第35話 ヨゾラと試合
もみじのように小さな手が食事中の俺に可愛い袋を差し出した。
中にはピンクと白の生クリームが乗ったカップケーキが入っている。それだけでなくどうやって作ったのかわからない赤いバラ細工と白い花の砂糖菓子が乗せられていた。差し出してきた女性の顔を見るとこちらは紅葉している。
「あ、あ、あ、あの、これ、ケ、ケーキ」
「え、俺に?」
少女は目を瞑って頷く。
「へーすっげえ!可愛いし美味しそうだな、いいの?」
「え?あ、あ、はい!」
ありがたく受け取って食べる。こんなに甘くて柔らかいものなのか生クリームっていうのは。すごく美味い。自然と笑顔がこぼれる。
「超美味しい、ありがとう」
少女は顔から湯気を出すと走り去ってしまった。こちらを睨んでいるレグとニヤニヤしているパンプキン。残りは今食べている食事のデザートにしようとトレイの上に置いたところレグに奪い取られて食われた。
「何すんだよ!」
「うるせえ!うっま!!」
「罪な男だネー」
更にその様子を遠くから見た者が一名。
「あの女…」
クキュネが校内でレイピアを抜き一部では騒ぎになった。そんなことは知らず、3人で食事を楽しむ。いつの間にかレグも学食で会えば共に食べるようになっていた。
「好調みたいじゃんトーナメント戦」
串焼きを食べながらレグが語る。
「そりゃあどんな魔法でも使いこなしちゃうんだから注目の的にもなるよねー体術男とは違ってさ」
「俺のこと言ってるのか?」
たしかに、トーナメントでの活躍により俺の注目度は上がった。転生者としてそれは避けるべきなのかもしれないが特待生に相応しい実力を得る目的に即している。そして、俺自身が強くなってきていることも実感していた。
「体つきもちょっと変わったんじゃなーい?」
パンプキンに腕をつつかれる。地下層にいた時の方が駆けまわってはいたが、丈夫になったのは間違いなく食事のおかけだろう。ありつけないこともあった日々を思い出す。もう、あの時食べていた味を忘れてしまった。
「まあ、俺様の方が力はありそうだけどな」
「脳まで筋肉でできてるから試合じゃ勝てないんだよ」
レグの顔が険しくなる。
「次は上位一年生同士の戦いだもんね。応援いくよ!」
「お前が負ける姿を拝めてやる」
「負けねーし」
そう、勝負に勝ち続けた俺は一年生の中でも上位に位置するようになっていた。とは言っても、トーナメントの存在自体知られていなかったこともあり一年生の参加者は少ない。また、逆に入学してからすぐに試合を開始した者も10人程度いてそいつらとは差を縮めるのが大変だった。
ここから本当の試合が始まるのかもしれない。
「ヨゾラか」
対戦相手の名前を見て呟いた。
…
会場はいつも以上に人が集まり盛り上がっている。俺の前に立つ少女は紫色の長い前髪のせいで顔が見えない。制服の上から紫色のマントを羽織っていて雨坊主のようだ。
「期待の新星リアと怪しい魔術士ヨゾラの試合、レディーファイト!」
カーンと鐘の音が鳴る。魔導書を開いていつでもヨゾラの魔法を迎え打つことができるように、しかしヨゾラはフラフラと立っているだけで何もしてこない。首を傾げる。
「あ、あなたは頭使うから、嫌い」
やっと小声で聞こえてきたのは悪口だ。少女が胸につけるバッジが光る。
「もう詠唱は終わった」
は…?少女が追い風にマントを揺らしながらこちらを見る。おどおどしているような黒い瞳が俺を見つめる。
「人形劇」
短い呟きと共に彼女の背中から闇が飛び出してくる。紫色の波紋を打ちながら闇はドーム状に俺たちを包んだ。中は真っ暗で何も見えない。一体何の呪文なんだ。
「≪光よ≫レイ」
明かりを灯した目の前にヨゾラが髪を垂らして立っている。足音も立てずにこんな目の前にきたのか。
「眩しいからやめて」
その言葉に従うように光は徐々に消えていく。
「な、なんだよ消えるなって」
真っ暗になったところで俺は冷たい手に頬を包まれた。背中までヒヤリとする。
「怖くないから」
いや怖いよ!その手を振り払うと少女が飛びのいたことを感じる。この中でも攻撃することはできそうだ。なら…
「≪闇を切り裂く水となれ≫破魔水!」
3発ほど打つが当たった感触もない。それどころか後ろから髪を撫でられた。
「ふさふさ…」
それもまた振り払う。何なんだこいつ。自分からは全く攻撃してこない。当たらない単発の魔法ではなく範囲魔法を試みる。位置の特定くらいは可能だし、できれば動きを止められるものがいい。
「≪清き水、大地を潤し浄化の糧となれ≫水妖精の地場」
「そんなの効かない」
溢れ出て腹部まで到達した水が一瞬にしてかき消される。打ち消しの魔法?いや、属性魔法は打ち消すことができないはずだ。こんな魔法を俺は知らない。
「私が奏者、あなたは役。私の思い通りに動くしかない。ほら、固まって」
まるで時が止まったように俺の体は一切、指一つ動かなくなる。魔法も使えず体は動かず、どうすればいい。焦りを感じ始める。これが一年上位の力だと?
「ね、もう勝てないの。降参して?降参するしかないでしょう?」
俺の周りを飛ぶように動く存在を感じる。
「口だけは動くから、参ったって言って?」
「嫌だね」
そう放った途端体をしめられるような激痛を覚えた。あれ、この感覚知っているぞ。
「言って…」
降参する必要なんてない。俺はニヤリと笑った。ここから反撃だ。
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