第2話 10月21日のあなたへ

ようやく平日がきた。私には土日なんていらないの。土日があるからあなたに会えなくなるから。

あなたが土日に何をやっているかなんて想像するだけで心が痛くなる。あなたには唯一私の目の前のあなたでいてほしいから。私の知らないあなたなんて存在してほしくないし、そのきれいな潔い目が誰かを愛しく見つめてるなんて考えただけで私は涙が出てしまう。

目の前にいるあなたの存在を女の人は誰も気づかないようにしてみたい。ただただ、私が透明マントをかけてしまうの。私だけのあなたにしてほしいのに、会話のきっかけもないし、見つめる勇気もない。ただ心の中に愛しいって気持ちだけが沸き起こって幸福になって。目が合ったときに目をそらしてはその一瞬の楽しみのために毎日毎日過ごしている。

ただただ好きでしかない、その中にどんな意味があるのかも私にはわからない。いくつもの恋心の中にはあなた以外へと向けられる気持ちもあるけれど、この瞬間だけはあなた以外はこの世にはいないの。どんなに素敵な俳優だって道に転がっているかもしれない小石よりも気にならない。どんな一挙手一投足も気になるのはあなたの目の色が変わるときだけ。

愛しいなんて言葉の端っこには豊かな愛情がある。でも中核を担っているのはただの執着と独占なの。わかってほしい、この私の愛し方を求めてほしいの。好きで好きで仕方ない、そういい続けたかった。そして言い続けることをどうかあなたの前で言葉として誓わせてほしいの。そんな日が来ることを今日も夢見て、パソコンに向かっている。カフェでコーヒーを飲みながら。


翌日の祝日を控えてカフェは混んでいた。仕事はそんなにはかどらなくてもカフェが込んでいることは私にとっては望ましいことだった。だって、人々のせいにして彼の目の前に堂々と座れるから。バンプオブチキンの新作を聞きながら視線を感じながら素知らぬ顔でパソコンに向かっている。私、髪切ってきたのよ?金曜日はあなたはいなかったけど、あの日、美容師さんに髪を巻いてもらったの。そのちょっと大人っぽい姿をあなたに見てほしかったのに、いないんだもの、すごくがっかりしたの。

私の心はいつもこんなふうに彼を目の前にして彼への状況報告をする。一度だって目を見つめ合ったことはない。それでも、同じ空間にいることが幸福だった。一度だけ隣り合ったとき、まるでそれは昼下がりのリビングのようにゆったりとした幸せな時間だった。カフェにはたくさんの人がいたけれど、私と彼の間では確かにリビングのひだまりを感じた。彼は仕事をして、私はその隣でコーヒーを飲んでいるの。なんて幸せなのかしら、そんな日々は来ることは知っていても、すぐに来てほしいとわがままにも切実に祈ってしまっている。

季節が何度も過ぎて、ちょっとずつ互いの洋服が変わって、時々に鞄も新調されてそんなふうに私たちは今年を過ごした。なんだか元気がなかったら声をかけようかとか、なんとなく気持ちが荒れていて「あなたなんて知らないのよ」って雰囲気を作ったこともあった。それでも変わらず週に一回はあなたの存在を感じることが私にとって小さな幸せだった。多くの困難な人間関係を抱えた身としては、話さなくても互いに誰か知らなくてもあなたがカフェで渋い顔でパソコンを見つめているその潔い目を姿を見るだけで癒された。何か月目かに聞いたその声はとっても大人っぽくてドキドキした。ニヤニヤしそうになるのを必死にこらえた。透き通っていながらも覚悟の決まった大人の男性の声だと思った。私にとって久しぶりに感じる大人の男性だった。明日も会える?って気軽に言える人たちが心底うらやましかった。動向を盗み見ることができるfacebookで繋がれる間柄が心底ありがたいと思った。今の彼と私は約束もせずに、連絡もとれずに、どこのだれかもわからずに偶然に任せて祈るようにカフェに来ることだけだから。

明日も、会えるといいな。明日は目が合うといいな。


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