第21話 試写会

 遂に映画が仕上がった。題名も決まった

 その名を「極めよ!オタク道」英題名(Road of Ultimate Otaku)である。

 ハリウッド映画なのに今回は日本先行上映とのことで、試写会は最初に日本で行われることとなった。

 

 そのためクリオも日本に再び上陸。


 空港では――


 「ふぁっきゅうー!」


――とまあ、佐那美が人目気にせず大声でクリオを呼ぶわけで、今度はさすがに眞智子と美子にげんこつを喰らい涙目になっていた。


 来日したクリオの服装は妙に高そうなブランド物の服を着ている――が、周りにはマスコミなどは集まっておらず、妙に浮いている感じもした。

 クリオは慌てて佐那美の元に早足で近づき「マスコミいないじゃないのよ」と耳打ちするも、カエルの面になんとかで、佐那美は何のことだか理解していない。

 僕が「佐那美さん、クリオの来日会見手配した?」と尋ねたところ、佐那美は納得した表情で手鼓を打ち、ようやく「あーっ」と言う声を挙げた。


 「ゴメン、すっかり忘れていた――手配していない」


 ――これである。


 「あんた、私がめかし込んだ意味ないでしょ!」


 酷い話である。前回は来日するところを空港でアピールしたいが為にクリオをアメリカに帰国させ、すぐに日本にUターンさせたのに今回はマスコミ手配し忘れるとは……


 「だって、映画完成したし――もう既に私の手から離れてしまったから」


 佐那美はケラケラ笑っており全く反省していない。


 「まあ、しょうがないわね。高い服着て醤油こぼして嫌だから――どこかで着替えようかしら」


 「醤油?」


 「うん。だってこの後、つくばのお寿司屋さんに行くんでしょ? 行く予定がなくても私はそこを希望します――あぁ、もちろん佐那美のおごりでね」


 クリオはそう言うと佐那美の肩をポンポンと叩いた。

 すると――


 「あぁ、いいね。前回お兄ちゃんのお金でごちそうになったから、今度は佐那美のおごりでお願いしまーす」


 「悪いね、いつもひっぱたいているのに――私は『白梅』でいいわ。礼君もそれでいい? 美子もクリオもそうなんでしょ?」


 美子、眞智子がここぞとばかりにクリオの案に乗っかった。

 ちなみに眞智子がいう『白梅』とは一番高い握りである。


 「うがあああああ」

 

 佐那美はまた奇声をあげて僕の襟首を締め上げた。


 「えぇっ! 僕何も言っていないし、関係ないでしょ!」


 「あんたがこの馬鹿共止めなさいよ!」


 「切っ掛けを作ったのは佐那美さんでしょ?」


 結局、佐那美の奢りでお寿司をごちそうになった。



――その週の土曜日 



 東京の有楽町の映画館を借り切って試写会が行われることとなった。

 もちろん、僕とクリオはオタク服で、出演者席。

 佐那美と地端の親父さんは関係者席で、美子と眞智子は招待客として席を設けた。

その前に映画監督と出演者の挨拶である。

 もちろん、クリオは中央側で僕は一番端に立つことになっている――が、まずは舞台袖で待機である。


 ――実は、この時点で僕の正体が明かされていない。謎のフリー映画俳優として参加している。


 でも、若干の誤算があった。

 日本武道館を貸し切った時にライブ客役として募集掛けたのがレイン=カーディナルのファンであったことである。

 察しの良いファンはレインが出ると気がついた様で、試写会の所々レインを応援幕が掲げられていた。

 とりあえず挨拶が始まるまで舞台袖では若干の時間があった。

 

 クリオは僕に何か話しかけたい様子であったが、司会の人から色々な打ち合わせがあり、それの対応に追われるはめになった。

 僕は劇場スタッフと如何にレインに化けるか打ち合わせをしていた。

 この後の予定は、映画が始まるとすぐに劇場スタッフの案内で劇場を離れ『特別招待枠待機室』でレインの格好に着替えオタク服を軽く羽織る形で再び席に戻る説明を受けた。

 その打ち合わせが終わった時、脇にいた女性から声を掛けられた。


 「あの『ござる』さんですよね?」


 ツカサである。彼女とこの格好で会うのはアラガーデンを除いては映画撮影の時だけである。

 もちろん、彼女は舞台で、僕はファン役として、その場に居ただけで直接的な会話も対面もなかった。


 「ござるさんって、ヲタ芸もの凄く上手ですよね――驚きました」


 「あははっ、照れるでござるよ」


 彼女は舞台上で僕のヲタ芸しっかり見ていた様だ。

 応援すると言いつつ、ビジネスだけというのも気が引ける。もう少し彼女と話してみようと思う。


 「まさか、私らTKBが日本武道館でライブ出来るとは思いませんでしたよ……まあ、映画の話ですけどね」


 「いやいや、なかなか光る物があったでござるよ」


 「でも、まさか……シーンが変わってアズラエルさんが歌って踊るって――そういう展開になるとは思いませんでしたよ――」


 「それは残念でござるね。後でプロデューサーさんに文句言っておくでござるよ」


 「いやあ――言わないでください。それでも感謝しているんですから。それにまさか、アズラエルさんとござるさんと一緒に踊るとは思いませんでしたよ」


 「あはははっ、あの地端ってプロデューサー無茶苦茶ですからね」


 「それにしても――ござるさんって何でも出来るんですね……もしかして有名人なんですか?」


 色々と話をしていくと何か探りを入れられている感じもする。


 「――オタク界で有名になりたいでござるなぁ」


 とりあえずそう誤魔化した。

 だが、誤魔化すとしてもちょっと無理な状況である。

 むしろ、今まで与えたヒントが多すぎる――っていうか、この状況をどうやって誤魔化せばいいのか、佐那美よ。

 レインの応援幕といい、やたらダンスが踊れる謎の役者といい――

 仕方ないので話を違う方面に変えてみる。


 「そういえば、日本武道館謎の2500人って話題、知っているでござるか?」


 「知っています。予定より観客役が2500人多かったあれでしょ?」


 「あれ、アズラエルのファンだったそうでござるよ」


 「えぇっ、映画撮影って極秘だったんじゃないんですか? なんでアズラエルのファンが?」


 「それはアズラエル側の要望で監督側に連絡があったみたいでござる。『盛り上げる自信はあるけど――レインファンだと分野が違うからちょっと時間が掛かる』って。監督の判断でだから即興で場を盛り上げるにはアズラエルのファンが一番だと。そこで彼らが動員させた訳でござる。それがどうも地端プロデューサーにうまく伝わっていなかった様でちょっとだけプチパニックになったそうでござる」


 「えぇっ、そうなんですか? ござるさんずいぶん、詳しいのですね――」


 ――あっ、ちょっと墓穴掘ったかな。あまり彼女と話をしない方がいいかな。

 それにさっきからクリオの視線が刺さるし……


 「おや、そろそろ舞台挨拶でござるね。おしゃべりは終わるでござるよ」


 僕はここでツカサとの会話を打ち切ろうとした。だが、ここでツカサがちょっとだけ粘ってきた。


 「あの――これだけ良いですか?」


 「何でござる?」


 「あの――もしかして……」


 僕は、彼女が僕のことをレイン=カーディナルだと分かってしまったのではと……覚悟した。

 でもここでバラされたら元も子もない。

 どう乗り切ろうか――とりあえず聞いてみる。


 「もしかしてって何でござる?」


 2、3秒の沈黙が続く。

 そしてゆっくり彼女の口から語られた。


 「もしかして、あなたは――」


 「はい……」



 「あなた、神守君じゃないの……」



 「えっ………………えっ!」


 一瞬、顔が引きつった。

 あ――そっちはかよ! そっちはもっとダメだよぉ。せめてレインとしてくれよ。

 このあとレインとして出る予定があるのに、ここで『そうです私が神守君です』なんて言ったら神守礼はレイン=カーディナルであることになってしまう。

 何て言って誤魔化そうか。とりあえずここは否定も肯定もしないことにしよう。


 「さあ――どうですかね。もう時間ですよ、お話は終わりです……でござる」


 「もしかして――動揺しています?」


 ツカサはしつこく尋ねてくるが、あえて無視した。


 丁度その頃、舞台に照明が当てられ、映画監督及び出演者がゾロゾロ舞台中央に移動開始する。

 

 司会進行で映画試写会の挨拶が始まり、日本語ペラペラのサンディことクリオが英語で通訳を交えて感想や司会の質問を答えていく感じで進行していく。

 映画監督も「ここ一番の自信作」と胸を張って答えていた――まあ、カントリーサイドストーリーは散々でしたからね。

 それぞれの役者にマイクが向けられ簡単に挨拶を進めていく。もちろん主題歌を歌ったアズラエルのダンサーマンディ関田さんが「ちょっとしたハプニングがありましたね」と台本どおり僕を指さすと、同じく台本通り僕は首を傾げた。

 そしてTKBにマイクが移る。TKBはつくばのご当地アイドルであり、映画に出演でき、さらに夢の武道館ライブができたことを感謝していた。


 ――最後に僕。


 声援が一層大きくなる――いや、うなりをあげた。横にいるツカサがそれに驚き観客と僕を見比べている様だ。

 僕が「ござるーっ」と叫べば観客も「ござるーっ」と返す。

 それを3回ばかりやって手を振って僕の挨拶は終わった。

 観客の声援が鳴り止まない。

 クリオとツカサはその異常な光景に口が開いたままになっていた。

 クリオはせっかくの主演がすべて僕に奪われたという唖然とした表情。

 ツカサは『何でこの人がこんなに人気あるの?』という驚愕の表情。


 ――そんな感じだろうか。


 僕らは舞台から降ろされ指定した席に案内される。

 僕は前列の1列目左側非常口側前の席、クリオは主役なので同列中央の席。

 佐那美にモブといわれたTKBの3人は僕の右脇に座ることになった。

 寄りにもよって僕の隣はツカサである。

 ツカサはジッと僕を見ているが、僕は人差し指を口にあて、劇場スクリーンを指さした。

 そして照明が落とされスクリーンに僕たちが生み出したお話が映し出された。

 実はサンディが日本に着いて、秋葉原で別のグループを応援していたオタク服着たレインとすぐに出会うことになっている。そのあとオタク服を脱いだレインと食事するシーンに移る。

 ――だからすぐに僕は退出しなければならない。

 僕がスタッフに促されこっそり退出する際、ツカサが僕に気付き「何しているの?」と尋ねてきた。

 当然、僕は「僕の役目がおわったので一度退出する――でござる」と言い残しスタッフと共に席を立った。

 その際、「皆に内緒でござるよ」と言い残しその場を後にした。


 僕が劇場から離れた際、「キャァー」という黄色い声がそこから鳴り響いた。

 丁度、ござる君の正体がレインであることが判明したあたりだろう。

 さて、僕は皆の期待に応えるためレインになる。

 映画が終わるのにはもう少し時間がある。

 とりあえず、レインの服装に着替え、レインのシンボルであるブルーアイにするためブルーコンタクトを装着した。

 そして劇場側で提供された映像モニターで、映し出された映画を確認しながら、再び劇場に戻るタイミングを計る。

 モニターを眺めていると『えっ、このカットシーン使ったの?』というものが結構見受けられた。

 新進気鋭の監督だけあって、今までとは違ったレインの表情を表現させていた。

 特に、今まではサンディの大ポカでレインが悲惨な目に遭うのがお約束だったのだが、今回はレインがお茶目な事をやってサンディが巻きこまれていく逆の展開は新鮮でよかった。

 こちら側でも監督に色々進言はしたが、結果論的に杞憂だった。



 そう思っていたのも束の間――予想外のシーンが映し出された。

 


 それはサンディがレインの離れのシーンの時である。

 そのシーンは本来、お互いに握手を交わしてお互いを背にして別々の道に歩み出していく事になっていた。

 ただ、その件について二人で話し合った結果、それはちょっと違うのではないかという結論に至った。

 そこで感情を込めようという話になり、本番前のテストの時にどんなものかアドリブでそのシーンを演じることにした。

 当然の結果かも知れないが――男女間で感情を込めすぎると……キスしちゃうことものがあるようで、彼女も素直にそうしてしまった。


 それがベッドシーンじゃないのが不幸中の幸いだが、それをやったらAVそのものになってしまう――そして僕らは間違えなく殺○れる……

 とりあえず、彼女に合わせて感情をぶつけて演技を続けたが、テスト後に「こんなの映し出されたらぶっこ○されるぞ」とサンディに注意した。

 彼女としても「あんなの映されるわけないじゃん――でも、本番はあれは無理でも、もっと感情を込めないとね」と微笑んでいた。

 もちろん彼女としても本番で使うことは想定していない行動であるが――今考えてみると彼女にして見ればそれはどうでもいいことだったかもしれない。


 その時、監督は「おいおい、普段からお熱いのはわかったから。それを映画に持ち込まないでくれる」と僕らを注意したはずなのに――ちゃっかりと抱擁のシーンが足された。

 そして本番はキスシーンなし涙ありの抱擁シーンで終了。

 当然、僕らもそれが映し出されるものだと思っていた……

 


 寄りにもよって抱擁してキスシーンをしている様な編集をかましてくれた。



 こんな、カットしやがったのかよ! あとで皆に処刑モンじゃん!

 どうしよう間違えなくぶっ殺○れる――どうしてくれるんだへっぽこ監督!

 僕たち間違えなく、この後裁判だぁぁああ……

 劇場でも「うぉおおお」という変な声が聞こえてくる――きっとその中には美子、眞智子、佐那美の声も一緒に交じっているんだろうな。

 やべ――行きたくなくなった。

 そう思っている時に劇場スタッフからお声が掛かった。


 はぁ――覚悟して劇場に戻ろう……


 スタッフから案内された場所は舞台袖である。今まではシークレットとして脇役扱いで『ござる』として末席に座っていたが、今度は主役である。そうなるとツカサの脇ではない。

 スクリーンには丁度、エンドロールが始まりアズラエルの曲に併せてレインとサンディが踊っているシーン。これは日本武道館のシーンとは別にアメリカで踊っているシーンである。

 これは関係者でも目にするのは今回が初めてという人が多いのではないか。

 エンドロールに俳優名がゾロゾロとスクロールしていく。もちろんトップはサンディ=クリストファー、ラストにレイン=カーディナルが上へと消えていった。

 エンドスクロールが終わり、これで映画はすべて終わった。

 真っ暗なままの劇場。

 そこに僕がいた場所にスポットライトが当たる。

 当然、誰も座っていない。

 劇場がざわつく。

 そこで僕が舞台袖から登場する訳だ。

 僕は舞台中央にゆっくり歩き出すと照明がその後を追う。

 指定の場所に到着すると舞台中央で両手を挙げた。


 「きゃあああああああ」


 大きな声援がうなりを上げた。

 ここで再び「ござるー!」と叫ぶと劇場からも「ござるー!」と合いの手が入る。

 さっきまでは『ござる君』でだったが今度はレインとして立ち振る舞わなきゃならない。

 そしてイベントにお決まりのもの……それは僕の脇に通訳が入ることだ。

 もちろん僕はごく普通の日本人で当然日本語が話せるだが、レインはハリウッドスターなので会話は英語が求められる。

 僕は英語で「ござる君として参加していたレインです。今回はシークレットとして映画に参加していました。この映画を作るにあたり、うちのプロデューサーと周りの協力者に感謝します」と先ほどのキスを誤魔化さんばかりに必死でゴマをすった。

 そして舞台上に上がってきたサンディとともに手を振って試写会は終了となった。


 さて、トラブルメーカーの彼女に何て言って文句を言ってやろうかしら。

 舞台袖から劇場外へ向かう際、僕はジロッと彼女を睨みつけてやった。

 すると彼女は一生懸命片手で謝った。


 「どうするんだよぉ――間違えなくあのヤンデレ共に処刑喰らっちゃうじゃない」


 「どうしよう――あのシーン使われるとは思ってもいなかったんで」


 「ただでさえ僕ら、台本と違う演技したから佐那美さん間違えなくぶち切れだ」


 「――そう言えば私達のキスシーンの時に大暴れしたファンの子が何人かいたって……」


 「間違えなくうちの連中だ――嫌だなぁ……僕、飛行機でどこかに逃避行しようかなぁ――」


 「あははは――その前に捕まって裁判ね」


 クリオは空笑いしながら関係者控室で待ち構えているヤンデレ3人娘を指さした。

 ヤンデレ3人娘は真っ赤な顔をして腕組みして僕らを睨んでいた。


 「お、おわった――」

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