第18話 クリオの休日が終わる時


 ――次の日、僕達は何することもなく学校生活を謳歌した。


 その後1週間、特に変わった様子もなく、いつもの日常を送っていた。

 そして、映画の事なんかすっかり忘れていた……


 そんな僕らを一喝する様に佐那美から「映画のキャストTKBで決まった。それと連絡したいことがある」とSNSで連絡があった。



 ――そうなるといつもの日常が変わってくる。



 帰宅後のまったりとした時間だったが、すぐに佐那美に連絡を取った。


 「連絡したいことがあるって記されていたから電話したんだけど――」


 『どうしても知らせておきたいことがあってね。とりあえずTKBのことかしら』


 「TKBどんな感じに仕上がったの?」


 『見るに耐えるっていうか――まあ、そこそこなんだろうね』


 ――ということは評価の厳しい彼女がそこまで言うのだから良い感じ仕上がったのだろう……実際に見てみたくなった。


 「イベントお披露目会やらないの?」


 『とりあえず高津のアエオンモールで土曜日午後1時のショー確保したわ。まずはそこからね』


 「わかった。僕もヲタ芸を披露しに行くよ」


 『別に行かなくていいわよ――もう仕上がっているんでしょ?』


 「実際に見てヲタ芸を合わせたい。クリオも連れて行くか」


 『いや、ふぁっきゅうーは、もう勘弁してほしい……かな――』


 佐那美の口調が急に歯切れが悪くなった。


 「えっ、何で?」


 『それが連絡したいことなのよ――実は近日中にサンディが来日することになっているんで……』


 それで意味が分かった。つまりサンディが来日するのであれば、その前にクリオを一度帰国させる必要がある。


 「――僕もアメリカに行くのか?」


 『いいえ、それはない。レインは公開初日までトップシークレットですから、逆にレインが動いたらゴシップ誌にスッパ抜かれるちゃうし』


 「そうなると彼女の休日も終わり……か」


 『明日、学校で最後になる――そしてアメリカに戻り、トンボ帰りでサンディ=クリストファーとして来日することになる』


 なんだか、呆気ないお別れである。彼女と一緒にいられて楽しかったなぁ……


 僕がアメリカから帰国する時には、彼女に対してそんな感覚は全くなかった……

 彼女がヤンデレ娘達に関わって皆で馬鹿やって、こんな楽しい日々がずっと続くと思っていたけど――その日常はこんな感じで呆気なく終わるわけだ……ちょっと悲しくなってきた。


 明日は盛大にお別れ会をしてやろう――そう思った時、佐那美の電話先でクリオが割って入ってきた。


 『レイ、ゴメン。そういうことなんだ――でも、すぐにサンディとしてそっち行くから……その時また映画作ろうよ……』


 「うん……そうだね……」


 『とりあえず、明日学校で――』


 「うん……」


 そこで電話が切れた。いつもだったら号泣電話やメールをガンガン寄越してくる彼女がそうしなかった――皆に癒やされて彼女は精神的に落ち着いたんだろうな。


 一方で、僕は……


 なんだか、彼女が自分のために力強く一歩前に進もうとしているのに、自分だけがその場に取り残されている様な寂しさを感じた。


 ――いや、それは違うか。


 僕が皆が僕をおいて成長していく事よりも、クリオが僕の日常から消えてしまうことが寂しい……が正解か。


 でも、だからといって彼女を帰さない――という訳にはいかない。


 クリオは映画のために来日して、休暇を利用して留学していただけに過ぎない。もちろん、彼女にしてみれば映画のための作業の一環である。


 僕が邪魔していい訳ではない……それはわかっている。


 それに、ちょっとにアメリカ行って帰ってくるそれだけの作業だ――これは僕が悲しむのはいけない。だって彼女だって悲しんでいないんだもの。


 ――そう自分の心に言い聞かせた時、再び佐那美から電話が掛かってきた。



 『ふぁっきゅうーがぁ~、ふぁっきゅうーがあ!』



 佐那美はかなりテンパっている感じで僕に何かを訴えている。

 電話の向こうで聞こえてくる――号泣するクリオの声。


 『やめて、鼻水つくう……離れろぉ、神守君助けてぇ!』


 あ……やっぱりクリオの奴、無茶苦茶強がっていたんだ。

 僕が電話の向こうにいるクリオに話しかけようとした時に、スマホを急に取り上げられた。

 美子である。


 「どうせ、佐那美あんたがイベントがてら、マスコミにサンディ緊急来日って情報流したんでしょ! クリオを泣かせてんじゃない。責任取ってあんたが慰めてよね! とりあえずあんたの服で鼻水ぐらい拭いてやれ、バ~カ!」


 そう言い切ると通話を切った。


 「お兄ちゃん、クリオは残念だったけど……また逢えるよ」


 「――うん」


 「私から眞智子に連絡しておくから……」


 そう言って彼女は僕のスマホを操作する。

 ちょっと気落ちした僕を察してか美子が僕の代わりに皆に連絡してくれるのか。


 良い妹を持ったものだ――そう思った。


 ……思っていた!


 「クリオの奴一旦帰国するんだってぇ。そんでサンディとして来日だってさ、佐那美の馬鹿なイベントに付き合わされ大変だよねぇ! でもライバル減って良かったって思ってんだろ? ……えっ、そんな事はどうでもいいからお兄ちゃんと電話代われって? 馬鹿ねえ~代わるわけないでしょ。アンタもクリオと一緒にアメリカ逝って良し! それじゃあまた明日ね」


 美子はケタケタ笑いながら電話を切った。


 「――」


 「なあに、お兄ちゃん? ……ていうか、何でそんな白い目で私見てるの!」 

 

 「――ちょっと美子さん。今の酷くありません?」


 「そう? お兄ちゃん勘違いしているよ。私にして見れば所詮は皆敵だからね。それにクリオが帰国しても名前を変えて再び営業で来るんでしょ? 学校に現れなくなるだけのことじゃん……SNSだって登録しているし連絡は取れるわよ」


 彼女は意外とドライな性格をしている。確かに彼女が言っている事は間違いない。そんなに感情的になる必要もないのことも分かっている――でも、美子のあまりにも合理主義的思考に正直、ドン引きした。


 

――次の日。



 案の定、クリオが帰国するという事が担任の先生から告げられる。学校ではクラスのお別れ会を開き彼女の今後にエールを送った。

 クリオは号泣こそはしなかったが、終始頭を垂れていた。

 目を腫らしているところから推測するに昨日一晩中泣いたと思われる。


 まあ、急な別れも災難だが――この後クリオは旅行バック1つだけ準備して、日本とアメリカ・ロサンゼルスを往復するといったとんでもないスケジュールを強いられる羽目になる。それもまた災難である。


 僕は帰り際に佐那美宅に立ち寄り、クリオの様子を窺いに行った。

 玄関先で佐那美の母、佐那子さんに案内されクリオの部屋に入る。部屋の中ではクリオが佐那美に対して「超面倒い!」と不満をぶつけていた。


 「しょうがないでしょ、一応うちのパパも一緒に行くから」


 「社長が、『行けなかったらゴメンね』って言っていたんだけど――」


 「大丈夫、絶対にお供させるわよ。パパは社長なんだもん。それに私は英語しゃべれないし、うちのママがそっちに行かれると私と元家がご飯食べられなくなるし……」


 「ご飯ぐらい自分で作りなさいよ!」


 クリオは想像以上にお冠である。


 「じゃレイで良い! レイとアメリカ行く」


 「だめ、神守君はトップシークレット――それに日本に来る時どうするのよ。別々で搭乗するつもりなの?」


 「じゃあ、帰りはレイは私のボディーガードとして帯同させるから」


 「――行きはどうするの?」


 「当然、色々お話ししながら楽しく――」


 「イチャつくつもりか……不許可!」


 「超職権乱用! 何が悲しくて、ただ故郷に行って帰ってくるだけのよ――だったら駄賃……つまりテンション上げるご褒美が欲しいところね! それに別に帰国しなくても極秘来日していたってことでよかったじゃない! 第一、カントリーサイドストーリーでサンディが来日したって設定はどうなっているのよ! 帰国したってマスコミに話していないでしょよ!」


 「何言っているのよ、今回はサンディ=クリストファーが来日する絵面が欲しいのよ!」


 「そんなのバイトの役者使ってよ!」


 「何言っているのよ、役者はあなたでしょ!」


 ――う~ん、僕のことそっちのけでかなり言い合っています。

 とりあえず、声を掛けてみよう。


 「あの~……」


 「何!……ってレイ、どうしたの」


 「いや、様子を見に来たんだけど――揉めているみたいだけど」


 「だって、佐那美ったらすっごく手間かかるやり方選ぶんだもの! ただでさえ『留学期間が終わったからアメリカに帰れ』って何? しかも着替えてすぐ日本に帰ってこいだと! いい加減にしてよ!」


 「仕方がないわよ。少しでも映画の宣伝しておかないと映画館にお客さん集まんないじゃない」


 んー何だかなぁ……両方とも言い分、分からなくもない。


 「第一、つまんないでしょ。11時間掛けてロスに行って、着替えてトンボ帰りするのよ。その時間が勿体ない!」


 ――なるほど、クリオは道中が退屈だと。


 「要するにクリオとしては、どうせやるなら有意義に時間を使いたいと――」


 「そう!」


 うーん。そうなると道中がつまらなくなればいいんだな。


 「あの、佐那美さん。僕に良い案があるんだけど――」


 僕は佐那美にその案を伝える。佐那美は「嘘でしょ?」と目を丸くしていたが、その話を伝えると段々疑いの目で僕を見始めた。

 僕は「大丈夫、大丈夫」と言って、スマホである人へ連絡をとる。


 ――そして話がついた。


 そしてさらにまた違う人へと連絡を取る。


 ――こっちも話がついた。


 「よし、今から行こう。パスポート持ってきて」


 「はぁ?」


 クリオが目をパチパチさせている。


 「どこに行くの?」


 「僕の知り合いのところ」


 「何で知り合いのところに行くのにパスポート使うの?」


 「持って行けばわかる。荷物? それなら向こうの自宅の鍵だけでいい」


 「佐那美さんはパスポート持っている?」


 「そんなものないわよ」


 「――そうか。うちの美子もパスポートないし、眞智子さんもなさそうだな……そうなるとクリオと僕だけだね」


 佐那美が大きな声で反対する。


 「神守君! だ・か・ら、レインは――」


 「大丈夫、僕はレインとして表だって行動しないから。あっ、そうだ。美子達にも連絡しなきゃ――」


 「あんた、本気でいっているの? ふぁっきゅうーと一緒にアメリカ行って帰ってくるの?」


 「今から行く。悪いけど社長に連絡してもらってくれる? ロスに行く前に寄るところがあるんで」



――それから3時間後。僕らは東京の立川市付近にいた。



 移動手段は地端家のプレミアムミニバンで社長運転。同乗者は僕とクリオそして佐那美の他、美子と眞智子といった大所帯である。

 美子と眞智子にあっては超お冠である。


 「お兄ちゃん、私は聞いていない! それに何で私がお兄ちゃんのパスポートと運転免許証を持ってくる羽目になるのよ。普通の妹だったら兄のパスポートや免許証をしまってある場所なんて分かんないわよ。あぁ、そうだ。何の免許証だか分からないけど、いっぱいあったからみんな持って来たからね」

 

 「それは美子が普通じゃないからだろ? 礼君、美子が基地外でよかったね――っていうか、一言くらい私にも相談して欲しかったんだけど!」


 「だって、クリオ可哀想かわいそうだよ」


 「だからといってなんで東京の在の方に来ているのか全く理解出来ないんだけど! お兄ちゃん馬鹿になっちゃったのかな、かな!」


 ――さすがに社長の前で『お兄ちゃん佐那美の影響で馬鹿になっちゃったのかな』とは言わなかった。もし言ったら間違えなく、社長の友人であるうちの父と、父経由で母に伝わり、美子は母により『恥掻かされた』と処刑執行されただろう。


 「アメリカ行くって、どこからどうやって行くのよ!」


 「もうじきつくよ」



――そして到着したのは……




……アメリカ空軍横田基地。

 

 

 案内している僕と運転している社長を除き、皆揃って口をポカーンとしている。

 守衛所前で僕とクリオは降車。

 本当はこのままクルマで中まで入りたかったのだが、それはさすがに許されないだろうと思って僕とクリオだけ守衛所まで行く。


 僕とクリオがパスポートを見せて守衛にとある人物に連絡を取って欲しい旨伝えたところ、その人物は態々守衛所で待機してくれており、すぐにその先に入る事ができた。


 「みんな、とりあえずロスへ行ってきます!」



 「はああああ?」



 ミニバンから一同驚きの声が聞こえてきた。


 「とりあえず基地の中なのでスマホ電源切るね! 向こうについたら連絡する」


 僕は連絡していた人のクルマに乗り込み、とある場所へと案内してもらった。


 「ちょ、ちょっとレイ――なんでうちの軍隊の基地なんかに入っているのよ!」


 「うん。とある人の飛行機を借りようと思ってね」


 「ちなみにクルマを運転して貰っているこちらの方、ここの基地の空軍准将。あの映画の「ストライクエアフォース」で戦闘機の教官、ハンニバル=バルターさん」


 「えっ? 嘘でしょ?」


 「ウソジャナイヨ……」


 片言の日本語で笑いながら答えるハンニバル。だが、彼女がアメリカ人であると分かった途端、あわてて英語で話し始めた。

 とりあえず、以後は日本語訳で話を続ける。


 「あれ、君はサンディ=クリストファーか?」


 「あ――ハイ」


 「君はレインに戦闘機の復座に座らされて酷い目にあった子だね」


 「あはははは……まさか椅子ごと私を縄で縛られるとわ思わなかったわ」


 白い目で僕を睨むクリオ。でもそれはあなたが台本通り乗ってくれなかったから抱え込んで逃げない様に縛り付けただけなんですけどね。


 「まさか、戦闘機に乗って本国へ帰るっていうんじゃないでしょね!」


 「いや――嬢ちゃんそれは無理だよ。いくら何でも遠すぎるよ。戦闘機で行けるのなら空母なんていらないだろ? それに行けたとしても戦闘機の燃料代だって馬鹿にならないからね」


 確かにそのとおりである。

 じゃあ、どうするのか?


 ――その答えが、この格納庫にある。


 ハンニバルは格納庫にある小型ジェット機を僕らに案内した。

 そのジェット機にはこう記されている「ジョーカー」と。


 「えっ……これ、どこかで見たことあるけど――」


 クリオは眉を顰めながらジッとジェット機を睨んでいる。


 「ビフ・ジョーカーさんて言えばわかるか?」


 「えっ、それってうちの大統領じゃん!?」


 クリオが目をパチクリさせ呆然としている。


 「うん。ビフさんには僕から連絡して貸してもらった」


 「――マジ?」


 「うん。ハンニバル先生にも連絡して飛行場使わせてもらう許可もらった」


 「はぁあああ?」


 「先生、確認するけど……この飛行機、ロスまで使って良いんだよね?」


 「ああ、大統領からも連絡あったよ。大統領は日本での移動のためにビジネスジェットを置いていたんだけど、基本的に移動手段はうちの軍のヘリもあるしエアフォースワンもある。陸路はビーストで動くから、もうここには必要ないかなって前々から言っていたんだ。丁度、レインから連絡受けて喜んでいたよ。『ロスの空港に格納しておいて』って」



 「ちょ、ちょっと――何、その国家的プロジェクトに日本人のあんたが関わって、それに当のアメリカ人の私が呆然とその話を聞かされているわけ?」 



 「まあまあ、嬢ちゃん。合理的といってくれ――とりあえず、レインはこのジェットの飛行免許もあったから問題ないな。そこの整備士から飛行機受領してくれ。あと、一応ボディーチェックして、パスポートは提示してくれよな。まさかロスでパスポートないっていう事になったら笑い事じゃすまないからな」


 「先生、途中の燃料は?」


 「大統領が『ホノルルで私のツケで給油してくれ』だってさ。彼も燃料代だけで飛行機移動できてよろこんでいたよ――あっ、そうそう大統領から『飛行機落っことしても保険掛けているから心配いらない』ってさ」


 「いや、落っこちたら僕たち死んじゃうけど――」


 アメリカンジョークに僕とハンニバルはゲラゲラ笑っているけど、それに同乗するクリオは顔面蒼白である。


 僕はハンニバルにお礼をいい、搭乗手続きをすませ飛行機を受領した。

 クリオは鳩が豆鉄砲食った様な表情で終始口が開いたままである。

 とりあえず、クリオを客室に座らせ僕はコックピットに座る。


 「レ、レイ――パイロット席に座っているのはあんた一人だけど、他にもパイロット来るのよ……ね?」


 「あっ、それは――手配し忘れた。見なかった事にして欲しい。一応、トイレは済ませてある」


 「いや、そういう問題じゃないでしょ! あんたに何かあったらどうするのよ……私、運転できないわよ」


 「あっ、そんときはゴメンね――」


 「――『ゴメン』って! そんなブラックジョークやめてよね!」


 ギャアギャア騒ぐクリオをさておき、僕は機器動作チェックをする。


 「燃料もオッケー、機会も問題なさそうだな。あっ飛行許可もオッケーだな……クリオ、そろそろ飛び立つからシートベルトよろしく」


 「ちょ……あんた――もし落っこちたら私絶対に許さないんだからね!」

 「許すも許さないも何かあったら終わりだから」

 


――それから空路の旅へ。

  


 途中、ホノルル空港で給油してすぐ離脱。

 ずっと2人だけの逃避行――ならぬ搭飛行である。


 本来ならば、楽しいフライトだったハズだが――クリオが途中失神してしまい……その間、ほぼ無言のフライトとなった。

 クリオの飛行体感時間は3時間くらいだったのではないか。

 それでも、クリオが意識ある間はずっと彼女の愚痴を聞いていた気がする。


 無事にロサンゼルス空港に到着し、所定の場所に飛行機を格納する。

 無事に到着したというのにクリオの顔色がまだ真っ青である。


 「大丈夫?」


 「大丈夫ですって? 私のどこをみたら大丈夫って言えるのよ! 私、美子らに『死ぬかも知れない・・』ってメール送っちゃったわよ」


 「美子達は何だって?」


 「『お兄ちゃんが生きていればそれでいい』だって――もう、アイツらぁあ!」


 クリオは癇癪を起こして地団駄を踏んでいる。


 「とある作品の主人公が言っていたぞ『地面に罪はない』って」



 ゴン!……その瞬間、僕は股間に激痛を感じ、悶絶――



 「はうううううぅぅ……ひ、酷いよぉ」


 「そう? でも一番酷くて罪深いのはアンタだからね!」


 クリオはプリプリと怒って、先行ってしまった。

 その場に残された僕――女性にはわからないと思うんだけど……大事なところに直撃すると結構痛いんですよぉ……息も出来なくなるくらいに。

 近くにいた整備士さんに腰辺りを叩いてもらい、痛みが鎮まるまでその場にうずくまっていた。


 3分後、クリオはムスッとした表情のままここに戻ってくる。どうやら彼女は道に迷ったらしい――当然、ここは旅客ターミナルではないからね。

 彼女は顔を真っ赤にして「いいから早く連れて行きなさいよ! どこに行くのかぐらいエスコートしてよね!」とまだ鈍痛が残っているのにもかかわらず、僕の手を強引に引っ張り腕を組んだ。


 そんなお約束のクリオを見ていた僕を介抱した整備士が彼女を指差しながら「君の彼女はツンデレっていうんだろ?」と笑っている。

 僕はすぐさま「違います。彼女の場合はヤンデレです」と言い返したが、横にいたクリオはそれが気に入らなかった様子で、僕を睨み付けながら足の甲をガン!と踏まれた。これが結構痛かった。飛び上がってしまいその場でうずくまってしまう。

 彼女を恨めしく睨むと、鼻息荒くへそを曲げていた。



――それから……


 

 現地事務所に立ち寄り、事務所内に併設された寮でクリオを着替えさせ、佐那美に連絡。僕もボディーガードの服装をしてクリオと共に再びロスの空港に赴き、そこには社長経由で佐那美が連絡したアメリカのマスコミがすでにスタンバっていた。

 とりあえずクリオに挨拶させるとそのままプライベートジェットの格納庫へ。


 当然、今度の移動手段は大統領のジェット機ではなく、今度は違うところのプライベートジェット機を利用することとする。

 本来、プライベートジェット機を利用するのに何百から何千万、所有するのに何十億とお金が掛かる。タダで利用するなんて夢のまた夢……しかもアメリカ大統領のジェット機なんては例外中の例外である。

 今回もイレギュラーな方法で飛行機をチャーターした。



 ――利用したのは僕が所有する会社のプライベートジェット機である。



 そもそも個人でジェット機を保有するのは厳しい……でも、法人化して利益を生めば、いざというとき旅費を極力抑えることが出来る――と考え起業したのだ。

 そう言いつつも、残念ながら僕は経営についてまるっきり素人である。

 そのため、経営については知人に『その道のプロの人』を紹介してもらって、お願いして管理してもらっている。彼のおかげで会社としてはほぼ順調、そこそこの黒字になっている。


 その関係でもう一機購入することとなった。


 購入したジェット機は日本の自動車メーカーが生産したプライベートジェット機だ。本当に小型なので燃料タンクの関係上、飛行距離が短い点が残念なところであるが、従来のジェット機よりはるかにラーニングコストは安い。


 それが完成したというのでそれを受領ため、メーカー側と引き渡し場所を協議していたところであるが、今回の件でロサンゼルス空港で受領することとし、それに僕たちが便乗する形で調整した。


 さすがに小型なので途中途中の島国で給油しながら日本に戻ることとなる。


 それでも、他所のプライベートジェット機を利用しようものなら片道3000万円以上するところであったが、僕らはその往復でほぼタダで利用できた。


 ――あとで佐那美にその代金請求したらどんな顔するだろうか? あとでからかってみるとするか。

 

 とりあえず、美子と眞智子にも連絡しておくか。『今度は羽田に迎えに来て』って。そう言っておかないと、後で変な尋問が始まるからね。

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