第6話 予想外の出来事

 

 ───何となくそんな気はしていた。相当な手練れだと思ったからな


 案の定、セシルが新入生代表として壇上へ向かっていく。

 驚いたのはそこではない。俺がさっき会った人物とはまるで違うように見えたからだ。


 俺のセシルの印象は快活なドジっ子という感じだったのだが……今いるセシルは遠目でも分かるほどに気品と威厳を纏っている。その姿は堂々としたもので、優雅に歩くその姿は王族か貴族そのものだ。


 同じ人物なのにこうも印象が変わるのは兄とカノンに続いて三人目だなと思っていると、壇上に上がったセシルが口を開いた。


「麗らかな春の陽気に包まれ、新入生全三百名が学院の門をくぐりました。私達はセラフィスタ魔法学院の名に恥じない生徒となる事を誓い、諸先輩方に続いて立派な魔法使いウィザードとなるため日々精進して参ります。

 私達をこれから教え導いて下さる先生方、お世話になる施設の皆様、そして私達を送り出して下さった家族の皆様、この素晴らしい日を迎える事が出来た感謝を捧げたく思います。

 新入生代表セシル=エクレール=アクアマリン」


 ワッと大きい拍手が上がる。一礼して席に戻る姿も堂々としたものだ。

 その洗礼された立ち居振舞いに感心していると───


「やっぱりあいつが首席だったか……」


 ゼルがボソっと呟いた。


「……あの子は特別。当たり前」


 その呟きにナナが答える。


「特別?」


 ───そんな凄い奴なのか


 そう口にした俺にルルが呆れたように返答をくれる。


「あなた世間知らずにも程があるわよ。アクアマリン家ってだけでも有名なのに……あの子はね、生まれながらに天使ジブリールの加護を受けた者って言われているの。魔力量もさることながら魔力操作もズバ抜けてる。それでいて学問に置いても秀才なんだから本物の“天才”なのよ」


 嫌味な奴、と付け加えてフンっとそっぽを向いてしまった。


 ───あまり好感は持っていないのか? 褒めていた気もするんだが……にしても、聞く限りじゃ頭一つ抜けて優秀な奴みたいだな。卒業する時にあいつより秀でてなければいけないのか……


 そう思うと少しだけ気が重くなってしまった。



『静粛に───。これにてセラフィスタ魔法学院の入学式を終了します。今から腕輪に自分の配属クラスが表示されます。それを確認し次第、後ろから順にここを出て教室へ向かうように。以上です』



 そのアナウンスが終わると間もなく、一斉に腕輪へクラス番号が送信されてくる。

 俺は── ⅠーH だ。


 すると両隣からも


「お、俺はHか」


「私達は……Hね」


 と、同時に聞こえてきた。その瞬間、“ぱぁっ”と笑顔になって喜ぶ者、“げっ”とあからさまに嫌な顔をする者、“……”と全く無関心な者といった感じで反応は様々だ。


 俺はどうしたものかと思案しながら自分のクラスへ向かったのだった───





 ◆





 向かう所が一緒なので必然的に四人で教室へ向かう事になってしまった。


 ルルとゼルは「まさかリア様を拝めるとは驚いたよな~ルルちゃん」とか「付けで呼ばないでちょうだい」とか楽しそうに話している。……いや、楽しそうなのはゼルだけだな。


 俺の隣にはナナがいるのだが進行方向と顔の向きが合っていない。またも凝視されている。

 お互い無口だからか会話がないのが救いだ。まぁ俺の場合、無口と言うより何を話せばいいのか分からないと言った方が正しいのかもしれないが……


 そうこうしている内に教室へと到着する。中は真ん中と両端が通路になっていて後ろに行けば行くほど席数が増える造りをしていた。黒板と教台を中心に席が扇状に段々と広がっている。


 どうやら席は好きに座っていいらしい。だいぶ生徒も集まっていて賑やかだ。


 ───とりあえずあまり人のいない目立たない場所に座ろう。こんな大勢の輪の中へ飛び込むのは俺には無理だ


 なので人気の無い一番前の端っこに座る事にする。誰も目に入らないし、二人掛けだから隣も来ないだろう。うん、俺にぴったりの席だ。

 そこに腰を落とし、毎日ここを死守してひっそり過ごそうと決意したのだった。


 その直後、真後ろから聞いた声で言い争いが聞こえてくる。

 あいつらだ……。


「ちょっと、何で貴方が隣に座るのよ! 席はまだ沢山余ってるでしょ」


「いやだってさ、クラスが一緒だったんだよ? 興味を持ってもらうためにも離れるわけには行かないでしょ~」


「……近い」


「だったら前に行きなさいよ。さっきのお隣さんだっているじゃない」


「俺は女の子にしか興味ないんだってばー」


 ───やめてくれ……百歩譲ってそこでいい。俺に話し掛けないでくれよ……


「ちょっと貴方! 無視してないでこれ引き取ってちょうだい」


 願い叶わず、ぐいっと肩を引かれ強制的に振り向かされる。


「お前だって男より女の子が隣の方が嬉しいだろ?」


 “動きません”と言わんばかりにゼルが机に突っ伏している。


「まぁ……どこに座るかは自由だし。俺は一人がいいから……」


「なっ!?」


 めちゃめちゃ不機嫌そうなルルとは対照的に、ゼルがガバッと顔を上げてキラキラとした目を向けてくる。


「お前、分かってるなぁ! って事で、よろしくね双子ちゃん♪」


「「………」」


 双子からの視線が痛い……


 そして気付けばクラス中からの視線も痛い……


 ───そりゃ初対面でこれだけ騒がしければ注目されるよな


 はぁ……と思わず深い溜め息がこぼれる。


 全てを無視して座り直そうとした時、クラス中がはっと息を飲む音が聞こえた。

 周りを伺うと皆今入ってきた人物に視線を向けている。


 セシルだ。


 教室を一見すると何を気にする素振りもなく歩き始める。優雅に堂々と歩く姿に男女問わず見惚れている者も多い。

 その姿が中央通路を降りてどんどんと近付いてくる。そして遂に俺の真横で歩を止めるとニッコリ微笑んだ顔と目が合った。


「やぁクロス。君と同じクラスで嬉しいよ。隣、失礼していいかな」


 瞬間、クラス中に声にならないどよめきが起こる。


 俺は急に頭痛を感じ、眉間を押さえてうつむいたのだった───





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