第37話 転機

出た魔王!悪い噂にはすぐ魔王だ。

「でも…」

唇を噛みしめたヨゾラが俺から顔を逸らして語る。

「魔王は、感化魔法…あんまり使えなかったと思う…」

え?なんでそんなことを思うんだ?実際俺もまだ感化魔法を初心者級のものしか試していないから何とも言えないところだ。


「なんでそう思うんだ?」

「か、感化魔法は、人の魔力を狂わせる繊細な呪文。大きな流れを掴む属性魔法や自分の魔力を調節する変異魔法とは違う。感化魔法を使う人は、他の魔法が苦手。魔法の構築に時間がかかるから。魔王は、色んな魔法を駆使してた。一緒にいた人も、感化魔法の達人だった」

「一緒にいた人?」


初耳だ。たしかに、そんな有名な者に従う者がいなかったとは思えない。

「もう死んじゃったけどね」

そりゃあそうか。魔王を親しんだもので生き残っている可能性がわずかにある者は今のところ48番目の魔導士だけ。しかも会えたところで俺と信じてもらう方法もわからないしな。まだ会いに行くメリットはない。


「ヨゾラは感化魔法が嫌いか?」

「うん、嫌い。でも…感化魔法は唯一回復魔法を使うことができる魔法だから、報われるように頑張る」


勝負をするわけでも勝つわけでもないのに毎日続ける努力。一体何をもって人は報われたと言うんだろう。



3人と別れ、理科室へ向かう途中。いつも突然現れるそいつは俺の前に黒い球体を転がしてきた。

「やあ、それ君のだろう?」

「按邪」

手に取ってやっと反撃球だとわかった。これは、博士と街に出た時にゴロツキに襲われて置いてきたものに間違いない。なんでこいつが持っているんだ?

「ありがとう」

「どういたしまして、拾っておいてよかったよ」

按邪はニヤニヤと笑うのをやめて俺に指輪を投げる。

これは教師がつける刻印の効果を打ち消すものだ。

なんでこんな大切なものを?


「僕は君を信じている。君も僕を信じるなら、今すぐに街へ降りた方がいい」

「なんでだよ」

もう日は暮れてきている。図鑑だけとったら寝室に戻ろうと思っていたところだ。

「行けばわかるよ。僕は見るけどねー」


按邪は水晶玉を転がしながら立ち去っていく。

あいつは俺の正体を知っている。何もしてこないことが不思議なくらいだ。今俺を騙そうとしているのかもしれない。あいつの言葉は信用できないと思い再び理科室へ向かう。

電気はついているのに博士の姿はなく、化学薬品もそのまま出されていた。まるで慌てて立ち去ったような跡だ。俺は疑問に思いながら顔をあげ、窓に張り付く。


火事だ。街から火の手が上がっている。

按邪はこれを俺に伝えたのか?博士と訪れた老人の姿が目に浮かぶ。まさか…!

「≪変化:獣の型≫」

俺は鳥の姿になり、開いた窓から外へ出た。刻印が発動する気配を感じ取った瞬間に解を唱える。

飛び立つ空は日が暮れ、不吉な色をしていた。


上空から見る街でさえ依然と様子が違う。ここが火事になったわけではないようだが、外には人がほぼおらず閑散としている。あのもみくちゃになりながら歩いた道もすっかり誰もいなくなっていた。話し声は勿論、料理をする火の音も音楽も聞こえない。落ち葉が音を立てて転がる。

もう向かいながらわかっていた。

火元は、薬屋だ。あの老人は無事だろうか。


炭と化した家が見える。マグマのように赤い炎がまだ見える。

呆然と立ち尽くす一人の男はルーク博士だ。すぐそばに降り立ちたい気持ちをぐっと堪える。

どんなに優しくてもあの人は教師だ。俺の脱走は疎か按邪まで罰を受けることになるかもしれない。何があったんですか、老人は無事ですか、言葉も思いも胸にしまう。


「まさか、燃やされるとはね」

涙も流れていない。

「バァバ、あなたの夢はやはり叶いそうもない」

家の隣に大きく彫られ、盛り上がった土の痕跡を見た。え、まさか嘘だろう?


死んだのか……?


「人と魔法使いの共存なんて無理なんだよ。見ろ!僕以外誰もいないぞ!!こんなにわかりやすく煙が上がっているのに、魔法使いも!人間も!誰も来ないじゃないか!!」


憎しみの咆哮が解き放たれる。博士の中でギリギリ繋がっていた危うい橋が途切れた。

「見てくれ……半端者の末路を」

博士は両手を広げ、星空を抱き込んだ。

「僕たちを助けられるのは僕たちだけだ」


涙に浮かぶ決意と憎しみ。

「科学の力を思い知らせてやろう」


博士は手に持っていた赤い薬を薬屋へかけ、立ち去る。憎しみが他人を変えると強く感じるほど殺気立ち、表情はまっすぐとしていた。

俺も先生が立ち去ってすぐに薬屋へ行き、魔法を解除する。土を掘り返すつもりなんて毛頭ないが、本当に老人は亡くなったのか?火事で??俺の師である博士の師。まだ俺は基礎の基礎しか学んでいない。

早すぎるんじゃないのか?

驚きのあまり言葉がでないが涙はでてきた。博士に何て聞けばいいんだろう。そもそも教えてくれるだろうか。

俺は、呆然となくなった入り口に近づき上空では気が付かなかったことを知る。


「滅びろレジスタント!」


焼け焦げた壁に記された文字。怒りが心を支配した。そのせいで背後の存在に気が付くことができなかったのだ。

「動くな。馬鹿者め」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る