第16話 古い剣道場


――放課後。



 佐那美の家のレッスンスタジオに向かう。そこにはお情け程度ではあるが全身を映す大鏡が設置されている。そこでヲタ芸のして確認してみようと思う。


 ただ、そこは剣道場も兼ねている――いや、正確に言うなら古い剣道場をレッスンスタジオとして利用している。

 

 当然、道場だけあって床板なので結構揺れるし響く。ダンスするにはちょっと慣れが必要だ。

 それに付近は住宅地なので、大きな音を立てて練習する訳にはいかない。そこで音響機器は『ラジカセ』なるレトロなものを使用、指定したメモリまで抑える決まりになっている。


 なぜ、剣道場がレッスンスタジオを兼ねているのかという点であるが、我が地端プロダクションはアメリカのハリウッドを中心に活躍している会社なので、日本にレッスンスタジオを設ける必要がなかったからである。


 そもそもこの道場は地端家の先祖代々から受け継がれた遺産であり、地端流の剣道を教えていたところである。

 時代の流れであるが、剣道を教えるだけではさすがに食べてはいけないということになり、地端の親父が映画俳優に職業転向し、剣道道場は廃業した。

 地端の親父は地端流剣道の正当後継者であるが、もうそれを教えるつもりもないらしい。


 ――それ故、この道場も取り壊しするという話になっていた。


 言うまでもないが、僕はこの道場に縁もゆかりもない。

 ただ僕は東京の青梅で爺さんの剣道場で修行していたことがある。

 その道場は僕の爺さんが亡くなった時に爺さんの家と共に取り壊してしまい、今は存在しない。

 もちろん、地端の道場と青梅の道場とは全く大きさも作りも異なっているのだが、道場が持つ特有の神聖の静けさや床の心地がなんとなく、取り壊した道場を彷彿させられる。

  

 ――僕はこの空間が大好きだ。


 地端の親父から道場を取り壊す話を聞いた時に、是非この道場を練習場に使わせて欲しいと頼み込み、態々僕のためだけに修繕してここをレッスンスタジオにしてもらった訳だ。



――ここでの道場ではちょっとした思い出がある。



 それは日本に帰国して間もなくの頃、佐那美に勝負を挑まれたことがあった。

 佐那美からして見れば、僕が演じるレイン=カーディナルという男があまりの破格待遇で、事務所役員である彼女の感情を逆撫でしたとのことだ。


 彼女からの挑戦を渋々受けたのだが、どうも僕は美子の話では『剣道着を着ると鬼になる』らしく加減が出来ないらしい。

 それというのも僕の師匠である爺さんは剣の鬼であり、真剣勝負というものを嫌と言うほど叩き込まれたからだろう。


 一応、佐那美は有段者と聞いていたので、手合わせ程度に挑ませてもらったけど、彼女の調子悪かったのか彼女の竹刀が僕に当たることなく、予想以上に僕の竹刀が当たっていた記憶はある。


 ……気がつくと佐那美はその場で失神していた。



――それ以来、佐那美はここで剣道をすることはなくなった。



 それでも、僕は心身を鍛えるためここを使わせて貰っている。

 今日も剣道着に着替え、準備運動がてらに竹刀を構えて素振りをさせてもらった。


 ――さて、1000本素振りも終わったし、僕の心の準備が整った。レッスンに入ろう……そう思った矢先――



 「ぶ、武器を捨てろ!」



――道場入口から女性の怒声がした。振り返ると、佐那美であった。

 佐那美はクリオの背に隠れ自転車のヘルメットを被り、掃除のハタキを僕に向けながら震えながら怒鳴っている。


 クリオは盾にされている感じで、「えっ? えっ!」と後ろをチラ見しながら動揺している。


 ……何だろう――


 そう思いながら、佐那美の方に一歩足を前に進めると佐那美は必死な声で「お願いだから武器、武器捨てて!」と懇願した。


 「いいか、それ……それだ、それ。その竹刀捨てろ! ゆっくりだ……」


 「竹刀?」


 僕は佐那美がハタキで指示した竹刀をジッと見て確認する――彼女は、悲鳴を挙げながらクリオを前に押し、「や、やめて捨てて! お願いだから」と半べそを掻きながらハタキを必死に振っている。


 「どうしたの?」


 僕がキョトンとしていると、佐那美は更に――


 「も、漏らすからな! 捨てないと、私ここでお漏らしするから!」


――ととんでもない事を言い出した。


 さらに佐那美は「私がお漏らししたら、私のパンツを脱がして○○○○を拭くのは神守君だからね! そうなったら私の恥ずかしい部分を見たんだから、責任とって私と結婚してもらうから!」と訳の分からないことを言い出した。


 尋常じゃない騒ぎっぷりに、僕は相手が求めるとおりゆっくり床面に竹刀を置く。

 佐那美は生唾を飲みながら竹刀を確認している。


 これで一段落した――と思った矢先。


 

 「何、羨ましいこと懇願して騒いでいるのよ……」



 佐那美の背後から眞智子が彼女のヘルメットを平手でパシンと叩いた。


 「お兄ちゃん、差し入れ買ってきたよ」


 眞智子のうしろから美子がパンとジュースの差し入れを持って手を振っている。


 「美子、どうしたんだこの馬鹿?」


 眞智子がと後ろの美子に尋ねると、その状況を確認した美子は「あぁ……」と納得した後、その理由を説明し始めた。


 「あぁ、佐那美のやつ、以前にうちのお兄ちゃんと剣道の試合をやった時に半殺しにされたのよ。その時、お兄ちゃんの竹刀粉砕したっけ――」


 「竹刀が粉砕?! どんな叩き方したんだ……」


 ――そう言えば、佐那美と試合した時に竹刀がダメになったんだっけ。


 「それ以来、お兄ちゃんのあの姿を見ると佐那美はパニックになっちゃうわけ」


 そう言って美子は佐那美のお尻をペシャリとひっぱたいた。

 そして――自分の掌を確認する羽目になる。


 「あ……あんた……」


 「で……出ちゃった――」


 佐那美の足下にはちょっとした水たまりが……

 その瞬間、盾にされているクリオが逃げようとするもがっちり掴まれて「放して、はなして!」と騒ぎ、眞智子も「美子、お前が尻なんか叩くから!」と美子を責め始めた。

 美子は掌を佐那美の背中で拭きながら「私が叩いた時にはすでに濡れていたから、眞智子がヘルメットを叩いたからだ」と眞智子に噛みつく。



 ――もう、滅茶苦茶です。



 結局、佐那美は――


 「神守君のせいだ! 責任とってパンツ脱がして私の○○○○を拭いてくれる! それで結婚してよ」


――と半べそになりながら僕に訴えた。


 ……そう言われてもなぁ――


 「冗談じゃない。○○○○を見せて結婚できるんだったら、私は何度も結婚しているわ」


 美子が怒り出す。

 そりゃ――昨日キン肉○スターでしっかり目撃してしまいました。


 「私が○○○○晒した時には大股開きよ、大股開き!」


 「美子、アンタは綺麗な状況で見られたんだろうからいいでしょうよ! 私はお漏らししちゃったんだからね、それも直近で! 異性に2度も見らられたんだからね!」


 ――何の話をしているのか……さすがに眞智子とクリオはそんな品のない話に参加せず、二人とも呆れている。


 ただ、ゆっくりもしてられない。水たまりが確実にクリオの足下まで迫ってる。


 彼女もそのことを思い出した様で、離脱しようと半狂乱で必死にもがいている。


 「あのぉ~、僕が何か手伝える事はありますか……」

 

  佐那美は「お股拭いて!」と。クリオは「放して」と言っているが、その他2人は「ありません! 私達が処理します」とそれを拒絶した。


 「私と美子はこの馬鹿、着替えさせるから」


 「えぇっ、私は嫌だなぁ……仕方ない、クリオも手伝いなさい」


 「放せー、靴下がぁ……うわあああ、べちょっとしたぁぁ!」


 「ほら、佐那美パンツ脱げ……」


 「いや、神守君に――」 


 「ふざけるな! 何でうちのお兄ちゃんがお前の○○○○拝まなきゃいけないのよ。そこの両刀遣いの眞智子に責任とってもらいなさい」


 「私、両刀遣いじゃない! でも――こういうのうちの医院で慣れているから。とりあえず佐那美、お前はクリオの肩を放せ……クリオの靴下びっちょびちょだぞ」


 「気持ち悪い……」


 「眞智子、とりえあずパンツ脱がしたら彼女フロ入れてくれる? クリオ、アンタなら道場の風呂場とか洗濯場所知っている?」


 「OK……道場にシャワー室あるし、その脇に洗濯乾燥機あるから。とりあえずパンツと汚した服――それと私の靴下は洗濯機に入れるから」


 「洗濯機に入れるのは私がやるからいいよ。眞智子はこの馬鹿をシャワー室に、その前にクリオは足洗ってから母屋に戻って替えの下着を持って来て!」


 「わかった……足洗ってから今替えの服を持ってくる。レイはそこの水たまり雑巾で拭いておいて」


 「――えっ、僕が?」


 「お兄ちゃん――分かっていると思うけど、美子のは構わないけど……佐那美のお小水舐めたり飲んだりしないでよね?」


 「そんなことしません!」


 結局それぞれ分担して片付けすることとなった。



――それから20分後。



 道場はすっかり元通り、僕もジャージに着替え竹刀や道着は片付けた。

 ただ、佐那美は気分悪いのか壁に寄りかかり体育座りで大人しくしている。


 「佐那美、そんなにトラウマになるまでボコボコにされたのか?」


 眞智子が覗き込むが、佐那美はボソボソと小さな声で答えるのみで眞智子には良く聞き取れなかった。その理由を美子が答える。


 「お兄ちゃん、剣道着を着ると歯止めが利かないのよ。剣の師匠であるクソ爺だって半殺しにしちゃうし――」


 「うわっ、レイってそんな感じだったっけ?」


 足を洗って素足になっているクリオが驚いている。


 「いや――僕、そんなに佐那美さんをボコったつもりはないんだけど……」


 僕はその答えたのだが、その場にいなかったハズの眞智子がそれを否定した。


 「礼君、何言っているのよ。鉄砲の弾を剣で叩き斬る人が、佐那美みたいな馬鹿を叩いたら竹刀だって大惨事になるわよ……」


 ――それを言われてしまえば僕は何も言い返せない。だが、それでも美子が僕を擁護する。


 「眞智子、あれはうちのクソ爺が悪い。剣道着着ただけで『着た以上は、死ぬつもりで戦え』って教えていたから。だからうちのお兄ちゃんが剣道部に入部しないのもそういう理由……」


 その脇でずっといじけている佐那美。


 「いいもん、神守君に責任とってもらうんだから……」


 まぁ、いつもなら「テメエふざけるんじゃねえ」と怒号が飛び交うものだが、彼女らも気の毒に思っている様で特に反応せずスルーしている。


 「何で――そこで文句言わないのよ……」


 いじけた目で眞智子と美子、クリオを見る佐那美。


 「世の中天敵っているけど――アンタの場合てっきり眞智子だと思っていた」


 クリオがぼそり呟く。


 「眞智子は強いけど――神守君ほどでもないわ……」


 佐那美はブルブルと震えながらそう言う。

 そして彼女は僕の背中をトントンと叩きながら「責任とってよぉ」と執拗に絡んでくるが、他の女の子はトラウマの佐那美をあえて触れずに「とりあえずヲタ芸さっさと練習してくれない?」と僕に言ってきた。


 でも、そこまで僕は佐那美を追い込む様な事したかなぁ……その辺がイマイチ記憶に残ってなかったりする。



――さて、落ち着いたところで踊ってみるとする。



 竹刀を振っていては佐那美がまたパニックになるから、今度はサイリウムに見立てた塩ビパイプを握り締め実際に踊ってみた。


 実際に踊ってみると、結構覚えているもんだ。

 僕は基本的に再現率が高い。これでほぼ合っているハズだ。

 ちょっと踊ってみた感じ、もう少しアレンジは利きそうだ。

 それにもっと派手なアクションもできるだろう。


 美子と眞智子そして佐那美が僕のヲタ芸に一応にウンウンと納得してくれた。

 ただ、クレオに関しては違う反応である。


 「どうせレイはアレンジするんでしょ? 私にはアレンジ前のダンスを教えて」


 佐那美も「普通なら来日してアイドルにハマった外国人がヲタ芸を覚えるのにちょっと時間かかると思うからアレンジなしの方がいいかしら」と意見があった。


 ――なるほど、クリオはスタンダードの方が良いかもしれない。


 僕はすぐにクリオにも基本動作を教える。

 クリオもダンスは得意な方で10分もあればすぐに理解できた。


 「あっ、さすがね。レイは教えるの上手だわ」


 「それじゃあ、今日は終わりでいいか……それでいいか、佐那美さん?」


 「ダンスは良いわよ――でもね……」


 佐那美は何か言いたいことがある様で言葉を溜めている様に途切れた。

 そして、しばらく沈黙の後、ようやくその意見を口にした。



 「あたしは良くないわよ! なんで何にもしていないあたしが、こんな目に遭わなきゃならないのよ!」



 佐那美は先ほどの件をギャンギャンとこちらに怒りをぶつけてきた。


 「どう責任とってくれるの?」


 「……そう言われても、僕にして見れば何が何だか――」


 「佐那美、もう良いだろ? お前の粗相を片付けたのは礼君。洗濯したのは美子、着替えをとってきたのはクリオ。許してあげなよ」


 眞智子は佐那美を宥めに入るが、美子は逆に叱りつけた。


 「――っていうか、眞智子それ違う! 勝手に喧嘩ふっかけて返り討ちにされたんだから悪いのはこの馬鹿。逆恨みもいい加減にしろ」


 「だってぇ……」


 佐那美は下を向き口をとがらせた。

 彼女はまだご立腹の様だ。


 「神守君が結婚してくれればそれで――」


 「おまえ、いい加減にしなよ。何でうちのお兄ちゃんがお前の尻拭い――じゃなかった○○○○拭いして結婚しなきゃならないんだ。だったら私はシンボル挿してもらって事実婚してもらうわよ」


 「おまえら、ホント品がないなぁ――美和子さんに言っちゃうからな」


 「なにどこかの上品なお嬢様ぶってるのよ。女と男はどうせヤルことは決まっているの! 夢見てるんじゃねえぞ。この喪女ヤンキー」


 「何だと、この色情狂! 近親相姦下半身直結女が!」


 「あんたら喧嘩やめなさいよ――っていうか、一番被害被ったのって私じゃない? 靴下ビチョビチョになったんだし……」


 ――再び、話がぐちゃぐちゃになってきた。


 僕はどうしたらいいもんだろうか……そう思っていた矢先、「こんにちわ」と道場に声が響いた。どうやらお客さんである。


 「はあい」


 佐那美が立ち上がり道場入口方面に歩いて行く。


 「あ……すいません。今日は若干早いのですがお伺いに参りました――」


 キョトンとしている僕ら――そう言えば、佐那美が『ツカサがレッスンしに来る』って言っていた気がする。

 あ――っ、佐那美の一件でかなり時間が経ってしまっている。


 「どうしよう……TKBの練習時間近くまで食い込んじゃったよ」


 「とりあえず隠れる?」


 「いや、隠れるってどこに?」


 「ダメだよ。のぞきか変質者の類と思われちゃうわよ」


 僕、クリオ、美子、眞智子で話し合うがまとまらない。

 仕方ないので強引に話を進める。


 「とりあえず、僕は地端プロダクションの研究生ということにしておこう」


 「じゃあ、私は留学生」


 「そのまんまじゃない……じゃあ、私お兄ちゃんの応援できたということで……」


 「お前も人の事言えないだろ――って言い合いしても仕方ない。私も応援できたということにする――」


 「いや、僕の応援っていうより、佐那美さんの友人で野次馬できたという方が話がスムーズだよ、クリオも含めてそうしてくれる?」


 そういうことで僕の意見に合わせる。

 丁度その時、佐那美の案内で一人の女の子が道場に入ってきた。



 一見すると眼鏡をした大人しそうな女の子。陰キャぽい地味な子である――っていうか誰?



 「こんにちわ……」

 

 「どうもです」「こんちわ」「どーも」「こんにちわ」


 僕、美子、眞智子、クリオがそれぞれその少女に挨拶をする。


 「あの~、地端さん。こちらの方々は?」


 「あっ、えーっと……」


 ――あっ、佐那美の奴何にも考えていない……


 「あっ、僕は地端さんの同級生で地端プロダクションの研修生。彼女らは地端さんの友人で――」


 「あぁ、ここのレッスン生と地端さんのお友達の方ですか。初めまして、織田一美といいます。今日はお招き頂ありがとうございます」


 ――織田一美? 聞いたことある様な。ない様な……ていうかツカサとは違う!


 すると、佐那美が手を振って僕を呼ぶ。佐那美の所に行くと佐那美が耳元で囁いてきた。


 「(あの子、ツカサでいいのよ。本名は織田一美だから)」


 「(TKBのTじゃないじゃん……)」


 「(そうでもないのよ……Tは那須貴子で梅花なのよ。Bは伊藤万梨でかえでだったりす)」


 「(滅茶苦茶だな……)」


 「(一応、相手は本名で来たから、こっちも本名で答えて良いから――うちの研修生っていうのは非常にグッドね)」


 とりあえず眞智子と美子、クリオの顔色が変わってきたので彼女らの元に戻る。


 「あっ申し遅れました。僕は神守礼といいます」


 とりあえず僕と美子、眞智子、クリオがそれぞれ挨拶をすませた。

 だが、ツカサこと一美が何か首を傾げている。


 「あー、神守……さんね――よろしく……お願いします」


 何かを考えている様だ。


 「あれ、何か僕に?」


 「いえいえ――ただ……」


 「ただ?」


 「えぇ――どこかでお会いしたかなと思いまして……」


 ――あぁ、そっちのほうか。良く言われます。


 映画ではレイン=カーディナルでお会いしたかも知れないし、つくばの握手会場が頭に過ぎっているのかも知れない。その僕はちょこっと変装していますので、実際の僕をみると変な違和感を覚えるのだろう。

 いずれにしても、今はその話はしないほうがいい。違う話ではぐらかそう。

 

 「たぶん、お会いしていますよ。僕はその辺歩いていますし。それにこの前、佐那美さんと眞智子さんとの喧嘩に巻きこまれてテレビにも出ましたし――」


 僕はこの前の茨城ヤンキースペシャル番組を一例に話をする。


 「いえ、その番組は見ていません――でも、そうですよね……どこかですれ違ったかも知れませんね」


 彼女はどこか納得していない感じではあるが、それ以上は尋ねることはなかった。

 その脇で美子、眞智子、クリオそして佐那美の視線を妙に感じる。


 「君達がわからないなら、僕がわかるわけないでしょ?」


 彼女らであれば、この言葉で十分理解出来るハズ――だって46時中誰かが僕の脇にいるんだもの。

 美子と眞智子は「あっそうだね」と一発で理解した。ただクリオは来日した機関が短いこともあり半分疑いの目で見ている――佐那美に関しては……


 「神守君――どこで彼女に?」


と小声で訳の分からない事を言っている。

 だからこう言ってやった。


 「うちの美子さんや眞智子さんはすぐに理解できたんだけど――それって意味わかるでしょ?」


 「わかんない!」


 「僕の通常の一日はこの2人が一緒にいるの。仕事関係は佐那美さんとクリオが一緒にいるの――では僕が一人でいる時間はいつですか?」


 「お風呂とお手洗いそれに寝ている時間――」


 「ちなみに寝ている時間はしょっちゅう美子さんが覗きにきます――じゃあ、無理だよね」


 「だってお風呂とお手洗いの時間があるじゃん――」


 ――もうやだ、この子お馬鹿すぎる……


 さすがに困っていたら、眞智子と美子が「お前、本当に馬鹿なんだな――何で風呂場と便所で異性とご対面するんだよ」、「家では風呂場とトイレは私がしっかり見張っているからないわよ」と説明してくれた。

 これで一応佐那美も納得した。


 ――ん? 美子の奴、今なんと言った? 僕覗かれているの?


 美子をチラリと見ると、僕の視線に気付き、ハッとした表情で顔を背けた。

 

 「それで、ダンスの先生は……」


 そうだ。彼女らを相手にしている場合ではなかった。

 今は一美と話をしているんだった。

 うちのダンスの先生とは佐那美の母、佐那子さんである。


 「あれ。佐那美さん、ママさんは?」


 「ちょっと買い出しに行っている。すぐに帰ってくると思うわ」


 あの人のことだったら、今頃は真鍋のペアタウンかな。


 「あっ、ごめんなさい――まだ約束の時間ではなかったわね……」


 「大丈夫ですよ。丁度、僕も練習終わったばかりだし、練習初めてもらってもいいですよ――今、掃除しますから」


 僕は自分の使った物を片付け、床をモップ掛けを始める。

 ちなみに道場では僕が使った物、使った場所は自分一人で片付けることにしている――無論、それは美子や佐那美、眞智子とクリオは承知しており手伝いはしない……というかさせない。

 その間、美子や佐那美の様に正座してその様子を見守っているか、邪魔にならない様に移動しているのだ。


 するとそれを知らない一美が「私手伝いましょうか?」と声を掛けてきた。

 しかも、こともあろうか――あの雑巾を持って来て……

 あの雑巾は一応、綺麗に洗って干していたものであるが――さすがにそれを使わせるわけにはいかない。


 「ああ、いいですよ。既に清掃はすませています。今、床拭き終わりましたので……」


 「いやいや、私も使わせて頂くのですから、掃除させてください」


 そう言いながら、彼女は曰く付きの雑巾で鏡を掃除し始めた。

 僕はジッと佐那美を見る――佐那美は『おまえのせいだからな』と言わんばかりに 僕を指差しながら抗議した。

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