第10話 あの世の世界に堕ちるぅ♫


――さて、放課後は皆さんうちで勢揃い。


 途中、美子が母に対する暴言で、美子の処刑ショータイムがあり、前座としては最高に盛り上がった。

 前座の美子は包丁など武器を取り上げられ、今は腰に手を当てうなり声を上げている。


 「ただいま」


 父の礼治が若干早めに家に帰ってきた。

 そして転がっている美子に対して――


 「あぁ、また返り討ちにされたのか……」


 ……と家庭内ゴニョゴニョを黙認した。


 「あっ、おやっさん。ちーす」


 眞智子がうちの父にチャラく挨拶するが、その態度はちゃんと節度を持ってお辞儀をしている。

 父は引きつった笑みを浮かべて、「いらっしゃい」と軽くお辞儀をすと、僕の袖を眞智子に見えない様に掴み、父の部屋に連れていかれた。


 「(お前、なんで『金属バットの眞智子』と付き合っている訳? あいつ、グレている時は本当にヤバかったんだから)」


 小声で僕に尋ねてきた。父は警察官で中二病みたいなヤンキー状態の眞智子を良く知っている一人である。


 ――そう言われても困る。


 「(今はいい子だよ――暴走しなければ)」


 「(暴走? アイツ、まだバイク乗り回しているの?)」


 「(いやいや、バイクに乗っているところは見たことない)」


 「(そうなのか?)」


 「(暴走の意味が違うよ、性格的なもののことね)」


 「ふーん、まあ母さんとは気が合いそうだけどね」


 「そうだね――」(棒読み)


 「まあ、僕としてはお前が佐那美ちゃんとくっついてくれる方がいいんだけど――それは君の人生だから誰と付き合おうがしかたがないか――眞智子はああみえても、男遊びしないし、根は真面目だし薬とかタバコとかはやらないハズだ」


 「そうそう――でも気は短いけどね」


 「そうか? 以前はもっと荒れていたぞ」


 父はそういいつつも、眞智子を全く拒絶している訳ではなさそうだ。それに父も眞智子と似た性格の母と結婚している――要は覚悟して付き合いなさいってところだろうか。

 

 だが、父が僕を彼女らから引き離した理由はそれではない。

 ここから父の口調が真剣に変わる。


 「話は変わるが――いよいよ、例のテレビが始まる訳だな」


 「はい――」

 

 「わかった。母さんと既に話し合っている。とりあえずお前は手筈どおり。用件はそれだけ。戻ろう」



 居間に戻ると眞智子がふくれっ面して僕と父を睨んでいた。



 「何話していたのよぉ」


 「――いえ別に、父さんと情報共有していただけ」


 「あーっ、また私の昔の話したでしょ! それって守秘義務違反だからね」


 眞智子は母の背中に隠れる様に父を指さす。


 「そーだぞぉ」


 母が父をからかう様に眞智子に味方する。

 一方で、佐那美がそこに参戦する。


 「そういえば、写真って残酷ねぇ~今はお嬢さんでも、昔はねぇ……」


 佐那美は釘バットを担いだ昔の眞智子の写真をみんなに見せびらかしうちの父の後ろに隠れてしまった。


 「あっ、お前、またそんなの持って来たぁ! それに汚いぞ、おやっさんの後ろに隠れるなぁ」


 「そういう、眞智子もママさんの後ろに隠れてキャンキャン騒ぐなぁ!」


 凄い構図である。

 美子は放置、僕とクリオが置いて行かれ、二人はうちの両親の背中に隠れ喧嘩している。


 「だったら、私がレイと付き合っちゃえばいいじゃん」


 そこでクリオが参戦し、クリオは僕の背中に隠れて佐那美と眞智子を野次った。


 「また話をややこしくするぅ~」


 僕はクリオに小言を言うが、クリオはあっけらかんとして二人に宣戦布告する。

 

 「レイはもらった!」

 

 「ふざけるな」


 「ふぁっきゅうの癖に生意気」

 

 ――そして、放置されている我が妹。


 「あんたら……人んちで好き勝手やってくれているじゃないのぉ、ぶっこ○す!」


 

――それから3分後。

 


 女の子全員大人しくなった。

 全員正座して、ガクガクブルブルと震えながら沈黙している。

 誰かに脅かされた? 例えばうちの母さんとか?

 ――普通ならそう考えると思うでしょ?

 実際には違う。うちの母は台所でケタケタ笑っているし、父は暢気にスマホを弄っている。


 何が起きたんでしょうかねぇ。まぁ、僕が用意したお茶菓子が原因なのかなぁ――とりあえず、そうとぼけたりする。


 ちなみにこのお茶菓子は僕が作ったものではない。台所にあったごく普通の市販品のクッキーとペットボトルのコーヒーである。

 それを騒ぎ出した彼女らに「お手製のお茶菓子でもどうぞ。落ち着いて話しましょう」と無表情に語りかけたところ、女の子全員が僕に土下座しはじめ――


 「騒いですみませんでした」


――これが彼女らが大人しくなった経緯である。


 でもこの方法は彼女らを一発で大人しくさせる反面、僕自身の自尊心が大きく傷つける諸刃の剣である。


 それにもし、眞智子が暴走したあの時にそれを使っていたら――そう考えた時もあったが、それを行使したら眞智子が言っていた「私が拒まれていない……」を完全に否定する結果になっていたと思う。


 残念ながら僕の料理は半ば嫌がらせみたいなものになってしまった。だから安易に用いらない様にしよう。


 そう思っている最中、目の前で眞智子が「ほ、ほら、お前の大好きなお兄ちゃんがお茶菓子を用意してくれたんだぞ」と美子に対し肘で突っついている。


 「わ・・・わーい」


 美子はどこかのアニメヒロインの様に、元気がなく且つうれしそうでない、今にも泣きそうな表情で語尾を震わせていたが、僕の視線に気がつくと覚悟を決めて手を震わせながらコーヒーを飲もうとする。


 「美子、やめなよ! 本当に死ぬわよ!」


 「あんたこれ以上キ○ガイになるつもり!」


 「じょ、冗談だ……な、やめろ。頼むから」


 クリオが、佐那美が、そして眞智子が止めに入る始末…… 

 さっきまでいがみあっていた女の子が珍しく相手を気遣う一幕である。

 そして、僕がみんなに意図せずディスられている。


――でも大丈夫。それは普通のコーヒー、お菓子は市販品のクッキーです。


 だが、どうやら僕は彼女らの事を甘く考えていたのかもしれない。


 「うるさい! 私はお兄ちゃんとの愛に生きる女――外見だけでお兄ちゃんを選んだお前らとは覚悟が違う!」


 「なに! 私もそこまで言われると負けられない!」


 美子と眞智子のチキンレースが始まってしまった。 

 美子の決死の行動に眞智子も覚悟を決めたのかお菓子のクッキーの包装を開け、彼女らが身体を震わせながらそれらを口にしようとする……

 ――それも何か嫌な感じである。


 「いや、君達そこまで気合い入れなくても……」

 

 「うるさい、女には――」


 「――負けられない戦いがあるんだ!」


 僕の制止で逆に彼女らのスイッチが入ってしまい、覚悟を決めそれぞれが一気に口にした。

 彼女らが口にした瞬間――母が不思議そうに僕に尋ねてきた。


 「あ、礼ちゃん、ここにあった未開封のコンソメとめんつゆ開けちゃったの?」


 「えっ?」


 僕は直ぐ様、彼女らの方に振り向く。

 ――が、時既に遅し。

 僕の視界に真っ先に飛び込んできたものは、彼女らの口からキラキラした何かが吹き出された瞬間だった。



――さて、大騒ぎした後、いよいよテレビ番組『激白 都道府県民大会』を見ることになる。



 席順は逃走路を確保するためにドア付近に僕が座り、僕の左隣を眞智子で僕の前席にクリオで固め、佐那美はクリオの隣で眞智子の前席、そして眞智子左隣に母、美子の順に座りる。父は佐那美から一席空けて隣、美子の前席に座った。

 要は美子の脇に母、美子の前に父という配置であり、美子をガードする形になっている。当然、美子は母に抗議する。


 「なんでお兄ちゃんの脇に私が座れない訳?」


 「美子ちゃんはお兄ちゃんの愛のコーヒーを吐き出しちゃったから」


 「なっ! ……だったら、眞智子だって」


 「あら違うわよ、眞智子さんはちゃんと食べていますもの」


 そういって母は眞智子を指す。

 眞智子はクッキーをパクリと食べている。ミスターサトーのチョコチップクッキーであるが……


 「あっ、さっきと食べているもの違う~私だって!」


 美子はそういうと冷蔵庫からペットボトルに入ったコーヒーを取り出し、自分のコップに注ぐ。そして飲み干す。


 ――が……


 「美子ちゃん。それ――」


 母がそう言った瞬間美子は黒い液体を流しに吐きだした。

 さっきのめんつゆである。

 何故かコーヒーのペットボトル容器にめんつゆが注ぎ込まれていた。

 僕の場合は単純に間違えたのが正解だが、これは明らかに故意に入れ替えられたものである。

 横で母がニヤニヤ笑っている。

 美子は半べそ状態で母に睨み付けると黙って指示された場所に座った。

 

 彼女が座って間もなくテレビが始まった。

 今日の特集は『えっ、未だにいるの? 陸の孤島茨城のヤンキーの第2弾最終話』である。佐那美はそれを見て首を傾げている。


 「変ねぇ、プロデューサーの話ではこれは何回かやりたい企画っていっていたけど……」


 そう言いながらクッキーを食べた。

 ――だろうね。眞智子さんの話はもの凄く面白いもの。

 だけど、今回は違うハズです……


 女性司会者が『今日は皆さんお待ちかねのヤンキー特集ですが、ちょっと話が変わりまして――その最終話となります。そして内容もガラリと変わっているそうで……どうなっているのでしょうか』と話しはじめるとVTRが始まった。


 映し出されているのは若い女性である。この背中どこかで見たことがある人――そう、僕の隣にいる眞智子である。

 カメラは後ろから脇に移動し、彼女の前方に回る。

 彼女はそれをスルーするかのように普通に歩いて行く。

 佐那美がその映し方に眉を顰め、リアルの眞智子を見る。


 「なんで『あんたら何なの?』ってクレーム言わないの? おかしいでしょテレビカメラが彼女を追っかけているのに」


 「あ、事前に撮影許可したから」


 「はぁ? これじゃドキュメントにもならないわよ」 


 「なるわよ」


 眞智子はそう言ってテレビを指さす。

 テレビのナレーターの話では――


 『これが前回話していた『金属バットの眞智子さん』である。今の彼女はごく普通の女子高校生として真面目に更正している』


 彼女の横に昔の写真が合成されているが、それはモザイクが掛けられ武勇伝は最早封印されている感じでまとまっている。

 佐那美が目をパチクリさせ驚いている。


 「え……何コレ」


 「元ヤンって話でまとめてもらった……あっ、でも元ヤンって話はちゃんと残していると思うけど」


 眞智子のドキュメントが続く。

 眞智子が歩いていると、いつも気合いが入った親衛隊の人らが、今日に限って爽やかに「眞知姉おはようございます」と自然に声を掛けている。


 「おはようございます。今日も良い天気ですね」


 眞智子は爽やかに応えている。

 今度は美子が突っ込み入れた。


 「インチキじゃん。これ、休みの日よね? ここのお店土日限定で特売の旗たてているもん。ほら映像では旗があるわよね。それにあんた毎日うちらと登校していたもんね」


 「まぁー話の展開ってものがあるから……仕方ないじゃん」


 「それにあんたの親衛隊、あのお兄さん髪の毛いつもならだらしがないのにテカッテカのポマード付けているの? ほらあそこのお姉さんだっていつもボサボサのパーマなのに何でこの日はソバージュになっているわけ?」


 「――おしゃれに目覚めたんじゃないの?」


 映像を見る限り、明らかに眞智子の意向が反映されている。

 そして話が続く――


 『今、眞智子さんは意中の男の子がいる様で、その人に見合う様自分を磨き掛けている……』


 美子と佐那美がぷーっと吹き出し笑っている。


 「ぷはははは、あんた話盛りすぎ!」


 「自分磨きだって、自分……んっぐはははは!」



 だが、笑えるのはここまでである。

 ここからは本題のシーン。



 『そして、彼女は自分の思いを彼に伝えるべく行動に移した――』



 「はぁ?」


 「何?」


 美子らがナレーションの言葉で嫌な予感を感じたのか急に黙り込む。


 『これが意中の男性――』


 最初は背中だけ写されている――そう、これは僕だ。

 だが、この時はまだ撮影依頼がされていないのでこんな感じ。

 すぐに噛みついてきたのは佐那美である。


 「ちょ、ちょっと待って。神守君はうちの役者なのよ。これ顔出ししないよね」


 「顔出しするわよ」


 「はぁ、ふざけないでくれるっていうか事務所通しなさいよね!」


 「確認したわよ。テレビ局で。地端プロダクションに神守礼って役者いるかって地端プロダクションの法律顧問弁護士に問い合わせしたら『俳優として存在しない。研修生にもいない』って話」


 「えっ?何で顧問弁護士に聞く訳?」


 「だって『佐那美がアレな人だからって話したら』妙に納得して――佐那美のお母さんと弁護士さんが話し合って、正直な回答が出たってわけ。だから地端プロダクションの地端ママが承認し弁護士経由で回答した正式なものなの」


 「何してくれてるのよぉ! 確かにうちはレイン=カーディナルと所属契約しているけど、レインが神守君であることはこの世界でのトップシークレットなの。だから、パパラッチに察知されない様に神守君名義では契約していないのよ。それにできる限り高校生の時はそういう契約に縛られず、のびのび過ごしてもらいたいというこちら側の配慮だったのにぃ」


 「大丈夫、その点は配慮したから」


 『彼は神守礼君、俳優になろうとしている若者。目下、地端プロダクションに入るべく演劇の勉強をしている――どうやらレイン=カーディナルに憧れているため地端プロ以外興味ないらしい』


 「うぅぅ……っ、わかった。そういうことなら文句言えないっ」


 あのー、皆さん色々と配慮して頂きありがとうございます――が僕はいい加減、レイン=カーディナルを引退したいんのが本音です。

 それにそろそろこの部屋からも退室したいので……頼みますから眞智子さん、僕の洋服の裾を掴まないで下さい。


 『彼女らは今、ホテルの前に立っていた』


 あー、この辺からですかー。ここは僕が大人の階段のぼるシーンですね。

 これ、間違いなく死んだわ――


 『さて、彼女がなぜここにいるかというと……』


 僕が引き倒され、馬乗りにされているシーンに入る。


 『他の女の子の事を考えたらこ○すからっ!』


 あっ、眞智子が理性がぶっ飛んだコメントが意図的に消されている――これでは僕が浮気性の男みたいな扱いになっているではないか。

 僕はジッと眞智子を白い目で見る。


 「だって、礼君はいつもそんな感じでしょ」


 眞智子はそう言ってそっぽを向いた。

 そして画面では眞智子に羽交い締めにされた僕がホテルに連れ込まれるシーン……


 魂が抜けた状態の佐那美と美子。

 

 女性司会者が突っ込みを入れる。

 

 『何、今から男女の関係をやっちゃうの? 真っ昼間から?』


 美子と佐那美が内容をなんとなく理解し、騒ぎ出そうとした瞬間、舞台はフロントロビーを映し出す。

 ――そう、ここは男女の営みをするホテルではなく、俗に言うビジネスホテルである。

 ロビーには眞智子の父親である道三おいちゃんとうちの両親が揃っていた。


 「なに、何が起きるの?」


 美子は画面を食い入るように見る。


 『実は、ここで眞智子さんは臨時のアルバイトをすることになりました。それも今日一日限定です。ただ、一人ではできません。ですから、彼にアルバイトの手伝いを依頼するためここに連れ込んだ次第です』


 「アル……バイト? なんで金持ちのあなたが?」


 一斉に眞智子に振り向く。

 そりゃ、そうだよなぁ――僕も両親の顔を見る前まで絶対、官能小説みたいなことになると思っていたもの……それに言えない理由もこのあと明らかになる。


 ――問題はこっちである。多分、身体の過ちどころでは済まない……っていうかこれはシャレにならない。


 『そのアルバイトは……』


 その瞬間、ウエディングドレスが画面に映し出された。


 目が点になる二人。

 そりゃ、あの時は僕だって目が点になったよ。

 そして、有無もいわさず衣装室に連れて行かれ、白いタキシードを着せられる僕。眞智子はピンク色のウエディングドレスを着替えていた。

 ――で、うちの父とおいちゃんはモーニング、うちの母は和服姿に着替えている。


 『これって結婚式――? 高校生が?』


 映像では薄暗い教会のステンドグラスに明かりが差し、親族に見守られ厳かな結婚式が開かれ幸せそうに指輪の交換しているパンフレットが映し出されていた。


 その画像はかなりインパクトがあった様で、佐那美はその映像を見て卒倒。美子はプルプル身体を震わせ、段々の呼吸が荒くなってきた。

 そして「ウガアアアアアアアア」という奇声をあげた。


 僕の横で眞智子が「あんな結婚式は最高だね、あなた……」と美子を挑発する。


 「……ろすころすころすろすぅううううう!」


 美子は何かの怨念の様な奇声を挙げ暴れ出そうとする。


 「お父さん! 美子を抑えるわよ」


 「わかった!」


 美子は両親によりその場に引き倒され、制圧された。

 美子のギャーギャー泣き叫ぶ姿があまりにも痛ましい。


 「ちょ、ちょっとやめて!」


 「こうでもしないと兄離れできないでしょ」


 「ちょっとかわいそうだが……暴れる虞があったんでな」


 「うがあああああああ!」


 美子は完全に理性を失っていた。

 そして、さらに理性を失うものが映し出されていた。

 おまけして、純白のウエディングドレスをきたクリオが映し出されており、別バージョンとしてパンフレット撮影がされているとこである。


 「クリオぉぉぉっ、アンタまでええええええ、裏切ったああああ!」


 完全に悪魔に取り憑かれた美子。多分、悪魔払いみたいな映画があれば使えるシーンであるが……そんなこと言ってられない。止めなきゃそう思っていたら――眞智子が美子の目の前にやってきた。

 そして馬鹿笑いしながら彼女を見下ろす。


 「はっ、ぶざまだなぁ――おい」


 「眞智子おおおおおおおっ!」


 「おおこわっ、本当にキチ○イみたいだな」


 そう言って眞智子は抑え込まれている美子の顔目掛け何かを投げつけた。


 「おっと、落としてしまったわ……無様なお前にこれをやろうと思ってな」


 だが、美子は完全に理性を失っている。

 目の前にある紙切れを見ようとせず、眞智子を今にもかみ殺してやるといわんばかりに暴れている。


 「どうせ、お前は結婚できないんだ。だから諦めろ」


 「ふざけるなぁ! 私のものに手を出しやがって!」


 美子がバタバタ暴れ出す、さすがの父も母も制圧するのが厳しくなる。


 「これは私からの忠告だ……どうせお前は結婚しないんだから。これで夢でも見てろバーカ」


 「コ○ス! コ○ス! コ○ス! コロ…………ん――」


 先ほどまで騒いでいた美子が急に大人しくなった。

 狂った様な目つきから、普通に眞智子を睨む美子の目つきに戻る。


 「ちょっと、この体制だとその紙切れ読めないから、ちゃんと持って私に見せなさいよ」


 「……へいへい」


 そう言って眞智子はしゃがみ、投げつけた紙切れを美子の目の前に掲げる。


 「一応、読んでやるから。『新着ドレス試着会。男女ペアー1組様限定』だってさ。これでお前の大好きなお兄ちゃんと結婚式ごっこでもしたらいい」


 一見すると悪女みたいに見えるが、その行為はもの凄く良い人すぎる。

 なる程ねぇ、流石は眞智子だ。これだと美子は納得せざる終えないよなぁ。


 美子は大きく深呼吸する。


 「パパ、ママ。落ち着いた。放して、もう暴れたりしないから」


 彼女が落ち着いた言葉で両親に話す。その様子を確認した両親からようやく拘束を解かれた。

 美子は立ち上がり、眞智子に手を差し出す。


 眞智子はちょっと警戒しながらゆっくり手を差し伸べ、美子と握手した。


 「この前の件、佐那美の馬鹿と連んで私が悪かった。アンタもぶっこ○したくなるほどとびっきりの仕返しをしてくれたわね。でも、アンタの心意気に正直負けたわ。お兄ちゃんは絶対にあげないけど、アンタとなら少しは仲良くなれそう」


 「まぁ、ちょっとやり過ぎた気もするけど……自分だけ幸せになろうとは思ってはいないことだけは理解して欲しい。もちろん礼君と一緒になりたい気持ちに嘘はないわ。どうせならおまえごと一緒になる気でいるから覚悟しろってね」


 「冗談じゃない。うちにヤンキー2人もいらないわよ」


 「だから、私と美和子さんはそういうの卒業しているの」


 ケタケタ笑う二人。

 とりあえず、これ以上の争いはなさそうだ。

 正直、美子がここまで自分に非を認めるとは思わなかった。さすがは眞智子、ちゃっかり自分の欲望を満たしながら、ここまで計算するとは凄い女の子である。


 ――だが、僕の父と母はそうは思っていない様だ。


 そう言っても母は、彼女がそこまで計算しているとは思っていなかったみたいで、ただ単純に眞智子がいい子だと再認識している。

 一方で、父からして見れば必死に美子を抑えているのに『キチ○イに火に油を注ぐとんでもない女』とドン引きされていた。

 それだけ母は眞智子に近く、父は眞智子に遠い存在なのかもしれない。 


 いずれにしても、すぐに眞智子と結婚式するわけでもないので、今しばらくはその点を踏まえてゆっくり考えよう。

 

 そして映画ではベストパートナーであるクリオ。

 先ほどからぼーっとしていたが、眞智子と美子の喧嘩が終わると「あーっ、終わったの? 良かったわね死人がでないで」といいつつもどこか上の空でクッキーを食べている。

 何か最近おかしい。

 クリオに声を掛けようとしたら、逆にクリオから質問された。


 「ところで、スクリュー佐那美はどうしたの?」


 「えっ佐那美さん?」



 ――――あっ、完全に忘れていた。



 もう一人のヒロインはうちの床に倒れて泡吹いて気を失っている。

 正直、佐那美もいい子である。


 「あの……眞智子さん、その券まだあるの?」


 僕は佐那美の分も催促するも、眞智子は相変わらず彼女には厳しい様で――


 「ない!」


 「何で?」


 「いやいや、逆に何ではこっちよ。佐那美の馬鹿のおかげで私、凄く傷ついたんだからね。だから向こうのプロデューサーからアポがあった時に、番組の内容改編させるのに大変だったんだから」


 あ――プロデューサーって、ホテルで撮影挨拶に来た人か。眞智子に対してもの凄くビビっていたから強く抗議したんだろうなぁ。


 「まぁ、話がつけば今日の放送まであとは知らぬ存ぜぬ態度で佐那美に確認する振りをして、アイツがどんなボロ出すか様子見していたんだけど――あいつ、ボロ出しまくりのくせに平然と誤魔化していたよね」


 眞智子はケタケタ笑う。


 ――でもさ、眞智子さんだって隠している事だってあるでしょ?


 そう言っている最中、眞智子のポケットからもう一枚の写真がポロリと落ちた。

 あ――これ、ヤバい奴。

 美子が拾う。

 そしてワナワナと震え出す。

 そう、記念撮影の時にチャッカリと僕の頬にキスをする眞智子。

 美子の後ろから、クレオが怪訝そうに覗く。


 「……って、何コレ! 眞智子あんたちゃっかりキスしてんじゃない!」

 

 今までボーッとしていたクレオがこの写真を見て大激怒。

 

 「私、この話聞いていないんだけど、どういうことなのレイ!」


 クリオはカンカンに怒って僕の胸ぐらを掴んできた。

 そして、さらなる不幸が続く――

 女性司会者からの一言。


 『この二人、この後ホテルでズゴバゴやっていたそうです――ケッやってられるか!』


 やっていません!


 ちょっと、その雑なギャグはないでしょ! それに両方の親がいたよね?

 うちは美子のこともあるので、撮影後は速攻で家に帰りました。

 しかもスタジオではドカンドカンと爆笑ですが、こちらでは遂に大爆発した美子を再度父母が取り押さえる事態になってしまいましたよ。

 どう責任とってくれるんですか!

 美子の件もあるけど、その他に僕はクリオから病んでるクレームを延々と聞かされるハメになったんですけどぉ―― 

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