第9話  あの世の階段のぼるぅ♪

 次の日の放課後――


 僕は眞智子の用事に付き合い、市内の繁華街に向かう。

 美子は今日は母の用件で午後8時近くまでは帰ってこない。

 佐那美は急遽職員室に呼び出され、その後補習が言い渡された。

 でも、その前に眞智子が職員室に行ったんだよなぁ……その後佐那美が呼ばれたところを見ると――何か仕掛けた?

 クリオは用事があるといって一人でさっさと帰っていった。



 ――まるで、眞智子の都合に合わせてみんな振り回されている感じ……



 何、この感じ、もの凄く違和感あるんですけど――

 ちらり眞智子を見ると、普通に微笑んでいるが――何か変だ。

 北叟笑むという感じでもなく、普通に微笑んでいる。

 ただ、その普通すぎるから違和感がある。


 ――そう、周りの女子がいないのに眞智子が普通にしている事に違和感がある。


 「ま、眞智子さん?」


 僕は彼女に恐る恐る尋ねると彼女はニコニコしながら『なあに』とばかりに首を傾げている。


 「今日は他の子、いないね」


 「そうね」


 ――やっぱりおかしい。


 いつもなら、『ラッキー! あいつらいないし、折角だから今からどっかに遊びに行かない? つくばでも東京でもいいよ』と言おうもの。その彼女がそんなことを言わず、普通に自分の用件に付き合わせているのが気に掛かる。


 「――今日の用件って何?」


 「もう少し待ってね」


 やっぱり、何か企んでいるぅ。

 さらに、普段の彼女がいいそうなことで釣ってみる。


 「ね、ねえ、眞智子さん。せっかくだから2人でつくばでも行きません?」


 「……うーん、それも良いんだけど。それはまたの機会に行こうね」



 ――間違いない。企んでいます。



 つくばという名称をだして場所を要求したが、それを拒むということは土地がらみに関係あることか。それも時間指定。


 ――ということは、何か予約していることを意味するのか?


 彼女の後をついていくと駅や真鍋方面に向かっている。

 あっちで時間指定っていうところを考えると川口方面にあるあの古びたビルのスポーツジム?

 病院・医院だったら眞智子の家に行くよな。

 カラオケだったら、みんなで行くよな、二人では行かないよね。

 二人でそんなとこ行ったら違う意味になっちゃうもんね。


 ――ん?違う意味……まさか……


 「着いたわ」


 えっ――

 僕は言葉を失った。眞智子が手を差した場所をには宿泊施設……いわゆるホテルが建っていた。


 「ま、眞智子さん?なんでホテル」


 眞智子はニコニコしたまま答えない。


 「ちょ……こんな所来てどうするんですか」


 「大人の階段のぼるって歌あったよね。あれ良い歌ね」


 えっ……大人の階段のぼるって、ここでデスか?

 僕はホテルの建物を最上階からフロントまでマジマジ視線を動かす。

 つまり、ここで僕は彼女と大人になるってことなんですか?


 ――イヤイヤイヤ、マズいでしょ?

 何でこんなクソみたいなラブコメ小説で官能小説になるんですかぁ!


 確かに正直うれしいよ。マジで!

 彼女は元ヤンだけどとっても可愛いしお嬢様だし、それなりの常識人だ。

 男女付き合いするなら、僕は間違いなく彼女と付き合いたい。


 で、でも――それをやったら他のヤンデレ娘達はどうなるのぉ?

 クリオは間違えなく自殺騒ぎを起こす……

 佐那美は暴走して彼女主演の僕のレイプものの映画を作る……

 美子は?

 間違えなく、眞智子を○して、僕と無理心中を図るだろう……


 ――僕はまだ死にたくない! 

 ……っていうか、誰も、誰一人も傷つけたくないんだ!


 僕はハーレム状態という言われているこの環境の中で、実際に『いかに彼女らがいがみあわない様に立ち振る舞いをするか』試みている。


 そのため、気疲れが多く、普段からも変な夢でうなされ寝付きが悪いんだ。


 もし、僕が大人の階段のぼってしまったら、僕は必死でバレないように努めていくハズ――


 いくら僕が俳優だとは言え、素の僕は蚤の心臓であり、このままレインとして無事に映画俳優なんてやっていける訳がない。

 今までの僕であれば弾丸とか刃物なんて簡単に避けられるし、クリオのドジで何度もピンチに陥っても何とかやりこなしてきた。

 それが寝不足や情緒不安が続けば、挙動が遅れ……レインの醍醐味である弾丸避けなんて出来るわけがない。そして間違えなく死ぬ。 


まぁ、それは完全引退すれば解決するが、変なタイミングでそれをすれば佐那美とクリオがまず怪しむ。美子だって馬鹿ではない、何らかの兆候を感じるだろう。


 それか堂々と宣言して付き合うか――

 ……ダメだそれは逆効果だ。僕と眞智子はみんなに拷問されて死ぬ。


 それか、眞智子とヤリ逃げして知らぬ顔するか――

 ……いやいやいや、それしたら間違えなく眞智子にぶっこ○されるぅ


 そうすると僕に残された手段は一つか……


 「眞智子さん、僕は用事を思い出したんで、今日はこの辺で――」


 僕は恐る恐る彼女に切り出し、背を向けて逃げる態勢を取るが――

 彼女は僕の襟首をむんずと捕まえ、強引に自分に引き寄せた。

 

 「私 協力してってお願いしたら、礼君『いいよ』って言ってくれたんだよね」


 「は……はい」


 「なんで今になって逃げようとするのかなぁ……私、こうまでしたんだから、ソレやられちゃうと恥掻いちゃうんだけど」


 眞智子の語尾は淡々としているが明らかに冷静を装っているものである。


 「でも……それヤッちゃうと、僕達がころさ○ます――」


 「あぁ、そっちの方かぁ――ああよかったあ」


 明らかに語尾が震えだしてきた。我慢しているものがしきれずに感情が高まっている感じである。

 眞智子、ぶち切れるのか?


 「私が拒まれていないんだったらいいわ――でも、我慢できないのよぉ~」



 眞智子はその場に僕を引き倒して馬乗りになる。



 「ま、眞智子さん?」


 「いーい? 今から他の女の子の事を考えたらこ○すからっ! 私には対策があるの! 心配いらないからぁ~分かった礼く~ん、アヒャヒャヒャ!」


 「ひぃいぃいぃい……」


 「さあ、私達一つになるのよ――」


 完全にぶっ壊れた眞智子。彼女は僕の頬を舌でベロンと舐めると、胸ぐらを掴み引き上げられ、僕は彼女に羽交い締めされる形でホテルに連れ込まれた。



――そして、数日後。



 僕は暫くの間不眠で調子が悪かった……

 とりあえず学校に行っているが、マサやんの話では顔色が悪く休み時間は殆ど寝ている状況だった。


 ちなみに眞智子であるが――

 眞智子は今までと変わりなく普通に接してくる。僕としては一緒にいるのがとても恥ずかしく今にも逃げ出したい位なのだが――眞智子から「あの件がバレるから普通に接してくれないかな」と脅され、いつもの体を演じている。


 一方で、同じクラスのクリオとは問題なく接している。

 考えてみれば、彼女とは色んな役を演じた仲だし、この距離感が普通なのかも。

 ただ、時折空をみてぽかーんとしている仕草があり、彼女なりに考えるところがあるのかも知れない。もしかしたらホームシックにかかっているのか、仕事上の何か思い悩んでいるのか――その辺が心配である。


 彼女らは良いとしても――


 そこに美子と佐那美が輪の中に入ってくると、たちまち気まずい雰囲気になる。

 美子はなんとなく何かあったのか察している様だが、美子個人と接しているだけなら普通に会話できるので、美子の機嫌は損ねていない……とりあえず、聞いてこないので様子見している。


 佐那美は今のところ気付いている様子はない。



 そんな中、例の茨城県のヤンキースペシャルが再び放送されることになった。



 それで学校のお昼休みの時に屋上でその話題がでた。

 この話は琴美にしてみればやらかした当事者の一人であり、マサやん共々逃げる様に食堂に行ってしまった。

 そしていつもの面々がそろって食事となる。


 「またあんたら絡んでるんだろ」


 眞智子が佐那美に睨みを効かしている。


 「今回、あたしは何も知らないわ――って元からしりませぇん」


 「そうか、やっぱり前回はお前の所為なんだな」


 「さっねー」


 自称俳優の佐那美は誰でも見抜ける嘘を付いて誤魔化そうとしている。それが非常に惨めである。


 「それで、茨城のヤンキースペシャルまだやる件について教えて欲しいんだけど」


 眞智子がジッと佐那美を睨んでいる。


 「知らないわよ。プロデューサーから今回は別の企画になるからやらないって言われたんだもの……ってじゃなくて、私が勝手に想像しているんだけど」


 非常に見苦しい言い訳である。


 「ふーん、それでもやるんだ、ヤンキースペシャル……」


 眞智子はジトッとした目で佐那美を睨んでいる。


 そして、佐那美が眞智子の小馬鹿にするかの様に「そんじゃ、うちでまた全国放送みる?」とケタケタ笑いながら手を挙げた。

 ところが――


 「私、パス。今日は礼君ちで見るって約束しているから」


 「「はあ?」」


 美子と佐那美が素っ頓狂な声を挙げ驚いている。


 「私、そんな話聞いていないんだけど!」


 美子は僕の方に突っかかってきたが、それは僕も知らない。


 「多分――」


 僕は眞智子の方を指さした。

 彼女が手にしているスマホの画面には美和子とのSNSが記されている。


 『眞智子さん、今日はうちでテレビ見ましょう』


 「ねっ!」


 眞智子は可愛らしく首を傾けたが、美子は面白くない様で――


 「クソヤンキーがそれやっても、全然可愛くないんだけど……」


 美子はムッとした表情でイライラしている。

 だが、美子の天敵母親が眞智子を招待している以上、無下に断れない。


 「分かったわよ――ヤンキー同士仲良くテレビ見たらいいでしょうよ。フン!」


 ちなみにうちの母親も元ヤンである。

 ――それはそうとしても、僕自体、あのテレビは正直、見たくないんだけど。

 だって絶対にトラブル起きるんだもの。


 だからお開きにならないかなって思っているのだが、美子同様に母親がそうすると行った以上反対できない。

 こうなるといかにしてうちの母がトラブルを防ぐか――である。

 母さん、頼むから女の子を抑えて下さい。


 ――話を戻す。

 眞智子が話を続ける。


 「あっ、クリオも一緒に行く? 多分、美和子さんOK出ると思うよ」


 「えっ、私?」


 クリオはボーッとしているところ不意を突かれびっくりしている。彼女が答える間もなく、勝手に眞智子が母にSNSを送る――チリン、すぐに返事が来た。


 「OKだって」


 「えっ、あ……うん、わかった」


 呆気にとられるクリオ。

 美子が「え~ぇっ?」眉を顰める。


 「あんた、本当にうちのアレと仲良いじゃん――本当はあのクソババアが母親なんじゃないの? そんでお兄ちゃんがおいちゃんの息子なんでしょ? あんたら眞智子のところで違えられたのよ」


 美子は僕と兄妹という形を認めたくないのか、そんな言い回しをしている。

 ――が、当然取り違えられる訳がなく。


 「美子、DNAの件って覚えている? この前調べたら確認取れたって前にも話したと思うけど、あんたと礼君は美和子さんの子に間違いないんだけど。」


 「ちっ、またその話か――あのクソババアめ……」


 美子は苦み潰した表情で顔を背けた――と同時に、眞智子のスマホからチリンと着信音がまた鳴った。

 眞智子がそれを確認する。


 「あーっ、美和子さんやっぱりアンタの母親だわ。こんなこと書いてある『美子が私の事クソババアって言っていたら教えてね』って……だから送信したね」


 眞智子がそう答えるとスマホを美子に差し出す。

 美子の顔色が真っ青になると同時に着信音が2連続鳴り響いた。


 一つ目は眞智子宛――楽曲ファイル。開いてみるとどこかで聞いたような音楽。プロレス?


 もう一つ目は美子宛のメール。恐る恐る確認するとさらに血の気が引いた。

 美子の背後から携帯の画面を確認すると――


 『美子ちゃん、卍固めが良い? コブラツイストが良い? とりあえず二つね』


 あ――美子の処刑が決定した。

 脇で、眞智子が「美和子ボンバー○エー、美和子ボン○ーイエー」と音楽にあわせて歌っている――あぁ、そういう意味ね。


 さて、完全に忘れられている子がいる――


 「ちょ、ちょっとあたしはどうなるのよ!」


 「えっ、おまえ。まだいたの?」


 佐那美が自分を指差し、『あたしだけ除け者?』と騒いでる。眞智子はわざとらしく佐那美をあしらう。

 そして、美子までも――


 「お前はくるな」


 そう言われてしまい、涙目で僕に訴えかけてくる。


 「一応、聞いてみる?」


 僕が母にSNSで確認を取るが、一向に返事が返ってこない。

 しかも既読も付いていない。


 「あら~美和子さんに嫌われたのかぁ?」


 眞智子が佐那美をからかう。

 それに、一人だけあぶれた佐那美もなんだか可哀想だ。

 ――そう思っていたら、すぐ既読に変わり「良いわよ」と返事が戻ってきた。

 これで佐那美も呼ばれた訳である。

 こうして、いつもの面々がうちの家に揃うのか――


 僕はもうトラブルは御免です――

 ここは無難にやり過ごせるよう祈るしかない。

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