第34話 雷鳥の長

蜘蛛はイラスト化されたように全ての脚を伸ばし、完全に伸びていた。外皮にヒビが入っており、砕けた皮が床に落ちている。どんなものが薬に活かせるかわからない。貴重な大蜘蛛の外皮と細い糸を袋へしまった。

「一週間で今の魔法全て使えるようにしたの?」

飛んでいて見えなかったがフィオの顔は驚きにあふれている。目もいつの間にか元通りだ。怖かったから見間違えたか?頷く俺に息を吐きながら床へ座り込んだ。


「天才なんて信じないけれど、他に説明がつかない」

魔法を使うのに携えていた本を抱えながらフィオの傍に行く。俺が天才に見えるだろうか。たしかに転生者じゃなければ天才だったかもな。転生したことを誰にも言えない今、フィオの言葉を否定することができない。フィオは顔がくっつくほど近づく。


「それに、あれは何を飲んでいたのかしら?」

薬のことだろうか。あれは…と鞄を漁ろうとしたとき脚に力をためる蜘蛛をみた。蜘蛛が飛び跳ねて向かってくる。ヤバい。

「≪雷帝の使いに畏み畏み申す≫」

俺が考えているうちにフィオは詠唱を始めていた。

「≪瞬時の力を欲す哀れな番に一太刀の薙刀を≫」

彼女の言葉に従って頭上からパチパチと電気が走る音がし始める。俺は、集められる雷の上に緑と赤の羽を持つ今まで見た中でも最も美しい鳥を見た。

「≪塵となれ≫偃月刀」


鳥が羽ばたくと同時に長細い雷が放たれる。空中で避けることができない蜘蛛は絶命の声をあげ、雷に体を焼かれ崩れ落ちた。焦げた外皮が炭となって散る。魔物の最後を見届け、再び宙を見た。

美しい鳥も俺を見ている。

俺たちは出会ったことがあった。闘技場が深い森の中へ姿を変える。オレンジの実や巨大な赤い花、毛むくじゃらの魔物までが美しい青池を囲んでいた。池の中心からそびえ立つ木は葉が付いていない。枯れているわけでもないことが虹色に輝く幹から伝わる。


そうだ、この鳥を求めて俺は秘境の地を訪れた。

再び闘技場へ意識は戻り、鳥が優しく羽ばたいて光だけを残し消えてしまう。ケツァール…雷鳥の頂点に立つ者。

「フィオは召喚ができるのか?」

「いや全く」

そうか…あいつもマーラと同じだ。転生した俺に会いに来たんだ。フィオの強力な魔法を目にしたというのに心が闘技場から離れてしまう。マーラのような恐怖は感じなかった。それどころか俺の心が強い願望を抱く。会いたいよケツァール。俺にとって雷鳥の長は特別な存在だったらしい。なぜなのかは思い出せていないだけ、忘れていない。


「1年生が勝ち進んだ記録はないけれどリアならいけるかもしれない」

フィオが眼鏡をあげ真剣な表情で俺を見つめる。

「青い封筒に入った挑戦状を渡せば特待生もしくは従者の席をかけて決闘することができる。けれどそれだけではあまりにもリスクが高いでしょう?だから、生徒会はノーリスクで腕試しができるよう3日に1度魔法対決、マジックトーナメントを実施しているの」

「マジックトーナメント…」

響きにセンスを感じることができないが、わかりやすくていい。そこに登録すれば同じ登録者と試合ができるということだ。


「試合にもし負けても特待生の座は奪われないけれど挑戦状を渡される可能性が高まるわ。上を目指す為にわかりやすいシステムがあるのよ。これに登録して限界まで試してみなさい」

フィオから会場へ続く地図をもらう。昨日開催されているから登録できるのは2日後か。

「それに、大蜘蛛の倒し方も正しくなかった。結果良ければ全て良しになるのは実践時だけ。もう1試合いくわよ」

「え?」


フィオが入口の壁に設置されたキーボードを打つと全く同じ蜘蛛が降ってくる。今度は気性が荒く脚で壁を攻撃し、地面を掘り暴れ続けている。ここは一体何なんだ。

「修練場といって、外で確保した魔物を倒すことができる場所なの。昨日たくさん入荷したのよ」

笑顔で言ってるが商品じゃないし見世物でもない。俺はひきつる。


「まあ、あなたの魔法に足りないものがわかったらあの外皮を貫けるはずよ。倒すコツは別にあるけど教えない方が成長しそうだから」

「せめてちょっとくらい休憩を…」

ヨベルの鉄槌という魔法は集中力を使うため疲れる。そう、強い魔法程集中が必要で魔力を複雑に練る必要があるのだ。


「駄目。過酷な環境こそ成長のチャンスだから甘えは認めないわ」

手を伸ばされたと思うと風魔法を放たれ、蜘蛛の元へ飛ばされる。太く、巨大な鎌を振り下ろされ避けるのが精いっぱいだった。

怪我はしていないが精神的な疲れを感じる。こんな時こそ回復薬の出番だ。走りながら飲むのは難しい。


フィオはあの手この手で魔法を放つリアを見つめる。

「装具と同じ。魔法は一点に凝縮するほど密度が上がり、威力が増す。さっきの氷の矢ももっと数を少なくして質をあげれば外皮を突き破れるはずよ。強い魔法も威力が分散すれば大したことはない。魔法だけじゃなく扱い方も覚えなさい」


ゾクゾクした表情で微笑むフィオ。

魔物退治は蜘蛛がいなくなるまで続いた。リアが寝室に帰った時、蜘蛛の糸や土埃で激しく汚れパンプキンに騒がれたことなど言うまでもない。動き続けていれば雷鳥に関わる過去のことも考えずに済んだ。

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