第36話 5つの魔法の使い手たち

「降参させたきゃ気絶させるような魔法かけてこいよ」

返事はない。

「できないよな?だってここは」

俺は暗闇の中で立ち上がり、魔導書を開く。

「お前の幻術世界なんだから!」

目を覚ました時のように暗闇が晴れる。あいつが使ったのは感化魔法だ。まっすぐ伸ばした指の先、試合開始時と全く変わらない場所にヨゾラは立っている。ビクリと身を引いたが遅い。


トーナメントでは指定範囲からでた場合、降参した場合、戦闘不能と判断された場合が敗北となる。俺が選択したのは場外退出。

「≪波打て土よ。地表に軌跡を残し壁となれ≫バルハン」

地につけた手のひらを中心に大地が波紋を広げる。その直後に地面から石垣が俺を守るように取り囲み始めた。石垣から遠退いたことで彼女は更に敷地外へ近づく。


風魔法で浮かんだ俺は自身の魔法で作った円形の建造物に再度魔法を放つ。

「≪清き水、大地を潤し浄化の糧となれ≫水妖精の地場」

上空から地上へ落ちる大量の水はバルハンにぶつかると噴水の如く勢いを増して流れ出る。

「≪土よ盾とな≫キャ!」

詠唱で作り途中だった土壁は水に見事打ち砕かれ、水によりヨゾラはそのまま場外へ運び出される。

「勝者はリア!」


チラチラと気持ちばかりの拍手が起こる。これまでの試合もそうだったが、これを娯楽として見ている者は少ない。ランカーの試合となれば別かもしれないが。

水にぬれたヨゾラがぶるぶると顔を振り髪の水をわずかに飛ばす。

「≪渦巻け≫旋風」

そんな彼女に魔法をかけ、水を完全に飛ばしてあげた。一瞬前髪が浮いてかわいらしい童顔が露になる。


「ありがとう」

ヨゾラは小声で呟くなりその場を立ち去ろうとする。細い彼女の腕を反射的につかんだ。驚いたのか肩が飛び上がっている。おそるおそるこちらを見た彼女に俺はできるだけ優しい笑顔を浮かべた。こういう時ってどんな表情になっているのか自分ではよくわからない。

「すごい魔法だったな。最初気が付かなかったよ」

「頭の回転が速い人には効かないから…弱い…」

「そんなことないって。俺の友達なら絶対勝てねえよ」

レグとかな。

口を紡いでいるが頬が僅かに赤くなっている。初めて出会った感化魔法の持ち主だ。しかも一年生の中では強者に位置する。仲良くなっておきたい。


「それに、物騒な呪文だって嫌われる…」

小さな拳に力が込められたのがわかった。そうか、ヨゾラはまだ自分の力を認めることができていない昔のパンプキンのような状態にあるんだ。あいつよりも大人しいし、すぐには変わらないだろうけど彼女の存在はプラスになるだろう。

俺はパンプキンがいる方角に手を振った。激しく振り返される。よし。


「紹介したい奴がいるんだ。来いよ」

「え、でも」

「折角だし仲良くなろうぜ」

無理矢理手を引いてくれるわけではないがついてきてくれる。変わりたい気持ちは誰にでもあるはずだ。背中を押す言葉や導く手があれば、気持ちに従ってくれる。


「2人共見てても全く動かないからつまんなかったよー観戦側としては」

シャドラまでもが頷いている。その隣でレグは鼾をかいて眠っていた。


「シャ、シャドラだ!」


初めて嬉しそうな声をあげたヨゾラが俺を見て指をさす。目が輝いている。パンプキンも驚いていた。

「さ、触ってもいいですか?」

「もちいいよ!」

明るくなった表情で俺の元から離れシャドラにゆっくり近づいていく。シャドラもあるのかわからないが鼻をひくつかせる動作をしながら彼女へ近づいていった。実にスローペースだったが、ようやくシャドラの頭にヨゾラの手が触れる。

「わあ……!!」


「なんであんなに嬉しそうなの?」

「わかんなーい」

シャドラも頭を擦り付けている。同じ闇系列の魔法だから相性がいいんだろうか。俺は爆睡しているレグの鼻を指でつまんでやった。豚の鳴き声をさせて起きる。

「何すんだよって、あ?」


レグが目をつけたのはヨゾラだ。三白眼に見つめられただけで怯えるが間にシャドラが立ちふさがる。

「試合は?」

「終わった。お前次くらいにエントリーしてなかったか?」

思い出したように立ち上がった時、レグの不在による棄権が認められ彼の評価レートが下がる。

「あー、これでこの4人の中でビリになっちゃったね」


単細胞だからこいつはすぐに怒る。いつもの罵り合いから今回は決着をつけようという話になり、2人は共にトーナメントへ応募しに行った。同じくらいの評価だからここで戦いたいと言っても認められるだろう。シャドラもパンプキンについていく。

バイバイと手を振ったヨゾラに尻尾を振っていた。


「遺物から生まれるシャドラは、召喚獣の中でも守り神の一種と言われています。きっと、元々はあの人にとって大切な仲間だったんですね」

「ヨゾラも召喚獣使えるのか?」


小さく首を横に振る。

「私は、感化魔法と弱い属性魔法だけ…」

「なんで自信なさそうにするんだ?すげえじゃん」

「感化魔法は人を操る魔法だから。魔王がこれを使って人々を騙したって言われてるんです。だから私自身も、魔法も、嫌われているんです」

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