第12話 秋葉原の怨霊
――ある土曜日。
いつもなら僕の周りに集まる女の子が、今日に限って美子だけである。
眞智子は親が経営する医院の会計手伝いがあるため、今日は会う予定はない。
また佐那美はクリオと考えたいことがあるということなので、彼女らとも会う予定もない。
予定もない兄妹は自宅居間で暢気にテレビを見ている。
美子は暇そうにポテチを頬張りながら「あの馬鹿らがいないと静かだね」とチャンネルを変えまくっている。
「まあ、こういうのんびり過ごすのもいいんじゃないか」
「ところでお兄ちゃん。ちょっと困ったことがあるのよ。私のお願いを聞いてくれる?」
美子は一体、何に困っているのか?
僕が考えるに――
『兄妹って何で結婚できないんだろうね』とか言い出すとか。
それとも『最近、包丁の刃こぼれが酷くて――合羽橋にいって包丁買い換えたいんだけど』なんて得物の話をするとか。
――など色々と思い当たる節はあるのだが、今の美子を見るとそこまで深刻なものでもなさそうだ。
ちょっと理由を聞いてみよう。
「困り事って難しいこと?」
「私にとって難しいけど、お兄ちゃんにとって簡単なこと」
……まさか、一発ヤラせろっていうんじゃないだろうな。
「エロい事?」
「あっ、そっちの手もあったかぁ! ……私的にはそっちの方がマジでありがたいんですが」
美子は目をキラキラと輝かせながら僕に迫る――が、ひたすら背後を気にしている様子である。
「母さんを慌てて警戒しているところを見ると、本当に予定外だったのね」
「いや、やっぱり『エロい方』でお願いします」
美子は口から垂れた涎を袖で拭く。
このままじゃ、妹に襲われるのは時間の問題である。
軽くジャブをしておきます。
「あ、母さん……」
「えっ? どこ」
「ドアの向こう」
僕はそう言ってドア付近を指差した。
美子は慌てて、僕から離れドアを警戒している。
――もちろん嘘である。
そう言っておけば彼女も警戒するだろうから、迂闊に手を出すことはない。
美子はじーっとドアを警戒している。
何度も言っているが、これは僕が口から出任せである。
「――静かだね」
「そうだね」
「ママ、こないよ」
「だって嘘だもん」
「そっか、嘘かぁ」
「うん」
「――」
「……」
「お兄ちゃん」
「何でしょう」
「殴っていい?」
「――暴力反対です」
美子とそんなたわいのない話をしていたところ、僕のスマホが急に鳴り出す。
確認すると、相手は地端の親父さんだった。
「……はい神守です」
『神守君か? 話は佐那美から聞かせてもらったよ。なかなかいいアイデアじゃないか』
「アイデアの主は佐那美さんですよ――で、用件とは何でしょう」
『悪いけど、今からうちに来てくれるか? 新しい映画の件なんで、まだ極秘でお願いしたい』
極秘か。そうなると美子は連れて来るなということなのか。
「――はぁ……」
美子は白い目でこちらをジッと窺っている。
彼女に嘘つくと後が怖いので、そこはハッキリ話してあとは親父さんらに丸投げしようと思う。
『それで、あの監督に打診したところ、先方から『是非そうして欲しい』って連絡があった。要はクリオと君が出てくれれば何でも良いんだと。だからその――オタクの交流映画を作るために……一旦うちに来て勉強してくれないかってこと……で、良いんだったっけかな――』
ん? 『だったっけかな』だって? ――あぁ、佐那美がいわせているのか。
それはそれで面倒くさいことになりそうだ。
『ここまで大丈夫か?』
「わかりました――」
ふと、美子を見る。美子は真顔でこちらをジッと窺っている。
これは説明するのが面倒だな。ならば――
「――それでは復唱します。クリオの件については監督がOKしたのでその旨進める。撮影に関して社長宅に赴き事前教養を受ける。そして映画は極秘裏に薦めるため外部の人は入れない……」
『うん、そのとおり』
「――付け加えるなら、これは社長の指示で佐那美さんの指示ではないと」
『そうそう――って、ん?あ――……で、いいんだっけ――そうそうそう……』
社長は急に声を裏返し、明らかに困った表情で呟いている。
横でコソコソと何か知恵を付けられている感じもする。
「それでは、うちの妹にそう伝えます。それが嘘だったら――うちの妹、怒りますからその時は対応お願いしますね……」
『えっ……ちょ、それは――』
……プツ。
僕は弁解すら与えずに電話を切った。
「――だっ、そうだ」
「あはは……お兄ちゃんも私の扱いうまくなったじゃないの」
美子は若干イッちゃった様は表情で僕をしたから覗き込む。
「そう言っとけば、僕のせいじゃないから」
「――ふぅん。でもね、裏切り行為は――分かっているわよね」
美子は僕の顔を両手で捕まえると、自分の顔を近付け、舐める様にマジマジと僕を覗いている。
しかも目つきがかなりイッちゃっている。
「さあて、美子はお兄ちゃんのために包丁でも研いでおこうかしら……」
美子は牽制のため僕に脅しを掛ける――こう言う時、動揺したら負け。平常心が大切です。
「お父さんを失業させないでね――あと僕も刺さないで――ね」
――それから30分後。
僕は一人で地端宅に赴き、クリオと合流。
案の定、地端の親父さんは「急用が出来た」ととんずらした後である。
代わりにとばかりに佐那美が僕らの前に割り込み、社長の用件を代読――これは僕が想像していたとおりの展開で全く驚きもしなかった。
ただ、佐那美は外出するつもりなのか、ブランド物で固めた服装である。
「神守君、今からふぁっきゅうーと一緒にキモオタについて学んで欲しいの」
「キモオタは失礼な言い方だよ。学ぶのは構わないけど――」
その時、僕は『どんなジャンル?』と質問しようとした時、佐那美が勝手に話を進めてきた。
「とりあえず、映画の参考になると思うから、アキバに行うわよ」
「秋葉原に? 今から?」
「そう。あそこはそういう人らが多いから」
「――はぁ」
まぁ、あそこ行けば非常に参考になると思う。
そこでクリオが首を傾げながら話に入ってきた。
「それはいいけど――私、ここから秋葉原までの距離がイマイチわからない。どれくらいで行けるの?」
「はぁ? あんたアキバがどこにあるのか知らないの? まぁ、ふぁっきゅうーは外人だから仕方ないわよね」
佐那美はクリオを見下した様な言い方をした。クリオはムッとしながらも佐那美の話を聞く。
「つくばからTXで行けば最短45分で行くわ。つくばまでならうちのママが送迎するわ。ただ困ったことにお金がないのよ。パパは出かけちゃったし、ママはそういうお金は管理していないし――だから、アキバまでの往復運賃はそれぞれで出して頂戴」
クリオを馬鹿にした割にはずいぶんケチな役員である――普通こういう交通費は事務所側で出すんでしょ?
それにまだ出演契約も結んでいないんだし……
「あんたねぇ、そこまで偉そうに言うんだったら、電車代くらいケチらないで出しなさいよ」
「ん――だから、今日だけはお金がないの」
「だったら、うちらが立て替えするっていうのでもいいわよ。あとで必要経費で落として返してくれればいいことだし」
「えーっ、面倒くさいよぉ。それくらいいいじゃん……それにアレにバレると面倒だし――」
事務所の経費は基本、親父さんが行っている。
佐那美も、ママである佐那子さんも経費計算は出来ない。
そこで『アレ』の登場となる。『アレ』というのは眞智子の事である。
彼女は親が経営する医院の会計業務を手伝っている事もあり、会計業務みたいなことは出来る。もちろん専門ではなくアルバイトなので計算した物は後日、税理士などの専門家に引き継ぐことになるが、事務所としては非常に助かっている。
ただ、今日みたいな眞智子がいない日にうちらだけで秋葉原に行ったとバレると後が怖いので、佐那美は多分それで渋っていると思われる。
「佐那美んちのママさんに秋葉原までクルマで連れて行ってもらうのは?」
「それは無理。ママはつくばに用事があるみたいだし、ママも東京都内は全く地理がわからないもの」
「じゃあ、広報なんとか部長の権限で何とか予算工面してよ――っていうか佐那美お前が自腹切れ!」
「いやホント、今日はちょっと厳しいのよ――仮に工面できるとすると、電車代二人分が限度になるかしら……そうなると一人分みんなで負担する事になるわね」
佐那美はいつもにも増して相当経費を渋っている。
……あっ、それでも二人分は確保できるのか――だったら問題はない。
「だったら僕とクリオの二人で行くよ」
「な――っ!」
佐那美にとって予想外の提案だったみたいで、それを聞くなり彼女は絶句した。
それから数秒後、彼女は取り乱した様に必死に首を横に振って「私も行くから」と言い出した。
「いや、別に佐那美は行かなくてもいいわよ」
「いやいや、行く必要あるでしょうよ! 道案内だってしなきゃならないし、アドバイスする人いなくなっちゃうけど、いいの?」
いや、TXだったら始発のつくばから乗れば終点が秋葉原だから。
……逆に問う。秋葉原って東京のどこ辺にあるのか知っている? 東京駅前にはないんだよ――と言ったら、さすがに佐那美でも泣きながら怒るだろうなぁ。
「僕は何度も秋葉原行っているから知っているよ。だから二人で行けるよ」
「そうね。そんな着飾っている人にオタクのアドバイスもらっても参考にならないと思うから、私とレイでいくから、佐那美は来なくていいよ」
「……ちょっと待って。神守君、ふぁっきゅうーそれだとあたしが行けなくなっちゃうけど――それでいいの?」
「いいよ」「いいよ」
「だって、あたしだよ。あたしがいないとあなたたち困らない」
「いいよ」「いいよ」
佐那美がこの後必死に自己アピールするが、その度に僕らは「いいよ」、「いいよ」で断りを入れる。
佐那美はそのうち、どこかの動画配信生主の様に「――いいよじゃないよ! もう!」と激高し駄々をこね出した。
「ホントに私がいないと、あなたたち困らない? 企画失敗しちゃうよ!」
「いや、あんたがいた方が失敗すると思うけど――どうせ、品川駅あたりで秋葉原ってどこって騒ぐじゃないのかしら」
――おや、クリオも似た様な事考えていた様だ。
でもTXでは乗り換えしないと品川まで行けないよ。
「ふぁっきゅうー、ちょっと私をあまり馬鹿にしないでくれる?」
クリオが佐那美から何度も『ふぁっきゅうー』と言われ若干切れ気味になる。
「じゃあ、頭の良い佐那美なら東京のどの辺に秋葉原があるのか分かるわよね? ちょっと教えてくれる?」
「ゆ、有楽町の近く……・だったっけかしら」
佐那美は自信なさげに答える――でもそこは、銀座ではないでしょうか?
「……せめて御徒町の近くって言ってくれる?」
――あっ、この子は秋葉原が東京のどの辺なのか知っている。
佐那美、クリオに完敗である。
「ふぁっきゅうーに馬鹿にされたぁ……」
佐那美は悔し紛れに僕に泣きつく。
「あの佐那美さん? そもそもその『ふぁっきゅうー』って言葉自体、クリオを馬鹿にしていると思うんですけど――」
「だってあたしが企画したのにぃ!」
佐那美は子供みたいに地団駄を踏む。
さすがにクリオも呆れだした。
「佐那美、あんたが行けなくて悔しいのも分かるけど、優先順位を間違えないくれる? 企画成功させたいんでしょ? それに行く場所が1箇所だけなんだから交通費くらい出しなさい」
佐那美はクリオに言い負かされ恨めしそうに自分の懐から5000円を差し出した。
そして捨て台詞を吐く――
「逐次スマホで撮影して報告してよね!」
佐那美は半べそを掻きながら5000円をクリオに押しつけた。
「それと――服を用意したから。それに着替えて秋葉原に行ってくれる?」
佐那美はブツブツ言いながら僕らを居間に案内する。
そこには――
赤いバンダナと男物の赤系のチェックシャツとジーパン。
青のバンダナと女物の紫系のチェックシャツとジーパン。
そして大小のリュックサックと伊達眼鏡2枚まで用意されている。
いわゆるオタク系ファッション。
……あれ、これってクリオが来日した時と同じような服装だ。
だったらわざわざクリオの分を買わなくても良かったのに――そうすれば自分の電車代も工面できたのに……
でも、今それを言ったら佐那美は泣きながら「何で早く教えてくれないのよ! あたしアキバに行けなくなっちゃったじゃない」って大騒ぎするだろう。
クリオも洋服の件は気付いたみたいで、服を人差し指で示した後にその指を口元に押し当てていたから僕と同じ考えだったと思う。
「ほほう――」
「衣装まで用意していたのね。これをレイと私で着て秋葉原を歩いてこいと」
僕とクリオはマジマジ彼女の服装を上下に確認する。
「へーっ、私達にはこんな服装させて自分はしっかりおめかしですか?」
「あーっ、分かった。服にお金かけ過ぎてこれで予算が厳しくなったんだね?」
「見た感じだと、私らの服よりも佐那美の服の方が高そう……」
僕とクリオは白い目で佐那美を見る。
佐那美は気まずそうに「うるさいなぁ――」と誤魔化しながら、それぞれのオタク服を両手で掲げた。
「いいから、これを着る。そして秋葉原に行く、いいね!」
結局、僕らは佐那美の指示のとおり、それらに着替え秋葉原に向かった。
――――それから4時間後。
今、僕らは僕の部屋で正座させられていた。
怒っているのは――
「神守君! ふぁっきゅうー! あんたら秋葉原まで行って何してきたの!」
佐那美である。
烈火の如く怒っている。
そして僕らの目の前には戦利品が申し訳なさそうに置かれている。
「まず、ひとつ! 何であんたらオタク服を着崩しているの? めっちゃ格好いいんですど! これ最早オタクじゃないよ」
そう言って佐那美は自分のスマホを差し出し秋葉原駅で決め顔で自撮りしている僕らの格好にいちゃもんをつけた。
「あんたらキモオタよ。キモオタ。これはなんでスか? どこかの俳優さんのつもりでいるんですか?」
はい、そうです――って言ったら佐那美がマジでキレるだろうな。
「それで――次に行ってきたのはガチャガチャ……これ、誰のアイデア」
「私でぇーす」
「アンタ、何考えているの? 年甲斐もなくこんなガラクタやって楽しいの?」
いえいえ、結構人気ありますよ。僕もCPUガチャやってオールドペン○ィアムをゲットしましたから。
その戦利品らがクリオが背負っていた小さいリュックにたくさん入っています。
「次に……何コレ――メイド喫茶? ふざけんじゃないわよ。そんなのオワコンでしょうよ!」
「まだメイド喫茶って終わっていないわよ。楽しかったわよメイドさんとモエモエしてきた――」
「ふざけるな!」
佐那美は僕の部屋の壁をドンと拳で叩いた。天井からパラパラと細かい塵が振り落ちる――ここ、うちなので壁に空けないで下さいよ。
「それで次の写真――何コレ、アニメのグッズ? バカじゃないの。こんなのつくばでも土浦でも買えるでしょ」
「買えないわよ。売ってない物買ってきたんだから」
「んで――次は鉄道模型店の写真……これは言わなくても誰の趣味だかわかるわ――そこのリュックを踏み潰してやろうからしら」
「ゴジラないで下さい! これカトックスの新作で5万したんだから」
「それで……神守君、このリュックの中にはその鉄道おもちゃの他に何入っているのかしら? リュックの中身を見せてくれるかしら」
佐那美はそういうと僕が背負っていたリュックの中身を確認する。
「何コレ……インテレ? それと基盤? 何かしらこのバーみたいなもの2本が入ったプラスチックケースとNVM……何とかっていう箱?」
「あっ、それらはパソコンの部品です」
「ちょっと、神守君。あなたまで頭おかしくなってないわよね? こんなのでパソコンができる分けないでしょ――何なのこのガラクタ!」
どうやら佐那美の頭の中には自作パソコンというものは存在せず、パソコンはみなノートブックパソコンだと思っている様である。
ちなみに今日買ってきた部品はCPUとマザーボード、メモリー、NVMe M.2 SSDです。
ケースはAmaz○nで。今まで使っていたHDDをSSDにクローンする為のソフトとケースは注文しているので、それで粗方パソコンは組み上がります。
「それだけで9万円はしています。マジで壊さないで」
「えっ?! 踏んで壊すとこだったわよ」
「そして――極めつけは……何、二人で仲良くラーメン食べてきたんですか?」
「そうそう――おいしかったわよ。とんこつスープに明太子ご飯は」
――そういった瞬間、クリオのリュックが僕とクリオの間を跳んでいく。
佐那美が蹴っ飛ばしたのだ。
もちろん、僕のは高額なのでさすがに蹴っ飛ばす気にはなれなかったみたい。
もし蹴っ飛ばしたら――本当に怪我しますよ……それにお財布の中身もね。
「ちょっと、何するのよ!」
「ふざけないでくれる? こんなゴミ買って来させる為に交通費出したわけじゃないんだからね!」
「酷くないか。彼女が楽しんできた記念品を蹴っ飛ばすなんて。それになんでそこまで僕らが怒られなきゃ行けないの? ちゃんとオタクとして二人で実感してきたんだからいいじゃないか」
「あ・の・ね! これって何て言うか知っている? デートっていうのよ! で・え・と!」
「デート? 何で私達が?」
「とぼけるんじゃないのよ。何よこれ一緒にピースして楽しそうじゃないの! あーっ。これなんか、お互いに食べ合いっこしているじゃないの」
「だってメイドさんが『お嬢様、ご主人様お互いに食べ合いっこしましょう』っていうんだもの」
「ムッキ――! 頭来た。本当だったら私も一緒に行ってそれやるハズだったのに!」
佐那美は顔を真っ赤にして僕の胸ぐらを締め上げた。
どうやら彼女にしてみればイチャついている様に見えたらしい。
佐那美は僕とそうしたかったのか、その役目をクリオにとられて目を真っ赤に腫らして激怒した。
「これ、美子に見せるから!」
そう言って僕らを脅しに掛ける。
それをされては大変である――これは彼女が言っていた『裏切り行為』であると認定される可能性が高い。
普段の美子だったら全く問題はない――ただしそれは僕がそこに含まれていないというのが条件である。
そこに僕が絡んできているということは、すなわち美子のヤンデレ条件が発動するということ、すなわち……タダでは済まないことを意味する。
それでも、そこに眞智子がいれば彼女がうまく立ち回るので惨事を回避できる可能性も残されている。だが今回に限り彼女はここいない。
ここにいるのは美子の感情を逆撫でする地雷女2人である。
彼女らが揃ったところで大量破壊兵器を抑えることは不可能である。
今、佐那美は自棄を起こしている――その行為は諸刃の剣である。
佐那美は美子の本当の恐ろしさを知らない――
「――こんなの美子に見せたら大変よ……」
クリオは青ざめる。
そして僕も――
「えっ、それ美子に見せること想定していないんだけど」
僕は直ぐさま自分のスマホを取り出し画像を確認する。
僕としては楽しげに写真を取り合っている二人に見えるが――
……ん? 何か、写ってる――?
目をマジマジとこらしてみる。
何か写っているよな。
ちょっと拡大するか……
――――――ヒッ!
「あ…………こ、これ……」
僕はその場で腰を抜かし、足が崩れた。
「あたしはまだ正座を崩して良いとは言っていない!」
佐那美が語気を荒げる。
僕は震えながらクリオにそれを示す。
「何、どうしたの――って……」
僕のスマホを覗き込んだクリオが、腰を抜かし足を崩した。そして顔面蒼白になると彼女の身体は震え出した。
「写っている……写っているんだけど――」
僕とクリオが真っ青な顔で震えていると佐那美が怪訝そうに「何? 地端レイでも写っていたの?」とばかりに覗き込む。
そして、佐那美も腰を抜かしその場に崩れた。
「い、いやだ――あなたたち、何を連れていったの――」
「いや、僕ら二人だけだよ! 佐那美さんは僕らが二人で駅構内に入ったの見送ってくれたよね?」
「じゃあ、どこで拾ってきたのよ! こ、これ――幽霊って穏やかなものじゃないわよ。怨霊よ悪霊よ!」
映し出されていたのは、ある女の子。
口惜しそうに僕らを睨んでいる。
幸せそうに記念撮影している僕らの背後にこっそり映り込む怨霊――
「わ、わ、わ……私、帰るぅ――」
そう言って立ち上がったのはクリオである。
彼女はふらふらになりながらドアを開けて一目散に飛び出した。
ドアがバタンと閉まる。
そして――
「ギヤアアアアアア!」
女の叫び声――これはクリオの叫び声である。
「やめて許して、やめて! イヤアアアア 痛い、痛い!」
クリオが廊下で絶叫を挙げている。
やがて彼女の絶叫がサイレンの余韻の様に弱まり、やがて消えた。
それから間もなくドアがギイ……と音を立てて開く――ドア向こうの廊下では彼女が倒れ込んでいた。
背中に何か付いている――っていうか刺さっている。
その周りには赤い液体が付着しており、顔も血まみれになっている。
彼女は手を差し伸べ――
「れ、レイ……にげ……て」
――そう言うと彼女の手はその場にガクリと崩れた。
完全にぐったりするクリオ――それから間もなく、彼女の体はズルズルと誰かに引きずられ僕らの視界から消えてしまった。
「な……何……何なの!」
佐那美がパニックを起こす。
それから間もなく赤い物が付いた得物を構えた美子がイッちゃった目で僕の部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん――私、言ったよね。なのに……何で、何でなの」
彼女は涙をこぼしながら得物を握り締めたままだらりと腕を垂らした。
美子の服にはクリオの血痕と思われるものがべっとりと付着している。
――あぁ、これ――マジでやばいかも……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます