第7話 静かな生活の諦め

 

(なぁアクアマリンが来たぞ。しかも君達が興味ないって言ってた奴の所に)


(あら、私達が興味ないのは貴方だけよ)


(えぇっ!?)


(ミステリアス……気になる)


(まぁ確かに。色々と不思議な感じよね)


 そんなコソコソ話が後ろから聞こえてくる。


 ───聞こえてるぞ。頼むから、出来れば何の興味も持たないでくれ……俺にも何でこうなったのかさっぱりなんだ


 そう心の中で念じている俺の前にフッと人影が落ちた。


「お久し振りです、セシル様。それに月の国サルーン、ヴァレンタイン家のお二人に火の国ザハラのデゥーイ家の方。僕はセシル様と同じアクアガーデン出身のミゼラン=スイウォールと申します。以後、お見知りおき下さい」


 律儀に挨拶しているがまた俺は華麗にスルーされている。ゼルとは違った無視だ。興味の有り無しじゃなく多少の悪意を感じる。


「スイウォール家の方でしたか。去年の晩餐会の時にお会いしてますね。お久し振りです」


「覚えて頂けていて光栄です。セシル様、あちらにミィルディン家とエルディー家の者もおります。席も空いてますので是非いらして下さい。宜しければ後ろのお三方も」


 ───うん、是非とも全員まとめて連れていってくれ。俺の事は全然無視で構わない!


 だがそんな俺の希望もセシルの「せっかくですが……」と言う言葉で砕かれてしまう。


「クロスとは先程友人になりましてね。なので今日のところは彼と一緒にいさせて頂きます」


 すみませんとはっきり断るセシルの言葉に目を見開いてショックを受けている。


「いやいや、セシル様!! そんなどこの馬の骨とも分からないような奴と……それに何の称号もない家名の者と一緒にいるだなんて」


 ───だいぶ偏見があるんだな、コイツ。まぁ今の俺は正にその通りだから何を言ってもらっても構わないんだけど


 うんうんと心の中で頷いていると……


「この学院に入学した時から身分や家名による差別も区別も存在しないわ。事前に配られた名簿を見て調べたんでしょうけど、それ自体がいらん努力ね。くだらない」


 チッと舌打ち付きでルルが言い放つ。それに続いてゼルも


「俺は男に興味ないから君には全く興味がないや」


 ごめんね、と声は明るいが妙に冷めた声音に聞こえる。


「………」


 ナナに至っては完璧に無視だ。


 多方から浴びせられた言葉にミゼランの顔がみるみる赤くなっていく。

 キッと俺を睨んだ目には殺意さえ感じたが、俺は見て見ぬフリをしてその視線を受け流す。


 内心は“ほんと勘弁してくれ……”とだいぶ参っているんだが……だいたい俺のせいじゃないだろうに。


 そこにタイミング良く鐘の音が鳴り響き、教師とおぼしき一人の女性が入ってきた。

 教室内に席に着くよう指示が飛び、ミゼランがしぶしぶ戻っていく。


「ちゃんと全員揃ってるかしら? あ、前の席が空いてたらなるべく詰めて座ってちょうだいね」


 コホンと咳払いをしてから


「それじゃあまずは自己紹介ね。皆さん初めまして。このクラスの担任を務めます、エミリア=ラングベールです。よろしくね」


 赤茶色の髪を後ろにキュッと夜会巻きにし、スッと切れ長の目には赤縁の眼鏡が掛かっている。厳格そうに見えるその様相とは打って変わり、下に行けば行くほど妙に艶かしい感じになっていく。

 薄めの唇には赤いグロスがツヤツヤと輝き、口元の左下にあるホクロが色っぽさを醸し出している。真っ黒のロングドレスは胸元ががっつりと開き、豊満な胸の谷間が覗いている。タイトドレスはウエストからヒップラインのシルエットもしっかりと写し出し、色々と疎い俺でも大丈夫か? と心配になるほどだ。

 まぁ“差別区別なく自由で平等”が謳い文句の学校だ。いいのだろう。


「次は貴方達の自己紹介を宜しくね。今から出席確認も兼ねて名前を呼びます。呼ばれた人は起立して返事、それと皆に向かって一言よろしくね。それじゃあ───」


 ───マジか……いきなりハードルの高い事を……


 何を言えばいいのか分からず頭を抱えている間にもどんどん名前が呼ばれていく。


「セシル=エクレール=アクアマリン」


「はい。皆さん、クラスメイトの一人として気さくに接してもらえたら嬉しいです。宜しくお願いします」


「ゼルディア=フォン=ドゥーイ」


「はーい! 女の子の友達がいっぱいできたら嬉しいです。よろしくどーぞ」


 ───なるほど


「ルル=ヴァレンタイン」


「はい。あまりする気がないんだけれどここでは一応言っておくわ。よろしく」


「ナナ=ヴァレンタイン」


「はい。……ルルと同じ」


 ───自分の願望をそのまま伝えればいいのか。そして最後はよろしくで締めれば良しと……


「クロス=リーリウム」


「はい」


 俺は願いを込めて口を開く。


「出来れば俺に関わらないで欲しい。……よろしく」


 ───しまった。最後少し口ごもってしまった。ちょっと変な空気になった気もするが……隣のセシルは声を出さず笑ってるし、後ろは誰か吹き出したな……まぁ失敗したのなら仕方ない。言いたい事は伝えれたから良しとしよう。



「以上三十名全員出席っと。にしても今年はキャラが濃そうね~。無理に仲良くしろとは言わないけど問題は起こさないでちょうだいね。それじゃあ今からプリントを配るから、今日はそれで今後の予定を確認して終わりよ。詳しくは明日からね」


 担任からプリントの束を渡され、隣のセシルの分と二枚取り残りは後ろに渡す。

 一枚をセシルに渡すとお礼と一緒に微笑まれたのだが、遠くからミゼラン達の視線を感じサッとプリントに目を移した。

 そこには今後一ヶ月分の予定が事細かに書かれている。


「全員に回ったかしら? 読めば分かるからざっと説明するわね。」


 エミリアが省略しながら説明を始める。それをまとめるとこんな感じだ。


 ・明日から二週間、今までの知識や魔法を座学と実技で復習。一緒に、この学院のルールや禁止事項についての説明を受ける。

 ・次の一週間はクラス内でチーム編成が行われ、クラス対抗総当たり戦に向けた実戦訓練にあてられる。クラス対抗総当たり戦とは文字通り、全10クラスによる模擬試合だ。これが入学して最初のイベントとなる。

 ・最後の一週間は丸々親睦を兼ねた合宿だ。初日は学院を出て街を観光し、街の外れにある施設で五日かけて総当たり戦を行う。最終日の夜は立食形式の親睦会をして寮に帰宅となる。


 これが明日から一ヶ月間の予定となる。


「以上です。それではまた明日、9時の始業にお会いしましょう。あ、そうそう! 席はこの日程が終わるまで今座ってる所を使用して下さいね。座席は記録しているので変更は無しです」


「───っ!?」


 ───終わった。こんな目立つ逃げ場の無い場所が俺の指定席……


 この瞬間、俺は目立たずひっそりと過ごす学生生活を諦めたのだった───

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