第8話 初めての友人
担任が出て行った後の教室に喧騒が戻っても俺は一人項垂れていた。初日でこんな事になるとは思っていなかったのだ。仕方ない。
そんな俺の事情を知ってか知らずかセシルが声を掛けてくる。
「クロス、この後予定はあるかな? 良かったら少し付き合ってもらいたいのだけれど。君達三人も是非」
「いや俺は……」
と断りを入れるよりも早く
「構わないわ」
「俺も、構わないぜ」
そう返事が返される。
「良かった! じゃあ行こうか。付いてきてくれ」
───決まってしまった……
俺は諦めて一緒に席を立つと、皆の視線を集めながら教室を後にしたのだった。
セシルに連れられてやって来たのは学院の外れにあるカフェテラスだ。庭園の中に隠されるようにあるこのカフェはいかにも穴場と言う感じだ。
「ここは一部の教師や学生しか知らない場所なんだって。誰でも利用出来るみたいなんだけど、見つけた人は皆自分のためにあまり口外しないらしいんだ。僕は入学式の打ち合わせで一日早く学院に来たんだけど、その時散策して見つけたんだ」
「……素敵」
「そうね。花に囲まれて静かにお茶が出来るのは魅力的だわ」
「確かに~。ここは自分の特別な人と来るのにうってつけだね」
皆えらくここを気に入ったようだ。そういう俺も森の中で暮らしていたから花や緑が多い場所は好きだ。しかも、ここは静かでとてもいい。
各々飲み物やケーキを頼み、程なくして席へと運ばれてくる。俺はダージリンティーだけを頼んだのだがティーカップが乗った皿の上にクッキーが二枚付いている。甘いものは嫌いじゃないがケーキが苦手な俺には嬉しい心遣いだ。
「先程は不快な思いをさせて申し訳ない。ここは僕のお詫びです。さ、どうぞ召し上がって下さい」
「アクアガーデンは貴族意識の強い国だものね。仕方ないにしても大変ね。ま、ここは貴方に甘えて頂くわ」
「俺の国も家柄とか多少はあるけどあんたの場合はそれだけじゃないもんなぁ。お察しするぜ」
「……頂きます」
「ふふっ、ありがとう。国ではあまりフランクな付き合いが出来なくてね」
「心配しなくても様呼びなんかしないわよ。それに希子は貴方だけじゃないの。だから貴方はセシル、私はルルよ」
「……うん。セシル」
「俺は男に興味ないがあんたは美人だからな。仲良くしようぜ」
「ああ、宜しくお願いするよ」
セシルは嬉しそうに微笑んで顔を俺に向けてきた。
「クロス、僕のせいで不快な思いを沢山させて本当にごめん。教室で君を見掛けた時つい嬉しくて……でも出来たらこれから仲良くして貰いたいと思っているんだけど」
「俺は……別にそんな気に掛ける程の奴じゃない」
「そうそう! って、言いたいが……あの教室内であんだけ動じずにいれるってすげーよお前。ちょっと見直したぜ」
───いや、あれは終始どうしていいか分からなかっただけなんだが……
「しかも驚くほど世間知らず。アクアマリン家なんて普通嫌でも耳に入るでしょうに」
それはカノンから自分で見聞きして知っていけと言われたからだ。なるべく
「はは。自分で言うのも何だけど、知らないでいてくれる人がいたっていうのは驚きだったよ。それに、君からは不思議な何かを感じるんだ。それが気になって仕方ない」
セシルの言葉に他の三人も同意するように視線を向けてくる。
「……はぁ。分かった。俺はかなりこの世界の常識に疎いからな。それだけは覚えておいてくれ」
俺の言葉にセシルは嬉しそうに頷いた。
◆
寮へと戻ると、なんとセシルとは部屋が同じフロアのお隣さんだった。セシルが角部屋で俺はその隣だ。因みにゼルは俺達の一つ下のフロアで、女子寮は棟自体が別だ。
「やっぱり君とは何かと縁があるね」
「良いんだか悪いんだか分からないけどな」
「君にとって迷惑な悪い事でも僕にとっては嬉しい良い事だ」
そう言ってセシルが少し寂しそうに笑う。
「……一つ言っておくが、俺は別にお前を迷惑とは思っていない。多分、俺といる方が迷惑を掛ける」
そう伝えるとセシルが驚きで目を見開いた。
「そんな事を言われたのは初めてだ……」
「事実だ。俺は知らない事だらけ過ぎて他人との付き合い方すら分からない。お前がどんなにすごい奴なのかも皆目見当もつかん」
「僕にとってはそれが何よりも嬉しい。それに、知らないなら知っていけばいいだけさ。君と一緒に学んで行くのが楽しみだよ。それじゃあまた明日、教室で」
「ああ、またな」
別れを告げて部屋へ戻ると俺はベッドに倒れこんだ。
───疲れたな……
でも嫌じゃない。初日から色々あったがほんの少し楽しかった気もする。
「いっそ開き直って堂々としてた方がいいのかもな……」
そうボソっと呟いて俺は目を閉じたのだった。
◆
目が覚めると二時間程経っていた。刻の頃は9時前、もう夕飯時は過ぎている。
「ナビィ、聞きたい事がある。食堂は何時までやっている?」
「あらら、まだ食べてないの? 注文は9時半、食堂自体は10時に閉じちゃうよ! 売店は9時まで。自動販売機でレトルト食品は24時間売ってるけど、食堂にまだ間に合うから急いで急いで!」
───良かった……危うく食いっぱぐれるところだった
俺は制服から部屋着に着替えて急いで食堂へと向かった。
食堂はもうほとんど利用者はいなかった。
俺はおばちゃんにハンバーグ定食を頼み、トレイに乗せて隅のテーブルに着く。いただきますをして食べ始めようとした時、前のテーブルに座るゼルと目があった。
───まぁ……いいか
俺は目線をハンバーグへ移し食べ始める。
「いやいやいや! 無視かお前! いくら何でも露骨過ぎんだろっ」
そう言って自分のトレイを持って俺の目の前にドカっと腰を下ろした。
「……男に興味無いんじゃなかったのか?」
「ないよ!! でも男に
───わがままだな……
「お前ほんと変わってんなぁ。悪気が無いのは分かるけど、それじゃ色々誤解されるぜ?」
カレーを頬張りながらゼルが話掛けてくる。
「……構わない。他人にどう思われてもあまり気にならないしな」
「はぁ。まぁそれでいいならいいけどさ。あんま言いたくないけどよ、お前は自分を守る家名は無いんだ。変な奴に絡まれないよう少し気を付けた方がいいぞ」
「??」
「だから~、セシルはアクアガーデン当主の息子、俺は【
「なるほど。
「そーいう事。この学院は実力主義で家柄を全く評価対象にしていない。大抵の奴はそれを承知の上で入学してくる。でもやっぱプライドの高い奴はいるもんで、ミゼランみたいな奴がいい例だな。あのタイプはお前みたいな奴を受け入れない」
「だろうな。すごい目で睨まれた」
「まぁお前は何とも思わないだろうが、一応忠告だけしといてやる。じゃあな」
そう言ってゼルが食堂を去って行った。
「気を付けろって言われてもなぁ……」
考えても仕方がないのでゼルの気遣いだけを心に留め、俺は食事を再開したのだった───
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