもりなの?」


 佐那美はまるで挨拶するかのごとく伝ヤン相手にナメた口の利き方している。

 普段の美子は礼節を持って人と接することが出来る。だが、僕に絡んでくる女性に関しては明らかに敵視している為、そんな対応になるそうだ。

 一応、眞智子であろうが佐那美であろうが先輩に対して口の利き方気をつけるように、と毎回注意はしているのだが、どうしてもあの二人だけはタメ口になってしまうとのことだ。

 ちなみに美子が言っている『ジ〇イ子』とは眞智子のことを指している。でも〇ャイ子というよりジャ〇アンに近いような――佐那美が言っていた……と思う。


 一方の眞智子はというと、瞬間湯沸かし器と揶揄される彼女が、意外にも美子の態度に腹を立てることなく大人の対応で答えた。


 「う~ん、一応はハンバーグを考えているんだけど……付け合わせまでは手が回らないから、他の人が作った物で考えている」


 眞智子は新聞のチラシに丸印がつけられた買う物リストを美子に見せた。

 基本、彼女が小野乃家の料理を任されている。

 彼女の家庭事情はちょっと訳ありだ。

 ソレというのもお母さんが南極に出張している上、父、兄が開業医でどうしても家事に手が回らず、それらの仕事は彼女に任されているのだ。

 そう考えるとちょっと可哀想に思える――が、実はそうでもない。

 彼女の場合、裕福な家庭なので家事手伝いをするだけで月の小遣いが10万を超えるみたいで、『家の手伝いをしてお金もらえる』と好意的に考えている。


 もちろん、家のことだからといって、手を抜くことはしない。

 基本、根が真面目であり、仕事も完璧に仕上げている。

 その辺は美子と同じなのだが、美子は一点集中型に対して眞智子はマルチタスク型である。一つのことを拘らず、合理的に仕上げる。

 つまり、仕事を完遂するため、時短料理や何かを応用するといった具合だ。

 逆に美子は一つのことをとことん拘る考えの持ち主で、時短とか応用とか嫌う。


 ……故に美子とは気が合わない。


 「はぁ、他の人? 結局ここでお惣菜買いにきたんでしょ! 手抜きじゃん」


 「違うし。手抜きじゃないし……でも礼君も美味しいって言ってくれたし」


 ――うん、いまさらっとキラーパスしてきたぞ、この人。

 

 それ、いつぞやのお昼休憩時間の時に罰ゲームと称してサトイモの煮物を僕にあーんしてくれたこと指していると思うんだが……その時、美子が目の前にいたため大騒ぎになった時の話じゃんか。

 しかも何故ここで僕の名前を出すのかなぁ? 美子が顔を引きつらせて、今にもブチ切れる寸前なんですけどっ!


 「今、カチーンと来ちゃったんだけど――ひょっとして私に喧嘩売っている?」


 いや、最初から喧嘩ふっかけているの美子だから!

 なんで現役ヤンキーが裸足で逃げていく伝ヤン眞智子に喧嘩ふっかけるのかなぁ……

 だが、美子の挑発をさらりと受け流す眞智子。


 「あのね、ここはお店よ。そういうのは店員さんに聞けば? 『喧嘩ってどこで売ってますか』って。それだから私と間違えて大事なお兄ちゃんをぶっ殺〇しそうになるんだよ」


 ――そして美子をきっちり煽った。


 「あ゛ぁん、それをおまえが言うのか? 例え私の夢の中の話であってもお兄ちゃんを……絶対に許さない!」


 いきり立つ美子をさらに煽る眞智子。


 「よかったわねっ、『ヤンデレ妹、実兄を刺す。中学3年生女子を殺人未遂で逮捕。寝惚けて兄の彼女と間違えたと供述』って記事が夕刊に載らなくて」


 うわっ、この人、美子が一発でぶち切れる言葉をチョイスしやがった!


 「あったまきた! おまえがお兄ちゃんの彼女なわけねえだろうが! こ〇すぞ」


 「あっ、ゴメン。違った、違った。正しくは『義姉と間違えたと供述』だったわ」


 お店の中で顔面を近付けてバチバチとにらみ合う2人。

 もし、悪戯でどちらかを突き飛ばしたら、出川さんと上島さんのコントになりそう。

 やったらマジで酷い目に遭わされるんだろうな……

 こう言う時は佐那美がその役を買って出るのだが――さすがにちょっかい掛けることなく、楽しそうに2人の喧嘩を眺めている。

 ――って、そんなことしている場合ではなかった! これはマジで止めなければ……


 「ちょっと待ってくれ。なんで君達は顔を合わせる度に喧嘩するのかな」


 僕も止めに入るが、僕の声なんか彼女らに聞こえておらず、お互いにらみ合っている。バチバチの臨戦態勢である。


 「あのぉ……だからここはお店だから、ここで喧嘩しないでよ」


 僕が恐る恐る止めにはいるが、彼女らは僕の言葉をガン無視して、お互い今にも手が出そうだ。


 「おい、デブヤンキー。あんまり調子こいているとぶっ殺〇ぞ」


 「はぁ? そんなにお義姉ちゃんと勝負したいの?」


 「あっ、また言ってはいけない事言った! 後で化けで出てくるんじゃねえぞっ!」



 あぁ、どうしよう……ここでお店でブチ合いの喧嘩になっちゃう。

 ――と、思いきや、それから現在に至る。



 眞智子は美子に勝負を挑まれた体で佐那美宅に案内したわけで、いつの間にか料理対決を挑まれたということにすり替えられたわけだ。

 つまり、これは眞智子と佐那美がグルになって美子を仕掛けたことになる。

 そうなると、黒幕は……うちの両親であり、その共犯者は佐那美の両親である。

 この次に起こるイベントはおそらく――


 「ア……アンタ達、まさか今からお泊まり会を開こうっていうんじゃないでしょうね!」


 美子も察した様で眞智子と佐那美に問いただした。

 彼女らがグルだったことを裏付けるかの様に不仲のはずの2人が、不気味に北叟笑んでいる。

 この笑みは朝の『美和子ボンバーイ〇ー』の時と一緒……いや、それ以上に『計画どおり』という酷い顔をしている。

 ――あぁ、なるほど。だから眞智子は美子を煽っていたわけね。

 そこで佐那美が眞智子の援護に回る。


 「あっ、お泊まり会やりたいって? 良いわよ。泊まっていって、泊まっていって♪」


 佐那美は予想どおりの模範解答。

 眞智子とクリオは「おーっ!」と感心して拍手で歓迎する。

 これは断るに断れない雰囲気になってきた……

 慌てて美子が反論する。


 「ちょっと、それってアンタらの要求じゃない! 私らになすりつけないでくれる?」


 「いや、神守君の要望だね、きっと」


 今、佐那美の奴。さらっととんでもないこといいやがった!

 無理矢理僕になすりつけなくてもいいじゃないか!

 美子がジトッとした目でこちらを睨んでいる。


 「い、いや僕は……」


 とりあえず彼女らに――というか美子に対してそれを否定しようとした。

 だが、眞智子の警告に事態は収束することとなる。


 「礼君、このまま帰ると間違えなく、美子に襲われるよ……『今朝のお詫びに、私を好きにしていいよ』という名目でヤラれるから……」


 「…………!」


 眞智子の言葉で、一瞬美子が顔を逸らした。

 ――なるほど、これは母さんがそうなることを予想して手を打った訳か。

 美子は否定も肯定もせず、僕に対して視線を合わそうとしない。


 「そういうことで、美和子さんから『美子がその気になったら、アンタらで先にお兄ちゃんを男にしてあげてね』って伝言を預かっているから。美子――間違っても襲おうとするんじゃないからな!」


 眞智子は悪意ある笑みを浮かべて、美子から主導権且つ拒否権を奪った。


 「クッソーっ、あのババアめ~っ! しかもこいつら皆グルなのかよ」


 美子は苦みを潰した表情で、眞智子等を睨んでいる。

 もちろん、僕としては彼女らの意見に従います。まさか、佐那美んちでブチ合いの喧嘩になることはないだろうから。

 だが、美子はある事に気がついた様だ。


 「ちょっと待ってよ! アンタのところの晩ご飯、どうなるのよ」


 眞智子ファミリーの食事の件だ。美子はそれについて追及した。

 だが、その件についてはすでに対策済みの様である。


 「えっ、今日はフリー。うちの兄貴も親父もラーメン食べに行っちゃった」


 「……アンタ、今日ハンバーグを惣菜使ってアレンジしようって言っていたじゃん」


 「だから今作っているじゃん。美子、お惣菜作ってくれてありがとね」


 なるほど、だからハンバーグなのね。しかも『他の人が作った物』って美子らが作った惣菜ってことになるのか。

 美子の頬がヒクヒクと引きつる。


 「アンタらの家の件はわかった。でもうちの晩ご飯は――」


 「あっ、それなら、神守君のお父さんとお母さんはつくばのディナーショーに行っているハズだよ」


 ここぞとばかりに佐那美が眞智子のフォローに入る。

 この2人、タッグを組むと最強じゃない? ……と感心ばかりしていられない。


 「すべてそうなる様に対策済みかぁああああっ、キィィイイイイ!」


 美子は地団駄を踏みながら金切り声をあげた。

 それでもなお納得しない美子に対して、クリオが反論する。


 「何言っているのよ。レイが包丁で刺されたのよ。殺人事件って奴じゃん。 兄殺しの美子――なんて恐ろしい子……」


 ――っていつの間にか僕は殺されている様な発言。

 そして佐那美はというと……


 「美子はいつかは神守君を襲うって思っていたんだけど、やっぱり『ヤリたい』が『殺りたい』ってなっちゃったんだねぇ」


……と彼女にしては巧いこと言い出した。その上で、彼女らの話を巧い様に眞智子が


 「だから、今回はみんなで『美子の日常』を見てみようってことでそうなりました」


とまとめた。

 さすがに美子も、今朝の刃傷沙汰の件もあって、その話をされるとばつが悪い。


 「――ということで、ここは『美子を見張る』という名目で『ドキッ、女同士の朝までバトル』という親睦会を開催を宣言しまーす」


 佐那美が拳を掲げると、眞智子とクリオがそれに同調して「オーッ!」と可愛く叫ぶ。

 ――うん。見事なチームプレイ。いつもコレくらい仲良ければ良いのになぁ……

 いずれにしても、反対する理由がない。


 「そう言われると仕方ないか……」


 「ちょっ、お兄ちゃん!? そんな詭弁に納得しないでよ!」


 美子が佐那美の掲げた拳を引き下ろしながら、僕に再考するよう促す。


 「それに何が『――ということで』よ! そもそも朝の件はアンタらには関係ないでしょ!」


 「「「大丈夫、美子みたいに命まで取らないから」」」


 彼女ら3人――いや、家族ぐるみでグルになっているんだから、いくら頭がいい美子であっても今回ばかりは分が悪い。


 美子は悔しさの余り、スマホを取り出し架電すると電話の相手に「何で許可したのよ!」と声を荒げた。

 そして通話が終わって――

 

 「あのクソババアっ!」


と苦々しい表情でスマホを睨み付けていた。

 お泊まり会、決定の瞬間である。

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