第14話 やる気のないアイドル


――いつものことなのだが金曜日の放課後。


 佐那美がうちのクラスに乱入してくる。もちろん放課後なので眞智子にぶっ飛ばされることはなく、ごく普通に招き入れた。

 彼女は僕らの顔を確認しつつ、そのまま琴美とイチャつくマサやんのところに向かい彼に話しかける。


 「あのさ、この前話した件なんだけど――」


 「えっ、地端と何か話したっけ?」


 話がかみ合っていない。

 この様子では佐那美は僕らに話したことがマサやんに伝わっているものと勘違いして、いきなり説明無しに話しかけたと思われる。


 普通なら、彼女の前で彼氏がいきなり学校一の美少女が話しかけてきたら、心穏やかではない。

 だが琴美も佐那美が執心しているのは僕であることくらいは知っているし、彼女がマサやんに全く興味ないことくらいはわかる。

 だから琴美からしても『何考えているのこの女』くらいにしか思っていない。


 「佐那美、うちらまだマサに話していないぞ?」


 眞智子がすぐにホローにまわった。

 ここから先は僕が説明した方が良いだろう。


 「マサやん、実は次撮影するオタク映画の研究をしたい」


 「何だ、神っちが出るのか――で、その映画って何のオタクなんだ?」


 「アイドルの追っかけだって」


 「アイドル――ね。でも俺はTKBしか知らないぞ」


 「それでいいよ。礼君とクリオが映画に出るからその関係で知りたかったのよ」


 「えっ? 小野乃……クリオさんって神っちの関係者だったの?」


 「あれ? 佐那美から聞いていなかったっけ。サンディ=クリストファーって言う芸名なんだってさ。ほら、レイン=カーディナルと対で出ていた子」


 眞智子はクリオが映画俳優である旨説明すると、マサやんと琴美は目が点となって茫然としている。

 そういえば、マサやんにクリオの正体は話していなかった。

 それを秘密にしていたクリオは顔を真っ赤にして怒り出す。


 「何で言っちゃうのよ! 大騒ぎになっちゃうでしょ。佐那美もほらっ、何とか言いなさいよ!」


 クリオは佐那美の袖を掴んで何とかする様に求めるも、佐那美は何にも考えていなかったみたいで――


 「あぁ……紹介し忘れていたわ。ふぁっきゅうーはレインので出演しているサンディ=クリストファーっていうのよ。一応、他の人には言わないでね。」


 「――お、オマケ……」


 何げに佐那美の発現が酷い。クリオがショックを受けて言葉を失ってしまった。


 「そ、そうか。まあ、神っちがスーパースターって知った時には心臓がマジで止まったかと思ったけど――そう考えればクリオさんが神っちの関係者と言うのは当たり前の話だよな……」


 マサやんは真顔でうなずいた。彼はその後、琴美の顔をジッと見ている。

 琴美もその意味を理解した様で「分かった。神守先輩の件同様、他言しない」と自分の胸に手を当てて誓ってくれた。

 さらにマサやんが尋ねる。


 「ところでさ――アイドルのこと神守に教えちゃって良いのか? あとでハマっちゃったら俺責任取れないぞ」


 マサやんは教えてやっても良いがとどや顔で注意事項を話した。

 だが、眞智子もそう言われると想定していた様で――


 「大丈夫、学校のアイドル・佐那美だって礼君の家で粗相かますのよ。だからアイドルに過度な期待はしちゃだめだぞ」


――と夢も希望もなくなる一言で言い返す。

 これは僕とマサやんに対して暗に『本気になるなよ』と警告しているのだろう。

 ちなみに眞智子が言う佐那美の『粗相』とは……この前の僕の部屋の件である。

 でも、何もここで名指しする必要はない。


 「そこで何であたしの名前が出てくるのよ! 酷くない?」


 当然、佐那美は怒りだすわけだが、これ以上拗らせても話が進まないので、僕は佐那美を立てつつ用件を伝えることにした。


 「うちのプロデューサーさんの指示でアイドルについて勉強している。そこで身近なアイドルのTKBについて教えて欲しいんだ」


 マサやんは「まあ、良いけど――」と快諾してくれた……までは良かったのだが、周りの女子の冷たい視線を感じた様で――


 「さっきから女子の視線が怖いんだけど」


――と不安を訴え出す。

 確かにジトーッとした目で眞智子と美子そして琴美が僕らを睨んでいる。


 「正直、佐那美さん以外はあまり乗る気じゃないんだ。僕は一応話がついたからいいけど、お前も琴美ちゃんに怒鳴られない程度にしないと――な」


 僕は遠回しにそう彼を諭した。



――次の日の朝。



 僕らはマサやんにつくばのショッピングモール『アラガーデン』でTKBの極秘ライブが開かれると連絡を受け、そこに呼び出された。

 その前に、クリオと僕だけはオタク服を装着する――これは佐那美の指示であり、眞智子も美子も同意している……っていうか、普段着で行こうとしたら美子と眞智子にもの凄く睨まれた。もちろん着崩しも厳禁である。


 とりあえず移動手段としてうちクルマと佐那美んちのクルマ2台に乗車し、そのショッピングモールの立体駐車場に乗り込む。

 立体駐車場3階から建物2階に繋がる通路を渡っていくとまず視界に入るのは野外広場である。そこには子供用の噴水の様な親水施設と野外ステージがあり、今、まさにライブ設営準備がされている。


 もちろんまだ準備中なのでアイドルは見える範囲にはいない様だ。

 会場にはどれくらいファンが集まっているだろうか――そう考えていたのだが、僕の予想に反して人は集まっていなかった。

 とりあえず僕は通路の手すりに寄りかかり、マサやんを探す――まばらな会場でありマサやん達を見つけるのは容易だった。


 「おーい。マサやん、みんな連れてきたよ」


 「おう――っていうか、何で上なんだよ。こっちに来いよ」


 マサやんに誘われ下に降りる。

 マサやんと琴美はお洒落な服を着ているのに対して、僕とクリオはオタク服……


 「――何だよ、その格好」


 「僕らのはそういう設定」


 「お前らじゃねえよ――そこのおっかない3姉妹だよ」


 ――そう、僕らはまだ良い。

 美子と眞智子、佐那美に関してはほぼジャージである。


 「おっかない3姉妹って私らのこと?」


 眞智子らはギョロッとマサやんを睨み付けた。


 「それに別に礼君とデートしている訳じゃないし」


 「私も家ではいつもこんな感じだよ――でも、佐那美は……」


 美子はチラリと佐那美を見る。彼女の視線に気付いた佐那美は真っ赤になって怒りだした。


 「私のお気に入りのお洋服が汚れちゃったの誰の所為なのかな!」


 「そんな昔の事、私は知らない。それに第一もう乾いているでしょ?」


 「あーっ、私に得物投げつけたくせに開き直っているぅ。私、アレを着るとあの時の恐怖がフラッシュバックしちゃうんですけど!」


 「知るかボケ。得物が頭に刺さってから文句言え」


 ――いや、頭に刺さったら文句どころか、呼吸も出来ないんですけどっ!


 ……とまあ、こんな感じで彼女らから全くやる気は見えてこない。どっちかというと渋々ここについてきた訳で、アイドルを応援する気は皆無である。

 それに僕らもオタク服なので、これからつくばで遊ぶつもりもないし、彼女らもそんな感じである。

 一言で言うと『仕事しに来た僕ら』と『僕らの仕事を見に来た彼女ら』である。

 だから用件も単刀直入である。


 「マサやん、それで僕らはどの子を応援すれば良いの?」


 「はぁ? 何だソレ。お前ら誰を推すのか決めていないのか?」


 「決めるも何も、僕らは必死に応援する役なんで、とりあえず仮想推しアイドルに応援するだけだよ」


 「あーっ……夢もクソもないな」


 マサやんは頭を掻きながら、眞智子に声を掛ける。


 「――で神守応援団は、神っちが誰を推させるか決めたのか?」


 ちょっと勘弁して! そんな枯れ草に火を放つ様な言動はしないでくれぉ……

 案の定、眞智子の機嫌が悪くなる。


 「どれでもいいよ。あっ、どうせなら佐那美みたいなブサイクで……」


 ――カチン。今、佐那美の方から何かが聞こえてきた。

 そして怒りのあまり棒読みになっている佐那美がまた火に油を注ぐ。


 「美子みたいな基地外じゃなければいいわよ」


 ――プツン。美子からも何かが聞こえてきた。

 さらに引きつった笑みを浮かべる美子がそこにガソリンをまく。


 「あっ、どうせなら眞智子みたいなデブヤンキーでもいい」

 ――ピキン。そして眞智子の方から何かが聞こえる。



 「ちょっと、誰がブサイクですって!」


 「ふざけるな! 誰がキチ○イですって!」


 「いい加減にしろ、私はデブでもヤンキーでもないんだから!」



 案の定、いつもの様に3人が胸ぐらを掴んで揉め始める。

 僕も最初の頃は止めに入っていたけど――結局最後に僕がとばっちりを受けてしまう。それもパターン化してきた。

 だから最近はあえて放置している。

 その方が美子曰く「なんだから見捨てられている感が半端ない、だから喧嘩しても冷めてしまう」そうだ。


 今回もこのまま放っておこう……そう考えていたところ、クリオが3人の間に入り「揉めないで」と止めに入った。


 あちゃぁ――そう言えばクリオはそのパターン知らなかったか……これで彼女に災難が降りかかるのは確定した。


 「うるさい、黙ってろ鶏がら女!」


 鶏がら――それって眞智子が健康すぎるだけではないか?

 

 「チキンのくせに間に入らないでよ!」


 チキン――言っておくけど美子が母にブルっているほど酷くはないぞ。

 

 「黙っててよ、この鶏頭役者!」


 鶏頭――佐那美よりは全然マシである。


 そこまでボロクソに言われクリオ。

 彼女からはドンヨリとしたオーラが背中から漂っている。

 可哀想にいじけて体育座りで「クックドゥドゥ……」と泣いている。

 クリオは完全に意気消沈。彼女らの喧嘩を止めに入るといつもこれだよ……


 「私、何も悪くないもん……」


 「おぅ、よしよし――クリオは何も悪くないよ」


 僕はいじけているクリオの頭を撫でながらジトッとした目で彼女らの喧嘩を眺めていると――さすがにばつが悪くなったの、彼女らは何事もなかったかの様にその場から離れた。


 場が落ち着いたところでマサやんが話し始める。


 「ちなみにTKBはメンバーはツカサ、かえで、梅花の3人。だから彼女らの頭文字からTKBという意味もある」


 「マサやんはどっち推しなの?」


 「俺は梅花――」


 マサやんが速攻で答えるが、何か良くない視線がマサやんに突き刺さる。


 「――あっ、琴美です……」


 横で拗ねていた琴美がいくらか機嫌を取り戻す。


 「ちなみに俺は誰を推せば良いのか?」


 「俺は他のメンバーについては知らないんだ。ツカサあたりでいいんじゃないか。彼女の態度には問題あるけど、競合も少ないし……」


 「ちなみにマサやんが推している彼女はどんな感じなの?」


 「いや、それは――」


 マサやんは琴美の視線を気になる様で言葉選びに困っている。もちろん人の恋路を邪魔するほど野暮ではないので、それ以上は聞かなかった。


 「写真はあるのか?」


 「あるよ。見る?」


 マサやんはミニアルバムを取り出し僕に手渡した。

 写真を確認すると、ギャルっぽい女の子とちょっとのんびりした女の子、気が強そうなキャラの女の子がどこかのステージで歌っているものだった。

 可愛い女の子には違いないが――正直、佐那美や眞智子、美子やクリオに比べるといくらか見劣りする。


 「ちなみにお姉さんキャラが『ツカサさん』でゆるキャラが『かえでさん』、琴美ちゃんに似ているのが『梅花さん』でいいのか?」


 「そうだ」


 「ふーん……ツカサさんか」


 僕はそう呟きながらクリオに見せる。


 「まあ、いいんじゃないの? どうせ映画の参考なんだから」


 「そうだね――皆、とりあえず僕はツカサさん推しても良いか?」


 とりあえず佐那美、眞智子、美子に確認する。


 「あたしは良いと思いまーす」


 「まぁ――少なくとも私らよりは可愛くないから許すわ」


 「とりあえずいいよ。本気になったら――わかっているよね、お兄ちゃん?」


 ――そう言いつつも、佐那美以外は不満そうな顔をしている。


 「ところで、神っちはヲタ芸って出来るのか?」


 「何ソレ?」


 「曲にあわせてサイリウムを振って推しのアイドルを応援するやつ」


 「あーっ、そう言えばそんな動画みたことある。マサやんは出来るのか?」


 「俺はまだうまくない――でも、先頭で応援しているガチファンが踊っているから見て参考にしたら?」


 「わかった。でもそのサイリウムってどこで売っているんだ?」


 「Amaz○nあたりで買えよ。ヲタの映画を撮るんだったら2本はあった方がいいぞ。その場の雰囲気を味わいたいだけなら1本で良いと思うが」


 なるほど――で、その方針でいいかと佐那美に尋ねる。


 「そうね。神守君は日本在住のアメリカ人で日本のアイドルの追っかけしているキモオタって設定だから2本――いや4本あったほうがいいね」


 「4本はいらないでしょ?」


 「2本は予備ね。それでふぁっきゅうーがその予備を1本借りてヲタ芸をする予定――あっ、最終的にふぁっきゅうーは自分で同じ物買って新しい方のライトを返すって設定だから」


 クリオは「だからファックユーいうな!」と抗議するが、それをスルーして続々と僕らが知らないストーリーを組み上げていく佐那美――組み上げていくというより、組み上がっている感じ……である。


 「もしかしてシナリオ出来ているの? 本当だったら凄いわよ……」


 いつもは大して人の話を聞かない佐那美であるが、クリオの言動で気分を良くしたのか、話を止め「もちろん」と即答した。


 「マジで?」


 「そうよ。あんたらが秋葉原に行く辺りにはある程度はね――まぁ、粗筋が仕上がったのは昨日の夜なんだけど……」


 佐那美はここぞとばかりに胸を張って答えた。そしてさらに話の概要を進める。


 「ストーリーなんだけど……仕事に疲れたふぁっきゅうーが日本に一人旅をしていたところ、間違えてアイドルのライブに行ってしまいそこで神守君に出会うの」


 ――いやいやいや、僕とクリオの話じゃないんだから。


 佐那美の話を要約すると、こうだ――


 そこで、クリオ演じるサンディがアイドルに憧れ踊っているうちに、古参からのファンである僕が演じるレインと親睦を深める二人――でも観光ビザの関係で先に帰国するサンディの元に1本のレインからのメールが――そこにはアメリカライブが予定されており、サンディに対する協力要請だった。

 サンディはアメリカでライブの企画を立ち上げ準備と孤軍奮闘。遅れてきたレインと連携し彼女たちのアメリカライブが開かれる


――といった感じの話であった。


 「……こんな感じかしら。あとはプロの演出家が細かいところを修正してシナリオが出来ると思う」


 「へーっ、ファックユーの部分以外、あなたにしてはまともに考えているのね」


 「当たり前でしょ。そうじゃないとあの馬鹿監督にカントリーサイドストーリーの二の舞にされちゃうわよ――とりあえず、これは既にうちのパパの正式な承認プロジェクトだから予算も出すわよ。とりあえずサイリウムはこちらで準備するから」


 佐那美はそういうとすぐに会社に連絡して小道具を手配する様指示を出した。


 ――うん、この佐那美さんは正直格好いい。


 いつも眞智子と美子に酷い目に遭わされているけど、出来る女って感じがする。

 そういう目で見ていると――ほら、彼女らが白い目で僕を睨みだした。


 「あいつは地雷女だぞ。ほらいつも空気を読まず授業中だってうちのクラスに乱入しくるじゃない……」


 「佐那美の奴、うちで粗相したの覚えてるよね。お兄ちゃんだって汚されたお部屋掃除してたじゃん……」


 幸いなことに佐那美の耳には届いていない。

 でもなぁ……佐那美に対してこの嫉妬なんだから、撮影が始まったらどうなっちゃうんだろう――若干心配である。



――それから2時間後、ライブは無事終了。



 お客さんもまばらで、前列にいた一部のファンがサイリウムを振って応援する『ヲタ芸』というものを間近で確認できた。その動作はしっかり確認したので完全に覚えた。再現ぐらいならすぐにできる。

 ただ、あのアイドル3人組が、どうもヒットする予感がしない。

 まぁ、彼女らの熱意は感じるものの……すくなくとも僕らの世界では通用しない感じだ。

 まず歌が下手。ダンスがイマイチ。ルックスも上の下あたり。

 他の2人は愛嬌は良さそうだが……僕が応援予定の女の子は何故か素っ気ない態度である。塩対応っていうのかどうかは知らないけど――無愛想って感じもする。


 ライブの途中、クリオに確認するも「何かパッとしないわね。まるでアルバイトの女の子って感じがする」と彼女も同様の意見であった。

 ライブ終了後、ちらりと美子や眞智子を見るも『ようやく終わった。さあ帰ろう』感が半端ない。美子らは「そこのマーケットでママ達と合流して時間潰しているけど、早く終わらせてね」とこの後の握手会をすっぽかしてさっさと店舗に行ってしまった。

 佐那美はTKBのプロデューサーらしき人物に声を掛けられていた様だが――


 「ふん、こんなアキバのパクリのグループに私がスカウトされるなんてマジで考えられない――っていうか、あたしこういうものなんですけども」


――と言って地端プロダクションの名刺を差し出した。その上で辛辣にダメ出しをしている。


 ……このアイドルの追っかけはちょっと無理かな。


 でも、彼女らの追っかけであるマサやんくらいはこの後握手して帰るのかな……と思いきや、琴美に連れられ速攻でサザビーコーヒーに行ってしまった。


 ――なんーだこれ?


 横でクリオが「握手してくるんでしょ?」と引きつった笑みを浮かべながら僕を促している。

 映画の事もあるので、一声でも掛けてこよう。


 「握手会はこちらでーす」


 係員の案内でお目当てのアイドルの列に並ぼうとする。


 「こちらはツカサさん。そちらがかえでさん。向こうが梅花さんでーす」


 ぱっと見た感じ、かえでが一番人気。次に梅花……とは言ってもそれぞれ10人ちょっと位だろうか。応援するべきツカサは彼女らに比べても少ない。

 他の二人が立って握手をしているのに対して椅子に座って応じている。

 僕はとりあえず当初の予定どおりツカサさんの列に並んだ――っていうかすぐに僕の番が来た。


 「あーどーもー……」


 ずいぶんやる気がない感じである。


 「お兄さんどこから来たの?」


 そう言いつつも僕の目を合わせていない。ここは僕がちゃんと対応してやらないといけないかな――そうだなぁ、いかにもオタクって感じで……


 「それがしは隣町から来たでござる」


 こうすればいくらかオタクっぽい感じかな。彼女は僕の変なしゃべり方でようやくこちらに視線を合わせてきた。


 「へえ……お兄さんかわっているね」


 「皆からもそう言われているでござる」


 ツカサさんがボソリと呟く。


 「(……ござるってどこの時代の人よ)」


 「それがし、おかしいでござるか?」


 僕はここぞとばかりに彼女の呟きに入り込んだ。慌てるツカサ。


 「いや……ほら、人それぞれ個性があるっていうか、なんというか――」


 ファンに直接的に悪態付くという訳でもなさそうだ。

 僕は彼女をちょっと誘導してみる。


 「そうでござるなぁ。個性はありますな」


 そう言いながら他の子の列を眺めてみる。


 「――あぁ、そうよね……もう少し愛想が良ければ人気もあったのかも……」


 ツカサは小さなため息を漏らした。

 人気がないことに完全に諦めている訳でもなさそうだ。


 「だったら、それがしがしばらくの間、力を貸すでござる」


 「あっ……ありがとう」


 そういうと彼女は視線を脇に落とした。別にこんなオタクから応援されたくもないという感じなのか?


 「これで、それがしはツカサ氏のファンになるでござる。ならば貴殿のためにヲタ芸を覚えるでござるから、それで貴殿を支えてみせるでござる」


 僕がそう言うと、再び彼女は僕の顔をちらりと見る。


 「ちなみに私の色はオレンジだから――」


 「了解でござる」


 僕はそういうと手を振って彼女から離れようとした――するとツカサが僕にようやく話しかけてきた。


 「握手は?」


 「それがしをファンとして認めてくれてからで結構でござる」


 そういって僕は彼女から離れた――正直言うと、今彼女は歌って踊った後であるから手汗を掻いているハズだ……まあうちの連中なら気にならないのだが、見知らぬ人の手――しかも手汗はなるべく触りたくなかったというのが本音である。

 今日はそのまま皆と合流してさっさと帰宅してしまった。

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