第38話 旅立ちの決意

焦りを感じた時には遅く、髪を掴まれ上を向かされるとがら空きになった首に剣を当てられる。

ヒイロ先生だ。彼だとわかった瞬間に再び怒りが湧き上がってくる。なんでだ。おそらく俺が一瞬発動させた刻印を感じ取って魔法で飛んできたんだろう。もっと、もっと早く来るべきだったんじゃないのか?


「なんで、今頃来たんですか」

俺の言葉に何も答えない。

「ルーク博士が嫌いだからですか?魔法が使えないからですか?」

剣など恐れない。あてられた刃を握るとポトリ、ぽつりと炭に浮かぶ赤。

「ペンを握れなくなるぞ」

「どっちが反社会組織なのか、わからないじゃないですか」

その発言が癪に障ったらしい。刀が更に首に近づく。血を滲ませる雫が零れた。


「おい、あんた、誰の血流させてるんだ」


それは地獄から聞こえ腹に響く声。時が止まる。ヒイロ先生の驚きを背中で感じられた。

骨が軋む音がする。血を這う音がする。そしてこの寒気…視界の端に恐ろしくとがった骨が見える。間違いない。

「やっと面白くなるんだ、邪魔するなよ」

マーラ…月が雲から出たというのに黒い影が俺たちを包み込んで動かない。

「なんだ、お前は」

「小僧の守り神だよ」

ヒイロ先生が俺を突き飛ばし距離を置く。顎から頬にかけて血が流れている。マーラの爪にやられたのか?というか、なんでこいつ俺のことを守ったんだ?


「初回サービスだ」

見透かしたように答えてくれる。地に這いつくばった俺から見るマーラは初めて神の名にふさわしい存在に見えた。

「こんな奴を召喚獣として従えているのか?」

マーラは先生に槍のような指を伸ばす。

「哀れな種族よ。私がこいつに従うと?笑止」

「≪荒れ狂い吹き荒れる風よ実態を示し我が刃として牙を剥け≫鎌鼬」

ヒイロ先生が召喚獣を呼ぶが、現れた二足歩行のイタチはマーラを見てギョッとし先生の方を振り返る。

「私の魔力を食ってきたくせに無理だというのか?」

鼬は首を振りもう一度マーラに向き合うがまるで覇気が感じられない。


風が揺れるようなマーラの高笑い。僅かな予兆もなく一気に鼬の前を駆け寄り指を振り上げた。

俺の中で魂を喰らう者の愛称が再生される。同じ召喚獣であるというのに鎌鼬は全く反応することができていない。

「やめろ!」

俺の声がマーラの腕を止めた。体は前を向いているが青い瞳でこちらを見ているのが伝わってくる。鎌鼬の首元まで指は下ろされていた。怯えた鼬は突風と化して消えてしまう。


「貴様」

マーラは腕を下ろすと俺に向き合う。俺も立ち上がりマーラを見つめた。

「…残念だよ」

月光に当たりながら黒い灰と共に散る。マーラの背後にいた先生は剣をしまっていた。


「なぜもっと早く来なかったのかと聞いたな。それは私が摂理に従って生きているからだ。今回も魔法使いと持たざる者を区別したことで生まれる当然の結果に過ぎない」

「今回の件でこれから何人が苦しむことになるかわからないのに…防ぐことができる犠牲を見過ごすのは加害者と同じだ」


ヒイロ先生が近づいてくる。

「そうかもしれないな。だが、人のことをお前も言えるのか?お前はルークを追い敷地を出たことでこれから懲罰房に入る。その間何をすることもできない。弱者は無力だ。言葉だけ自由に発しても無意味だ。時間だけはあるからよく考えておくことだな…身の振り方を」


先生が眠りの魔法を唱え始める。

言われたことを、言われたとおりに、言われたことだけをやる。安定的な人生は得られるかもしれないがそれでいいんだろうか。制度のせいにして、見て見ぬふりしているだけでいいんだろうか。

俺がルーク博士と老人を慕っていたからこんなに後悔しているんだろうか。

思考ばかり加速して自責の念に囚われてループしていく。


人を助けるのってどうしてこんなに大変なんだろう。ただ手を差し出すだけなのに障害が多すぎる。でもそれはたしかに俺が弱いからだ。

自分の過去を認めていないからだ。

良いところだけ活用し、魔王の話を信じない様にしている。俺は一度人生経験しているんだ。同じ悩みを持ったはずだ。過去を知ればもっと強くなれる。俺はどんな俺も受け止めなければならない。


誰かを助けたければ、この悲劇を繰り返したくなければ、無力な自分を恥じたくなければ、

弱さを生む迷いは捨てよう。

顔をあげれば鉄格子が見える。幸いにも格子の中で自由を制限されたり痛い目をみることはなかった。

「按邪、頼む」

半信半疑だったが呟くと格子の外に按邪が現れる。


「心は決まったかい?」

「ああ」

「今から君は持つ者と持たざる者の差別社会に反抗する者、レジスタントだ。いくよ」


按邪が従者の服を脱ぎ去り呪文を唱え始める。

彼と会話を交わしたのは俺が懲罰房に連れていかれているときだ。テレパシーを使って声をかけてきた。

こいつはなぜか俺の手助けをしてくれる。ノートの友達と語っていたことと関係があるんだろうか。


「ふふ、魔導士同士の戦いだよ51番目。僕に勝てるかな?!」


水晶が激しく輝き周囲の景色が移ろっていく。懲罰房は一応魔法が使えない様になっていたはずだが、全く関係ないようすだ。これが魔導士の実力。

「アハハ!49番目の魔導士按邪、未来の為に今反旗を翻そう!」

『待ってるからね!必ず!あなたが生まれるその日まで、たとえ犬になっても待ってるから!』

記憶だ。また記憶の声が聞こえる。ああ、そうだこの声を聴いた時も転移魔法の中だった。按邪の姿が声の主と重なる。

「『信じてる』から魔王」


あ、私の弟子のひとり…

「アリス・シュタイン」

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