最終話 変わりゆくいつもの日常
――僕とクリオがヤンデレ娘に確保されてから10分後。
関係者控室でサンディはジャージ姿のクリオに戻され、椅子に座らされた状態で縛られている。
僕も神守礼に戻された状態までは同じであるが――上半身裸にされ亀甲縛りでその場に正座させられていた。
「ひどい! この扱いの差の是正を要求する」
「黙れ、浮気者!」
そう言うのは旧ドイツ軍風の軍服を着た鞭を手にする佐那美。
その彼女が鞭で床を叩く。
そして特攻服を着て金属バットで僕の顎を上に持ち上げ「なんだアレは」と威嚇するのは眞智子。
――さらに死に装束姿で額にろうそくを鉢巻で縛り、五寸釘と金槌でイッちゃった目つきで僕を睨むのは美子である。
「アメリカ行った理由はそういうことなんだぁ……」
黒目が完全に下がって殆ど白目で僕を睨む美子――彼女が一番怖かった。
「あの監督は――もう、うちの地端プロダクションでは使用しない。絶対に許さない!」
佐那美は監督の悪口を言っている所を見ると、なんとなく事情が分かっている様だ。
「ン――どういうことなんだ?」
眞智子がおっかない表情でバットを佐那美に向ける。
「私のシナリオでは『握手して別れる』ってなっている!」
そう言って台本を眞智子と美子の前に突きつける。
覗き込む二人。
「あ゛ぁん? どういうことなんだ」
眞智子が口調を荒げながら佐那美に尋ねるが、美子はその意味を理解したようで「これって誰かがアドリブかましたってことかしら――」と言ってクリオを睨んだ。
彼女らの鋭い視線がクリオに集まる。
彼女は冷や汗を掻きながら「えーどうだったけかなぁ……」と対応に苦慮してる様子であった。
そして――
「はい、はーい裁判しまーす。私裁判官やります」
――という美子の一声で、眞智子が「なら、私は検察官やるわ」、佐那美は「えーっ、弁護士か……弁護したくないなぁ」とそれぞれが同意し開廷準備がはじまった。
「それでは審議を始めます。裏切り者はその場で拘束されたまま審議を受ける様に」
丑の刻参りの格好で開廷を宣言する美子裁判官。
だが本物の刑事事件裁判は、開廷する時には被告人の手錠は外されている様だ。
実際にテレビで流されている裁判イラストには手錠を掛けられたまま裁判を受ける被告人は描かれていないし、ドラマでも手錠は外されている。
もちろん、今回の裁判は正式なものではないので、彼女らの感情がもろに影響しているのでそういう人権配慮は皆無である。
「えぇつ、普通は拘束具を外さない?」
「私も縛られたままなの?」
「裁判官権限で却下します。それでは検察官――罪状認否は面倒くさいので省略。あのキスシーンは誰が求めたのかだけを審議します」
「わかりました。それではあのシーンから――被告甲である神守礼はキスする直前はその場に立ち止まって涙を堪えて手を振っていた状況です。一方で被告乙であるクリオ=L=バトラックスは彼に駆け寄り、両手で彼の顔を挟んだ上でキスに及んでいます。これは被告乙の積極的行為……いやこれはもはや加害行為ですね、その状態が認められます。一方で被告甲は一見すると被害を受けた様にも見えます。だが、まんざらではない表情をしていますので同犯罪行為を黙認――いや容認したと思われます」
一見すると真面目に検察官役を演じている眞智子であったが、喧嘩上等と刺繍された特攻服を着た彼女こそ僕らが立っている場所が合っているのではないか?
茶番劇は続く。
「検察官、それは誰かに誘導された可能性はありませんか? 例えば監督とか」
「台本は監督によって書き換えられた形跡があります。台本に記されている握手するシーンが抱擁に変わったり、本来使うはずのなかったキスシーンが追加されている点は認められます。しかし、意図的にキスを要求したりは求めていなかったと助監督から舞台上での挨拶で証言がありました。ですからその場のアクシデントを利用して抱擁させたというものです」
「――つまり、キスは誰からも求められたり、要求したりしたものではないということですね」
「はい。そのとおりです」
「では検察官、被告人らの心情を述べて下さい」
「被告甲はドSであることは周知の事実ですが、極度のビビりで細かい配慮ができる人物です。一方で被告乙はキャラが濃い女性陣に囲まれながらも自分のポジションを確立しつつある強かな持ち主であります」
――さっきから、美子裁判長は眞智子検察官ばかりに話を振っており、佐那美弁護人には振ってはいない。もっとも振ったところで――
「あー弁護人、何か意見は?」
「うん、何?」
「『うん』じゃなくてあんたの意見を聞いているの!」
「いやいや――私、弁護士役は引き受けたんだけど、弁護人役は私じゃないけど」
「弁護人も弁護士も同じだよ! ――で、あんたの意見は?」
「同じなんだ……それなら『眞智子』の意見に全て同意します」
――これである。
しかも軍服SM女王姿の佐那美が何も考えずにあっさり同意しちゃったよ――お前、絶対に弁護士には向かない。
当然、クリオや僕から文句が出る。
「佐那美、あんたもっと、まともな弁護しなさいよね」
「佐那美さん、そこ眞智子さんに同意するんじゃなくて僕らを弁護してよ」
「えーっ、何であたしが文句言われなきゃいけないの? あんたらが悪いんでしょ!」
佐那美は全く弁護する気はない。
「だったらなんで弁護役引き受けたのぉ……美子裁判官、眞智子検察官と佐那美弁護士の役の交換を望みます」
僕は美子に助けを求めるが、彼女もそこまで心広くはなかった――
「裁判官として注意する。被告は私語慎むように――っていうか黙れ」
――こんなの、もはや裁判じゃない。処罰ありきの理由付けじゃないか!
でも、僕らの抗議は彼女らにとどかない。いよいよ何をさせられるのか罰が決められる。
「それでは求刑に入ります。検察官どうぞ」
「被告甲に対して、今以上の保護観察処分を求めます。理由としては被告甲は比較的従順で周りの配慮に優れている点があげられます。再犯の虞は否定できませんが、4人でしっかり見張って……いや見守っていくことでヤンデレクソ女共を牽制――じゃなかった良い感じの和を育むことでその可能性が限りなく低くなっていくと思われます。被告乙は慣れない異国の地でありながらも周りとの親睦につとめ比較的トラブルもなく過ごしてきました。一方で自分の国に帰国したこともあり油断したのかあのような行為に及んでしまったわけで、偶発的なものと言えます。ですが再犯の可能性は非常に高いとも言えます。ここで十分に反省をしてもらう必要があり――それには痛い目に……じゃなかったアノ刑罰が相当といえます」
――えっ、それって今以上に僕が彼女らから束縛されるってことですか?
それにクリオには罰を与える――ってアノ刑罰ってなんでスか?
クリオはその刑の意味を理解しているのか真っ青な顔で震えている。
「次に弁護人意見をどうぞ」
「えーっと私の意見ですが、検察官は『神守被告人は4人で見守っていく』と申されていますが――それは4Pという恐ろしい結果を生み出す可能性があります。神守被告人はいいとしても、皆さんのアレがついたものを私の体内に入れるつもりは毛頭ございません! よって弁護人の私だけがしっかり監督することをお約束します。ですから執行猶予付きの判決を求めます。またクリオ被告人あっては再犯の可能性があり、手の打ちようがありません。ですから今後を戒めるため執行猶予なしでアノ刑及び国外追放処分で望みます」
――ってそれとなくまとも風に言っているけど、言っている内容が滅茶苦茶である。
4Pって何? 皆さんのアレってなんでスか?
しかも、クリオについては弁護人と検察官の意見――というか完全一致しているというか弁護人の意見の方が厳し過ぎる。
もはや、公平性は存在しない。
「はい。これで審議は終わりました――被告人、最後に何か言い残すことは……・じゃなかった。最後に裁判について何か言いたい事は……ありそうだけど、面倒くさいので省略します。それでは判決です」
酷い審議である。これ最早コントだよね?!
「主文、被告甲神守礼は保護観察処分に処します。妹の監督下においてしっかりと異性交遊にしっかりと励んで下さい。被疑者乙クリオ=L=バトラックスについてはアノ刑に処します。以上で判決は終わりです。双方とも反省するように。なおこの法廷に掛かった全ての費用は全額地端プロダクション持ちとし、被告に負担させないこととします。なお判決に不服がある場合、アノ刑を執行後に不服申し立てをしてください。その場合は私宛にお願いします――私が責任持ってぶっ殺○ます」
もう、無茶苦茶だ!
美子はさりげなく僕を自分の元で監督すると宣言し、彼女らを排除した。
ただ、さすがにクリオに対してはこ○すとは一言も言っていないことから、そこまでの憎悪を持っていない様だ。
当然、眞智子と佐那美から抗議がある訳で――
「不服だらけじゃボゲええ!」
「なにボケかましてんだぁ、この基地外女!」
なんか――もう、嫌だ。完全に僕の取り合いが始まった。
「やるのか、クソジ○イ子!」
「上等だ基地外、掛かってこいや!」
美子と眞智子がお互いの胸ぐらと掴み出し火花を散らしている。
だが、珍しくソレを制止したのは佐那美である。
「――ってあんたら喧嘩する前にやることあるでしょ?」
『用件済ませろ』と佐那美からツッコミを入れられ、あわてて冷静に戻る2人。
「そうだった♪」
美子は鼻歌交じりに持参した自分のリュックサックに五寸釘と金槌をしまうと代わりに弁当箱を取り出す。
……・この場で食事するのか? ――そう思っていたのだが……
「良い感じで再現できたよ」
彼女は弁当箱を開封し良い感じの卵焼きをとりだした。
ぱっと見た目は美味しそうだ。
「い、いや……ちょっと……堪忍して」
一方でクリオが何故かバタバタと暴れ出す。
ずいぶん美味しそうなのになぜ暴れるのか?
その卵焼きの見た目故に、眞智子は些かの違和感を覚えている様だ。
「ずいぶん上手に焼けているけど……ちょっと味見させた方がいいんじゃない?」
眞智子はそれをひとかけらつまみ上げると、こともあろうか彼女の肩をポンポンと叩いて振り向かせた。
「佐那美、あーんして」
「えっ、何?」
佐那美は咄嗟に口を開いてしまった。その瞬間に眞智子が卵焼きを彼女の口奥へと押し込む――作業は一瞬であった。
佐那美もまさかそれを自分の口に放り込まれようとは思わなかった様子で、反射的に『ゴクン』と飲み込んでしまった。
眞智子の「佐那美どう?」の質問に対して、佐那美が抗議しようとした瞬間――
「ふんぐいういぎいいいいいいいいいい」
――と奇声を発して卒倒。バタバタと痙攣してそのまま泡を噴く羽目になる。
それを目の当たりにしたクリオがさらにパニックになった。
「見た目が良かった割には破壊力抜群だな――でも元を正せば佐那美が一番悪いから」
「ええ、それについては激しく同意」
眞智子と美子がフフフと不気味に笑っている。
そして僕に対して美子がこういった。
「お兄ちゃんは身体の動きを相手と全く同調させたり、拳銃の弾を避けたり、刀で弾いたりできる特殊スキルあるけど――私にも違うスキルもってるのよ。それは味の再現ってものをね。だから一流のコックの料理を再現したりするのもお手の物よ。逆も言えるわ――お兄ちゃんのアノ料理だって……」
そして無表情で、暴れるクリオに近づき眞智子がクリオを羽交い締めにしている間に美子がクリオの両頬を親指と人差し指で強引に口を開かせ、卵焼きを押し込んだ。
クリオは白目をむいて手足をバタバタさせていたが、泡を吹いて失神してしまった。
「刑執行終了――私達は惜しい人材を2人も亡くしました」
二人がぐったりとしている――彼女らはその二人に手を合わせ拝んでいる。
「な、なんて酷い事を――」
「何言っているのよ。お兄ちゃんはこういうのを私らに食べさせたんだからね!」
「そもそも、君達が作れって言うから作ったんじゃないか!」
さすがに僕も言い返した。美子も負けじと言い返してくる――美子と僕が言い合いしていると、眞智子から「ちょっと待って」とそのやり取りを止められた。普段なら僕と美子が言い合いしょうものなら、それを止めることなく横で北叟笑む眞智子が、あえて止めに入るとは余程の異常事態が発生した様だ。
――ま、まさかマジでヤバくなっちゃったの?
僕と美子は眞智子が指を差した方向をに視線を向ける。
そこには「あーっ、気持ち悪い……」と夜の新橋のサラリーマンみたいに這いつくばる佐那美の姿があった。
「あーぁ、所詮は贋作者か――その作りを真似できても、その宝具の威力までは再現できなかったか」
――おい、眞智子よ。うちの妹はどこかのキザな赤マントの男じゃないんだぞ。
「眞智子、なんの話?」
「いや――どこかの作家もどきが、その赤マントの男も出ているゲームアプリで、アホ毛の腹ぺこ王をゲットしたいがため、そちらに力を入れすぎて投稿予定を遅らせてしまったって話がちらっと頭に過ぎったのよ」
――だから眞智子よ、何の話しているのか。
さすがの美子も意味が分からず首を傾げている。
眞智子が言いたいことを余計な情報を取り除いて直訳すると、『美子は僕の料理を完全に再現できなかった』ということである。
佐那美が頭を左右に振って何とか上半身を起こした。
「変なもの食わせないでよ。今、あんた達が金ぴかのお釈迦様に見えたわよ」
「それってAU――」
眞智子、もうこれ以上その話をするな! 違う話になる。
佐那美が起き上がる頃にはクリオも同様に意識が戻り始めた。
「当たり前でしょ。あんなもの本気で寸分違えず再現したら、私が捕まっちゃうでしょ。当然、加減したわよ」
美子はそう胸を張って答えた。
……っていうか初めに『あんなもの』作って、ホントすみません。
「クリオ、あんた抜け駆け禁止だらね。それじゃあ、この件はこれくらいで――」
そう言って眞智子はクリオの縄を解いた。
僕も解かれるのかな――そう思ったけど、なかなか声を掛けてもらえない。
「あのー僕は……」
「あっ、お兄ちゃんは私の監督下に置いているからしばらくそのまま」
「な――それって酷くない?」
「ちょっと礼君のその姿――なんとなく癒やされるのよね……」
「あたしもちょっと興味がある」
――で、クリオは? どうせ彼女らと意見を合わせるのだろう――そう思っていた。
だが、彼女はハッキリと言った。
「私は可哀想だと思う!」
おぉ! さすが僕のビジネスパートナーだ。
やっぱり、僕のことを一番理解してくれるのが彼女だろう。
彼女と付き合えたら、きっと幸せになるかもしれない――と一瞬マジで思ってしまった。
だが、実際の彼女はそういいつつ、何故かスマホを取り出し僕に向けようとしているではないか。
結局のところ――
「僕を自由にしてくれたら、今度どこか遊びに連れて行ってあげるよ――もちろん意地悪な人とは行きたくないけどね」
――という取引を持ちかけたところ、彼女らは何事もなかったように手際よく、亀甲縛りを解き、ようやく解放された。
そして半裸の僕はすぐにさっきまで着ていたオタク服に着替え、晴れて自由の身となる。
彼女らも怒りを静めた様で、普段着に戻った。
「さて、試写会も終わったことだし――打ち上げします?」
僕が彼女らに声を掛けたところ、みんな一斉に「ハイハーイ!」と挙手して賛同する旨アピールした。
佐那美はすぐに自分を含め参加者の数を確認する――
「4,5……6……ん? ひとり多い」
佐那美が首を傾げた。今度は美子が「私が確認するから」といって再度参加者の数を確認する。
「あれ――確かに6人いるわね」
「そんなわけないわよ――私、礼君、美子、佐那美、クリオ……あと一人は織田さん――と……ってなんであなたがこんなところにいるの!」
そう、突然ここに交じっていたのはツカサこと織田一美である。
彼女は既に私服に着替え、何故かここにいた。
佐那美もすかさず「あんた、ここ部外者立入禁止なんですけど」と出て行く様に申し向けるも……
「あれ、ここは『関係者控室』ですよね? だったら私も問題ないと思いますよ」
……と意外と粘っている。
「あんたは『出演者控室』でしょ? しかもTKBとして部屋用意してあげたわよね?」
「それは知っています。でもプロデューサーさんにお礼の挨拶しに来たのですが、部屋からは人の声はしても誰も私の声に気がつかなくて――だから『お邪魔します』って言って入りましたよ……そしたら打ち上げ会の話で盛り上がっていたので」
――それでついでに参加希望なのかい!
彼女にそう言われても、話す内容ないんだけどなぁ……そう思っていたら彼女から、話を切り出された。
「あのーっ、神守さんって青梅の剣道道場のお孫さんだよね? 私も青梅にいたの……覚えていない? ほら、中学2年の時、隣の席の―― 」
――ん? そうだったっけか?
隣の席の子ってイマイチ覚えていないが、確か眼鏡を掛けていた大人しそうな――こいつらとは全く真逆な女の子だったような……
「あれ、まだ思い出さない? こうすればわかるかな」
一美はそう言うとポケットから眼鏡を取り出しそれを掛けた。
ああ、ハッキリとは覚えていないが――そんな感じの子だった気がする……
「ほら、前に雨だった時に私を傘にいれてくれたじゃない」
「ごめんなさい、覚えていないんだ――まあ、隣の席の子が眼鏡を掛けた大人しそうな女の子だったところまでわかるけど」
「それじゃあ、剣道場で私を半殺しにしたのは――」
佐那美が咄嗟に「ヒィ……」と小さな声で悲鳴を挙げた。
あぁ……佐那美みたいに失神していた女の子、そういうこと青梅でもあったっけ。
「うーん、覚えていないが――そういうのあったかもしれない」
「じゃあ、これ。これはどう?」
そう言って彼女はクラスの集合写真を取り出した。
――よくもまあ、持参してきたこと……
確認すると間違えなく、そこは中学2年の時に通っていた学校の集合写真である。
それに僕も映っていた。僕の隣にいる子が――あぁ、やっぱりこの子が織田一美か。なんとなく……だが思い出した。
「ああっ、保健委員の織田さんか……なんとなく思い出した」
「あぁ、酷い。私はしっかり覚えていたのに、神守さんはすっかり忘れていたのね」
一美はがっかりした様子で僕を見ているが――ちょっと周りを見て欲しい。
誰もが白い目であなたを見ていますよ。
「ところで――」
一美は周りの目を気にすることなく、話を続けてきた。
「何で、神守さんがレインの服を着ているの? それにござるさんがレインっていうのも正直驚いているんだけど――もしかして、ござるさんもレインも神守さんが演じていたの?」
――あぁ、バレてしまったようだな。さてどうやって言い訳するか……そう考えていた時、佐那美が口を挟んできた。
「ここどこだと思っているの? 関係者控室なのよ。そもそもここは私の招待した関係者を休ませるところなの。こんなところにレインがいるわけないでしょ?」
「彼がいるじゃないですか!」
「神守君はうちの研究生なんだけど――バイトとしてレインの影武者をやってもらっているの。もちろんそこにいるふぁっきゅうーもうちに来ている留学生なんだけどサンディの影武者をおねがいしているわ」
なるほど――そう言う手があったか。普段これくらい頭が働いてくれれば良いのに。
……そして、さっきの茶番もこれだけうまく弁護して欲しかった。
そして話は変わるが、いい加減クリオのことふぁっきゅうーっていうのはやめなさい。脇でクリオが怒っています。
「ほら、神守君もふぁっ――じゃなくってクリオもそろそろマスコミと出待ちファンを巻いてきて!」
あっ、珍しく言い直した。
「レインとサンディは既に帰らせたから、今から彼らの控室にいっていつもどおりレインとサンディの私服に着替えて待機して頂戴」
「わかった――クリオ、行こう」
「えっ、あっ、そうね……」
佐那美が『とっとと部屋から出ろ』と逃げ道を作ってくれた。
クリオは『なぜ私まで自分の影武者しなきゃならないの?』と納得していない様子であったが、一美の執拗な僕へのアピールを警戒してか素直に佐那美の意見に従った。
クリオは僕の手を引っ張り、ドアノブに手を掛けようとすると、再び一美が話しかけて来た。
「……ごめんなさい――ちょっと早とちりしてしまいました」
「僕こそ紛らわしい格好してごめんなさい――今から仕事があるので……」
「あの……」
まだ、何か話しかけてきそうな雰囲気である。
僕はちらりと佐那美を見る。佐那美はすぐに理解した様で――
「二人とも早く行きなさい! ほらツカサさんもうちの仕事止めないでくれる」
――と言って一美の話を遮った。
――この後、僕らはレインやサンディの私服……風の衣装に着替え、事務所が用意したリムジンでその場を後にした。
……結局、一美は何が言いたかったのだろうか。
佐那美みたいに道場での出来事がトラウマになって僕になにか仕返ししたいのだろうか。それとも――
いずれにしても、何を考えているかわからない女の子だから関わらないようにしよう。
結局、打ち上げ会は後日に延期になった。
――それから2日後。
クリオが再びアメリカに戻ることになった。
今度は僕もレインとして彼女をエスコートしての帰国である。
今回も事務所が用意したプライベートジェット機――しかも僕の会社の航空会社の物ね。それでアメリカに戻る訳だ。
今回は僕は操縦しない――っていうか、美子にパイロット免許取り上げられてしまった。
「長距離は運転させない」
それが理由だ。ちなみに国内はOKだそうで、家族やみんなで旅行しようという話も出ている。
今回はクリオと僕、社長である地端の親父さんがアメリカに向かうことになる。
僕らは事務所側で連絡して羽田で待機していたマスコミから、色々質問を受けて渡米するのがここでの通過儀式である。
その質問の大半が「サンディと交際しているって本当ですか」というゴシップ的なものや「今回も当たりそうですがギャラはどれくらいになりますか」というお金の話のものが多い。
その時、決まって僕はこう答える。
「社長、ギャラ10%OK?」
これは売り上げ総収入の10%寄越せということ。
きっと、テレビの向こうでは佐那美が大騒ぎしていることだろう。
その時、社長はちょっとお酒が入っていたのか気分が良かったみたいで――
「おう、10%どころか30%持ってけ!」
――と上機嫌である。
これ、佐那美泡吹いて気絶してるな……マジで泣かれるかも。
ついでとばかりにクリオも「私は? ねぇ、私は」と己を指差し猛アピール。
親父さんはしばらく考えた後、ボソリと呟いた
「……2%でいいか?」
なんで主役が脇役より少ないんだよ――クリオがそう言う目で僕を睨む。
いずれにしてもクリオも10%で落ち着いた。
――あぁ、あとで間違えなく佐那美にギャンギャン泣かれるだろうな……っていうか、既にガンガンとSNSの着信バイブが唸りまくっているんですけど。
そりゃそうだろうな。俺らだけで総売上40%抑えちゃったんだもの。
ちなみに後日談ではあるが、僕のアメリカにあるメインバックの通帳に約900万ドルが振り込まれていた。そこから逆算するとあの映画100億円行ったんだね。
あの時、佐那美に発狂され、本気でギャラの何割かは返そうか考えてしまった。
だが親父は「構わない。それにギャラをいっぱい持って行かれたと話が出れば、変な映画会社がオファーがくることもないし、事務所側としても話題性あるので構わないさ」とのことで、税金分以外は自由に使ってよしということでケリが付いた。
あとで地端家で凄絶な親子喧嘩が始まるかもしれない……が、それはそれとして――
その後、プライベートジェットはアメリカに到着。
一度、空港に迎えにきたクルマで事務所に戻り、僕は持参してきた私服に着替え、再び事務所のクルマで空港に戻った。
クリオ達はそのままアメリカに残るという。
だから帰国するのは僕だけである。
空港のプライベートジェット機専用待合ロビー付近にて彼女らとお別れである。
「またすぐに日本に行くから」
「うん、待っているよ」
これで本当にお別れである。
実はお別れは映画の中でちゃんと済ませた。
映画でも別れのシーンがあったが、その撮影前に彼女と話し合って決めた。
どうせクリオはアメリカに、僕は日本にそれぞれ旅立ってしまうわけだ。そうなったら大泣きするんだろ――だったら映画でそのシーンを再現しようって。
もちろん、監督からの抱擁のシーンは要求があったものだが、多分言われなくとも自然とそうなっていたと思う。
だからあのシーンは殆ど僕らのアドリブである。
でもまさか、彼女の感情が爆発してキスしてくるとは思わなかったけど、その分互いに感情を込めて演じることが出来た。
だから、ここでのお別れは――お互いに握手して終わり。そう、佐那美のアイデアはここで実践しようと決めていたのである。
ちょっと寂しい気もするが、また再開して再び馬鹿やることもあるだろうし、笑顔で別れる方が僕ららしい。
「それじゃ、クリオ。またよろしく」
僕とクリオは握手を交わした。
「うん。でも私のSNSはちゃんと読んでよね」
「ヤンデルメールじゃなければいいよ」
「ひどいなぁ……」
「大丈夫さ。何かあってもみんな一緒にいる――遠くても、離れていても、今は逢えなくとも、僕らはスマホで繋がっている……」
「ありがとう」
「じゃあ、約束どおり――」
「お互い振り返ることなく……ね」
お互いの手を放すと振り返ることなく、彼女も社長と一緒にその場から離れていった。
僕は身体検査を済ませ、搭乗口より待たせていたジェット機で日本へ戻った。
――それから1週間後。
再び、学校の教室。
映画の疲れも取れて、特にやることもなく、のんびり過ごしていた。
それでも、何か心の中がぽっかり空いた気分である――なんていうのかなぁ……寂しいというか。
クリオが座っていた席。今は使う人もなく教室に忘れられたまま置かれている。
なんとなくクリオが『忘れんなよ』とでも主張している様にも思える。
……それでも、主なき席は近いうちに片付けることになるだろう。
眞智子が顰めっ面しながら僕のところにやってきた。
「転校生が来るんだってさ――あの織田さんが」
「ふーん……それでクリオの席が残っていたのか」
「たまたまだと思うよ。……それにしても彼女にはあまり興味なさそうね」
「だって、絡みがないもん。皆と違ってさ」
眞智子は「そ、そう?」と若干顔を赤くしながら尋ねた。
「もちろん」
あれだけ皆と馬鹿やっていれば――仲間以上の関係だよ。今は誰が一番だか決められないが、僕は少なくとも彼女ら以外興味はない。
それと同時に『一美ではクリオの代わりになれない』と、そう失礼なことを思っている。
クリオがいない寂しさ――どうすれば紛らわせることができるだろうか。
――そもそも、いつもの日常に彼女はいなかった。
そうかといって彼女を忘れるのは出来ない。
――ならば、どうしたらいいかな。
ふと、頭を過ぎる。
そいえば試写会の打ち上げ会を打ち上げ会やっていなかったな。
もう少し、踏ん切りをつければよかったかな。
ならば、打ち上げ会はしよう! 今日しよう。
クリオはテレビ電話で誘おう。寝ぼけ眼で付き合わされる事になるだろうけど、構うものか! もちろん他の連中も誘う。それも僕ららしくて良い。
「眞智子さん、この後みんなでどこかでご飯食べに行かない?――この前の打ち上げ会という形でどう?」
「いいわね。美子や佐那美を誘おう――ついでにクリオの奴……もSNSで……」
「いや、そこはテレビ電話でしょ。寝ていても構わない――むしろ誘わない方が怒るよ」
「わかった。ファミレスでいい? ちょっと高めの洋食系の」
「いいね、なら僕が奢るよ」
「いや、佐那美に出させよう」
「……佐那美さんにはしばらくお金の話はやめておいたほうがいいよ」
眞智子は「あー、あれか」とその意味を理解したのかゲラゲラ笑っている。
これでクリオとは一段落付けられそうだ。
クリオの机を見て感傷に浸ることも――ないとおもう。
それはさておいて、眞智子が言っていた一美の件について副委員長として委員長の眞智子と確認とる必要がある。
「ところで担任から転校生の話を聞きに行かなきゃいけないと思うのだが――」
「それは確認済み。必要ないってさ。今回は机と椅子がすでにあるからだと思うけど」
眞智子はそう言って暗にクリオの席を指した。
あぁ、やっぱりそうなるわなぁ……
そこで予鈴のチャイムが鳴る。
まもなくホームルームが始まり、担任の先生がある一人の女の子を連れて教卓前にたった。
……どうせ一美だろう。
僕は彼女を見ることなく外を見ていた。
――その時、事件は起きた!
一言で言うと『いつもの日常』がいきなり始まったのだ。
教室の後ろのドアが豪快に開き、隣のクラスの佐那美が大声出しながら入ってきた。
「何で、織田さんなの! それでなんでふぁっきゅうーがそっちのクラスにいるわけ?」
「――はぁ?」
僕はふと、先生に連れられた少女を見る。
そこにはクリオが恥ずかしそうに立っていた。
それで、佐那美の腰にしがみついているのは……一美である。
「やめなさいよ――っていうか、私があなたのクラスでなにか不満があるの!」
他のクラスメイトがぽかんとして口を開けているのに対して教室内は来訪者2人が騒動を起こしている。
――ここで学級委員長の出動である。
眞智子がゆっくり挙手をして、「排除します」と立ち上がった。
案の定、眞智子は佐那美にアイアン・クローを噛まして佐那美にしがみつく一美ごと廊下へ引きずり出した。
その後、後ろのドアがパタンと静かに閉まると、いきなり『バッチンバッチン』と豪快に佐那美をぶん殴る音が廊下に響く。
その脇で何が起きたのか分からず悲鳴を挙げる一美。
この日常もクラスの風物詩になりつつある。
だから誰も廊下を振り返ることなく、先生もなかったかのように彼女らをスルーした。
「説明不要ですね――クリオ=L=バトラックスさんです。本当は隣のクラスに行くはずだったんだけど、佐那美さんがあんな調子だから――再びうちのクラスになりました」
満面の笑顔で再び日本に戻れた理由を説明するクリオ。
これはクリオのお祝いを兼ねて打ち上げ会をしないとね。
こうして、僕らの『いつもの日常』が少しずつ変わりながら繰り広げていく――今日はどんな騒動に巻きこまれていくのか……楽しみである。
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