第15話 天才たちの災難

 僕はあのアイドルイベントが終わった後、すぐに自宅に戻って居間でくつろぐ。

 今日のイベントは、何かぱっとしないものだった。

 これなら、素直に美子や佐那美、眞智子にあの服装をさせて活動させた方が全然良いと思う。



 ――今日のアイドルを見てふと考えてしまった……彼女らは酷いアイドルけど、それは僕らでも言えること……なのだろうか――



 僕らも俳優として活動している。

 その僕も気になることはある。それは『お客さんである受け手にどう思われてどう捉えたか、感じたか』だ。

 基本的に受け手が必ずしもそれを言葉に出す訳ではない。

 僕らが発信したものは、一度僕らの手から離れたものは、判断がつかない。

 

 ――僕自体、映画を見ているお客さんに楽しんでもらえたのか……はたまた稚拙に思われているのではないか。もしそうだとしたら今後どうしたらいいか――と考えてしまう……


 「ある意味……このイベントって僕らもそう感じられているのではないかって考えちゃうよね――」


 ちょっと気が萎えた。

 美子は僕の両手をぎゅっと握り締め顔を横に振る。


 「お兄ちゃんは多分勘違いしているよ。応援してくれる人の為のアイドルじゃないよね。職種が違うよ。例えば……そうね――映画って物語をリアルに面白く表現する演者だから、直接お客さんに愛想を振りまくのが仕事じゃないよね」


 「そう――だけど……」


 「じゃあ、気にしないで自分の仕事頑張ればいいじゃないの。見てくれる人は見てくれるだろうし――合う合わないって問題もある。表現方法だって気に入らないっていう人もいるくらいだから、そんなの気にしていたら前に進まないわよ」


 「あーっ、なるほどね……」


 「今度は逆に受け手側の視点から話するね。今回のお兄ちゃんが彼女たちのショーを見て『ダメだ』って思ったのであれば、お兄ちゃんの感覚とに合わなかった――つまりお兄ちゃんを楽しませられなかったということ。私らよりもブサイクなのは仕方がないにしても――」


 美子は頭の良い自慢の妹だ。

 だが僕に優しいが、他の女の子に対しては厳しい。

 ――その美子が冷静に彼女らの様子を見ていた。


 「それ以前にみんなの気持ちがバラバラ、踊りもバラバラ。やる気無し――何か裏にありそうだけど――まあ、興味ない私には関係ないけどね」


 そうか。美子は今回の立ち位置は一般客である。つまり、彼女の発言は『TKBは万人受けしない』という意味である。

 ならば、経営者としてはどう考えるのだろうか――佐那美の考えが気になる。


 「佐那美さん、何かブツブツ言っていなかった?」


 美子は「えっ、あの馬鹿? ……ああ、雇用主的な考えか――」とこっちの考えをすぐに理解すると、彼女はその時の佐那美の呟きを僕に話してくれた。


 「……あっ、そうそう。あの馬鹿こんなこと呟いていたかしら『あれはあれでダメなアイドルをファンが盛り上げていくっていうシナリオとして考えたら――いけるんじゃないの?』的なことを」


 やっぱり、美子は頭が良い。佐那美の何気ない言動をよく覚えていた。なるほどね、彼女は前向きに捉えていたのか。

 すると、今頃は問題点を洗い出しているところだろう――これは佐那美に聞いた方がいいか。

 そう考えていると、美子が不気味に僕の眼前に自分の顔を近付けた。


 「お兄ちゃん――今、馬鹿女のことを考えた?」


 じっとりとした目で僕を睨んでいる。


 「そんなに白い目で僕を睨まない。ちょっと悪いけどその佐那美さんに連絡したいんですけど――」


 「――やっぱり佐那美……」


 美子は僕を押し倒さんという勢いで顔を上から近付け圧を掛けてきた。


 「怖い、怖い――それマジで怖いんですけど……」


 「――で、佐那美にどうしようとしているのかしら」


 「あっ、そうそう。連絡して欲しいんだ、美子さんから佐那美さんに」


 「ふーん……お兄ちゃんはこの私を差し置いて、佐那美に連絡するんだぁ~私を使って……」


 美子は若干軽蔑した様な表情で僕を睨むが、そこに自分が関わらされていることを理解すると「――って、何? 私があの馬鹿に連絡するの?」と素っ頓狂な声を挙げた。


 「そうそう。あの人、ぶっ飛んだどころあるから美子に翻訳してもらわないと意味が分からないから――」


 「えぇっ、それはそれで嫌だなぁ……」


 「じゃあ、違うお願い聞いてくれる?」


 「何?」


 美子が前のめりになり僕に尋ねてきた。

 彼女はあまり佐那美の相手をしたくない感を露わにしている。


 ――だから、ある意味脅迫行為に出ようと思います。


 「頼みって言うのは――」


 「うん」


 「でもなぁ……これ断られそうだし」


 「とりあえず言ってよ。言ってみそ?」


 「本当に良いの?」


 僕は話をひっぱると、美子は「これだけ言われちゃうと、お兄ちゃんの頼み断りづらいわよ」と話を聞く方に大分傾いた――よし、あの言葉で確認してみよう。


 「それならお願い――今度、僕のお料理の練習に付き合ってくれないかなって!」


 「おにいちゃん……」


 美子がニコニコしながら話しかけた。


 「はい――で、どうなんだい?」


 美子はニコニコしている。


 どうしていいのか悩んでいるのか?

 しばらく沈黙を続けるのか――そう思っていた矢先であった。


 「わかった! 今すぐ佐那美に連絡するから」


 美子は僕の思惑どおり佐那美に連絡してくれる方向を選んだ。

 ――だが、即決で僕の料理の手伝いを断ったことはちょっと納得行かない。

 やっぱり美子であっても、僕の料理は食べたくないんだな……それはそれでちょっとショックである。


 「美子さん……僕の料理ってそれだけ嫌なの?」


 僕の問いかけに、美子は悪びれる訳でもなく淡々と答えた。



 「えっ、あれ食べ物じゃないじゃん――石鹸……いや、産業廃棄物じゃないの?」



 そのあまりにも酷い言い様で「え……産業廃棄物――」と呟いた後に僕は絶句してしまった。


 さらに美子は――


 「お兄ちゃん、やり方がちょっと汚いな……これは後で正当な対価を請求したいと思う」


――と言いながら直ぐさま佐那美に電話を掛けた。


 彼女は早く用件を片付けたいと思っている様ですぐに僕に電話を差し出した。

 もちろん、それでも気になる様で身を乗り出してジッと聞き耳立てようとする。

 僕が彼女に電話を掛けさせたのは『佐那美の言葉を翻訳しろ』ということもあるが、本音としては『佐那美の事で嫉妬されたくない』という事である。


 「んじゃあ、色んな話するけど――ヤキモチ焼かないでよ」


 「ん――、わかったわよ。やっぱり、私経由で話す」


そんな話をしていると佐那美と電話が繋がった。


 「佐那美、私だよ――って私は殺○鬼じゃないんですけど! えっ、何の用だって? お兄ちゃんが用があるって――はぁ? 代われっだって……お兄ちゃんが私経由で佐那美と話しろっていうから」


 ――うん、話がスムーズに進まなそうである。


 「美子さん、佐那美さんにこう伝えて『あのアイドルそのまま使うのか?』それとも『本番は違うアイドルで撮影するのか?』って」


 美子は僕の質問のとおり尋ねる……が、美子はウンウン頷き、そのうち「だから何? 要点を言え」若干いらだった口調で怒っている。

 美子が佐那美の言葉を飲み込むのに3、4分かかったかも知れない。


 「お兄ちゃん、要点だけ伝えるね――佐那美は出来れば安く済ませたいのであのアイドルを使いたいけど、お兄ちゃんとクリオの練習期間内で、何らかの向上が見られなければ、もう少し上のご当地アイドルを使うって」


 さすがは美子である。1分でまとめた。

 美子のスマホから『そうそう』と佐那美が相槌を打っている。美子は疲れた口調で「用件終了。ありがとう――」と電話先の佐那美に話すと速攻で通話を切った。


 「お兄ちゃん――これ貸しだからね。正当な対価で払って貰うから」


 「ええっ!? 兄妹でも貸し借りアリなの?」


 「――あの子相手にすると余計に頭を使わなきゃならないから疲れるのよね」


 「わかる? クラスに乱入していつもあんな調子だからね。眞智子さんがぶち切れて鉄拳制裁するんだよ」


 「あのクソヤンキーなら口より先に手足が出そうね――それはそうとして美子のお願い聞いてくれる?」


 「――えっ、そこのところサービス(無償)でお願い」


 「サービスするわよ。身体で払ってあげるから」


 「……まさか――」


 「うん、1発ヤラせてくれたらチャラにしてあげても良いよ」


 あぁ……美子はやっぱりそうきたか。

 料理で脅したらそう出るよね。しょうがない――


 「美子さん、後ろに母さんいるよ」


 「またまたぁ……」


 「いや、そのドアの前にいるよ」


 「この前、私に嘘言ったじゃん。もうその手はくわないって」


 美子は全く後ろを振り返る様子もない。


 「いや――ちょっと」


 「だから、ちょちょっと終わらせよう。とりあえず、私、服脱ぐから。私の報酬がまさかお兄ちゃんが得しちゃうことなんだから双方ウインウインの関係ね。お兄ちゃんも幸せ者ね、妹にこんなサービス受けらる兄はいないよ――」


 美子は僕の言葉を信用せずに自分の服に手を掛ける。

 だが、その瞬間――


 バチン!


――という鈍い音が部屋に響いた。美子の後頭部付近に衝撃が走る。

 その状況を目の当たりにした僕の頭の中では『美和子ボン○ーイエー♪』のテーマソングがグルグルと回っていた。

 美子はそのまま白目を剥いて前屈みに項垂れる。


 「母さんやり過ぎ! 何で延髄蹴り喰らわせるの? いつもみたいにアイアン・クローでよかったじゃん」


 「お母さんは近親相姦は反対です」


 まあ、普通は反対するけど……って言って延髄蹴り喰らわす母親はいない!

 美子は目をグルグル回し「ふにゃああ……」と意味不明な事を呟いている。


 「ところで――何でいつもプロレス技なの?」


 「いや、体罰はいけないから。とりあえず体育的指導をしたまでよ」


 「いや、普通に――それは……」


 「体育的指導です!」


 「でも――これはしばらく目が覚めないパターン?」


 「大丈夫よ」


 母はそういうと以前僕がコーヒーだと思って用意した品物を冷蔵庫から取り出し、こともあろうか美子の口にソレを注ぎ込んだ。

 美子は一気に目覚め「うがああああ!」と奇声をあげながら流しに駆け込むとそれを吐き出した。そして凄い勢いで水で口を濯ぐ――彼女がようやく落ち着いた頃、ギロッとこちら側を睨んできた。


 「ほら。大丈夫だったじゃない」


 「――大丈夫じゃないんですけど……それに美子さんこっちを滅茶苦茶睨んで怒っている……」


 母は「あらそう?」と笑みを浮かべて、さらに酷い一言を美子に放った。


 「美子ちゃんよかったわね。お兄ちゃんの愛の料理を独り占めできて」


 「なんてことしてくれるのよ。私が高血圧になったらどうするのよ!」


 「大丈夫よ。小野乃医院に連れて行き入院させてあげるから。代わりに眞智子さんを連れて帰るけど――これで神守家も安泰ね」


 「ふざけるな! このクソババア!」

 

 この後、美子は腕4の字固めを喰らうこととなる……



――次の月曜日。


 

 授業中だというのに、あの迷惑女が再びうちのクラスに乗り込んできた。


 「良い方法、思いついたぁ!」


 ――後ろのドアをガラガラと音を立て入ってくるなり、第一声がそれかよ……


 眞智子が手をあげ教師に「侵入者を排除します」と宣言。佐那美にズンズンと詰め寄ると彼女に頭突きを喰らわせ、よろけた彼女を羽交い締めにしてそのまま廊下へ――そこでバッチンバッチン……(以下略)

 

ただ、違う点は――


 「だから神守君に話させてよ!」


 「うるせーっ、休み時間まで我慢しろっ」


 「今話さないと、あたし忘れちゃうから!」


――と意外に粘っていた点だ。


 幸いにも、すぐに授業終了のチャイムが鳴って授業が終了したことから、その後佐那美の良い方法について聞くことが出来た。


 「あのTKBだっけ? あの子らうちの事務所で当分預かることにしたから」


 彼女は鼻血を垂らしながらそう告げた。


 「見た感じ、3人の個性が封じられているのよね」


 「やる気もなさそうだったぞ」


 眞智子がそう言いながらポケットティッシュを佐那美に差し出す。

 だが、佐那美はあまり悪く考えていない様だ。


 「TKBの事務所に確認したんだけど、歌がうまいのはかえで。トークで場を和ませるのは梅花なんだって」


 「んじゃあ、あの一番やる気がないブスは何なんだよ」


 眞智子は僕が推すアイドルをブスと言い切る。

 ツカサはアイドルとしては美人な方である。


 「あの子は踊り――つまりダンスが得意なのよ。でも他の子が上手に踊れないので事務所側で制限かけちゃったのよ……それじゃあ不利よね」


 「それでチグハグしている訳だ……それで、どうするのよ」


 「そうね――歌はかえでに難しいパートにアレンジさせて、ツカサは基本パートで。歌に所々セリフや合いの手を挿入させ梅花に担当させる。ツカサは二人の踊っているダンスによりアレンジを利かせてド派手に踊らせる――などがいいのかもしれないわ」


 あぁ、なる程。逆に個性を引き立たせて調和を図るのか。

 下手に平均化させて劣化させるんだったら、そっちの方が全然良い。


 「佐那美さん、先方の事務所と連絡とったの?」


 「さっき電話したら『是非お願いします』だって。まあ、本音は他所の会社なんか面倒見たくないんだけど、安く出演させられそうだし、あくまでも主役はうちの看板俳優だからその辺は及第点とれるレベルに仕上がってくれればいいのかなって」


 そうか、事前に連絡したのか――って、さっき電話したって言っていたな……それって向こうのクラスで授業中電話したのか?

 クリオも目をパチクリさせながら佐那美に尋ねた。


 「いつ……連絡したの?」


 「あぁ、さっきうちの教室で」


 「まさか、あんた授業中に電話したの?」


 「まさか――休み時間よ。いくらあたしでも授業中電話するなんてありえないし……」


 ――ちょっと、それはないでしょ? うちのクラスにはしょっちゅう授業中乱入して迷惑かけているくせに。


 眞智子は「出来れば、その配慮をうちのクラスにも頼む……」と頭を抱えた。


 「そういう事だから、礼君とクリオはヲタ芸の練習……TKBの連中はとりあえずそれぞれをうちと提携している講師にお願いしてレッスンすることにしたから」


 「――って事は、そのツカサさんと僕らが鉢合わせになるんじゃないか?」


 「時間はずらしたから大丈夫でしょ? それに素の神守君は彼女見ていない訳だし、クリオは握手会に参加していないから」


 彼女はそういうと「今の話、一応美子にも連絡しておくね――勝手に話を進めるとあのキ○ガイが騒ぎ出すと纏まるものも纏まらないから」と一番トラブルを起こす彼女自身のことを棚に上げて自分の教室に戻っていった。

 それを茫然と眺めているマサやん。


 「地端ってスゲーな……」


 「あの馬鹿は、元々直感で生きているけどね。ある意味、美子と似ているところがあるわよ」


 ――ん? 眞智子が何か変な事を言っている。

 実際に美子は理解能力が尋常じゃないほど早いからそう見えるのであって直感で動いている訳ではない。


 「あれ? 礼君が『そうじゃない』って顔しているわね――直感で動いているところあるのよ。特に下半身関係が――」


 「えっ?」


 「いつも襲われているじゃん――そんで美和子さんに処刑されている……」


 「あ――っ、その部分に関してはそう言われるとそうかもしれない……」


 「ねえねえ。私、聞いちゃったんだけど――美子の奴マッパで礼君の部屋に押しかけて美和子さんに陵辱処刑されたんだって?」


 あ――っ、またうちの母が眞智子に言ったのか……

 あれは昨日の夜のことである。

 夜中に、美子は僕の部屋に真っ裸で侵入し、寝ている僕の服を脱がそうとしたらしい。『らしい』というのは僕が完全に熟睡していたからであって、僕が目を覚ましたのは――


 ドスン!


――という床に衝撃音がした時である。


 僕は一瞬で目が覚め、ベットから飛び起きると、母が美子にサムソン・ストライカー(通称キン肉バ○ター)を喰らわせていた状況が眼下にあった。


 真っ裸で大股開き――もろ見てしまった……

 寿司屋で赤貝注文するのはしばらく控えておこう。


 さらにトドメのキャメルクラッチ……

 美子って胸がある方だよなぁ、ぷるんぷるんと揺れていたもんな……


――なんて考えている刺々しい視線を感じた。


 「――ねえ、礼君。今、昨日のこと想像していたでしょ?」


 「な、何だよ。自分で話を振っておいて――思い出しちゃったじゃないか」


 多分、僕の顔は真っ赤になっていたと思う。

 眞智子は機嫌悪そうに「もう少し危機感持ってくれない? その話聞いて私、マジで美子を殴りに行こうと思ったんだからね」と僕を叱る。


 「そう言ってもなぁ――ドアに鍵掛けて寝込みを襲われたら防ぎようがない」


 「まさに美和子さん様々なのね……」


 「本当に美子って頭おかしい。うちの国なら問答無用で撃たれるわよ」


 「あの――妹から襲われそうになったからといって拳銃で撃つ人っています?」


 「レイ、甘い! 兄を性的欲求のために襲う妹なんて世界中探してもあんたの妹の美子だけだよ」


 結局、美子対策についてこの後色々な話をしたが話は纏まらず、当分はうちの母にお願いする形で打ち切った。


 ――あれ、そう言えばなんでそんな話しになったんだっけ?

 ……TKBのことだったかな。


 2人の天才が良いようにも悪いようにもかき回してくれたせいで話がごっちゃごちゃになってしまったが、映画撮影に向けてかなり前進したと思う。 

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