第11話 彼女たちの憂鬱

――テレビ放送から数日後。

 平日の午後、僕は美子のドレス試着という名目で再びホテルに訪れた。当然、美子のお相手をしなければならないので僕も再びウエディングスーツを借りることになった。


 式場スタッフの話ではテレビ放送された翌日、かなりの結婚間近なカップルが詰め寄せたらしい。実に喜ばしいことだ。バイト冥利に尽きる。

 しかし、再び試着する旨彼らに話すと「君、何回式をあげるのかい?」とからかわれ、とどめに「何回でも当式場を利用してくれよ。でも君の戸籍真っ黒になっちゃうけど」と忠告された。


 今回は試着なので式場ではなく試着室のみとなるが、美子としてウエディングドレスが試着できることもあり、当初は大満足していた。


――しかし前回とは大分違う。

 父さんは仕事で来ないし、母さんにあってはジャージで大あくびをしてスマホで時間を潰している……扱いの差がありすぎる。


 「ちょっと、ママ! 扱いが雑っ!」


 「えーぇっ、面倒なんだもん」


 「私、今のままじゃお兄ちゃんと結婚できないのよ! 可哀想だと思わない?」


 「はいはい、思う、思う。はいはい、試着よかった、よかった」


 母はもの凄く雑に美子をあしらった。


 「……で、お兄ちゃんとの写真取ってくれたの?」


 「適当に撮ったよ」


 あまりにもいい加減に答える母。美子はカチンと来ていたみたいだが、母に何しても勝てないし、折角のムードが台無しになってしまうと思ったのか母に要求するのはやめ、代わりに僕に頼み込む。


 「お兄ちゃん、美子のためにお願い。プロの写真頼んでいい?」


 「デビットカード使えるならかまわないよ」


 僕がそう言うと美子は何かを閃いた様で、母に聞こえる様に「お兄ちゃん、いくらお金掛けていい?」と僕に尋ねてきた。

 別に美子の頼みを断るつもりもないし、ケチるつもりはないので「いくらでもいいよ」と答えたところ、母が急に話に割り込んできた。


 「ちょっと待った! お兄ちゃん美子を甘やかさないで。それにお小遣いそんなにないでしょ?」


 「お小遣いはないけど――昔のギャラがあるよ」


 母は僕が幾ら稼いでいたかを正格には知らない様だが、少なくとも高校生が持つ様な金額ではないこと位はわかっている。


 「お兄ちゃんそれは使わなくていいわ。わかったわよ、ちゃんと撮ります」


 渋々、母はスマホで僕と美子を撮影する。

 パシャ

 ――パシャ。


 画像を確認する母――何故か眉を顰めている。

 そして「あーっ、写っちゃった……」とため息を漏らした。

 

 「何よ、そんなに私がお兄ちゃんと一緒に写真撮るのが嫌なの?」


 美子がドレスのスカート部を両手でつまみ上げ、母のところに向かう。

 彼女が母のスマホの画面をのぞき込むと、美子も顔を若干引きつらせた。



 「――ちょっと、何コレ! 超不吉なんだけど……」



 「美子さん、どうしたの?」


 「幽霊みたいなのが写っている……」


 「まさか……」


 僕が彼女らの元に近寄り、母のスマホを覗く。


 「あ……」


 ――写っているよ。窓に両手と顔面をべったりつけてこちらを羨ましそうに覗き込む女の怨念が……

 しかも、見たことある人なんだけど。

 そして、その場所を改めて確認すると、従業員に捕まって怒られている彼女――



 「あれ、地端さんの娘さんよね?」



 この前のヤンキー特集で眞智子の怒りを買い、ウエディングドレスの試着券をもらえなかった佐那美である。

 僕と美子の試着を聞きつけたのか、覗き込んでいたみたい。

 気持ちは分かるが――それはそれで気持ち悪い。


 「――ママ、あれ成仏させて(ぶっこ○して)もいい?」


 ――言い訳ありません。完全に怨霊になります。

 とりあえず、これ以上ホテルの人に迷惑掛けたくないので、速やかに彼女を回収するしかないかな。

 その前に美子を納得させる。


 「美子さん、とりあえず彼女の未練を叶えさせてあげよう。」


 「えーっ、あれキモいし、関わりたくないんだけど」


 「――ずっとつきまとわれるよ」


 美子は「えぇっ…」とあからさまに嫌な顔をしていたが、僕から再度お願いすると渋々観念した。


 「ママ、悪いけどあの馬鹿、拾ってあげてよ――」


 「はいはい……」


 ――それから5分後。うちの母に連れられ、学校一の美少女が頭を垂れながら現れた。


 「あんた――危なく学校に通報されるところだったね……」


 美子は呆れて顔を引きつらせている。

 佐那美は半べそ状態でさらに頭を下げた。


 「……うぅぅっ、ごめんなさい」


 「地端さん、どうしたの?」


 うちの母が佐那美の異常行動を心配して、彼女をあやすように頭を撫でながら尋ねる。

 ――もっとも尋ねなくても理由は分かる。

 眞智子に試着券をもらえず、羨ましそうにこちらを覗いていたのだろう。

 佐那美は目を真っ赤にして、呟く様に理由を話し始めた。


 「眞智子の奴、『今日、ホテルで美子と礼君が試着するんだって』ってメール送ってきたのよ。それで彼女に『私の試着は?』と聞いたら『試着券は1枚だけしかない。私、ちょっと用事あるので悪いね』ってそれから音信不通……私だって神守君とウエディングドレス来たかったのにぃ……」


 佐那美は半べそを堪えながら説明するが、途中堪えきれず涙をポロポロこぼして言葉を止めてしまった。


 「あ――っ、そういえば眞智子あいつ、まだ私がお兄ちゃんの妹だから加減しているけど、あれ結構ねちっこい性格しているからなぁ。喧嘩ふっかけた相手が悪いよ」


 いつもは佐那美を馬鹿にする美子ですら同情する。

 確かに、これは意地が悪すぎだと僕も思う。

 そして母もキレた。

 母はスマホで眞智子に電話すると――


 「おい眞智子さんよ――お前さんずいぶんやり過ぎなことしてくれるじゃねえか? はぁ、何とぼけているんだ。地端さんの件だ――あぁ、御託は良いんだよ。お前、あんまり調子ぶっこいていると、うちの礼はやらんぞ。あんまり陰気なことしてんじゃねえ、わかったか!」


 彼女を一喝した。

 さすがは本当の伝説のヤンキーである。後輩の指導も完璧である。

 きっと、眞智子のことだから、あとで詫びに来るとは思うが、それまで母をなだめておこう。



――こうして母の好意により、佐那美も無事にウエディングドレスを試着することが出来、美子共々写真を撮り直しして記念行事はなんとか終了した。  



 その後、ホテルのロビーで4人でお茶にする。

 佐那美は再度うちの母に頭を下げた。


 「いいってことよ。私は泣いている人の味方だから」


 「まぁ、私も人の事言えないけど、あんたも悪いんだからね」


 美子が言うとおりである。確かに喧嘩ふっかけたあんたらが悪い。


 「……しかし眞智子の奴、本当に徹底的にやり返すから質が悪い」


 確かに、美子さんも発狂するほどお返しされていましたね――僕がらみで申し訳ないんですけど。

 それでも眞智子は計算高い人だから、僕の妹である美子については将来のことを考えそれなりには加減している。一方で佐那美には加減する理由がない。

 佐那美からしても然りである。


 僕の意見としてはみんな仲良くして欲しいけど、トラブルの原因は僕である。

 そのトラブルメーカーがいけしゃあしゃあと『みんな仲良くしよう』って言っても、逆に混乱を招くだけだけである。


 僕が付き合う相手をハッキリ決断してしまえばいいのだろうけれど、残念ながら彼女らはヤンデレ娘である。倉卒に相手を決めてしまうと、大惨事は確実である。

 情けないことだが、ここは他人事の様に傍観しつつ、うまくコントロールして未然にトラブルを防ぐしかない。


 ――そこで今回の件はここらで納めようと思う。


 「これ以上、この件で眞智子さんと喧嘩してもしかたがないよ。もう良いでしょ? 美子さん、佐那美さん」


 「私はお兄ちゃんにキスした事は絶対許したくないし、今でも頭来ているけど――本当は納得出来ないけど、お兄ちゃんがそう言うなら試着券で手を打ったわ。」


 「元は私が喧嘩ふっかけたことだし――神守君がそういうのなら……」


 彼女らは渋々だが、眞智子を許すと約束してくれた。

 要は、彼女らも内心は『どう収拾つけるか』と考えていたわけである。

 そのタイミングを見計らって、甘言で相手を冷静にさせることが僕の役割だと思っている。

 これからも、彼女らはまた違うトラブルは起こすだろうけどね……

 


――さて、僕がそう考えているところで違うトラブルもあった様だ。



 「あれ、そういえばあんた一人だけなの?」


 「一人よ。ふぁっきゅうーなら今日は自室で横になっている」


 そう言えばこのところクリオのメンタルが下がっている気がする。

 とりあえず佐那美に聞いてみるか。


 「クリオは具合悪いのかな? 最近ため息ばっかりついて空を見ていたけど」


 「あぁ……『アメリカに帰ろうかな』って呟いてる件か」


 「何、ホームシックにでもかかったの?」


 「違うと思うよ。アメリカの映画会社からカントリーサイドストーリーの続編を出さないかってオファーが来ているのよ」


 「えっ……あの駄作の?」 


 「あれでも監督の中では最高傑作みたいだけどね」


 「じゃあ、オファー受けようかどうか考えているの?」


 「そうでもないのよ。本人は帰りたくないって言っているから」


 「じゃあ何が彼女を悩ませているの?」 


 「断る理由が欲しいみたいよ」


 僕と佐那美の話に美子が入る。


 「外部から申し訳ないけど……それって、映画に出ないと次に繋がらない。だけどその映画に出たくないってことなの?」


 さすが美子である。用件を簡単にまとめた。


 「あー、さすがは美子! そうともいえるわね」


 「あれ、そうするとクリオの希望としては『違う映画』で出たいっていうこと?」


 「そーっ、それ! 合っているとおもう! ソレだったら――」


 佐那美がピコーンと何かを閃いた様である。

 いずれにしても、また佐那美に暴走されても面倒なので、とりあえずクリオと一度会って話を聞いてみる必要があると思う。


 「佐那美さん、とりあえず本人に会おう。まずはそれから」


 美子もそう思ったのか、美子が僕に問う。


 「お兄ちゃん、だったら今日、うちに呼ぶ? それとも佐那美んちに行く?」


 それも良いと思う。だが、折角なのでもう一つ解決したい――

 

 「いや、眞智子さんにクリオを連れてこさせよう。さすがにホテルでお茶しながらだと、ウエディングドレスの件もあるので、近くのファミレスで」


 僕の提案に佐那美と母が口を開けて驚いている。


 「本気でソレ言っているの? さっき眞智子さんを気合い入れたばっかりなのに今度はわざわざ呼び出すの?」


 「母さん、悶々とした問題はさっさと済ませたい。次の課題が残っているからね――彼女の意見も聞きたいし」


 「お兄ちゃんが良いなら私も良いよ。佐那美はどうする?」


 「ん――会うのはいいけど、多分喧嘩になっちゃうかも……」


 佐那美は正直、まだ眞智子の事で気持ちの整理が付かない様である。

 そこで美子は何かを思いついた様だ。


 「あっ、そうだ。ママ、その亡霊写真残っている?」


 「あるけど――それどうするの?」


 「私の新しいスマホに転送してくれない?」


 「……いいけど」


 母が美子にメールで送る。美子は慣れない手つきでスマホをいじくり写真を表示させる。


 「――ぷっ、マジで受けるんですけど」


 美子はそれを佐那美に見せる。


 「何これ、あたし?ひどいわね……ホント地縛霊みたい」


 「これ、ちょっとイタズラしていい?」


 「どうするの?」


 「こうするの」


 佐那美は画像に何かを書き込んでいる。そしてそれを僕らに見せる。

 画像に添付する文章に『あんたが意地悪するから『地縛霊ならぬ地端レイ』になっちゃったじゃないの! ……美子が凄く怒っている』と記され、僕のところに『レイ』、佐那美のところに『地端』と落書きされている――要は駄洒落だ。

 吹き出す一同。


 ――でも、美子は『地端礼』とは書かなかった。そう記したら美子自身であっても許せなかったのではないか。だから彼女なりのギリギリの妥協で、僕のことをカタカナにしたと思う。


 その画像を美子から佐那美に転送、それを眞智子に送りつけた。


 するとすかさず眞智子から自らがお辞儀した写真を送り返された。

 そこには「すまぬ」と記されている。

 眞智子はこの写真は誰がそう書いたのか理解したハズだ。

 つまりはこの写真は『美子も佐那美も笑い事にしている』わけで暗に『もう怒っていない』と意味している。

 だから「すまぬ」だけでいいのである。

 この件はこれでいい。


 あとは美子から「クリオ連れてきて。彼女悩んでいるみたいだから」と返事を書かせれば、他にもトラブルが発生していると理解するだろう。

 

 「とりあえず、ファミレスに移動しよう。そこで眞智子さんらを待とう」

 

 僕の提案にみんな一応に理解を示した。

 そこで、美子がここぞとばかりにある提案をする。

 

 「あぁ、それじゃママ。ファミレスのお金頂戴。だめならお兄ちゃんからおごってもらうけど――」


 金の無心であった。しかもご丁寧に脅しつきである。


 「あんたねぇ……私は都合が良い女じゃないんだからね」


 母は呆れた表情で財布から5000円札を取り出すと美子に手渡した。

 それから間もなく、眞智子から僕のスマホにSNSが入る。


 『どうしよう! 美和子さん怒ってるぅ! 礼君助けて!』


 おや、意外。眞智子さんはパニックになっていました。

 あ――っ、そうか母が許していることはあの写真では理解出来ないか……

 とりあえず、『誰も怒っていないから、クリオと一緒に来てよ』と返事することにしよう。


 

――それから30分後。



 眞智子が汗だくになってクリオと一緒にファミレスに合流。

 そして、このファミレス――ファミレスという割にはずいぶん高い。しかも美味しい。街の洋食屋といっても過言ではない。

 でも絶対に5000円では足りない。

 そこで美子は自分の母親をその場にとどめようと母を窓側に追いやり通路側に座って陣取る。


 「あんた……本当にせこいわね――5000円返せ」


 「ママ、いいじゃないの。私の処刑で盛り上げっているんだから」


 「あんたの処刑でお金儲けていないわよ……」


 母と美子は盛り上げっているが、眞智子はいつも以上に恐縮して座っている。

 彼女は一生懸命僕の袖口を引っ張って僕に隠れる様に小さくなっている。


 「(眞智子さん、お母さん怒っていないって)」


 小声で伝えるも眞智子は無言で縮こまっている。この状況も珍しい。

 一応、佐那美は許してはいるけど母の手前もあるし、ここは態度で「謝ろう」と促したところ、眞智子はコクリと頷き、立ち上がり佐那美に深々と頭を下げた。


 「私、やり過ぎた。ごめん、佐那美」


 「いやぁ……眞智子、元を正せばあたしが悪いんだから気にしないで」


 目の前でケタケタ笑う佐那美。

 大物なのか。タダの馬鹿なのか。そういいつつ眞智子をからかっているのかは不明である。


 「よし、おわったおわった」


 母はうれしそうに眞智子と佐那美の抱き寄せる。

 これで母の機嫌もよくなったと眞智子も思うだろう。まぁ、実際には気合い入れたからさほど怒りは鎮まっていたんですけどね。

 それに母も、二人に対してかなり好印象になったと思う。

 一方で――


 「ちょ、ちょっと、私の件、私の件。眞智子がお兄ちゃんにキスした件はどうなっているの? まだ謝罪受けていないけど」

 

 美子は完全に自分の事を忘れられている状況に危機感を覚えたのか、再び自分の主張をし始めたが、それは眞智子が謝る前に母が割って入ってきた。 


 「まぁ、とりあえずここで手打ちってことでいいかしらね」


 母がうんうんと納得している、眞智子や佐那美もとりあえず謝罪してスッキリしているみたい。不満や不服の類はなさそうだ。

 これで伝ヤンの件は終結した。

 片や忘れられている美子。


 「あの――私の件は?」

 

 母は美子をスルーして用件が済んだとばかりに、美子にさらに1万円を差し出し帰って行った。

 多分、このお金はみんなで何か食べなさいっていう意味でくれたんだと思う。

 美子は「まぁ、お兄ちゃんに許すって言った手前、話をほじくり返してもしかたないかな」と諦め、一万円を自分の財布にチャッカリとしまい込んだ。



――後は、もう一つの問題。クリオの件である。


 

 「クリオ、映画どうするの?」


 「うーん、正直言おうかどうか悩んでいたんだけどね……」


 僕の問いにハッキリ答えない。

 誤魔化すというわけではなく、未だハッキリしないというところだろうか。


 「佐那美さんらと話していたんだけど、断りたいんでしょ? でも断ると後がない……だから悩んでいるんでしょ?」


 クリオは驚いて僕らを見回すと、「わかっちゃったんだ」と答え寂しそうに微笑んだ。


 「んじゃ、そこでこのメンバーでアイデア考えよう。そのアイデアで一番妥当的なものをクリオが選べば良いじゃん」


 「あーっ、そうしてくれるのなら私は助かるけど……いいの?」


 「僕らとしては、迷惑でなければ頼って欲しい」


 「でも……悪いし――」


 クリオがこちら側の提案に戸惑っている。

 そのハッキリしない態度に美子が「あ~ぁ、もう!」と若干癇癪を起こす。


 「あんた、また考え込んでメンヘラ状態になってお兄ちゃんに泣きつくつもりなの? うちのお兄ちゃんだってそんなの簡単に決められないわよ。私らだっているんだから頼りなさい」


 「おや、今日の美子さんはツンデレですか?」


 そもそも美子さんの属性はヤンデレのハズですが――と彼女を微笑ましく見ていたら、美子が「お兄ちゃん、それはどういう意味かな? あとで説教ね」とニコニコしながら僕の肩をつかんできた。


 僕が美子に絡まれていると、先ほどの話が止まってしまう訳だが、そこで眞智子が気を利かせ、話を終わらせない様に彼女が話しかけた。


 「あっ、遠慮なんていらないわよ。どうせ、この馬鹿が『そんでいいよ』って言えばまるく収まるから」


 眞智子が佐那美を指さす。


 「馬鹿ってあんたも、ホント失礼な女ね。でも確かにうちの俳優さんにあんなへっぽこ作品を演じさせるのも癪よね」


 「どうする佐那美さん、監督に諦めろって圧をかける?」


 「神守君それはダメ。それやっちゃうと、今後の仕事の関係もあるから――」


 佐那美が頭を抱える。


 「では逆の発想で考えてみようか。うちの事務所でその監督を使って、こちら側でコントロール下に置くとか――」


 「例えば?」


 例えば――か。ちょっと思い浮かばない。

 ……そう思っていたら、美子が意外なアイデアを出してきた。



 「そのなんとかの続編を日本で作らないかと打診ししてみる――とか」



 佐那美がすぐに反応した。


 「あっ、美子のアイデア非常に良い! さすがこんな奇抜なアイデア出せるんだから伊達にキチ○イはやっていないわね」


 「はぁ? 私のどこが○チガイっていうのよ。お兄ちゃん愛に溢れるいい妹だと思うけど」


 「……それはいいとして――日本の良いところ、何を発信させようか。眞智子、あんたならどう考える?」


 「えぇつ、それを私に聞く訳? そうね。美味しい食べ物とか……」


 「美味しい食べ物なんて向こうにもあるでしょ? ホント、あんた堅物というか、あんたの頭の中はつまらないわね……美子みたいに狂ったアイデアだしなさいよね」


 ――っていうか佐那美、自分の事を差し置いてよく僕の妹の悪口言えるよなぁ。

 ちなみに、美子はジトッとした目で佐那美を睨んでいる。


 「神守君、アイデアある?」


 「僕らで発信するものを考えるのは意味ないのかな、こういうのは外国人の意見が参考になると思うよ」


 「ああ、確かにあたしらが考えるより、外国人に聞けばいいんだ」



 「――――ところで、うちらのなかで外人って知り合いいる?」



 そう尋ねてきた馬鹿がいる。

 そう言ったのは佐那美――ではない。

 そう言ってきたのはクリオ=L=バトラックスさん本人である。

 僕は言葉を失った。


 僕がキョトンとしていると、他の子は真面目な顔して「私の知り合いに外国人はいないんだよな――他の連中に聞いてみるか」とか「神守君、ちょっとアメリカに電話して知り合いに尋ねてくれない?」、「ないものねだりしても仕方ないわよ。ここはお兄ちゃんで代用すればいいじゃん」等と答えている。


 あれ、クリオは外国人ではないのか? 

 それとも外人とか言ったからへそ曲げているのか?

 もしかして、僕の頭がおかしいのか?


 「クリオ……さん、国籍どこだっけ?」


 「はぁ? 何言っているの。アメリカ合衆国に決まっているでしょ」


 「――いるじゃん、ここに」


 僕が恐る恐るクリオを指さすとクリオは「えっ? 私外国人じゃあ――」と言いかけ、言葉がとまった。


 「あーっ、そうかここは日本だったよね。じゃあ私が外国人になるわけか」


 クリオはどうやらここが日本である事を忘れていた様だ――っていうか、ここはあまりにもアメリカと違いすぎるんですけど。

 一方で、他の連中は「ああ、そういえばふぁっきゅうーは留学生だった」、「あまりにも日本語ペラペラだったので忘れていた」、「あれ、クリオって日系のクオーターかハーフだったっけ?」という状況で、外国人も友達になるとあまり国籍なんか関係なくなるようだ。


 「クリオが考える日本ってどういうイメージ?」


 「んー……馴染んじゃったからあんまり考えたことないんだけど――」


 クリオはそこで話を一端止めて、何かを考えている。そしてすぐに思い出した様で話を続けた。


 「そう言えば、私が来日した日、そうどこかの誰かが『ファックユー』って叫んでくれた時よ。日本のテレビ局が取材で聞かれたんだけど」


 「あぁ、佐那美の馬鹿がそう叫んでいたわね。私らまで恥ずかしかったわ」


 美子が佐那美を白い目で見ながら相槌を打つ。

 クリオはうんうんと頷きながら話を再開する。


 「一応日本文化を学びに来たって答えたんだけどテレビ局の人が『どんな日本文化?』ってしつこく聞いて来たから、小声で『私はオタクで秋葉原を見に来た』って適当に答えたのよ」


 確かに僕同様に彼女もクリオとサンディーを使い分けている。クリオでいるときは『映画のプロモーション』と答えず、『日本文化を学びに』とでも答えておけば無難である。


 クリオがその話をすると、佐那美が「ふぁっきゅうー!」と叫び、彼女の背中をバンバンと叩いた。

 クリオの顔が引きつる。


 「ファックユーいうな! それに叩くな!」


 「それよそれ! さすがふぁっきゅうーね!」


 佐那美がクリオに抱きついてきた。一方で理由が分からず迷惑そうなクリオ。


 「だからファックユーいうな!」


 「オタクよオタク!」


 佐那美が何かアイデアが浮かんだ様だ。


 「佐那美さん、何かアイデアでも浮かんだのかい?」


 「そうそう。アメリカから日本に観光目的で来た女の子が、間違って秋葉原に行っちゃう話なんてどうかしら?」


 「はぁ……」


 「ん――あっ、こういうのも良いわね。そこでキモオタと出会って一緒にオタク道を極めていく話」


 僕とクリオがキョトンとしていると佐那美はアイデアが次々と浮かんできた様で手にした通学カバンから英語のノートを開いて思いついたものを書き写している。


 初めにクリオが佐那美に尋ねた。


 「コメディ? そんなの受けるの?」


 「もちろん、カントリーサイドストーリーなんかよりも」


 次に僕も尋ねる。


 「監督を説得できるのか?」


 「出来るわよ。そのために、神守君。君も出て!」


 「えっ、僕も?」


 「あの監督は確かレインのファンだったはず。レインが出るとなるとこちら側の要望は通りやすいわよ」


 「そううまくいくのか?」


 「パパにメールするね――あっ、早速メールが戻ってきた。打診してみるって!」


 相変わらず仕事が早い。

 彼女はけして頭が良いとは言えないが、間違えなく天才プロデューサーである。


 「もちろんレインで出演、私の要望としては完璧なキモオタ。それにレインが出ることはトップシークレットで映画をすすめるから」


 とりあえず方針が決まった。あとは佐那美と親父さんからの回答を待つとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る