第17話 新たなる火種の予感


――佐那美方の剣道場。



 とりあえず僕とクリオの練習は済んだ。

 あとはツカサこと織田一美に道場を引き継いで帰ることとなる。

 美子、眞智子はさっさと帰る準備している。

 僕もそのつもりで、荷物を纏めていた。クリオは佐那美の家にホームステイしているのでもう少し佐那美に付き合うと言っていた。

 もちろん佐那美はここの道場の管理者の様なもの、残って彼女のレッスンに付き合うはずだ。


 「じゃあ、あとは任せた」


 帰ろうとした――その時、それを言い出した者が襟首を掴まれ帰ることを阻止されてしまう。



 「ちょっと、アンタが帰ったら一美さんはどうなるのよ!」



 襟首を掴んだのはクリオ、掴まれたのは佐那美である。

 佐那美は首が絞まり「ぐええ」と気持ち悪そうにしている。


 「ママさんまだ帰ってきていないでしょうよ!」


 「だ、だって皆帰っちゃうんだよ……」


 「そりゃ、みんな晩ご飯の時間でしょ、家に帰るわよ」


 「えーっ、あたし一人で残るのぉ?」


 「私も残るわよ」


 「んじゃあ、神守君も残ってよ! あっ、眞智子、美子は帰って良いから」



 ――相変わらず無茶苦茶いう人である。



 「残っても良いけど……一美さん、練習しづらいんじゃない?」


 完璧に仕上げてこそ自信を持ってお客さんにお見せできるものだが、練習中の無様な惨状を見られるのは苦痛じゃないか?

 それは僕なりの配慮である。


 だが、一美は首を傾げてこう言った。


 「いや、別に恥ずかしいところ見せている訳じゃないから、見てもらっても構わないわよ」


 ……なるほど、プロである。


 とても、あのような無様なライブをやった見せたアイドルには思えない言いっぷりである。


 「わかった。一美さんが問題ないなら僕は残るよ」


 僕がそう言うと佐那美は「神守君が残るならあたし残るわ」と意見を変えた。

 そんな佐那美に対してクリオは「なんでレイの言うことだけは簡単に従うのよ」と不満を言う。

 一方で眞智子と美子は「えっ、帰り遅くなっちゃうじゃん」とこちらはアイドルの練習を全く興味示さず、さっさと帰りたい感じであった。


 「あー、意見が分かれましたね」


 外部の一美がこちらの様子に興味津々で見ている。


 「ここのチームはどう纏まるの?」


 一美は僕に尋ねてきた。

 ……そんなの簡単だよ。


 「どうする? 別に強要しないよ」


 ――僕の場合はその一言で済む。


 「わかったわよ、付き合います――あっ、これって告白みたいだよね」


 そういって眞智子は僕の横に陣取った。

 すると、美子も――


 「あっ、そういうことしないで!」


――と僕と眞智子の間に無理矢理入ってきた。


 当然、揉め出す二人。

 その様子をジッと窺ってた一美が「あぁ……なるほど」と感嘆な声をあげた


 「すごいわね。一言でまとまるんだ――うちとは全然違うわ」


 「そうですか? これくらいだったら問題はないんですがね――結構、心臓に悪い状況もありますよ」


 「でも、みんなあなたに合わせてくれていますよね。よっぽどあなたは信頼されている――好かれているのね」


 「気は遣いますけどね――」


 実はこの様に他所の女の子と話しているだけで、内心ハラハラしています。

 彼女らの目付きで大体、考えている事がわかりますし、殺意に似た視線が非常に痛いです。

 一美は彼女らのそんな視線を感じていない様で、さらに僕に話しかけようとするが、これ以上はいらぬ紛議の元になるので話を切らせてもらいます。


 「佐那美さん。一美さんの練習について、佐那子さんが帰ってくるまで何かいい方法ないか?」


 僕と一美の会話でぷくっと頬を膨らませている佐那美に振る。

 佐那美はいきなり自分に振られたものだから若干慌てているが「と、とりあえずダンスの練習でもしてみたら?」と当たり前の事を答えた。


 ――それでいいです。


 「一美さん、自分の曲委を記録した媒体持って来ていない?」


 「あっ、ありますよ――でもスマホなんですよね……ここはBluetoothスピーカー……はなさそうね――どうしましょう」


 「佐那美さん。そのラジカセにつなげられない?」


 「うちのラジカセはだいぶ古い物よ。ブルーなんとかはついていないし」


 「それなら、眞智子さん。スマホに合うスピーカー持ってない?」


 「ないわよ。私、スマホは連絡手段としてしか使ってないもん」


 「クリオは?」


 「あっ、あるわよ――持ってこようか?」


――それから5分後、クリオが持参したBluetooth外部スピーカーで何とかなりそう。

 

 「いやぁ――BOSANのスピーカかよ、これ高いよね」


 眞智子はスマホを連絡手段としてしか使わないくせにやたら食らいついてきた。


 「うちの兄貴が音響マニアのよね――結構高いの持っているのよ」


 あぁ。眞智子のお兄さんの龍央さんなら結構良い物持ってそう……でも、ここの兄妹はうちのとは違って仲はあまりよろしくない。


 「佐那美さん、うちのスタジオもこういうの必要だと思うんだけど――」


 「うん分かったわ、買っておく。ふぁっきゅうーそれいくら位なの?」


 「ファックユーいうな! でも私のは8万くらいかな」


 「高いわね――じゃあ、それ2万円で売ってくれる?」


 相変わらず佐那美は無茶苦茶言う。当然クリオは怒る。


 「イヤ! なんでそんなに安く売られなきゃならないのよ。それにこれレイに買ってもらった物だもん」


 ――えっ、僕買ってあげたっけ?

 ……ああ、そう言えば、いつぞや美子と眞智子の銀座ショッピングの件で佐那美とクリオに責められて、クリオはそれ買ってあげたんだっけ――


 佐那美は僕をジロっと睨むが、美子に「相変わらずケチだねぇ。ネットでポチれよ」と一喝され、彼女は渋々「あとで似た様な物を購入するよ……」と答えた。

 とりあえずクリオから借りたスピーカーを彼女のスマホとBluetooth接続して――これで良し。


 「これで何とかなりそうだね」


 さすがうちのチームヤンデレ、ポンポンポンポン……色々解決していきます。

 それの流れをジッと見ていた一美が驚きの声を挙げた。


 「いや――あなたのチーム、もの凄くスムーズに解決していくのね……おどろいちゃった――」


 彼女は感心して僕の手を握ろうとした瞬間、佐那美が僕を突き飛ばす形で割って入り、代わりに彼女の手を握り締めた。


 「そうよ――うちのチーム、最高よ。だって彼中心に動いているから。でもみんなヤンデレだから……あなたも気をつけてね」


 佐那美は先ほどからスキンシップを進めてくる一美に警告した。

 しかも、僕と美子を指差して話を続ける。


 「――特にそこの兄妹。両方ともブレーキが壊れているから要注意ね……兄は相手を竹刀で容赦無用で半殺しにするサディスト、妹は包丁を振り回す基地外……」


 ……あの2回の粗相が余程頭来ている感じだ。


 「はあ……」


 「とりあえず、彼らは危険だから、用がある時には私を通して」


 佐那美はそう言って一美から僕を遠ざけた。


 ――これはこれでファインプレイだと思う。


 さっきまで魔闘気をダダ漏れだった眞智子が一応に納得している。

 心配そうにジッと様子を窺っているクリオも落ち着いた。

 当然、美子も『基地外』という言葉には内心イラッとはしていたと思うが、特に感情的になる訳でもなく「うるせー」といって舌を出した位で軽く流していた。


 「それじゃあ、あとはうちのプロデューサーに任せるかな」


 僕はそう言って直ぐさま佐那美の後ろ、眞智子、美子、クリオの近くで大人しく見ていることにした。

 

――さて、佐和子さんが戻ってくる間に彼女のダンスを実際に見てみた。

 

 最初は僕が見たあのやる気がない感じの身体の動きだった。


 そこで佐那美から「他の連中いないから自分の気持ちを込めて踊ってみたら?」と提言を受け、そのとおり踊らせてみたところ見違える様に良くなった。

 佐那美の言うとおり、他の連中に合わせていたからそれが裏目に出ていた事がわかった。


 僕の見立てでは、彼女ならもっと激しい踊りを組み入れても問題ないと思う。

 それには僕――ではなく佐那子さんにアレンジしてもらうのがベストだ。


 その理由の一つとしては、確かに彼女はダンスがうまい――とは言っても、プロダンサーや大阪のダンスがうまい高校のダンス部レベルには達していない。


 その次の理由としては、僕はダンスを創作するのは全くダメだけど、プロのダンスサーが踊っているのを一目見せてもらうだけで完コピすることができる。つまり高難易度のものでも再現できるのだ。

 裏を返せば、僕自身がダンスを再現できても、彼女がそれが出来る様に分かり易く教える事は出来ない。


 だから彼女に合わせたレッスンを組める人がよい。

 ――ここは僕が口出ししない方がいいだろう。


 それでも、一般的にはうまく踊れていると思う。

 美子も僕に耳打ちをする。


 「(彼女、ダンス出来るじゃん)」


 「(佐那美さんが言うとおりだったね)」


 「(お兄ちゃんだったら――もう少し違うジャンル行けるんじゃないの?)」


 「(この間アズラエルさんに教えて貰ったから――アズラエルさんのライブでこっそり参加したことがあるけど)」


 アズラエルとはダンスボーカルユニット。流麗なボーカルに併せてパフォーマーが派手なダンスを魅せてくれる。元々は違う名前のユニットだったのだが、ファンの女の子が続々と失神していく様から一部のファンからそう呼ばれるようになり、結局その名称に変えられたという。

 僕は仕事の関係上、そのパフォーマーの方からダンスを教わった事がある。


 「うわ……それ滅茶苦茶激しい奴じゃん」


 眞智子が口を挟んできた。美子が不快に言い返す。


 「アンタとは話してない!」


 「そう言いなさんなって――どうせなら礼君が踊ってやればいいじゃん」


 そう名指しされた僕はそれを否定した


 「いやいや、それ以前にあまりあの子に関わらない方がいいでしょ? 僕的にも君達の視線が痛いんだけど……」 


 「確かに――あまり良い気持ちはしないわね」


 そう話に入ってきたのはクリオ。


 「良い気持ちどころか、殺意が湧いてくるのは何故かなぁ」


 美子さん、それはあなたが基地外になっちゃうからでしょ? 


 「――とりあえず、あの織田って奴、要注意かな」


 そう言って僕の手を握り締めてくるのは眞智子。

 そしてその手を払いのけて「アンタが一番要注意だわ」といつの間にか会話に参加したのは佐那美である。


 「佐那美さん、一美さんはどう思った?」


 「まずまず……と言ったところかしらね」


 ――本人を目の前にしてよくもまあ淡々と答えること。


 「つまり、伸びしろがあるってことだね?」


 僕が確認すると、佐那美はコクリと頷き「そうね」とこれも淡々と答えた。

 彼女は基本的に人を褒めない。出来て当たり前というのが彼女の考え方である。


 ちなみに、僕の場合だけは例外だそうだ。

 どうも僕は彼女の定める規格以上とのことで、演技の上で文句言われたり怒られたりしたことはない――ただしそれ以外はボロクソに言われています。


 基本、彼女は天才だと思う。ただ天才なだけに常人には理解出来ないことをやってしまう……常識にとらわれない『非常識人』なのである。

 当然、残念なことも多い。例えば、勘を優先にしてそれ以外頭が回らない。


 ――具体的に言うと、主役を放っておいてこっちの会話に参加するとどうなるかを想定していないところ。


 「神守さん、私、うまく踊れていましたか?」

 

 佐那美が言わないものだから、一美は僕に尋ねてきた。

 すると、美子がすぐに返した。


 「素晴らしいです。うちの兄もうまいですけど、それ以上ですね」


 ――えっ? 僕の方がうまく踊れるんだけど……でもこの言葉の意味はすぐにわかった。


 「だから、兄に聞かないで下さいね――っていうか恥欠かせないで下さいね」


 なるほどね。僕と関わりを持たさない様にしてくれた訳だ。

 問題は、この人――佐那美である。あることないこと平気で言いそうで怖い。


 「――ん。どうかしらね。でも美子がそう言うんだったらそうなのかも――」


 佐那美は微妙な表情で、彼女にしては珍しく場の空気を読んだ。

 ――というより、勘がそうさせたのだろう。


 「佐那美、お前がちゃんと言ってやらないと、織田さん困っているだろ」


 眞智子が良いところを突いてきた。


 「ん、まあ――そうなんだろうけど……」


 佐那美の奴は微妙な表情で、言葉を濁している。

 ――この表情、やる気なしって時にする表情である。

 僕は美子に耳打ちをすると美子が僕の代わりに佐那美に確認した。


 「佐那美、織田さんに説明した? 何でここでレッスンしているかってこと」


 「したわよ。TKBのパフォーマンスをあげるのにうちの事務所が協力するって」


 「じゃあ、映画の件も?」


 「それは……まだ、してない」


 「教えてあげたら? 何であんたのところの事務所で企画しているものを。話せる範囲でいいから」


 「えーっ――どう話していいんだろう……」


 佐那美は直感的に動く人なので、言葉にするのが苦手である。

 一方で頭脳的に動く美子は、佐那美の企画について具体的な内容までは知らないし、全般的に秀才の眞智子に関しては殆ど関与していない。


 ――そうかといって語学堪能で一番内容を知っているクリオに関しては、佐那美の友達の留学生という設定なので、映画の内容を知っているというのは無理がある。

 そうなるとそれを説明できる人間は僕しかいない。

 僕は美子と佐那美に視線で確認する――彼女らは無言で首を縦に振った。

 

 「一美さん、どうしてうちの事務所がそちらの事務所に協力を申し出たの知っています?」


 一美は「聞いてはいるけど……」と答えるも首を傾げている。


 「うちの事務所って……ほら、映画メインの会社なんだ。だから日本でハリウッド映画を撮影するのに関して、色々とスタッフを募っているわけ」


 「スタッフ? 私達も関係するんですか?」


 「うん――ちょい役で出てもらおうかと」


 一美は若干興奮した感じで前のめりになり、僕に顔を近付けた。

 直ぐさま、美子が僕を遠ざける。


 「私達も出られるんですか!?」


 「まあ……そういう事になるのかな。うちの事務所としても、訳あって予算をあまり掛けられないんだ――だから君達が白羽の矢が立てられた。ただ君達には問題がある。気持ちがバラバラという点なんだよね」


 「……だからレッスンなんですか?」


 「そう。うん、でもね――うちの事務所としても保険は掛けるみたい。もしTKBがダメなら、一つ格上の事務所に依頼する――つまり、ここにいる佐那美さんがダメと判断したらその話はなくなる」


 「そんな話――全く聞いていないんですけど」


 一美が困惑している。

 ここでようやく佐那美が話し出した。


 「そりゃトップシークレットですもの。でもあなたの事務所には映画キャスト候補として考えている旨話して了承はもらっている。もちろんこちらの都合でレッスンさせているわけだからキャストに選ばれようが選ばれまいがレッスン代ははいらない。選ばれなくとも事務所としてはタダでレッスンを受けられるんだもの双方ウィンウィンの関係ね」

 


 ――佐那美さん、まさかあなたの口からウィンウィンという言葉が出るとは思いませんでした……



 「わ、私達の役って……何なんですか?」


 「そうね――主人公らが応援するアイドルグループ。あなたたちは普通のアイドル活動をしてもらえればそれでいい。演技はいらない――今言えるのはそれだけ」

  

佐那美が彼女にそう伝えると、一美の表情が一気に明るくなった。


 「ハイ、頑張ります!」


 「でも……あなたが良くっても他の連中がダメなら――ちょっと……」


 「じゃあ、私が他の連中と合わせる様に努力します……」


 「いや、それはNG! 最高のパフォーマンスしてくれる? 他の子も違うお題で最高のもの求めたから。合わせることなんて今は気にしなくていい。最高の状況が揃った段階でグループとしてどう見せていくか考えなさい」


 「それって……どういうことですか?」


 佐那美は、佐那美のくせに難しいことをいう――これを質問されては答えられないだろう……僕もちょっとどう表現していいのかわからない。

 すると美子がさっと割って入ってきた。


 「あーっ、個人で魅せる場面て抑揚をつけるよね。それをグループでやるなら、そのタイミングをずらせてやるか、お互いの見せ場は潰さない様に協調してやればいいのよ。どっちにしても今はパフォーマンスをあげることをしなさいってこの馬鹿は言っている」


 「わかりました。私はダンス、精一杯頑張ります!」


 彼女は納得した様で佐那美にビシッとお辞儀をした。 

 その後――何故か僕のところに歩み寄り、僕の手を握り締めようとした。

 えっ? 何で僕に?!

 僕がキョトンとしていると、直ぐさま美子が間に入り一美の握手の相手は美子へと置き換わった。


 「はい、頑張って下さい。兄共々応援しています」


 一美は唖然として美子の手をきゅっと握り締めた。


 「えっ……っと、神守さんも映画に出演するんですよね? そう言う意味だったんですが――」


 どうやら一美は僕が研修生としてちょい役で出ると思っているらしい――でもね、そもそもうちの事務所に研修生なんていないんですよ。そうかと言って、僕が出るって事を言ってしまえばレインはどうなるのでしょう。レインが出演するのは今は絶対に言えません。

 当然、プロデューサーの佐那美がフォローすることになります。


 「うちの研究生は出ません! 出すのは『サンディ』です」


 おぉ?! そこまで話しちゃうんですか。でもある程度情報は公開しておかないと変な憶測に振り回される結果となりますからね。


 ――ただ、サンディと聞いた後の一美の一言が酷かった。



 「えっ、あのピザンティーですか? 高飛車なあの子?」



 本人を目の前にしてよく酷い事言えるよなぁ――

 当然、その瞬間にクリオに僕の背中をギュッと抓られた。

 ……しかもちょっとお怒りモードで僕を睨んでいる。


 「(ピザンティって日本でも広まっちゃったじゃない! しかも私のイメージ高飛車って何? ……アンタがまたどこかで言ったの?)」


 「(い、痛いです……言っていません)」


 {(それに、あの子やたらあんたに懐いているみたいだけど……どういうことなのかなぁ……答えによってはまた金的蹴り喰らわすから)」


 「(それはやめて下さい――っていうか本当に何も知らない!)」


 今度は眞智子が間に入ってきた。


 「そこでコソコソしてんじゃない――」


 眞智子はコンコン!と裏拳で僕たちの頭を軽くげんこつした。


 「さてと――」


 眞智子は一呼吸をして、一美の近くまで歩み出る。


 「織田さん――やたら彼にちょっかい出していますけど――うちの彼氏に手を出さないでもらえます?」


 一斉に固まる3秒間。



 ――あっ、言いよった。この場で言っちゃ行けないことを言いやがった!



 「喪女ヤンキー、ふざけんじゃない!」


 美子が眞智子の胸ぐらを締め上げる。


 「ちょっと、眞智子どういうことなのよ!」


 クリオがギャンギャン騒ぎ出す。

 挙げ句には……


 「なんで人の物に手を出す! あんたホントにジャイアニズムの塊ね。お前はジャイ○ンか――いやジ○イ子だ!」


 佐那美が乱入。



――もう、滅茶苦茶通り過ぎて、ちょっとした惨事です。



 そして揉めに揉めること1分。

 最終的に眞智子が頭突きで美子、佐那美、クリオを轟沈させ、3発分の頭突きでフラフラになりながら一美に釘を刺す。


 「――とまあこんな感じで、彼とうちらの関係は微妙なんだよね。あんたはアイドルだからそう言うの気にせず声かけているんだろうけど、うちらの場合はマジで喧嘩になるんでその辺、控えてくれるかなぁ……」


 「あっ、うん……ごめんなさい」


 一美は眞智子に一喝され大人しく後ろに下がった。



――さて、後はどうしたものだろうか……3人が目を回している。



 佐那美はそろそろ起きてくれないと困る。間もなく佐那子さんが戻ってくる。

 こんな状況を見られた日には「うちの娘、責任取ってもらってもらいますから」なんて言われそうだ。眞智子もその点、気がついた様で佐那美に往復ビンタを食らわせ起こそうとしている。


 「起きろ、お前が起きないと話がややこしくなるだろ!」


 ……ややこしくしたのはあなたです。


――結局、佐那美は佐那子さんが帰ってくる前に目を覚まし、事なきを得た。

 

 僕らは佐那子さんと佐那美、そして同じく往復ビンタで起こされたクリオに後をお願いして帰ることになった。

 帰る際に、美子が「何か頭痛いし……ほっぺも痛いんだけど」と眞智子を恨み節を言っていたが眞智子は悪びれる事なく「あの織田って女に手を出すなって言っておいたから」と笑顔で答えた。


 「そもそも――お兄ちゃんって止めに入らないのね」


 「そうだね。礼君ずるい」


 美子と眞智子が白い目で僕を見ている。

 ――それは無理な話だ。


 「だって君達止めたら僕がフルボッコにされるんだもの」


 「それは礼君、君が優柔不断だからでしょ?」


 「そうだそうだ、お兄ちゃんは優柔不断だ」


 「じゃあ僕が君達の中から付き合う相手決めちゃって良いの。本当に喧嘩しない? こ○しあいにならない?」


 そこまで言い切ったところ、眞智子と美子はその場で硬直、そして沈黙。


 「ねっ? 今は無理でしょ?」


 僕は勝ち誇った様に胸を張った――が、どうやら彼女らにはその態度にお気に召さなかった様で、双方とも無言で僕の背中を左右からギュッと抓りやがった。


 「痛たたっ――ちょっとやめてくれよ。僕、君達みたいに皮下脂肪ないんだから……あっ!」


 ――しまった! 今の完全に失言である。


 「あ゛ぁん?」、「なんですって?」


 後ろから殺気に似たオーラを感じる――この後二人からビンタをくらった。

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