第2話 誓約
着いた先、そこは一面真っ白な小さな部屋の中だった。
「ここは私の城の一室だよ。この装置を守るためだけの部屋なんだ。まぁそもそも私とカノンしかこれを起動できないんだけどね」
そう説明をしながら兄が何もない壁に手をかざす。するとそこに何の変哲もない部屋の扉が現れた。
「さぁどうぞ。ようこそ《シュライン城》へ」
開けられた扉の先は広々とした寝室に繋がっていた。美しい調度品と家具の中に自分の慣れ親しんだ物がちらほら見える。
「あれ、これって……」
「そう。ここは将来の君の部屋だよ。私達が朝食をとってる間にカノンが運んでおいてくれたんだ」
───ほんとに有能だな
カノンの手際の良さに感心しつつ、既に自分の居場所が用意されてる事に嬉しさが込み上げる。
「さて、クロス付いて来てください。荷物は置いておいてもらって結構です」
そう言われ、部屋を出た兄の背を追いかけて行くと豪華に装飾された大きな扉の前に案内された。
そこでも兄が手をかざすと今度はその重厚な扉がゆっくりと開いていく。
中は目を見張るほどに煌びやかな装飾がなされた豪奢な空間が広がっていた。その広大な間の入り口から一直線に赤い絨毯が敷かれ、それは最奥の階段まで続いている。階段の頂上にはまるで四体の天使像に守られているかのように玉座が置かれ、その光景は神々しいまでに洗礼された聖域のようであった。
───ただただ美しい
素直にそう思った。
兄に促され一緒に歩を進めながら、周りを見渡し純粋に感動して溜め息が漏れる。
「本当はあの家みたいに質素で小ぢんまりしてる方が落ち着くんだけどね。当主として威厳を持つのも大変なんだ」
ははっと兄が苦笑いしている。
───確かに、溜め息が出るほどに美しいが住みたいとはあまり思わないな……
「ここは私の城だが私の家は君達のいるあの場所だった。帰りたい一心で頑張って仕事をしたものだよ。昨日までの半年間は名残惜しくて無理したのもいい思い出だ」
「そういえばほぼ毎日兄さんと朝御飯を食べてたね。それまでは多くても週に二回とかだったのに。昔珍しくカノンが朝寝坊した時兄さんがテーブルに座ってて……その時のカノンの顔は今でも忘れられない」
お互いにそれを思い出してくすくすと笑みがこぼれる。
「……いつも貴方に待っていてもらいましたが今度は私が貴方を待つ番ですね」
感慨深そうに呟いて、兄が俺に微笑み掛ける。
「そうだね。兄さんとカノンに待っててもらうなんて初めてだからちょっと変な感じだよ」
俺は少し困ったように笑い返した。
「でも俺は必ず兄さん達の所に帰ってくるよ。兄さんが胸を張って俺を家族だって言える日まで、気を楽にして待っててよ」
カラカラと笑いながら言う俺を見て、兄は一瞬驚いた顔をしたがすぐにプッと吹き出した。
「随分と肝が座ってますね。本当に、心配なんか何もいらなそうだ」
ははっと可笑しそうに笑っていた兄だったが、不意にピタッと歩みを止める。
「さて、クロス。ここで待ちなさい」
声音の変わった兄の言葉に従い、俺は玉座下の階段前で立ち止まった。
兄が階段に足を掛けるとその体は光に包まれ、玉座へ腰を下ろすと同時、その光の中から正装へと姿を変えて現れる。
神々しい威厳を放ち他を圧倒するその姿は初めて見る兄の姿だった。
「クロス=セラフィナイト」
名を呼ばれ、俺は片膝を着いて返事をする。
「はい」
「今この時より、その名を名乗ることを禁じます。これより貴方の名は“クロス=リーリウム”です。その名で世界中から認められてみせなさい」
そう告げて兄が俺に向かって呪文を唱える。すると足元に魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣がほどけて俺の身体に巻き付いていく。すぐにそれは消え去り、代わりに不思議な感覚が俺の中に生まれた。
クロス=セラフィナイトである事は覚えているのに、昔からクロス=リーリウムであると思うのだ。
「それは
俺は兄を見つめ、強く頷いた。当たり前の事を言われただけだ。認めてもらえなければセラフィナイトは名乗れない。名乗れなければ兄やカノンと一緒に居る事も出来なくなる。
───分かってる。何も心配いらないさ
俺の自信に満ちた表情を見てか、いつもの兄が微笑んだ気がした。
「クロス、私の元へ───」
命じられるまま階段を上がり、兄の膝元で跪く。
「貴方にこれを授けます」
深い漆黒の刃に銀の鞘といういたってシンプルな剣だ。
「これは魔剣ガルディウス。使用者の能力に応じてその姿を変え、主と認められし時、真の力を発揮すると言われています。少々クセの強い剣ですが貴方なら使いこなせるでしょう」
俺はその剣を両手で仰々しく受け取ると兄に向かって頭を下げる。
実はこの時、俺は内心驚愕していた。ビックリするくらい魔剣に魔力が馴染んだのだ。普通は長い年月をかけて武器に己の魔力を馴染ませるのだが……こんな体験は初めてで一瞬動揺してしまったのである。
───……うん、まぁきっと上手く誤魔化せていたと思う
「それとこれを……」
そう言って兄は胸元から小箱を取り出すと中が見えるように蓋を開いた。そこには陶器のような白い小さなリングが二つ並んでいる。
「これは月の石で作られたお守りです。きっと貴方を守ってくれるでしょう」
兄はそれを手に取ると俺の耳へと宛がった。痛みはないが耳に違和感と共にリングが取り付けられる。すると妙に体が軽くなった気がした。何か体から抜け落ちたような……そんな感覚だ。
「貴方に女神の祝福があらん事を───」
耳から両頬へ手が添えられると目の前が一瞬にして真っ白になった。眩しさに思わず目を瞑る。
光が収まり目を開けると、俺は城の外、どこか分からない林の中に立っていた───
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