第20話 映画撮影始動
――撮影が始まった。
まず、いきなりTKBの野外ライブ――ではなく、ちゃんとした施設内でのシーンから入る。
そこはコンサートホール――でもなく、いきなりの日本武道館。
そう、あの皇居近くのタマネギホール。
当然、ご当地アイドルの彼女らにそれだけの集客力は見込めず、その大半がサクラである。しかも一切無給のボランティアである。
でも、これだけのサクラを集めるには大変……そう思っていたのだが、すんなり集まった。美子の話では僕の――つまりレイン=カーディナルの日本中のファンを広く募集して集めたとのこと。概ね8000人員したらしい。
さらにサンディのファンも450人位は確保したという。
武道館クラスであれば15000人は収容できると聞いていたが、今回は映画の撮影である。舞台向けのカメラはもちろん、観客側向けにも設置することもあり安全性を十分確保したのでそれよりは少なくなるらしい。それでも約11000人は集まっているという。
佐那美からそう聞いた時には「そうか」と納得してしまったが、それを聞いたクリオが「数が合わない。あんた計算が出来ないの?」とツッコミをいれた。
ちょっと計算してみる。8000と450……そこにTKBのファン50人前後をそこに加わっても、だいたい8500である。
残る2500人あたりはどこから集まったのか――がわからないという。
もちろんインターネットで映画撮影の情報検索で調べてみても、その様な情報は確認できず、彼らがどこから情報を知り得たかは不明。
今は映画撮影の為来日した監督の指示で、TKBの連中とその観客役がリハーサルをしているところである。
僕と佐那美、クリオはそのリハの様子を助監督の案内で覗き込む。
観客席前列がTKB、レイン、サンディのファンで後列が謎の動員サクラだと説明を受けた。
僕が見た感じでは、動員サクラは盛り上がり方が自然でライブ慣れしてる様に見えた。
全く問題はなさそうだ。
もう少し舞台を見てみたいなと身体を前のめりにしたところ、助監督から――
「この位置ならカメラにも映りませんけど、ここから先は勘弁して下さい」
――と止められた。
つまりは既に撮影が始まっているということだ。
佐那美は「そんなの聞いていない!」とちょっと強めに抗議――というか文句を言っているが――
「すいません、監督が言うには、いきなりの本番で緊張のあまり固まってしまう素人もいるので、保険の為に撮影しておきたいとのことです」
――という言葉で彼女と納得した。
それにしても佐那美と監督の打ち合わせがうまくいっていない感じで、齟齬が生じている。
また、台本にしてもそうだ。
クリオが舞台を指差しながら質問する。僕らがもらった台本はプロトタイプのせいなのか、どこで演じるのか書かれていない。
「それにしてもこのシーンはどこのシーンなのかしら?」
「これは中盤のシーンですね。お二人が出会うシーンは秋葉原なのでだいぶ後半に撮影になります」
助監督から聞くに、武道館撮影を本日にした理由は『この日が空いていた』とのことであり、その時の佐那美が「どうせやるなら一発目に大きなイベント持って来た方がいいでしょ」とOKしたからだという。
当の佐那美は「あれ――そうだっけか?」と忘れていたようでケラケラと笑っている……が、実際にこれだけの人員を集めたのは彼女であり、それは間違えなく彼女が判断したものだろう。
「佐那美さん、こんなに集まって大丈夫なの?」
「お金の面? 今日が特にお金かかっているわ――でも、この他は然程でもない。安全性の面では舞台と前席の感覚はかなり空けてある。あなた達が派手にオタ芸しているところをカメラが通り抜けても問題なく、かなり余裕を持たせている。つまり、どこからカメラが入ってもどの角度からでも撮影できるわ」
「すごいね……ホントに武道館を映画スタジオにしてしまったんだ」
「あーっ、そうだ。せっかく日本武道館なんだから、あとで神守君とふぁっきゅうーにはあの舞台で踊ってもらおうかしら」
「はぁっ?」「んっ?」
僕とクリオは慌てて台本を確認するが、そんなの一つも書かれていない。お互いの台本を確認するも同様である。
助監督も「そんなシーンありませんよ」と首を傾げている。
「違うわよ。エンドロールに入れるの。だからアズラエルも呼んであるから――あぁ、こちらは出演依頼ずみだから。監督にもこの前話してあるから」
いきなりの衝撃的な台本改変である。
こんな感じで監督とプロデューサーがそれぞれアドリブ噛ますから、細々としたところで齟齬が生じるのだろう。
僕は頭を抱える程度で済んでいるが、クリオはそれを通り越し大げさに両手を振り下ろし、天を仰いでしまった。
そして――
「スクリュー……」
彼女は指で頭をくるくると回す仕草をして最後に手を広げて弾けた表現をした。
「あんた、またあたしの事、クルクルパーした。それやめてくれる?」
――何を言う。おまえはふぁっきゅうーってクリオのこと馬鹿にしているだろ?
「いずれにしても、エンドロールでアズラエルか歌うのか――まさかだと思うが主題歌はアズラエルが歌うことになっているの?」
「そうよ」
――あっさり言いよった……で、TKBの立場は?
「あんた、一美らどうするのよぉ……『映画にアイドルとして参加できてうれしい』って喜んでいたわよ」
「はぁ? なんでモブにそこまで気を遣わなきゃならないのよ。一応、挿入歌として字幕に入るでしょ」
「あんたもホント、ろくな死に方しないわよ。きっといつの日か美子に包丁でメッタ刺○にされ、ころ○されるんでしょうね。私はあなたが神様に愛されるよう祈ってあげるわ」
神様に愛されるようにってあの世で――って意味ですか?!
……それ、シャレになりません。
さすがにクリオに注意しよう――
「勝手に僕の妹を犯罪者にしないでくれるぅ? それに佐那美さんは――」
僕はそこまで言うと――
「僕の一番愛している美子に、佐那美ごとき単細胞を斬○刻んだくらいで死にはしないでしょうよ。便所虫みたいにどこにでも増殖しているんだもの……」
――と誰かに言葉を上書きされた。
その声の方面を見ると、そこにはお約束である美子がいた。
「あ、美子さん、お疲れ。今、到着?」
「○ャイ子のおかげで間違って皇居東御苑桃華楽堂に行っちゃったんだけど……えっ ジ○イ子? 彼女ならおいちゃんと一緒に医務室でスタンバっているわよ」
そう、彼女らは別口で武道館に来ている。
ちなみにジャ○子とは眞智子の事である。この前の件以降、美子は彼女の事を『デブ』、『ヤンキー』、『ジャイ○』と言いたい放題言っている。
眞智子とおいちゃん――つまり小野乃道三先生は医療スタッフとして参加してる。
ちなみに美子はというと――
「なんで美子来るのよ――別に殺人鬼の役なんて頼んでいないんですけど!」
――と完全に部外者……ていうか仲間はずれにしようとしたので僕が関係者として呼んだわけである。
「えっ? 『ハリウッド映画プロデューサーメッタ刺し殺人事件――シ○ンベンまみれのプロデューサーが最後に見たものとは』が最後にCパートに入るんでしょ?」
「美子さん、そのシーンはないです……・」
「でも、入れちゃっても良いんじゃない。佐那美はいつも人を笑わせるのが得意な女の子だったんですもの――神様もきっと許してくれるわ。それに、ほらあの世から佐那美が手を振ってよろこんでくれるわ」
クリオはそう言ってプルプル怒りで震えている佐那美を指さした。
「っていうか、まだ佐那美さん死んでないから!」
「まだ――っていうことは間もなく死ぬ訳だ。お兄ちゃん私、佐那美にお別れしてくるから」
そう言って美子はバックから何かを取り出した新聞でくるまれている――アレである。
でも、ここらで終わりにしないと撮影に影響が出てくる。
「冗談終わり。寸劇も終劇ね」
「ちぇっ……せっかっくからかってやろうと思ったのに」
「Shit! ……じゃなかった。佐那美の場合はオシッコ! ……かしらね」
クリオの言葉に美子が佐那美を指差しケラケラ笑い、二人にからかわれた佐那美は余程ご立腹したのか、悔しそうに僕の背中をポカポカ叩いていた。
――さて、気がつくとTKBの3人は気持ち良くライブ……風の撮影に臨んでいる。
最初はちょっとぎこちなかった3人だったが、それも場に慣れてきたのか問題なくライブが出来ていたと思う。
その姿を見ていたら僕もちょっと踊りたくなってきた。
「佐那美さん、僕も参加したくなってきた」
「あぁ……そうね。そうなると休憩空けに加わってくれるかしら。ふぁっきゅうーも行けるかしら」
「だからファックユーいうな! ……ちなみに私も問題ないわ」
クリオがそう答えると、佐那美は助監督にその旨伝えた。
そうなると僕たちも本気を出さなきゃ行けないな。
僕とクリオはそれぞれの楽屋に戻り、衣装のオタク服に着替える。
そしてそれぞれが役に入る――
――1ヶ月後。
映画撮影があっという間に終わった。
そもそも、アクションシーンはなく、役者を大量に動員するわけでもなく、舞台も殆どが路上かライブハウス、借り上げたアパート位なもので、低予算で済んでいる。せいぜいお金が掛かった場所と言えば武道館位だっただろうか。
本来ならばアメリカロケで移動代もかかるハズだった。
そこをやりくりしたのが佐那美である。しかも移動費がほぼタダだという。
凄いな――っと感心していたら、これには裏があった。
航空会社とタイアップしたという。
それで最小必要人数を搭乗させ往復2日、アメリカ滞在撮影日数2日計4日アメリカロケを強行。
移動の際にその航空会社の機体をみると、どこかで見たことがある機体だった――と思っていたらまさかの自分の会社の飛行機だった……
慌てて飛行機会社の社長に連絡したところ、今回の映画にはうちのジェット機を利用するシーンがあるらしくそのスポンサーになってしまったと報告を受けた。
……代金は0円――ふざけるな!
プライベートジェット機って結構高いんだぞ!
それでも、うちのジェット機を手配できたというのは、正直驚いた。
僕でさえ、なかなか利用できなかった中型のジェット機を佐那美は軽々と手配していたのだ。
確かに、この映画でスポンサーとして当たればこちらとしては美味しい話ではあるが――そんなの利用する人はかなり限られている。
期待するだけ無駄だろう……後日出演ギャラという形で調整するとしよう。
――こんな形でかなり低予算で作られた映画ではあるが、今回は良い映画に仕上がったと思う。
監督とプロデューサーの連携はさておき。
監督も全くダメ監督――というわけでもなく、僕が考えている以上にちゃんとした監督だった。
シナリオは佐那美がプロデュースした内容をベースに構成作家が再調整したものなので非常に良い。
多分カントリーサイドストーリーみたいな悲惨なものにはならないだろう。
演技についてもクリオが完全に役に入り込むことが出来たので、今回クリオが叩かれることもない。
もちろんスタッフは地端の親父が日本中から呼び寄せた強者揃い。
後は――僕だろうなぁ。特に派手なアクションをしている訳でもないし……
「カット! これで全ての全シーン終了です。お疲れ様でした」
サンディがプライベートジェット機から降りてくるシーンで全てが終わった。
僕もそのプライベートジェット機のコックピットでそれを確認する。
撮影が終わったサンディ……今度はクリオか。そのクリオが再びジェット機の中に入り込んで僕に飛びついた。
「危ないって!」
「終わったよ」
クリオが僕の背後から抱きつきほっぺにキスをしようとしている――が、すぐに鈍い衝撃と共に未遂で終わった。
眞智子である。キャビンアテンダントの格好をしてクリオの脳天にチョップを食らわせていた。
「おまえ、そういうのナシな」
「いったいなぁ……ミスジャ○アン」
クリオは頭を抑えながらしゃがみ、涙目で眞智子を睨んだ。
クリオも結構言い返せる様になったもんだ――今、眞智子によって両頬を引っ張られている。
「上等じゃないの!」
「ひ、ひひゃい、ひゃひひゅるのひょ(い、いたい、何するのよ)」
うん、さすがに加減しているとはいえ、佐那美みたいに顔面なぐられたらたまったものじゃないので止めておこう。
「眞智子さん。撮影終わったんだから勘弁してあげてよ」
「まあ――礼君がそう言うなら……」
眞智子はあっさりとクリオを解放した。
でも、クリオが何か言いそうである。彼女にも苦言呈しておこう。
「この人、佐那美さんには容赦ないからね。今は抑えているけど――喧嘩売るのはその辺で……」
「はぁい……」
とりあえず、この飛行機を格納庫に戻しておく。
そして、皆がいるビジネスジェット搭乗口付近に移動して、一連の活動がクリオがクランクアウトの花束を受け取り終了した。
「この後、打ち上げやるんだけど、土浦のあのホテルで予約してあるから。バスはロケバスになっちゃうけど――それでいいよね」
佐那美がうれしそうに手を振ってみんなに話す。
あのホテルか――みんなでウエディング衣装を着たあそこか。
「佐那美さん、TKBは呼んでいないんでしょ?」
「いや、さすがに今回は手配したわよ。それにしてもあのツカサって子、完璧なヲタ芸のござる君に驚いていたわね……もっとも、そのヲタ芸しているのが神守君であることも知らないし、レイン=カーディナルであることも知らないだろうし」
「アズラエルの皆さんは?」
「――ん、ちょっとライブがあるから無理だって。でも試写会にはマンディさんが参加してくれるって言っていたよ」
「ちなみに美子さんや眞智子さんは?」
「呼ばないと――ウエディングドレスドレスの件もあるから……本当は呼びたくないんだけどね、特に眞智子」
――あぁ、そう言えば眞智子に仕返しされたんだっけな。
そこでクリオがまた余計な一言を言ってくれる。
「それじゃ美子の奴、包丁もってくるかな――」
「――なんかやりそうだね。美子さんのことだから、きっと厨房に入って特別料理を作りそう」
「そんな生やさしいもんじゃない。きっと佐那美の活け作りなんか作りそうよ」
「ちょ、ちょっと、ふぁっきゅうー! それ美子ならやりかねないから笑えないんだけど」
みんな楽しく笑っている――っていうか佐那美は冷や汗かいているけど。
これで完全にクリオの休日が終わった――か。
寂しいけどこれからはクリオのいない日常を過ごすことになるのかな。
それから次の日――クリオは帰国した。
今度は大手航空会社のビジネスクラスに乗ってアメリカへ帰っていった……
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