第5話隠蔽の狼煙
星田が高山の家から飛び出した日の午前十時、高山が居る書店に年季の入った夫婦がやってきた。
「あの、高山卓さんですか?」
「はい、そうです。」
「娘がご迷惑をお掛けしました。」
夫婦は頭を下げた。
「星田さんのご両親でしたか、私も自宅に招いてしまい申し訳ありません。」
「それで、娘がお宅に荷物を忘れてしまったようで、取りに参りました。」
「そうでしたか、では自宅に行って取りに行きます。」
「ああ、近くの喫茶店で待っているから、赤い車の所で待っていてくれ。」
夫婦はそう言い残して、書店から出た。そして仕事が終わると高山は、喫茶店の駐車場に停めてある赤い車に夫婦と乗り込み、運転する星田の父に自宅のマンションの場所を教えた。そしてマンションに着いた高山は、自宅から星田の荷物を持ってきた。
「こちらです。」
「ありがとうございました。」
「董さんは元気ですか?」
「元気ですけど・・・、高山さんは自宅に住んでて平気なんですか?」
「こら、変なことを尋ねるな!」
夫は妻をたしなめると、足早に妻と一緒に赤い車で帰っていった。高山はほっとした顔で自宅に戻った。
それから数か月経った三月二十日、自宅でハスキーと過ごす高山に電話があった。
「もしもし?」
「高山!久しぶりだな、小杉だ。」
「小杉さん、久しぶりです。」
小杉守は体格が大きく、少年期は典型的なガキ大将。でも暴力は振るわず面倒見が良かったので、多少憎んでいたが高山はよくつるんでいた。
「そういえばもうすぐ俺たちが小学校卒業した日だよな、その日に同窓会をやらないか?」
「いいですね、日向くんや祐介くんも誘いましょう!」
すると小杉は、数秒黙り込んだ
「小杉さん?」
「高山、落ち着いて聞いてくれ。」
小杉の声は真剣だ。
「わかった、話してくれ。」
「お前に電話する前、祐介を誘おうと電話した時に知ったんだ・・・。」
高山は唾を飲み込んだ。
「祐介・・・、亡くなったそうだ・・・。」
高山はショックだった、幼い頃からの親友で「パラドックス・ウルフ」に出会わせてくれたのは祐介だった。今でも祐介には、いつか必ず恩返しがしたいと思っていたのに・・・。
「何で、祐介は死んだの?」
「事故だ。自宅に帰ろうとしていたところを、背後から刃物で一突き。」
それで祐介は死んだのかと思うと、祐介が気の毒になった。
「だから同窓会の前に、祐介の実家に行こうと思う。高山は賛成か?」
「もちろん・・・、行くよ。」
「じゃあ、当日味鋺駅に集合だ。」
「わかった・・・、グスン・・。」
「高山・・・悲しいよな・・。」
小杉はそう言って電話を切った。
三月二十五日、味鋺駅には高山・小杉・日向・文雄の四人が集まった。
「みんな揃ったな、それじゃあ祐介の家に行こう。向こうには事前に伝えてある。」
「祐介君、上手くいっていたのに・・。」
「文雄、どういうこと?」
「歩きながら説明するよ。」
そして四人は祐介の実家に向かって歩き出した。
「それで高山君、祐介に犬を紹介してもらってから何も知らないの?」
文雄に言われて気づいた、あの日以降一度も連絡していなかったことを。
「祐介は亡くなる二か月前、実家を出てペットショップで働きながら一人暮らしをしていたんだ。それでペットショップで美央という女性と知り合って、付き合い始めたんだ。それで結婚したのが一か月前、それから二週間後には美央が妊娠してまさに幸せの絶頂だった・・・。」
高山は幸せそうな祐介の顔を思い浮かべた、そして祐介の実家に到着した。小杉がインターホンを押すと、祐介の母・奈津子が出た。
「小杉くん、来てくれたのね。」
「友達と来ました、失礼します。」
四人は実家に入り、祐介の仏壇に足を運んだ。そして正座して、数秒間黙祷した。
「祐介、今まで会いに行けなくてごめんな・・・。」
高山は頭の中で、祐介に対する親しい思いを唱え続けた。
「皆さん、息子のために来ていたただき、ありがとうございます。」
奈津子がお茶とお菓子を用意して、四人の所に持ってきた。
「あの失礼かもですけど・・・、祐介君の最期ってどうだったんですか?」
高山が尋ねると、奈津子は固い口を開けるように話した。
「あの子が丁度会社から育児休暇を取ってきた日の帰りでした・・・、彼が美央さんと同棲しているアパートのすぐ近くの角で、急に誰かがあの子を背後から刃物で一突き!しかもあの子はそのまま、近所の神社の境内に捨てられていたんです・・。神社の人が見つけてくれたからよかったものの、もしずっとその場に置き去りになっていたら・・・。」
奈津子は、悲しい気持ちを思い出したのか大泣きした。
「奈津子さん、ごめんなさい。」
「気にしなくていいですよ、あの子にこんなに素晴らしい友人方がいたことが、私にとって誇らしいのです。」
その後四人はお茶とお菓子を頂くと、居酒屋へ向かって歩き出した。
「祐介・・・。」
「高山、何泣いているんだ?」
「もっと祐介君と…話したかった・・・。」
「気持ちは分かるが、いつまでも思っていても虚しいだけだ。今日は楽しいことして忘れて、お盆の時期になったらまた祐介との思い出を話し合おうぜ!」
小杉は高山の肩を優しく叩きながら言った、そしてその日はいつもより酒をたくさん飲んで家路についた。
二日後、まだ同窓会による二日酔いの余波が残っていた日。高山はハスキーを散歩に連れていた。すると目の前に青いワンピースを着て、ピンクのショルダーバッグを肩に掛けた、美人女性が現れた。美人女性は高山に話しかけた。
「あの、もしかして高山卓さんですか?」
「はい、そうですが?」
「私、市原美央といいます。祐介から生前あなたの事を、よく聞かされていました。」
高山は突然、友人の未亡人に出会ってしまい、驚きのあまりオロオロした。
「えっとーー、祐介からーーどんな風にーー言われていたんですかーー。」
パニックになると声を伸ばしてしまう、高山の恥ずかしい癖である。
「それはもう、自分にはこんなに素敵な友達は絶対できないと言っていました。」
高山が照れ笑いを浮かべていると、突然ハスキーが高山の後ろから走り出した。
「こらっ、やめるんだ!」
高山を引っ張りながら、ハスキーは何者かに襲いかかっていた。
「やめるん・・・・!」
高山はハスキーに襲われている男の姿に唖然とした、全身黒ずくめで目出し帽をかぶっていて、おまけに近くに果物ナイフが転がっていた。男はハスキーの猛攻を振り切ると、果物ナイフを拾い上げ走り去った。
「まさか、私を危険から守ってくれたのか・・。」
高山はハスキーに礼を言いながら頭を撫でた、それからしばらくして美央がいなくなっていることに気が付いた。
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